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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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はらだしとチョコフォンデュ(後編)

 「……すごいねこれ。プリッツが一瞬でポッキーになるよ」


 橙依(とーい)くんと天邪鬼と原田さんも思い思いの具材にチョコを付けて食べている。


 「あっ、珠子さん! これスゴイですね。このフローズンフルーツをチョコの滝にかざすと一気に固まりますよ!」


 このチョコの滝は少し熱い。

 だけどフローズンフルーツならチョコは一瞬で固まり、チョココーティングされたアイスの出来上がり!


 「でも大掛かりな珠子さん。人間って不思議な事をするね。これって普通のチョコフォンデュと味は変わらないだろ?」


 そう言う赤好(しゃっこう)さんのお気に入りはナッツと柿の種のチョコレートがけ。

 ナッツとチョコはとても良く合うし、柿の種チョコは近年商品化されるほどの人気。

 

 「その無駄さがいいんじゃないですか。味にとっては全く無駄な装置がバレンタインパーティを盛り上げる価値を与えているんですよ。見てください、みんなの嬉しそうな顔を」


 あたらしい食材を試そうとするあやかし女子会のみなさん。

 きゅうりとチョコの黄金比を極めようとしている河童さん。

 ハイテンションで浮遊して塔の頂上のクラウンからチョコをつけている藍蘭(らんらん)さん。

 うん、飛べるって便利だな。


 このサイズのチョコレートファウンテンマシーンを動かすには最低でも10kg程度のチョコが必要。

 でも、この人数なら順調に消費は進んでいる。

 あたしの課題の3つめ『大量のチョコの消費』はこれでOK!

 そして、ふたつめの課題も解決しようとしている。


 「ふふん、どう? あたしのチョコは。熱いのに冷たくて、形がない液体なのに噴水の形をしていて、重力に逆らう不自然さと重力に従った自然な滝のように流れて、まるでお菓子の国みたいメルヘンなのにモーターの機械で動いていて、止まっているように見えるのに実態は動いていて、味にとっては無駄なのにパーティを盛り上げる価値があって、もちろん味のバリエーションも豊富なあたしのチョコ料理は?」


 天邪鬼の意地悪なお題のほとんどはこれで満たした。

 あたしは自信たっぷりに天邪鬼に向かって語りかける。


 「ふん、まだ味は苦みが足りないし、それに俺にとって全然特別じゃないね」


 未だ満たしていないお題を盾に天邪鬼はニヤリと笑う。

 だけど、その返しもあたしの想定内よ。  

 そろそろ仕込みの緑乱(りょくらん)おじさんが動き出すはず。


 「なあ、嬢ちゃん。おじさんはさ、甘いのも嫌いじゃないけど、やっぱチョコには酒じゃないかい? チョコに合わせるならブランデーとかウィスキーとか」


 きた!


 「はい、ちゃんと用意していますよ。このスポンジケーキをブランデーを入れたコップに(ひた)して、チョコの滝を浴びせれば……ブランデーチョコの完成でーす! んー、おいしい!」


 あたしの口のなかで、チョコとスポンジからジュワーっと染み出るブランデーが混ざり合って、心地よい甘さと香りが広がる。


 「うひょー! やっぱ嬢ちゃんはわかってるねー! これでおじさんも満足だよ!」


 さっそく緑乱(りょくらん)おじさんはお酒が染みたスポンジでチョコフォンデュを食べる。


 「うーん、いっけるー!」

 「あら、おいしいそうですね。わたくしも真似しちゃいましょ」


 舌鼓を打つおじさんを見てあやかし女子会のみなさんもスポンジを好みのお酒に()け始める。

 「ちなみにきゅうりの焼酎漬けも用意してありまーす」

 「きゅうりー!!」


 今日の主役(ヒロイン)は原田さんの予定。

 だけど、他のお客さんをないがしろにするわけにはいかないの。

 あたしはこう見えても如才ないのよ。


 「……あれ? 原田さんは試してみないの? おいしいよ」


 橙依(とーい)くんが(ひた)したのはチョコに良く合う定番のオレンジリキュール『コアントロー』。

 オレンジの香りと甘味が()きた伝統の一品。


 「うん、あたしはお酒はちょっと、はずかしいことになっちゃうから……」

 

 そう言って原田さんは恥ずかしそうにはにかむ。

 もちろん嘘である!

 あれはあたしが教えた作戦、女の武器! 純真無垢(カマトト)

 隣でその会話を聞いていた天邪鬼の顔がニヤリと笑う。


 「おい原田、あーんしてみな」


 ひっかかった!


 「あーん」

 

 天邪鬼が差し出した串を原田さんがパクッと食べる。

 その中身は当然、チョコでコーテイングされたお酒入りスポンジ。

 傍目(はため)には砂を吐きたくなるようなイチャイチャ風景かもしれない。

 だけどこれは、天邪鬼にとっては彼女に意地悪をしているだけ。

 気になる子に意地悪する機会(チャンス)を逃す天邪鬼なんているでしょうか!? いやいない!

   

 「あっ!? これお酒……」

 「ふふーん、どうだ!?」


 してやったりといった顔で天邪鬼が笑う。


 「天野くんにお酒をふるまわれるなんて……あたし……胸が高鳴って……熱くなって……もう、たまらない!」


 彼女から妖力(ちから)が高まるのを感じる。

 昨日のあたしの時以上に。

 やっぱ、相手が好きな男の子だからかしら。


 彼女の服が勢いよくまくれ上がり、その顔を隠す。

 そしてお腹に顔が現れ、”はらだし”の本性が発露された。


 「さーてさて、紳士淑女の”あやかし”たち! ご覧ください、このおかお! 右へ左へ上へ下へ、眉が動いて福笑い」


 この前と同じように彼女のお腹には目と鼻と口が浮かび、その表情がくるくる変わる。


 「うふっ、なんだかわらいがこぼれてきますわ」

 「ええ、楽しい気分になってきますわね」

 「ええぞー! お顔隠して腹隠さずのねーちゃん!」 


 みんなの口から笑いがこぼれる。

 そして、この妖力(ちから)の影響を一番に受けているのは当然、天邪鬼。

 だって『はらだしにお酒をふるまう』という条件を満たしてしまったのですから。


 「くの字にくびれたウエストラインに現れたのは回る回るブーメラン。くるっとまわってくるっとまわって、はいもとどおりー!」


 ”はらだし”のお腹に現れた”く”の字の模様が彼女の揺れる腰つきに合わせて弧を描く。


 「くそっ、くそっ、笑いたくないのに、わらっちまう! くはっ、ぶははっ、くははははっ!」


 大口をあけて、笑いだす天邪鬼。

 そんな彼の前に”はらだし”はスタッと降り立つ。


 「はい、おかえしのあーん。わたしからの気持ち」


 巾着の部分から顔の一部と手を伸ばし、彼女は一本のチョコレートの棒を彼の口に突っ込む。

 チョコがしたたっているのは、そのチョコにファウテンのチョコをまとわせたから。


 「苦い……いや甘い……」 

 「これが珠子さんからの最後の答え。甘くて苦いカカオ90%のチョコですって。わたしからあなたへのバレンタインの特別なチョコ」


 チョコレートの原料であるカカオパウダーはチョコのように甘くない。

 最近は健康志向でカカオの比率が80%を超えるチョコも発売されているけど、その味は苦め。

 砂糖と乳成分がなければ、チョコレートはとっても苦くなるのだ。

 そして、裏腹な事を言ってしまう天邪鬼でも、甘いチョコレートでコーティングされた苦いカカオ90%のチョコを口にすれば、苦くて甘いと言わざるを得ない。


 「おっ、女の子にあーんしてもらえるなんてうらやましいねぇ。おじさんにもしてくれない?」

 「だめですよ。わたしがこんな事をするのは天野くんだけなんだから」


 服を再び下ろし、露わになったその顔で、あかんべぇをしながら彼女は言う。

 

 「同じものならこちらにありますよ。味だけは同じです」


 そう言ってあたしはトレイに用意したカカオ90%のチョコステックを食材のテーブルに追加する。

 

 「これじゃあ、あじけないねぇ」


 そう言いながらも緑乱(りょくらん)おじさんはもくもくとチョコを口にする。

 ありがとうおじさん、あたしの最期の演出に付き合ってくれて。

 これが最期のお題、『みんなと同じなのに俺には特別なチョコ』よ。

 あたしの自信たっぷりの表情をちらりとみて、天邪鬼は『してやられた』といった表情を返した。

 ふふん、どーだ! まいったか!

 

 これであたしの課題のふたつめもクリア。

 あとは、最後にツンデレ風味でもいいから、天邪鬼から原田さんへの好意の言葉を引き出すだけ。

 さあ、最後のひと押しです! 原田さん!


 「あー気持ちよかった。やっぱ、本性をさらけ出すっていいわね」


 少し満足したような表情で”はらだし”こと原田さんはそう言った。


 「なあ原田、お前は俺の事が好きなんだろ」

 「はい! 大好きです!」


 とびっきりの、あたしが男だったら即落ちしそうな笑顔で原田さんは応える。


 「そうか、だったらお前の嫌がる事を言ってやる」


 そう言って天邪鬼は一呼吸おくと、


 「お前の本性をさらけだすのは、俺の前だけにしろ。他のやつなんかに見せるな」


 ちょっと横を向いて照れくさそうに彼はそう言ったのです。


 よっし! これは天邪鬼でも言えるちょっと意地悪っぽいツンデレ風味の告白!

 あたしは赤好(しゃっこう)さんに向かってサムズアップを決める。


 「やれやれ、大掛かりな珠子さん。どうやら今日も人類の叡智、無駄なメルヘンマシーンの勝利みたいだね」


 かぶりを振りながら、赤好(しゃっこう)さんはそう言うと、あたしにウィンクしながらサムズアップを返した。

 いよっし! ミッションコンプリート!

 ふいー、今回はたて続けに課題が舞い込んできて大変だったわ。

 それじゃあ、あたしもバレンタインパーティを楽しむとしますか。

  

 「うれしい! 天野くんにそう言ってもらえるなんて! わたし、もう一度(たかぶ)っちゃいます!」


 あたしがスティックドーナツをチョコレートファウンテンに差し込んだのと、原田さんの高揚した声が聞こえたのは同時でした。

 彼女の喜びの声と共にその妖力(ちから)が膨れ上がる、今までの中で最大に!

 そして彼女は天に昇って、いや宙に浮いて、再び”はらだし”の本性を剥き出しにする。


 「ござーい、とーざーい。みなさんご注目! 宙に舞うわたしの気持ち。もちもち肌とお餅を持って、チョコをちょこちょこ祝いもちー」


 食材に並べられていたお餅にチョコがつけられ、ぐにょーんと伸びてハートを描く。


 「天上に上る気持ちだけど、天井がおじゃま。おしゃまな乙女で天井さがりでござーい。お次はくるくる回って車海老(くるまえび)―!」


 天井からぶら下がったと思ったら、次は逆さ吊り、海老反りに逆海老。

 その度にお腹の表情はくるくる変わる。


 「だから! だから! 俺だけに見せろといっただろぉ! ははっ! はっ、はははははっ!」


 そんな天邪鬼の声も聞かず、いや聞こえているから益々盛んに原田さんは”はらだし踊り”を続けたのです。

 フルパワーで。

 

 「ちょ、くふっ、ちょっと、そろろろ、くひひっ、やめて!」

 「死にます! しんじゃいまふぅ! わたくしもう限界でひゅ!」 

 「やばっ! やばいって! やばいってば! このままだとわらいすぎて、なにか大切なのがもれちゃいそう!」

 「いひっ、いきができなくっ、くるひい、くるひいってば!」

 「ぎゃはは、ぎゃくくふうぁ、さっ、さらがこぼれてはっ!」

 「……くっ、くっ、くっ、くあはっはっはひっ、ひひゃははっ」


 あたしもみんなも、おなかぉを、かかえてわらいつづけぇ。

 くふっ、ちょっと、もう、もうやめって、やめぇ!

 

 うひっ、あははっ、てんごくのおばあさまっ、たっ珠子の腹筋は壊れそうですが、うひひっ! 素敵なあのふたりはラブラブハッピーエンドですってばっ! てばっ!

 だからぁ! もふ、やめて!


 そして、この素敵なバレンタインの日、『酒処 七王子』は笑腹叫喚(しょうふくきょうかん)の渦に落ちていったのです。


 どっとはらいたい。

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