七王子とゆで卵(後編)
最初に口を開いたのは長男の黄貴様だった。
彼にはなぜか様付けしちゃうのよね。
「さすがです黄貴様。王道にて究極、世界三大珍味の一つのトリュフをふんだんに使った、ゆで卵のトリュフソースです」
嘘だ、トリュフは適量に使っている。
ふんだんに使うと卵の味が引き立たないから。
「ほう、この芳醇で雨上がりの爽やかな香気が鼻に抜け、そして卵の濃厚な旨みを何倍にも引き上げている。よき味だな、女中よ」
「ありがとうございます」
あたしは深々と礼をする。
「ん、黄貴兄さん、こっちはトリュフではありませんよ。これは……唐辛子、いや、辣油? でもこの香りはそれ以上の……」
「赤好さんのは七香辣油ですね。陳皮、八角、桂皮(シナモン)、茴香、香叶(ローリエ)、生姜、山椒の7つのスパイスと唐辛子で作った直接飲んでもおいしい辣油なんですよ」
中国の花椒ではなく、和山椒を使っているのが、あたし流だ。
ちなみに、簡単に作りたければ食べるラー油を買えばいい。
「へぇ、刺激的な珠子さんから強烈なパンチをもらったね。うん、おいしいよ。赤いのがいいね」
グッとサムズアップをして赤好さんが褒めてくれる。
「おじさんのは、普通の塩味だね。うん、いい塩梅だ。やっぱゆで卵には塩だよ、わかってるぅ」
酒とゆで卵を交互に口にしながら緑乱さんが言う。
お前のは塩対応なんだよ、とは言わないでおこう。
「こっちは照り焼きマヨですか。鶏には定番ですから、卵と合うのも当然ですね」
良かった、蒼明さんの口に合ったようだ。
「……すっぱい」
「橙依君には塩レモン味よ。濃厚な味を柑橘の爽やかさが中和して食べやすくしてくれるわ」
「……おかわり」
はい、おかわりいただきましたー!
「はいどーぞ」
あたしは重箱の中からおかわりを取り出して渡す。
「……ありがと」
「あまーい、さっきはカスタードで、こっちはチョコだね」
紫君は既におかわりを食べている。
「ええ、次の卵はバニラ味よ」
紫君向けの甘いゆで卵は味のバリエーションを増やしている。
「甘いソースなんて変と思うかもしれませんが、お菓子の材料に卵は付き物です。だから甘いソースとも良く合うのです」
「おいし~」
ふっふっふっ順調、順調。
残りは藍蘭さんだけね。
彼だけはまだ口をつけてない。
周りの兄弟の様子を観察している。
だが、美味しそうに食べる兄弟をみて少し微笑むと、自分もゆで卵を口にした。
ふわり
藍蘭さんがゆで卵を口にしたとたん、辺りに花の香りが広がった。
「んまー! これってバラの香りが口に広がるわ! なにこれ!? おいしい! しかも大人の味!」
「藍ちゃんのゆで卵の中に入っているのは攻瑰露酒※です。ハナマスのお酒なのですよ」※メイは正しくは王へんに攵
「ハナマス?」
聞きなれない単語に蒼明さんが疑問を口にする。
あーうん、男の人は知らないかもしれないわね。
「ハナマスはバラ科の植物でその実はローズヒップと呼ばれてお茶やお菓子に利用されているわ」
「んまっ! ローズヒップだったのね、この味は! おっしゃれー」
「はい攻瑰露酒はハナマスの花と白酒から作るお酒です。バラの香りが広がる香り高いお酒なのです」
「なるほど、大人の女性の味だわ! そして濃厚な黄身と淡白な白身のどちらともあう。ん~、さいっこう! もう合格よ! 合格でいいでしょ、みんな!」
藍蘭さんがあたしの両手を握り上下にブンブンとふりながら周囲に問いかける。
「いいんじゃない。これで毎日素敵な珠子さんに会えるんだからね」
三男の赤好さんがあたしにウインクしながら賛成する。
「おじさんはうまい肴が食べれるなら大歓迎だよ。ベッドの上ではマグロでも大歓迎さ」
四男の緑乱さんも賛成してくれる。
下ネタ系オヤジギャグを言いながら。
「まあ、及第点は出しましょうか。少なくとも逃げずに戻ってきた度胸だけは認めましょう」
メガネをクィと上げて五男の蒼明さんも厳しく合意だ。
「……いいよ」
椅子の上で体育座りをしながら六男の橙依君も了承してくれた。
「やったぁ! これで毎日おかしがたべれる~」
七男の紫君は甘いもので篭絡済だ。
「じゃあ、いいわね。珠子ちゃんを……」
藍蘭さんがそう言いかけた時、
「待て」
長男の黄貴様が口を開いた。
「女中、少々問いたい事がある」
「なんでしょう」
「これはソースをゆで卵の中に入れておるな。どうやったのだ?」
「そりゃもう、注射器でちゅーっと」
あたしは手でエア注射器を作ってゆで卵に注入するジェスチャーをする。
「そうか、それで見た目は普通のゆで卵であったのか。しかし、それならば切ったゆで卵にソースをかける方法でも同じであろう。あえてそうする理由は?」
黄貴さんの瞳が一瞬黄金に光る。
周りの空気に緊張感が生まれる。
さすが長男、やはり兄弟のリーダーなのだろう。
「黄貴様、ゆで卵とそのソースには黄金比がございます。これは、ひと口で食べる事で、その絶対なる黄金比を味わえるゆで卵にございます」
「黄金!?」
黄貴様の表情が険しくなる。
あれ? なんかあたしまずい事、言ちゃった?
「女中風情が黄金比を語るなど、おこがましいと思わんのか」
口調は穏やかにも取れないこともないが圧がスゴイ。
「お言葉ながら、ソースは料理人の命にございます。そして、それと食材とは魂の結びつきにも似た強さと価値があります。高貴なお方に出す食事に自らの誇りを懸けて最高の調和を味わえるようにお出しするのは料理人としての譲れぬ所」
「その調和とやらが間違えておった時は? 我の口に合わなかったならどうするのだ?」
圧がさらに強くなる。
あたしは覚悟を決める。
「その時はこの身を以って償うのみ! 具体的には凌辱の限りを尽くしてもらって結構!」
言っちゃった……
さようなら、あたしの純潔……
いや、でもこのイケメンたちだったらいいかなー
「よくぞ言った! その覚悟やよし! 娘よ、そちを『酒処 七王子』の女中兼料理人として認めよう!」
黄貴様が立ち上がり、威風堂々と宣言する。
やりました! 天国のおばあさま、珠子は今日もハッピーエンドを迎えられそうです。
「逞しい珠子さんも素敵ですよ」
「ういー、いきおいって重要だよね~。おじさんは酒の力を借りないとダメなんだけどさ~」
「やりますね。黄貴兄さんのお墨付きを頂くとは」クィッ
「……かっこいい」
「すごーい! 黄貴にいちゃんに褒められるなんて」
「いやーん、珠子ちゃんたら漢らしいっ! アタシ惚れちゃいそう! ゆりんゆりんしちゃいそう!」
兄弟の大喝采があたしに浴びせられる。
「ところで珠子さん、どうして気づいたのですか。私達の正体が蛇の化身だと」
「そうそう、おじさんも気になってたんだよね~、気づいたからゆで卵だったんでしょ」
その通り、あたしはこの七人の王子の正体に気付いている。
そりゃ、あれだけヒントがあれば気づきますがな。
「色々ヒントはあったわ。七王子という看板、普通の”あやかし”とは格の違う圧倒的な妖力、そして……」
「最後のヒントはアタシからのプレゼントね。でも、聞かれなかったら答えなかったわよ」
そう、最後のヒントが決め手だった。
「『名なんてないわ、ただの乙女よ』と藍ちゃんが応えてくれたわ。八稚女、妖怪王『八岐大蛇』に捧げられた八人の乙女、それがあなたたちのお母さまでしょ」
あたしの言葉に七人の王子が息を飲むのがわかる。
「八番目の乙女、櫛名田比売は須佐之男に助けられたけど、その前の7年間、毎年ひとりずづ捧げられた名もなき乙女たちの息子たち、それがあなたたち七王子の正体よ」
あのおじさんの『しゅぎょー、しゅぎょー』という言葉もヒントになっていた事は言わないでおこう。
神話の中で八岐大蛇は酒に酔いつぶれた所を須佐之男に倒された。
でも、酔ってなければ勝てたんじゃない?
だから、あのおじさんは酒を飲み続いているのだろう。
いつか酒に強くなって、同じ過ちを繰り返さないように。
言い換えれば、日本最強の武力神、須佐之男ですら正面から戦ったら勝てないと思わせる大妖怪、それが妖怪王八岐大蛇。
その王子たちならそりゃ格が違いますがな。
「やるではないか女中、これは将来が楽しみだ」
「美しく聡明な珠子さん。彼女こそ俺のステディにふさわしいのかもしれません」
「いや、おじさんへいこーしちゃったよ、へこへこ」
「なかなか知的ですね。兄弟一の頭脳を誇る私には及ばないでしょうが」
「……こやつ……できる」
「これからよろしくね! おねぇちゃん」
「イヤーン! 珠子ちゃんに最初に目を付けたのははアタシなんだから」
ちょ、みんな近い、顔近いって。
こうして、あたしの新たな就職先は決まった。
その名は『酒処 七王子』
夜になると人ならざるモノが集まる”あやかし酒場”だ。
そして、あたしの苦労と台所での戦いはここから始まったのである。