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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第三章 襲来する物語とハッピーエンド
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天狗と鯖(前編)

 あたしがこの『酒処 七王子』に住むようになって数か月が経った。

 新しいアパートを借りようとは思っているけど、なかなか暇が無くて滞っている。

 このお店には週一で休みがあるけど、その日は溜まった疲れを取る事に使ってしまうの。

 要するにゴロゴロしているのです。


 こんな日は七王子のみんなも休んでたり、遊びに行ったり、オシャレに精を出したり、めいめいに過ごしている。

 そういえば緑乱(りょくらん)おじさんは京都に旅に行ってくるって言ってたわね。

 

 『お嬢ちゃん、おみやげは期待してていいぜ』


 そんな事を言っていたけど、何を買ってきてくれるのかしら。


 「たっだいまー」


 噂をすれば影、おじさんの声が聞こえた。


 「おかえりなさい。どうでした京都」

 「ああ、快適な旅だったよ。はいこれ、おみやげ」


 そう言っておじさんはひとつの包みをあたしに渡す。

 ん……この匂いは……


 「これって(ふな)ずしですか!?」

 

 間違いない、この匂いは鮒ずし。

 あたしは鼻が利くの。


 「おっ、さすがだねぇ。その通りさ」


 いやっほー! 

 鮒ずしって高いのよねー!

 

 「ありがとうございます。晩御飯の準備をしますね、いっしょに食べましょ!」

 「ああ、それなんだが、お嬢ちゃんへのおみやげはそれだけじゃないんだ」


 えっ!? まだ、おみやげがあるの!?

 

 「それがね……」

 「なんですか、もう、じらさないでくださいよ」


 あたしはワクワクしながらそれ(・・)を待つ。


 「それはね……厄介(やっかい)ごとのおみやげなんだ」

 「はい!?」


 カラン


 扉が音を立てて揺れ、ひとりの”あやかし”が入って来る。

 山伏のような頭襟(ときん)を付けた切れ長で澄んだ瞳の青年。

 もし、アレ(・・)あれ(・・)が付いてなければ、あたしは美修験者と思っただろう。

 パタパタとエアコンの暖気に揺れるのは羽根、言葉を紡ぐ唇の代わりにあるのは(くちばし)


 「初めましてだな、料理番とやら。拙者は飯綱三郎(いづなさぶろう)、信州の飯綱(いづな)山に居を構える者である」


 おじさんが連れて来た”あやかし”。

 その正体は姿を見れば誰でも知っている。

 そう、カラス天狗さんでした。 


◇◇◇◇


 「ふむ、ここは人里ゆえに少し化けさせてもらうぞ」


 カラス天狗さんがそう言うと、翼が消え、嘴が唇に変わる。

 おおう、これは結構な美丈夫ではありませんか。

 しかし、飯綱三郎って、確か相当な大物じゃなかったっけ?


 「あの、飯綱三郎さん、あなたは八大天狗のひとりですよね?」

 「うむ、その通り」


 八大天狗、それは天狗の中でも特に力の強いとされる八人のリーダーたち。


 「ちょっと! 緑乱(りょくらん)おじさん、そんな大物がなんでこんな所に!?」


 この『酒処 七王子』は言っては悪いが庶民的な酒場だ。

 (ひな)びた酒場とも、場末の酒場ともいいます。

 あたしの努力の賜物(たまもの)で清潔さには自信があるが、洗練さとしては少し微妙かもしれない。


 「おやおや、言ってくれるねぇ。まぁ、その通りだけど」

 「いや、この清掃の行き届きようを見れば、この店が上質である事がわかる」

 

 あっ、うれしいな。

 さすが天狗さん、眼力は只者じゃないわ。


 「ありがとうございます。ですが、八大天狗のお方のご用命ならばデリバリーでも出張料理でも実施致しますのに、わざわざご来店頂いたのには、やはり理由がございますのね」


 緑乱(りょくらん)おじさんの厄介ごと(・・・・)の言葉が気になる。


 「うむ、察しの通りだ」

 「お望みとあれば天部八部衆とのバトルだってやってみせますが、あたしは料理バトルしかできませんよ」


 そう言ってあたしはフライパンを持ち腕まくりをする。


 「いや、そこまで深刻な話ではない」

 「なんでお嬢ちゃんはそんなに好戦的なんだよ……」

 「すみません、厄介ごとだと聞いたもので……」


 あたしの言葉に緑乱(りょくらん)おじさんが目を()らす。


 「いや、厄介ごとには変わりない。そして、

解決できるあて(・・)はそなたしかおらんのだ」


 そう言って飯綱三郎さんは頭を下げる。


 「そこまであたしを買ってくれるのなら、期待に応えないわけには参りませんね! なんでもおっしゃって下さい! 不詳このあたしが力になりましょう!」

 

 あたしは胸を叩いて宣言する。


 「おおっ! そうか、そうか、かたじけない!」

 「ええ! どんな高度な技術を要する料理でも、失われた伝説の料理の復活でも、野趣あるれる獣だろうと、机と椅子以外は何でも料理してみせましょう!」

 「だからなんでそんなに好戦的なんだよ……」


 八大天狗さんに恩を売れる機会なんて見逃すわけないじゃないですか。

 事と次第によっては天狗の宝をもらえるかも!


 「いや、そんな事ではない。話は単純でな……拙者に(さば)を食べれるようにして欲しいのだ」

 「はい? 鯖なら明日の仕込みの味噌煮が冷蔵庫で控えてますけど……」


 煮魚は冷めていく過程で味が染みこむの。

 一晩冷蔵庫で寝かせた鯖味噌煮は出来たてよりずっと美味しいの。


 「いや、鯖が食べたいのではない。拙者の好き嫌い……鯖嫌いを何とかして欲しいのだ」

 「八大天狗で修験者の恰好をしていて、火とか簡単に渡って、空まで飛べちゃうのに、食べ物の好き嫌いがあるのですか!?」

 「拙者だって……苦手のひとつやふたつはある」

 

 あたしの問いに、目を逸らしながら飯綱三郎さんはそう言ったのです。 


◇◇◇◇


 プクプクと鍋が小さい音を立てる。


 「今、冷えた鯖を温め直していますから、その間に事情をお聞かせ願えませんか? どうして鯖がお嫌いなのですか?」

 「それは、1000年以上もの昔の話なのじゃが、拙者に奉納された鯖を食ったらの、臭みはあるわ、我慢して食べたら腹を下すわ、そりゃひどい目にあっての、それで嫌いになったのじゃよ」

 「三郎は信州の飯綱山に住んでるからね。そんな1000年も前で、山の中じゃ腐っちまっても、とーぜんって事さ」

 「鯖は足が早いですからね」


 鯖は非常に腐りやすいので、足が早いと言われている。

 そして、腐った鯖は当然マズイ。

 というか腹を壊す。

 

 「そうだったのですか。でも、今なら冷凍技術や輸送技術が発展しているから、信州、長野県でも新鮮な鯖は手に入りますよ。それでもダメですか?」

 「うむ、一口食ったが、鯖の臭みと共にあの時の記憶が(よみがえ)ってダメじゃった」


 あたしは、あの臭みも含めて鯖の美味しさだと思うだけど、やっぱりトラウマってやつかしら。


 「でしたら無理に食べなくても良いのでは? 好き嫌いなんて誰でもありますし」


 人間だって好き嫌いはある。

 それを除いても、アレルギー、宗教的な理由、食わずの誓いなどなど、様々な理由で食べない事もある。

 それを無理強いするのは良くない。

 食事は楽しく食べるものであって、悩んだり苦しんだりするものではないの。


 「拙者もそう思っておる。そしてそれを1000年を貫いた。じゃがあやつ(・・・)がな」

 「あやつ(・・・)って、どなたですか?」

 「彦山豊前坊(ひこさんぶぜんぼう)じゃ」

 「ああ、九州の」

 

 豊前は福岡と大分の一部の昔の地名。

 九州は美味しい物が多いのよね。


 「おじさんがね、京都に旅行に行った時にね、八大天狗の会合があったらしくてね、そこの2次会で天狗たちの苦手なものの話になったらしいのさ。みんなが最澄(さいちょう)が苦手だの、空海(くうかい)が苦手だと言い合う中でさ、三郎は『鯖が苦手』と言ったのが今回の発端さ」


 最澄(さいちょう)さんや空海(くうかい)さんは伝承の中で何度も天狗を調伏しているから、苦手とする天狗さんが多いのは自然な流れ。

 そこで『鯖が苦手』なんて言えば、注目を集めるのも自然な流れよね。


 「そこで豊前坊のやつがな『鯖が苦手!? なさけなかね。そんなんやから三郎なのに鞍馬(くらま)や前鬼に知名度で負けとるったい』なんて言いおった」

 

 あー、うん、牛若丸の師匠である鞍馬の天狗や役小角(えんのおずの)の前鬼天狗の方が有名ですよね。


 「そこでな『うるさい! 拙者が本気を出せば弱点のひとつやふたつ、たちどころに克服してくれるわ!』と言ってしまったのじゃ」

 「売り言葉に買い言葉ってやつだね」

 「そして豊前坊のやつは『吠えんしゃったね! よし! ならそれを儂が見届けっちゃる! 最高の鯖を用意してやるけん、楽しみにしちょれよ』と(いや)らしく言いおった。拙者は途方に暮れた……」


 そう言って三郎さんは頭を抱えた。


 「そして京都の橋の欄干(らんかん)(うつむ)いてた三郎を見たおじさんが声をかけて、事情を聞いたおじさんが『うちの料理番なら何とかなるかもしれないぜ』と言った寸法さ」

 「頼む! 料理番! どんな形でも構わぬので、拙者が鯖を食べれるようにしてくれ!」


 そう言って三郎さんが頭を下げる。

 そこまで言われたなら、あたしも頑張りましょう!


 コトコトコト


 あっ、お鍋が温まったみたい。


 「事情はわかりました。ではまずは鯖の味噌煮から試してみましょう!」


 あたしは皿に味噌煮を乗せながら言う。

 これは温め直す時に生姜(しょうが)を追加している。

 味噌と合わせて鯖の臭みはこれでかなり減っているはず。


 「おっ、良い匂いだね。酒が進みそうだ」


 そう言う緑乱(りょくらん)おじさんは手に酒瓶を取り出していた。


 「ふむ、では頂いてみるとしよう」


 三郎さんの(はし)が鯖に伸び、そのひとかけらが口に入る。


 パクリ


 「うわっ! ダメじゃ! だめ、これはキツイ!」


 そしてすぐに吐き出された。

 ぐぬぬ。


 「うーん、おじさんにとっては良い(さかな)なのになぁ」


 三郎さんとは対照的に、おじさんは笑顔でパクパクと箸を進めている。

 あたしはおじさんの事は何とも思ってないけど、この食いっぷりは好きだな。


 「いや、だめじゃ。口直しが必要じゃ、酒と……鮒ずしがあったろ、あれを出せい!」


 えー、あれはあたしが食べたかったのになぁ。

 まあ、いいですけど。


 おみやげの包みを開けると中から強烈な匂いがあふれ出る。

 この鮒ずしの匂いは人間でも好き嫌いがわかれるけど、あたしは平気。

 あっ! 一匹物で頭もついてる! しかも三匹入っている!

 やったー、これならあたしの分も残りそう!


 ゴリゴリギリ

 スッスッスッ

 

 ヒレと尻尾を断ち、あたしは鮒ずしを薄くスライスする。

 やったー! しかも子持ちじゃないですか!

 頭はあとで吸い物にしよっと。


 「はい、鮒ずしと日本酒です」

 「おお、待っておったぞ!」

 

 ひょいぱく、ひょいぱくと鮒ずしが口の中に消え、そして酒がキュっと吸い込まれていく。


 「くふぅー、いやー、人心地(ひとごこち)ついたわい。この酒も辛口で良いの」

 「はい、三郎さんの地元、信州の『明鏡止水』です。その名の通り曇りの無い水鏡のような澄んだキリッとした味わいが良いですよね」

 「おお! あの酒か! あれは旨かった。また奉納してくれんかのぉ」


 ちょっと懐かしむように三郎さんが猪口を見つめる。


 「しかし、思った以上にダメだったねぇ」

 「ううむ、これは困ったのう」


 鯖の味噌煮を見つめながらふたりが言う。

 三郎さんの鯖嫌いは思ったより深刻だ。

 あたしの頭の中には次の一品もあるけど、それを出すだけだと少しインパクトが弱い。

 それに、それだけじゃ豊前坊さんを納得させられるか怪しい。


 要するに鯖の身の臭みがダメなのよね……

 演出も考えないと。

 あっ、ひらめいた! 


 「それじゃあ、別の料理を作ってみます。小一時間ほど待ってて下さいね」

 「おっ、何か良い料理を思いついたのか!?」


 三郎さんが期待に満ちた目であたしを見る。


 「ええ、とっておきの謎の料理が出来ました!」


 あたしの”謎”という単語にふたりの頭に(ハテナ)マークが付いた。

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