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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
最終章 彼女の願った結末と彼の望んだ結末
406/409

時を越える想いと時を駆ける想い

◆◆◆◆

◇◇◇◇


 身体を(むしば)む痛み、その痛みすらも感じなくなって来た時、彼女は感じた。

 自らの死期を。

 その痛みが再発し少しずつ和らいていった時、彼女は悟った。

 自分は助かったのだと。

 半ば朦朧(もうろう)とした意識の中、彼女は目を覚ます。

 

 「しゃ、しゃっこうさん?」

 「気付いたのか!? 珠子さん! 体調は平気か?」


 彼女が脇腹を見ると太い牙が伸びていて、そこから真っ黒な滴がポツリポツリと落ちている。


 「ここまで来れば大丈夫さね。八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の呪はほとんど取り除いたよ」

 「間に合ってなによりでありますな」


 ああ、そうか、うまくいったんだ。

 あたしを助けるために八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の牙を取りに行くって話だったけど、みんながあたしを助けてくれだんだ。

 彼女はそう思い、消えていく痛みと共に安堵(あんど)の息を漏らす。

 スゥ、スゥと息を整い、頭がハッキリとしてきた瞬間、彼女はハッと頭を上げた。


 「みなさんは!? みなさんは無事なのですか!? 橙依(とーい)君は!?」


 彼女は声を上げて周囲を見る。

 今まで『酒処 七王子』へ来店した面々や料理を通じて縁を結んだ”あやかし”たちの姿はあるが、そこに少年の姿はない。


 「黄貴(こうき)様! 橙依(とーい)君は!? それに緑乱(りょくらん)おじさんと蒼明(そうめい)さんの姿もありません!?」

 「橙依(とーい)は過去から戻っては来れなかった。それは最初からわかっていたこと。橙依(とーい)は覚悟して過去へと行ったのだ。そなたを救うために」

 「そんな……そんなのって……、でも、橙依(とーい)君は”あやかし”だから大丈夫ですよね。寿命なんてありませんよね!?」


 彼女の問いに返ってきたのは暗い表情。


 「珠子、俺様のような名の有る”あやかし”なら、人の間の伝承を(かて)として若さを保つことが出来る。命を落としても幽世(かくりよ)でそれを(かて)とし身体を癒し年月を経て現世(うつしよ)へ復活することも出来よう。だが、六の兄者にはそれがない。人間よりかは長くはあろうが、おそらくは時の流れに沿って老化し、百年ほどで……」

 「酒吞童子の言う通りだ。せめて緑乱(りょくらん)がやったように八尾比丘尼(やおびくに)に扮して、新しい伝承を作っていれば、少しは老化は防げるやもしれぬが……」

 「そう! そうです! 緑乱(りょくらん)おじさんや蒼明(そうめい)さんが残ったのは、きっとそうだからですよ! だから、橙依(とーい)君たちは別の”あやかし”として生き続けていたはずです! 三匹の大蛇みたいな感じで!」


 珠子はスマホを取り出し、そこで何個も”大蛇”、”蛇”、”オーパーツ眼鏡”、”三兄弟”など考えうる限りのキーワードで検索する。

 だが、どんなキーワードを入れてもヒットしない。


 「どうして!? どうして何も見つからないの!?」


 タップの指は早くなり、祈るようにスマホを持ち上げても、彼女の望みのものは検索結果に現れない。


 カチャ


 「鳥居、どうであった?」

 「申し訳ありません。文車妖妃殿と寺や神社仏閣、博物館に図書館などをあたりましたが、成果はありませぬ」

 

 暗い顔をして報告する臣下を前に黄貴(こうき)は「そうか……」と呟くだけ。


 「そんなはずはありません! もっと、もっとよく探して下さい! そうだ! 赤好(しゃっこう)さんの幸、不幸を見極める能力(ちから)なら、ラッキーワードがわかるはずです! ですよね!?」

 「それはもうやった。何度もやったさ。だけど、何も見つからなかった、何も」

 「そんな、そんなはずがありません!」


 彼女はそれを聞いて瞳から涙をこぼす。

 彼女はわかっているのだ。

 もし、大蛇の兄弟が日ノ本で”あやかし”として生き続けていたなら、未来に向けて何かを残しているはずだと。

 伝承や伝説の中で。

 

 「約束したんです、あたしは……、無事に戻ってきたらって……」


 涙は大粒になり、その声に嗚咽が混じる。


 「伝えたいことや、言いたい気持ちもいっぱいあったんです。あいたい……、あいたい! 逢って好きって伝え──」


 彼女の嗚咽は激しくなり、『酒処 七王子』に集まった”あやかし”たちがその姿を見てられず、目を背けた時。

 

 「ただいま。珠子姉さん」


 まるで日常の、学校帰りのような感じで店の扉がカランと音を立て、彼女の想いの先の少年は姿を現す。


 「とおひっ!?」

 

 彼女の口から変な声が出た。


 「うぃー、久しぶりの我が家だぜ」

 「そうですね。少し懐かしい気がします」クイッ


 続けて入ってきたふたりの姿に、今までの重たい空気が混乱した空気へと変わる。


 「緑乱(りょくらん)!? 蒼明(そうめい)!? どうやって!? 姿も何も変わっておらぬではないか!?」

 「そうかい? ちっとふとっちまったかもと思っていたけどよ、そんなに変わってないってか。こりゃよかった」

 「変わりましたよ。眼鏡を新調しました」クイッ


 黄貴(こうき)の問いにふたりは飄々(ひょうひょう)と応える。


 「ごめんね珠子姉さん。心配かけて」


 そう言ってベッドへと近づいた橙依(とーい)に珠子はガバッと抱き付く。


 「んもう! 心配したんだから! どこに行ってたの!?」

 「ちょっと竜宮城まで」


 竜宮城、それは浦島太郎の伝説に登場する異界。

 その伝説にはこうある。

 竜宮城で三年の月日を過ごした浦島太郎が故郷(ふるさと)に戻ると、そこでは七百年の年月が経過していたと。


 「なるほど、千年の時も竜宮城ならば五年にも満たぬ。そなたたちの姿が大して変わらぬのはそのためか」

 「へへっ、乙姫ちゃんからもらったヒヒイロカネの印章のおかげだぜ。おかげで家族みんなで楽しめた」


 以前、緑乱(りょくらん)が乙姫から手に入れたヒヒイロカネの印章。

 その効果は実に庶民的。


 ”竜宮城の家族ご招待券”

 

 「そういや蒼明(そうめい)だけはひと月半程先に地上に帰ってたな? 何してたんだ?」

 「野暮用ですよ野暮用。大したことはしていません」クイッ


 そう言って蒼明(そうめい)は新しい眼鏡をクイッと動かす。


 「そうだったの。だから何も見つからなかったのね。でも、よかった! あのままずっとお別れだと思ったら、あたし……、あたし……」

 「僕はいなくて悲しかった?」

 「そうよ! 胸が張り裂けそうだったの!」


 彼女の声を聞いて、橙依(とーい)はその背中をギュッと抱きしめる。


 「ごめんね」

 「いいのよもう」

 「そしてごめんね。もう我慢できない」


 橙依(とーい)はそう言うと、背中に回した手を少しだけ緩め、


 「ん゛!? ん゛──む!?」


 彼女に熱い口づけをした。


 「あらま、橙依(とーい)ちゃんったらだいたーん」

 「ん゛──!? ん゛んん──ぬ──!? んぱぁっ!」


 その口づけは数秒だったか、数十秒だったかはわからない。

 ただ、そこに居る全員が”なっげぇ”と感じるのに十分な時間だった。


 「てめえ! ぬけがけしやがって!! 珠子さんから離れろ!!」


 赤好(しゃっこう)がふたりの間に入り、抱き合うふたり引き裂こうとするが、彼はそんな兄に冷静に返す。


 「約束」

 「は? 約束がなんだって!?」

 「あの時、約束したよね。僕がいない間、珠子姉さんを悲しませるようなことがあったら、僕がもらうって」

 「あー、いってた、いってた! 赤好(しゃっこう)おにいちゃんと橙依(とーい)おにいちゃん、そんなことをいってた!」


 ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべる橙依(とーい)に、その場のみんなが思い出す。

 そういえば、そんな会話があったと。


 「悲しませるって、半日も経っていないだろが!!」

 「半日でも悲しませたのは確か。約束は守らないと」

 「おー、いいねぇ、いいね。その娘が噂の珠子ちゃんかい。料理上手で気立てもいい、しかも可愛いってお前らの言ってた通りじゃないか」


 !?


 さらに現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)に全員の目が丸くなる。

 それもそのはず、現れたのは百鬼夜行と死闘を繰り広げた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の人間の姿。


 「どなた!?」

 「初めまして珠子ちゃん、こいつらの父、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)です」

 「おろちっ!?」

 「聞いてくれよ珠子ちゃん。こいつは竜宮城で朕がカズノコ天井やイソギンチャク千匹を楽しんでいる間、ず───っと、禁欲してたんだぜ」

 「カズノコイソギンチャク!?」


 次々と襲い掛かる情報量を前に珠子の頭が許容量を超えはじめる。


 「おかげで、もう辛抱たまらんってわけだ。というわけで、息子と朕とで一緒に親子丼ならぬ親子串を楽しまないか?」

 「父上! そこまでですっ!」

 「んもう! そんなんだからママに愛想尽かされちゃうのよ!」

 「なんだ茨木。その『やっぱ親子やね』とでも言いたそうな目は」

 「ま、父ちゃん、今は俺っちと歌舞伎町にでも行こうか」

 「ボクもいくー」

 「ダメです」クイッ

 「おい、橙依(とーい)! 今だけだからな!」


 ここまで来ると呆れを超え、感心を超え、やはり怒りに戻って来た息子たちに引きずられるように、日ノ本最強の”あやかし”は扉の向こうへ消えていく。

 消えていく父の背中に向かって、その息子たちの中で、弱くもあり、優しくもあり、愉快でもあり、誰かのためになることが好きで、そして勇敢であった男は決意の言葉を投げかける。


 「ダメ、絶対に誰にも渡さない」

 「う、うん。渡されない」

 

 気が付くと、その部屋からは他の百鬼夜行の”あやかし”たちも姿を消していた。

 ふたりはもう一度確かめあった。

 互いが互いを、どれだけ想っているかを。

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