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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
最終章 彼女の願った結末と彼の望んだ結末
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男の戦いと父の戦い

◆◆◆◆


 雨女がもたらした豪雨が止み、黒雲の隙間から赤黒い月が再び八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と百鬼夜行を照らした時、百鬼夜行の数少ない人間が口を開いた。


 「ねえ、ヒーロー。これは私の予言じゃなくって予想なんだけど、ヒーローのお父さんって……、女性にすごく甘くない?」

 

 『女装は(・・・)通用しない』

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)のその台詞は暗に『女性は通用する』と言っているようなもの。

 (くだん)憑きの少女の予想、いや推察は彼女だけではなく百鬼夜行の全員が感じていたものだった。


 「珍しく意見が合ったな九段下! なら、俺がそれを確かめよう! 俺の名は白縫大尽(しらぬいだいじん)! 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)! いざ尋常に勝負!」

 「あぶない! 下がって!」


 腰に()いた刀を抜き、風に羽織をなびかせながら第四十八の物語”若菜姫”が橙依(とーい)の制止も聞かず単身八岐大蛇(ヤマタノオロチ)へと襲い掛かる。

 ちなみに白縫大尽(しらぬいだいじん)とは彼女の男装時の偽名である。


 キンッ!


 突出してきた若菜姫の刀を八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首のひとつが受け止める。


 「くっ、硬いっ!」

 「ぬ!? 遠目には定かではなかったが、衛士風の女性(にょしょう)! 男色とみせかけて実は女性(にょしょう)! よいな、よいな、朕の別の所も固くなってきたぞ!」


 キキキキンッ!!

 

 繰り出される若菜姫の刀の連撃など意に介さぬと八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は目を細め、他の首たちも若菜姫をねぶるようにその姿を見る。


 「だから危ないって言ったのに! 渡雷! 手伝って!」


 橙依(とーい)はそう言って親友の雷獣へと手を伸ばす。


 「応でござるよ! 第三十の物語! 雷獣こと渡雷十兵衛! 友のためにひと肌脱ぐでござる!」


 差し出された手を握り、バチバチッと帯電した雷獣が跳んだのは八岐大蛇(ヤマタノオロチ)とは逆方向。

 橙依(とーい)の身体もその方向へ引っ張られ、そこから伸びた蜘蛛の糸が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の眼前の若菜姫をグンッと引く。

 若菜姫は離脱用にと自らと橙依(とーい)を蜘蛛の糸で結んでいたのだ。

 通常なら雷獣の帯電は糸を伝って若菜姫へ流れるが、介した橙依(とーい)の祝詞の権能(ちから)が電気を大地に捧げ、それを回避した。


 「ふぅ助かったぜ。見られるのは嫌いではないが、さすがにあの視線は頂けない。あ、心の清い君の視線ならいつでも大歓迎だぜ」

 「ちょっと若菜姫さん! しれっと私のヒーローに変な性癖を植え付けないで! でも、わかったわよねヒーロー。あなたの月子が弱点を看過したって!」


 (くだん)憑きの少女の声に橙依(とーい)は軽く頷く。


 「みんな聞いて! わかってるだろうけど、父さんの弱点は神代と変わらず”女の子”! だからこの作戦!」


 そう言う橙依(とーい)とその親友の天邪鬼の目が合った。


 「だから! 女の子たちは、あの丘へ退避! そこで応援してて! あとは僕たちがやる!」

 「そうこなくっちゃ橙依(とーい)! その作戦! 乗った!」

 「ま、そうなるよな。付き合うぜ親友」

 「ここからは男の戦いでござるよ」

 「ズラ!!」


 あやをかし学園中等部の生徒たち、橙依(とーい)と愉快な仲間たちはそう言って前に出る。


 「ちょっ!? ヒーロー!? そこは私を囮にするとかって作戦じゃないの!?」

 

 (くだん)憑きの少女の抗議をよそに、百鬼夜行の男たちは”これぞ見事な作戦”とばかりにその後ろに続く」


 「いい作戦だ橙依(とーい)。刑部姫殿、亀姫殿、退魔僧の方と協力してあの丘に安全な陣は敷けるか?」

 「もちろんでございます。ですが、よろしいので?」

 「わたくしたちを盾、もしくは囮にした方が勝利は近いと思います」

 「そうかもしれぬ。だが、我の考えは違う。女性を盾にした勝利など、我が王道にない」

 

 完全に言い切る黄貴(こうき)の前にふたりの姫は『わかりました』『ご武運を』と言葉を返す。


 「聞いたかみなのもの! 今からあの丘に陣を張る! 女性と戦えぬ者はそこで待機! 『見守るだけでよい! 男とは、それだけで力が湧くもの!!』」

 

 黄貴(こうき)の号令に百鬼夜行の女性は”仕方ない”と移動を開始し、男どもは”違いねぇ”と気勢を上げる。

 黄貴(こうき)橙依(とーい)の作戦に乗った理由はふたつ。

 ひとつは彼の父、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の性格を知っていたこと。

 女を盾にするような男は父の怒りを買い八つ裂きにされるであろうことを、彼は神代の経験と直感から感じていた。

 そして、もうひとつは彼もまた男であったということ。

 最強という越えられぬ壁に挑む高揚感を胸に彼は走る。

 

 『ゆくぞ野郎ども! 我に続け!!』


 この夜、妖怪王を目指す七王子の長男は、久方ぶりに王であるよりも男であることを選んだ。

 

◆◆◆◆


 蝕の月の光の下、男たちは猛る。

 そこから離れた丘で女たちはあきれる。

 ビルほどの大きさを持つ八岐大蛇(ヤマタノオロチ)であっても、この距離であればさほど威圧感はない。

 ましてや、女性に対し攻撃の意志がないとわかったなら尚更。


 「来るぞ! 再び毒の霧だ!」

 「ならはここは拙者たちが! 第十七の物語! 天狗! 飯綱三郎(いづなさぶろう)と!」

 「彦山豊前坊(ひこざんぶぜんぼう)!! 天狗の大団扇(おおうちわ)は嵐の如し!!」


 天狗が巻き起こす大風に毒の霧は前には飛ばず、逆に大蛇の顔に、目に襲い掛かる。


 「くっ!? 目潰しとは卑怯な!?」

 「今カナー! 第二十二の物語! 金熊童子!」

 「虎熊童子トラ!」

 「星熊童子でスター!」

 「熊童子クマー!」

 「「「「みんなまとめて大江山四天王!」」」」

 「さらに私も! 第三十七の物語! 鬼道丸! 御爺(おじい)殿! 一本頂きます!」


 酒呑童子の配下と子、大江山四天王と鬼道丸が視界を封じられた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の牙へと跳び掛かる。


 「たわけども! 止めろ!!」

 「なーんてなっ!」


 ブォン!!


 酒呑童子の制止も間に合わない。

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の頭がギュルンとうねると、大江山四天王と鬼道丸は横から襲い掛かった首に吹っ飛ばされる。

 

 「な、なぜ!? あの瞳は開いていないのに!?」

 「たわけ!! 父が大蛇であることを忘れおって! 目は見えずとも鼻で熱を感じておるのだ!!」


 蛇のピット器官。

 それは自然の中で蛇が身に着けた暗視能力。

 これにより蛇は光ではなく、サーモグラフのように獲物を捕らえることが出来る。


 「朕は夜の王! 目隠しプレイでも急所を的確に突けるのだ! 特に女体(にょたい)の急所はな!!」


 …

 ……


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)はデカい。

 当然、声もデカい。

 現代基準でなくても明らかなセクハラ発言は少し離れた百鬼夜行女性組の耳にもバッチリ届いていた。


 「ねえ、おタマ。わたしたちって大陸で数多くの神や”あやかし”を見てきたけど、アイツの強さってかなりのものよね」

 「ああ、かなりイイ線行くんじゃねぇか。オレの見立てだとガチンコ殴りなら応竜(おうりゅう)くらいはあるかもしれねぇぜ」

 

 応竜とは四霊(しれい)の一柱。

 麒麟(きりん)鳳凰(ほうおう)霊亀(れいき)と並ぶ存在である。


 「でも、全然怖くないわね。だって弱点がバレバレなんだもの」

 「だよなぁ、オレたちが行けばイッパツじゃねぇか?」

 「あんたも大概だけどね」


 敵と味方からのセクハラ発言に九尾の分体、コタマは眉をしかめる。

 

 「てゆうかー、ウチらが出張ればいいだけじゃん! 第五十二の物語、飛縁魔(ひのえんま)日葵(ひまり)がさ」

 「わっちも同感だニャン。第六十の物語、化け猫遊女のニャンニャンサービスで骨抜きだニャン。お代は牙一本でって言えば話は終わるんじゃにゃいの?」


 ふたりの判断は正しい。

 それはこの陣に集まった全員が感じていること。


 「でもねぇ」

 「出来ないニャンね。あんなのを見ていると」


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)との戦いの中心はやはりその息子たち。

 『第二の物語! お稲荷ことコーン! 熱を見るならそれを乱すまで! 狐神術! 多重狐火!!』と多数の狐火で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の視界とピット器官を封じると、その隙に息子たちは八ツの首に次々と襲い掛かる。

 だが、その防御は堅い。

 うねる首の速さもさることながら、その鱗はどんな攻撃をも意にも介さない。


 「ちっ、親父の身体がこんなに堅いなんてよ!」

 「んもう! こんなに大きくっちゃあたしの”殺す”能力(ちから)でも殺し切れないじゃないの!!」


 藍蘭(らんらん)はその太極の権能(ちから)の一片、活殺自在(かっさつじざい)能力(ちから)で鱗を無力化しようとするが、鱗の堅さを殺せるのはほんの一部。

 殺した所で動き続ける八ツの首の前では、同じ箇所へ攻撃を当てることは出来ない。


 「私のプラズマで!!」


 水を電離状態にして高エネルギー状態にしてインパクトの瞬間に爆発的な威力を生む、蒼明(そうめい)の必殺技。

 かつて四国で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と同じく八ツの首を持つ三目八面(さんめやづら)の首を切り飛ばした蒼明(そうめい)のプラズマブレートが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首を捉えるが、それは”バシュツ!!”っと大きな音を立てるだけ。


 「ほう、今のはちょっとバチンと来たかな? なるほど、あいつの子か」


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)はゆっくりと目を開き、蒼明(そうめい)の姿を認めニヤリと笑うと、その首をブンッっと彼に叩きつけた。

 バンッっと音がして、蒼明(そうめい)は地面に叩きつけられるが、「これしきの衝撃! 強き私ならばっ!!」とすぐさま立ち上がり体勢を整える。

 その姿を見て、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の笑みは増々深くなる。


 …

 ……


 「あれって、やっぱりそうよね」

 「あそこまであからさまだとな。オレでもわかるぜ。遊んでいるな、いやジャレてるな、ありゃ」

 「どういうことでございます? ここまで離れると、わたくしはよく分からないのでございます」

 「おう! 久しぶりだな!」

 「あの時はとんだ無礼を」

 「ん? おタマ、知り合い?」

 「オレを沼に封印していたヤツさ」

 「はい、第八十三の物語、蛇女房でございます」


 九尾の分体に近づいて来たのは和服の”あやかし”。

 かつて九尾の分体のひとつ、おタマを封印していた沼の主。

 その瞳は失われていて、彼女は蛇と同じように熱で周囲を認識するが、その範囲は近距離に限られている。


 「妖力(ちから)を感じんだよ。お前なら(・・・・)わかるはずだぜ」


 おタマの言葉に蛇女房は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)妖力(ちから)に感覚を集中する。

 そして彼女は気付いた。

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)妖力(ちから)の高まりタイミングの特異性に。

 彼は相手に合わせてその妖力(ちから)を上下させていた。

 妖力(ちから)の強い蒼明(そうめい)には高く、妖力(ちから)の弱い赤好(しゃっこう)には低くといった具合に。


 「なるほど、わかりました。貴女のお前なら(・・・・)という意味まで」

 「だろ、似たようなのを感知した経験があるはずだぜお前は」

 「はい」


 そして蛇女房は心の中で重ねる。

 百年以上前、彼女が愛した夫と息子の姿と八岐大蛇(ヤマタノオロチ)とその息子の姿を。

 遠く離れた所で行われている戦いは、まるで……、父に全力で戦いを挑む子と、それを優しく受け止めるような父のように彼女は感じた。

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