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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
最終章 彼女の願った結末と彼の望んだ結末
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八岐大蛇と百鬼夜行

◆◆◆◆


 「橙依(とーい)君、状況は!?」

 「そんなん見りゃわかんだろ! 決裂さ、決裂! いくぜ、狙いは口の牙だ!」

 「それよりも父さんの首の根本! あいつが歴史改変の黒幕!」


 橙依(とーい)の叫びに百鬼夜行たちの視線が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首に集中する。

 

 「ひっ!」


 百鬼夜行の怒気の込められた視線を受けて、コタマモは八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首の裏へ隠れる。


 「朕の可愛いコタマモを怯えさせるとは無粋な野郎どもと、クールな視線もまた良い女たちめ!」


 クール!?

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)から出た外来語に百鬼夜行たちの思考が乱れる。


 「おそらくコタマモが来たのは僕よりずっと前! それから時間をかけて父さんを魅了したと推測!」

 「なるほど、パパッてば女に弱いのは相変わらずねっ!」

 「これから母様の所に行こうというのに、他の女にうつつを抜かすとは! 一番槍は俺様がもらうぞ!」

 「酒呑! ウチも加勢するで!」

 

 酒呑童子と茨木童子が百鬼夜行の群れより一歩先に躍り出て、そのまま大跳躍で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の口に迫る。


 「第三十六の物語、酒呑童子! その牙、もらうぞ!」

 

 妖力(ちから)の奔流を纏った右掌(みぎて)を袈裟切りに打ち付ける。


 ガッ!


 だが、鉄柱ですら引き裂くそれを受け止めても牙は微動だにしない。


 「茨木! 合わせろ!」

 「はいな! 第二十三の物語、茨木童子! 義父(とう)さん、堪忍な!」

 「大江山!」

 「夫婦(めおと)!」

 「「重双撃(インパクト)ー!」」


 遅れて跳躍した茨木童子の左掌による逆袈裟と、酒呑童子の袈裟が左右から交差するように牙へと叩きつけられる。


 ピキッ


 牙に小さなヒビが入り、酒呑童子は「もらった!」と気勢を上げる。

 だが、次の瞬間、横から飛来した尾に酒呑童子の身体はヒュンと()ぎ払われ地面に打ち落とされる。


 「酒呑!? こっ、このっ、放しいや!」


 そして茨木童子の身体は口から伸びた舌に巻き取られた。


 「そう暴れるな可愛い娘よ。ほら、パパのハグでちゅよー」

 「なに、言ってはるん! ウチはあんさんの娘なんかやなか! 息子の嫁! あんたの息子はさっきの酒呑童子や!」

 「ん? あんな息子は知らぬが? まあよい、息子の嫁なら父の嫁も同然、仲良くなろうではないか、あっー!?」


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の最後の叫びは、その舌を酒呑童子の爪で切断されたため。

 怒りに満ちた瞳で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は酒呑童子を(にら)み、それ以上の怒りを持ってその八番目の息子は睨み返す。

 

 「悪いな。茨木は俺様だけのもの。いかに父といえども譲るわけにはいかぬ」

 「だからお前など知らぬ」

 「知らぬのも無理ない。なんせ俺様はまだ生まれておらぬからな」


 まだピクピク動く舌を茨木童子の身体より引き剥がしながら、酒吞童子は言い放つ。


 「わけのわからぬことを! それに朕の逢瀬を邪魔しおって! いいだろう! 男は皆殺しだ!」


 切断された舌の断面から新しい舌をニュッと再生し、その八ツの首が木々どころか山すら震わす咆哮(ほうこう)を上げる。

 同時に、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の巨体から発する妖力(ちから)が何倍にも膨れ上がる。

 まるで、今までが遊びのようであったように。


 「ヒッヒィィィ」

 「な、なにあれ、あんなの知らない! あんなのに勝てっこないじゃない! 助けてヒーロー!」

 「そ、蒼明(そうめい)様、こ、こわいでんちゅ!」

 

 その妖力(ちから)と咆哮がもたらす恐怖に百鬼夜行の半数が戦意を失いかけた。

 が、

 ムクリと百鬼夜行から肥大し立ちあがる巨体がその喪失する戦意を、いや、その恐怖を吸収する。


 「第八十六の物語! 狐者異(こわい)!! クックックッ! みな思う存分、恐怖するがいい! それは俺公(オレ)妖力(ちから)となるのだ!!」


 人間ほどの大きさだった狐者異(こわい)は、巨象ほどの大きさに達し、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)へ組みつく。


 「クックックッ、牙なんて生易しい! 俺公(オレ)が首ごと捻じ切ってくれるわ!!」

 「怪獣大決戦だスター!!」


 首のひとつをヘッドロックの体勢に取り、狐者異(こわい)はそれを山をも動けとばかりに剛力で引く。


 「朕は男に抱き付かれて喜ぶ趣味はない! 放れろ!」


 自由な七ツの首がカチガチガブッっと狐者異(こわい)の四肢に喰らいつき、その巨体を持ち上げる。

 ブチッと音がして、首を絞めていた腕が引き千切られ、狐者異(こわい)の身体は地面にドゴンと叩きつけられた。


 「クッ、クッ、キュ──、妖力(ちから)が出ぬ」


 狐者異(こわい)から妖力(ちから)が抜け、身体がしぼみ始める。

 その手足の牙の(あと)は、どす黒いとも言えるほどの深紫色に変色していた。


 「マズイぞ! 気を付けろ! 父上のあの牙には毒と呪が込められているぞ! まともに喰らえば命はない!」


 神代の父の戦いを思い出し、その長兄の黄貴(こうき)が叫ぶ。


 「安心しろ、朕は女子(おなご)は甘噛みしかせぬ。だが、少々数がたくさんでだな」


 八ツの首がゴォォと息を大きく吸い、その吸引圧で大風が舞い起こる。

 先ほど橙依(とーい)が受けたもの毒の霧と比較して、単純に八倍。

 いや、感じる妖力(ちから)の圧はその比ではなかった。


 「あれもマズイ! あれは毒と呪を霧状にして吹き出す技だ! 我らが盾になる我の後ろへ!」

 「毒と勢いを殺しきれるかしら?」

 「ま、しゃあねぇさ。あれは避けれないみたいだしさ」

 「そうですね。私たち大蛇は多少の毒や呪には耐性がありますから。これが上策でしょう」クイッ


 大蛇の兄弟が百鬼夜行の先頭に並び、今、まさに放たれんとする毒と呪の霧への壁になろうとする。


 「いい判断だ、黄貴(こうき)。だが容赦はせぬ! 喰らえ!!」


 (なぎ)となった風が、一瞬先に訪れる逆風を全員に想起させる。

 そして、黒い霧が視界を埋め尽くす。

 襲い来る毒と呪に皆が身を固めたその時、


 「玩蛇及蝮蠍がんじゃぎゅうぶっかつ!」

 「気毒煙火燃(けどくえんかねん)!」

 「「念彼(ねんぴ)! 観音力(かんのんりき)!!」」

 「「尋声(じんしょう)! 自回去(じえこう)!!!」」


 黒い霧は見えない壁によって遮られ、その軌道が逸らされた。


 「人を救う所に仏あり!」

 「仏ある所に我らあり!!」

 「第四の物語! 破戒僧! 慈道!」

 「自分で破戒僧って言うんじゃないよ! 第五十七の物語! 退魔尼僧! 築善!」

 「「魔を退け、人を救うのが我らの使命!!」」

 

 錫杖と独鈷が光を放ち、そこから産み出される結界の壁が百鬼夜行を黒い霧を防ごうとする。

 だが、その圧は強い。

 

 「くっ、これほどとは!?」

 「いいから踏ん張りな慈道!」

 「ですが、2点で防ぐのは、せめてあとひとり退魔の者が……」


 退魔僧が膝を付いたその時、宙に一枚の経文が舞い結界に新たな光点が生まれ三角の壁を作る。


 「これは法力結界!?」

 「一体誰が!?」


 ふたりの問い宙の経文が答えを返す。


 「第七十三の物語! 経凛凛(きょうりんりん)! (リン)の中にはありがたーい法力がいっぱい詰まってるんだリン!!」

 「おお! これも御仏のお導き!」

 「なるほどさね! こいつは頼もしいさね!」


 法力によって生み出された壁は毒と呪の霧と百鬼夜行の間に立ちはだかり、それを隔絶した。


 「すげぇぜ築善尼(ちくぜんに)! 親父の毒を防ぐなんてよ!」

 「()はいらないって、いつもいってんだろ! しっかし、今日のあたしたちは絶好調さね! いつもの万倍の法力(ちから)がみなぎってる気がするよ」

 「師匠、思うにこの時代は末法の前。だから御仏の教えが地に満ちているからではないでしょうか? 御仏パワーが満ち満ちていますぞ!」

 「冴えてるね慈道! なるほど、世も末じゃないってことさね!」

 「そうリン! おそれいったかリン!!」

 

 輝く法力の壁を前にふたりの退魔僧と経凛凛は見たことかと胸を張る。

 だが、毒と呪の霧を防がれたにも関わらず八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に動揺の気配は感じられない。

 

 「尼僧、昨今現れた頭ツルツル系女子か。ヌフフ、全身ツルツルか確かめてみたいな」

 

 それどころかチロチロと舌を動かしながら八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は瞳を細めるばかり。

 

 「防いだはいいけどさ、あの毒気は厄介だぜ。飛べるやつだけで上から攻めるか? それとも俺が親父の所へ橋を架けるか? ちっと危険だけどさ」


 毒と呪の霧は防げた、だが消滅したわけではない。

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の姿を(かす)ませるほど充満した霧は、そこに立ち入る”あやかし”の心身を(おか)すのに十分だと見て取れた。


 「赤好(しゃっこう)さん、それには及びません! 第十二の物語! 雨女! 今こそ妖力(ちから)を開放する時!」


 雨女が()を天にかざすと、黒雲が空にたちこめ、そこからボタッボタッと大雨粒が落ちてくる。

 視界を完全に覆うほどの雨粒は毒の霧を吸収し、それを大地へと落としていく。


 「今です! ララさん!」

 「はいっ! ユキちゃん! わたくしたちの出番ですわ! 第二十八の物語! つらら女!」

 「第七十九の物語! 雪女! 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)も大蛇の種族! なら、寒さに弱いのではなくって!?」

 「「氷結! 氷柱(つらら)吹雪!!」」


 雨は(ひょう)へ、無数の氷柱(つらら)と化し、凍てつく風が毒の水溜まりを氷へと変えていく。

 ある者は凍える身体を抱きしめながら”これならば”と思い吹雪の中心を、雪煙の中の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を見る。


 「ふぅ、濡れ濡れ透け透け白小袖の可愛い子ちゃんたちが朕を(たかぶ)らせおる! 朕は何だか熱くなってきたぞ!」

 

 だが、|雪煙にも見えた白い霧は、実は上気する湯気であった。


 「そんな!? わたくしたちの氷雪の術が全く効果がないなんて」

 「それでもあの毒気を封じただけで上出来さ! よしっ、このまま一気呵成(いっきかせい)に!」


 道が出来たとばかりに駆け出そうとする赤好(しゃっこう)を紅の小袖が制止する。


 「いやいや、ちょっとお待ちなさいよお兄さん。ここはあたしの出番じゃない?」

 「ここはボクっ()のボクに任せるだしー。キシシ、こういう時は敵の弱点をピストンするんだしー!」


 しゃなり、しゃなりと前に出たのは第二十六の物語”否哉(いやや)”と第三十九の物語”石熊童子”。


 「あーら、逞しいお兄さん。そんなに猛らないで、こっちで楽しいこと(・・・・・)しなーい?」

 「シシシ、ボクのこのミニ(はかま)ナカ(・・)、どうなっているか見てみたいでしー?」


 襟をおおきく緩め、その白い背中を見せつけるように否哉(いやや)は見返りの姿で|、石熊童子は 白い生足を交差させながら(すそ)をピラッと広げ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)へと歩みを進める。


 「おおっ!? これはみえそうでみえぬ! もっと近こう寄れ!」


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の八ツの首全てが地面に顎が着くほどの低く下げられ、その息が荒くなる。

 ふたりの”あやかし”は「うっふん」、「クシシ」と”しな”を作りその視線を誘導する。

 まるで、他の仲間に今がチャンスだと言わんばかりに。


 …

 ……

 これは余談である。

 『日本書紀』の中で日ノ本平定の英雄日本武尊(ヤマトタケル)の最期はこう記されている。

 日本武尊は伊吹山の神を退治しようと、伊吹山を訪れ、巨大な大蛇と出逢う。

 彼は『伊吹山の主神を殺すのだから、その使いと思われる大蛇などにかまってられぬ』と大蛇を(また)いでしまう。

 そして実は伊吹山の主神であった大蛇の怒りを買い、戦いに敗れ瀕死で逃げ出し、その傷や毒で命を落とすのだ。


 だが、ここにひとつの可能性を示唆したい。

 日本最強の武神”須佐之男(スサノオ)”と日本最高の英雄”日本武尊(ヤマトタケル)”には共通点がある。

 それは”女装”

 もし、日本武尊(ヤマトタケル)が油断を誘おうと女装して伊吹山の主神に挑み、その道程で道を塞いだ大蛇を(また)いだのだとしたら……。

 その時、大蛇は何を(・・)見たのだろうか。

 何故(・・)、大蛇は激昂したのだろうか。

 そこから大蛇は何を学んで、何を学ばなくてはと思ったのだろうか。

 その答えが今、示される。

 ……

 …


 「とでも言うと思ったか!! 朕は二度と騙されぬ! 過去の経験から朕は!」


 スパーン!!


 「あーれー、ご、ご無体なぁ~~!」

 「そんなに激しくされると、ボクこわれちゃうんだしー!」


 丸太ほどもある尻尾の一撃で哀れな二体の”あやかし”はキラーンと星になるまで吹っ飛ばされた。

 

 「朕は女装を見破る眼力を身につけたのだ! もはや朕に女装は通用せぬ!!」


 誇らしげに宣言する八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を見て、一同は確信する。


 ”あ、こいつ、やっぱり大蛇の兄弟の父親だ”と。

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