表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
最終章 彼女の願った結末と彼の望んだ結末
400/409

未来の百物語と始まりの百物語

◇◇◇◇


 「はいっ、これで終わりっ! あとはよろしく! もうつっかれた~」

 「……ありがと、文車(ふぐるま)先生」


 筆を置いたのは”あやをかし学園”の教師、文車妖妃(ふぐるまようひ)

 彼女から受け取った紙の束をショルダーバッグに入れ、少年は、橙依(とーい)は決意を瞳に(とも)す。

 

 「頼んだぜ。橙依(とーい)、何とかうまくやってくれよ」

 「赤好(しゃっこう)兄さんこそ、うまくいったら後はお願い」

 「俺でいいのか? お願いされたがっているヤツは他にもいるってのにさ」

 「……んっと、それじゃ、それは珠子姉さんに一任するってことで」

 「はい、任されました」


 不意に現れた珠子の姿に、室内の数多の”あやかし”の顔が驚きに変わる。


 「珠子! 寝てなくてはならんだろ!」

 「へへ、なんだか眠れなくって」


 真贋判定の能力(ちから)を使うまでもなく、橙依(とーい)には、いや、その場にいる全員がわかっていた。

 ”なんだか(・・・・)眠れない”のではなく、身体を(むしば)む呪の”痛みで(・・・)眠れない”のだと。


 「話は聞こえていたわ。やっぱり行くのね」

 「うん」

 「止めても行くのよね」

 「うん」

 「あたしが『行かないで、そばにいて』って言っても行くのよね」

 「うん、行く」


 迷いひとつなく、少年は言う。


 「わかったわ。男の子が一度決めたんですもの、そこまで言うならあたしはもう引き止めない。帰ってきたら、たっぷりのご馳走を用意してあげる」


 こういう時はキスの約束のひとつでもして送り出すものだろうと少年は思ったが、それを口にはしなかった。

 

 「あれ? どこか不満?」

 「……男の子って部分が不満。

 「だったら無事に帰って来たら、あたしが男の子を男にしてあげる。げへへ」

 

 精一杯、笑顔で送り出そうと彼女は顔に笑みを浮かべたが、そこが限界点。

 糸の切れた人形のように、膝が、腰が、上体が揺れ、その身体は築善の手に抱きとめられる。


 「無理し過ぎさね。ほら、あっちいくよ」

 「へへ、すみません」


 築善に連れられて珠子が扉の向こうに消えると、少年は作戦の準備に協力してくれた”あやかし”たちに向き直る。


 「みんな、ありがと。ちょっとだけ待ってて。必ず作戦を成功させてみせるから」

 「頼んだぞ、橙依(とーい)。なに、作戦を立てたのは我。失敗をした時は責を我に押し付ければ良いのだ。栄光と責任を一手にするのも王の務め。これぞ王道! そうするがよいっ!」


 これが長い別れの第一歩となることを知っている王は、あくまでも明るく、そして弟が気負わぬよう、強くも優しい声を上げる。


 「今からでも遅くありません。私に任せてもいいのですよ」クイッ

 「ありがと、蒼明(そうめい)兄さん。でも、ダメ。兄さんは過去に十分な縁がないから。それに、これは僕が決めて、僕がやり遂げたいことなんだ。だから、僕がやる」


 拳をグッと握りしめ、少年は、いや、少年だった彼は、迷わぬ覚悟を胸に祝詞を唱え始める。


 「出来るさ、僕は、因果さえ迷わせてみせるさ。出来るさ、僕は、時だって越えてみせるさ。出来るよ、僕は! 千年の孤独にだって耐えてみせるさ!」


 彼の周囲に黒い穴が一瞬開き、そして瞬きする間にその姿は消えた。


◇◇◇◇

◆◆◆◆


 トン


 橙依(とーい)が降り立ったのは暗い蔵の木の床。

 格子窓(こうしまど)から射す月の光が、その室内を薄く照らす。

 室内の中心に鎮座してあるのは首。

 その見開いた瞳、不安とも恐怖とも言えぬ歪んだ(かお)は、常人なら恐怖に逃げ出してしまうだろう。

 

 「……久しぶり、いや僕にとっては3日ぶりくらいかな。ポンコツ丸」


 橙依(とーい)はその首に優しく声をかける。

 そう、彼の持つ過去との縁は、かつで己が祝詞の権能(ちから)で過去に跳ばした”あやかし”。

 討伐され、今は首だけとなり宇治の宝蔵に納められた大嶽丸であった。

 

 「……ありがと、君との縁があって助かった。一応、報告。立烏帽子さんは平成では鈴鹿御前となって元気にやってるよ。彼女の子の”小りん”にも子供がいっぱい出来て、子孫は繁栄したって彼女から聞いた」


 橙依(とーい)のその言葉を耳にすると、大嶽丸の首はその瞳が何かを訴えかけてくるように感じた。

 口が動こうとするが、それはもう動かない。


 「……心を読めってこと?」

 

 その瞳はそれが正しいかのように軽く(まぶた)を閉じる。

 橙依(とーい)が手を触れると、声が、大嶽丸の声にならない声が聞こえてきた。


 ありがと……、と。


 「どういたしまして」


 その声を聞くと貌は柔らかな笑みを浮かべ、そして動かなくなった。

 彼はそれを見ると、窓の格子を外し、そして月夜に躍り出た。

 京の町と決戦の地、伊吹山を目指して。


◆◆◆◆


 現代では伊吹山より西を望むと琵琶湖が見え、南東を望むと名古屋市街が見える。

 そして、その南の麓には後に中山道と呼ばれる東と西を結ぶ交通の要所があった。

 だが、それよりも特筆すべきは、(ふもと)に広がる平原。

 山々をつぶしたかのようなその平原は古来より伊吹山の大男が整地したとも、伊吹山の神がその巨体で(なら)した跡だとも伝えられている。

 古代より日ノ本を分ける大戦(おおいくさ)の場となったその地はこう呼ばれている……。

 ”関ヶ原”と


 秋の風、月が中点に達しようとするころ、橙依(とーい)は伊吹山の麓に立つ。

 少年は思う、酒呑童子からの情報だと決定的なのは今日。

 伊吹山に棲む、伊吹大明神、別名八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が山を下りて近江須川の玉姫へと夜這いに行ったのは。

 電話で話した玉姫御前曰く、

 

 『あの秋の夜のことはよく覚えているわ。帝が親政を始めてすぐのことだった。丑三つ時に彼は現れて私に夜這いをかけたわ。ふふっ、都の貴族みたいなことして胸が躍ったの。月がとても綺麗で、しかも段々と赤く染まる不思議な夜だったわ』


 この時点で『酒処 七王子』の”あやかし”たちに浮かんだ言葉は”人類の叡智”。

 ネットで検索すること10分。

 判明した日時は延喜4年10月17日、西暦904年11月26日の晩秋。

 夜の終わりから明け方にかけて皆既月食が起こった日。

 その運命の日、関ヶ原の地に橙依(とーい)は立つ。


 「……本当にいるのかな」


 遠くにそそり立つ伊吹山を見上げ橙依(とーい)は誰に言うでもなく呟く。

 だが、彼が瞬きすると、そこに怪しいものを捉えた。


 「……山が、近づいてくる!?」


 それは山ではなかった。

 山のように大きい何かだった。

 実際は小山程度ではあろうが、遠くに在る山と近づいてくる巨大な何かは同じサイズのように見えた。

 それよりも圧倒的なのはその妖力(ちから)

 兄の黄貴(こうき)が『父上がその姿を見せるだけで、並大抵の”あやかし”は裸足で逃げ出したものだ』と語っていたのを橙依(とーい)は思い出す。

 間違いない、あれが、かつての妖怪王”八岐大蛇(ヤマタノオロチ)”。


 「小僧、どけ」


 その山から生えた八本の首のひとつが橙依(とーい)に声をかける。


 「えっと、まずは挨拶からかな。初めまして父さん」

 

 父さんという声に山がビクッと震える。


 「だ、誰の子か?」

 「八稚女(やをとめ)のひとり、祝詞の女神の子」

 「嘘を吐くな。あの子は今はどこかに封じられているはず。封印が解ければ(ちん)が知れるはず。しかも……」

 「しかも?」

 「小僧のような弱っちい妖力(ちから)しか持たぬ者が朕の息子のはずがない」


 弱っちいという言葉に橙依(とーい)は傷つかなかった。

 昔の自分だったら父親に認めてもらえなかったことに傷ついただろうとも思った。

 だが、今は違う。

 為すべきことを、救いたい女性(ひと)を想えば、そんなことは些細なことに思えた。

 

 「そう、そう思うならそれでいい。だけどひとつお願い。欲しいものがある」

 「何だ?」

 「その牙を一本ちょうだい」

 「ダメだ。話は終わりだ。どけ」


 山は半歩、人にとっては10mほどその巨体を進めるが、橙依(とーい)は動かない。


 「どうしてもダメ?」

 「くどい」

 「牙の代わりにお酒ならいっぱいあるけどダメ?」

 「ダメだ。朕はこれから大切な用がある。酔って行けば()つモノも()たぬかもしれぬ。お前が女であって酌をするなら考えてもやるが、男ではな」


 やっぱダメか。

 橙依(とーい)は元から信じてもらえるとは思っていなかった。

 酒で懐柔出来るとも思ってなかった。

 そして、男であった。


 「だったら!」


 バチバチッっと橙依(とーい)の身を雷電が覆い、その手刀が首のひとつを目標(ターゲット)にする。


 「雷鳴一閃!!」


 パアン! とその身に遅れて破裂音が響き、雷を(まとった)った少年の手刀はその牙を捉えた。

 

 パチッ


 だが、牙はびくともせず、雷も大蛇の巨体に拡散して消えていく。

 ヒビすら入ってない!?

 橙依(とーい)が父の頑健さに驚く間もなく、トラックほどの大きさの鎌首が彼を狙う。


 パァン!!


 身体を捻り、鎌首を避けた橙依(とーい)であったが、軽くかすめただけでその身体は上へと跳ばされる。

 そして、その時、橙依(とーい)は見た。

 八ツの首の付け根、胴体の部分に座る一体の”あやかし”の姿を。

 橙依(とーい)はその姿に見覚えがあった。

 少し成長してはいるが、あの時、何処何某(いずこのなにがし)の地下、地獄門の前での戦いの時に玉藻から飛び出した二尾の分体。

 名は……。


 「コタマモ!? なぜここに!?」


 そう口にした瞬間、彼は悟った。

 歴史改変を行った、いや行おうとしているのが誰かを。

 あの時、迷廊(めいろう)の迷宮で全員が脱出したと思われていたが、そこに含まれない者がいたことを。

 そして、その目が怒りに燃えた。


 「君が珠子姉さんの運命を!!」


 バチバチッ!!


 再び身体を帯電させると、橙依(とーい)は雷光の速さでコタマモへ斬りかろうとする。

 だが、それは許されなかった。

 上空からの鎌首が彼の身体をはたき落とし、橙依(とーい)は地面に叩きつけられる。

 少年の身体が人形のようにバウンドした。


 「女に手を上げようとするとは! 男に風上にもおけぬヤツめ!」


 そう叫ぶ大蛇の首の根本から、コタマモがひょこっと顔を出す。 

 

 「パパぁ、ありがとー、だいすきー」

 「おうおう、朕の可愛いコタマモたん。ケガはなかったか?」

 「だいじょうぶー、パパが守ってくれたから」


 コタマモはその全身で巨大な丸太ほどもある大蛇の首にスリスリする。


 「よしよし。それじゃ、パパが用事を済ませたら。いっしょに京へいこう」

 「えー、ボク、いますぐがいい。あの人間の女の所なんて行かないで」

 「いやいやいや、これーは、パパのとても大切な用なんだ。許しておくれ」


 橙依(とーい)へと向けられた言葉とは違う、甘い口調で大蛇はコタマモへと語り掛ける。


 「わかった。じゃ、早くあいつをやっつけて」

 「いいともいいとも」


 ドゴッ!!


 再び叩きつけられる鎌首を橙依(とーい)が避けれたのは奇跡にも近かった。

 ダメージは深刻であったし、鎌首の速度は音速にも達しようとしていた。

 兄、蒼明(そうめい)と模擬戦闘をした経験がなかったら、橙依(とーい)の身体は潰れたカエルのようになっていただろう。


 「ねぇー、きみー、最期に聞くけど、この時代にはひとりで来たのー!?」

 「そうだ!」


 その答えにコタマモは満足そうに笑う。

 甘言諫言両舌狐かんげんかんげんりょうぜつのきつね玉藻。

 その分体であるコタマモにとっては、橙依(とーい)の言葉が嘘で無いことくらい自明であった。


 「うん、だったら用はないや。ボクの邪魔をされるとまずいから。パパ! やっちゃって!」

 「おう!」


 コタマモの声に大蛇の瞳が鬼灯色(ほおずきいろ)から深紅に染まる。

 状態異常”魅了”。

 そんなゲームのステータス異常が橙依(とーい)の頭に浮かんだ。


 ドッ! ヒュッ! ヒュゴッ!!


 襲い来る八ツの首の攻撃を橙依(とーい)は紙一重で(かわ)す。


 なぜ逃げない?


 コタマモの頭に浮かんだのはこの思考

 橙依(とーい)の目的は歴史を変えようとする自分を始末すること。

 迷廊(めいろう)の迷宮の中、彼女は出逢った、玄宗の下へ行こうとする阿環と。

 彼女は監視役として阿環の中に度々送り込まれ、そして縁を結んでいた。

 その縁が彼女を導かせ、そして阿環にコッソリと同行することで彼女は迷廊(めいろう)の迷宮から抜け出せた。

 彼女の目的は玉藻の一部だった時から変わっていない。


 日ノ本を魔国へ。


 唐の玄宗の時代から紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、日ノ本へ戻り、彼女は活動を開始した。

 だが、彼女は所詮は二尾の玉藻の分体。

 旅の過程で一人前の妖狐にまで成長したものの、その妖力(ちから)は本体に遠く及ばない。

 だから、虎の威を借りる狐よろしく、虎を求めた。

 幸い、彼女には知識があった、この平安の世で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と玉姫が結ばれ、子、酒呑童子を成す知識が。

 この八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を味方に付ければ敵は無い。

 そして魅了の術は彼女の得意とすることのひとつであり、それは上手く作用した。

 言いなりというわけではないが、別の女が絡まない限り、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は彼女の望みを聞いてくれる。

 今宵の遭遇は彼女がこれなら十分と京の都へ攻め入ろうとしていた矢先のことであった。


 しかし、最強の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を味方にしたとしても警戒しなければならない相手もある。

 それは、彼女のこれからの行動で変わってしまう”未来からの刺客”。

 来たのが大蛇の兄弟のひとりだけであったことに彼女は安堵(あんど)していた。

 これなら、魅了中の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)でどうともなると。


 だが、橙依(とーい)の態度は明らかにおかしい。

 絶対に勝ち目が無いと思える状況なのに、未来からたったひとりで来たはずなのに、彼の瞳は絶望に曇ってはいない。

 そしてコタマモは気付いた。

 彼の目がチラチラと(ふもと)の集落に向いていることを。

 彼は未来からひとりで来た。

 仲間を連れてきてはいない。

 でも、この平安の世で仲間を作ってないとは言ってない。

 平安の世は”あやかし”が跋扈(ばっこ)する時代、だけど人間は無力であったわけでもない。

 退魔僧に陰陽師、衛士や武将といった英雄たち。

 どれもが現代に引けを取らない、いや、最上位のそれは平穏な現代を遥かに凌駕する。


 「パパッ! 早くやっちゃって!」

 「そうだな、そろそろ遊びは終わりにしよう」


 首のひとつが口を開き、橙依(とーい)へと迫る。

 彼は避けようとするが、その首が突然ピタッと静止したことで、一瞬反応が遅れた。

 

 ブフウゥゥッッッー!!


 牙の先から滴る毒液、それを嵐のような強い息吹で大蛇は霧のように飛ばす。

 

 「くっ!?」


 全ては避けれなかった。

 橙依(とーい)も毒に強い耐性を持つ大蛇の血脈であるが、半分は女神の子。

 毒の霧を浴びて、身体から力が抜け、彼は膝を着く。


 「おわりね。この時代の人間を味方にしたようだけど、間に合わなかったみたいね。ご愁傷(しゅうしょう)さま」


 月に(しょく)がかかり、夜の闇が一層深まる中でコタマモは(わら)う。

 だが、橙依(とーい)は逆に笑い返した。


 「僕はこの時代の人間を味方になんてしていないよ。歴史を出来るだけ変えたくないから」

 「どういうこと!?」

 「ねえ、君。カードバトルってやったことある? モンスターを召喚して戦うやつ」

 「なに言っているの!?」


 コタマモはもちろん知っていた。

 人の間でそういったカードバトルゲームがいくつも流行っているのを。

 だが、話の脈絡がわからない。


 「モンスターにはレベルとかランクがあってね。高いモンスターを呼ぶには召喚条件があったりするんだ」

 

 友達にでも話すように嬉々とカードゲームの話をする橙依(とーい)に彼女は不気味さすら覚えていた。


 「意味が分からないわ!? それが今と何の関係があるの!?」

 「そしてね、召喚条件はね……。条件が厳しいほど(・・・・・・・・)出てくる”あやかし”(モンスター)が強力なんだよ」

 「な、なに言ってるの!? こいつ!? もういい! パパ! トドメやって!」

 

 コタマモの声に応えた大蛇の鎌首が動けぬ橙依(とーい)へと叩きつけられ、大地が揺れ土煙が舞った時、コタマモは胸をなでおろした。

 だが、それは風が土煙を払うまでの束の間の安堵だった。


 「……もう、遅いよ先生(・・)

 「ごめんなさい。これでも急いで来たのよ」


 叩きつけられた首を受け止めたのは鬼。

 白い着物と薙刀(なぎなた)を備えたひとつ目の女の鬼であった。


 「ほう……、単眼鬼っ娘、女教師か……」


 (しょく)で赤黒くなった月光に立つ女性を見て、初めて八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は笑みを浮かべた。

 そして鬼は高らかに名乗りを上げる。


 「百物語の先触(さきぶ)れ! 青行燈(あおあんどん)! ひと足お先に只今登場!」

 

◆◆◆◆

 

 「おっ、お前! なにをしたの!? どうしてこいつがここにいるのよ!?」


 コタマモが動揺し震えた声で青行燈を指差す。

 無理もない、彼女は、ここにありえるはずのない(・・・・・・・・・)存在。

 平成の世の”あやをかし学園”の日本史教師なのだから。


 「……たいしたことしてないし、出来ないよ。歴史を大きく変えるわけにはいかないからね。僕は焚きつけただけ(・・・・・・・)。奇怪なことに興味のある人間を」


 そう、宇治の宝蔵を出て彼が行ったことは、人を集めること。

 自称豪傑の衛士(えじ)や異国話興味ある貴族、僧、豪農など。

 条件はただひとつ、文字が読めるということ。

 そして誘った、『とびっきりの怪談話をしよう』と。

 誘えた人間は十人程度、それだけで十分だった。


 「昨日の夕暮れから、人間に怪談をやってもらってるだけ。僕が未来から持ち込んだ百の物語を」

 「ひゃ、百の物語だと!? おまえ、まさか!?」

 「……そのまさか(・・・)だよ。儀式をやらせたのさ。百物語をね」


 それは元々仕組まれていたものか、それとも世界の(ことわり)の抜け道か。

 百物語とは、肝試しの一種。

 百の蝋燭(ろうそく)を用意し、人間たちが奇妙な物語を持ち寄り、それをひとつ語るごとに蝋燭を吹き消していく。

 そして百本目の蝋燭が吹き消され真の闇が訪れた時、真の怪異が訪れると伝えられている。

 真の怪異の詳細は不明。

 だが、よく語られているのは……。

 ”物語に登場した全ての怪が現れる”。


 「ぱ、パパっ! こいつ、早くやっちゃって!」


 現れた青行燈に見入っていた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首のひとつがユラリと動き、今度は弧を描いて側面から橙依(とーい)へと迫り来る。

 その時、後世に語り継がれる”始まりの百物語”が完成した。

 青行燈は喜色満面(きしょくまんめん)、我が世の春、ここからが彼女のステージとばかりに声を躍らせる。


 「ござーい! とざーい! ここに語られしは百の物語。ちょっぴり奇妙で、ほんのり温かく、夢のようで夢でない、”あやかし”と人間と料理(グルメ)の物語! 今、ここに百物語は完成し、現れたるは人外(じんがい)慮外(りょがい)想定外(そうていがい)! さあ、とくとご覧あれ! 珍縁、奇縁、宿縁、運命の(えにし)に導かれし物語の立役者たちを! まずは一の物語!」


 ドンッ!!


 触れを出すように紡がれる口上に乗って、集落より飛来した六つの影が、今まさに襲い掛からんとする八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首を横からぶっとばす。


 「待たせたな弟よ! 第一の物語! あやかし酒場の七王子! 物語に導かれ、ただいま到着!」


 そして次々と怪が、”あやかし”たちが(せき)を切ったように現れる。


 一物語   あやかし酒場の七王子

 二物語   お稲荷様

 三物語   河童

 四物語   破戒僧

 五物語   あかなめ

 六物語   天邪鬼

 七物語   ようかいさんこと鳥居耀蔵

 八物語   あやかし女子会 文車妖妃、橋姫

 九物語   珠子

 十物語   貧乏神

 十一物語  続・あやかし女子会 清姫

 十二物語  雨女

 十三物語  乙姫

 十四物語  コロボックル

 十五物語  (さとり)

 十六物語  七王子と珠子と宝船

 十七物語  天狗

 十八物語  鉄鼠(鉄鼠)

 十九物語  はらだし

 二十物語  狐狸(こり)こと赤殿中と三尾の狐 讃美

 二十一物語 豆腐小僧

 二十二物語 大江山四天王、星熊童子(ほしくまどうじ)虎熊童子(とらくまどうじ)金熊童子(かなくまどうじ)熊童子(くまどうじ)

 二十三物語 茨木童子

 二十四物語 樹木子(じゅぼっこ)

 二十五物語 珠子と逢魔時

 二十六物語 否哉(いやや)

 二十七物語 燈無蕎麦(あかりなしそば)

 二十八物語 つらら女

 二十九物語 飯食い幽霊

 三十物語  雷獣

 三十一物語 件憑(くだんつ)

 三十二物語 産女

 三十三物語 幽霊列車

 三十四物語 泥田坊

 三十五物語 朱雀門の鬼

 三十六物語 酒呑童子

 三十七物語 鬼道丸

 三十八物語 花の精

 三十九物語 石熊童子

 四十物語  白澤

 四十一物語 比翼の鳥

 四十二物語 珠子と今大江山酒呑童子一味と化物婚礼(ばけものこんれい)

 四十三物語 瀬戸大将

 四十四物語 黒姫伝説こと黒龍

 四十五物語 船幽霊

 四十六物語 三尾の毒龍

 四十七物語 絡新婦(じょろうぐも)

 四十八物語 若菜姫

 四十九物語 串刺し入道

 五十物語  珠子と七王子と今大江山酒呑童子一味

 五十一物語 雲外鏡

 五十二物語 飛縁魔(ひのえんま)

 五十三物語 青行燈

 五十四物語 黄泉醜女

 五十五物語 山男

 五十六物語 甘酒婆

 五十七物語 退魔尼僧

 五十八物語 火の車

 五十九物語 天神こと菅原道真

 六十物語  化け猫遊女

 六十一物語 安達ケ原の鬼婆

 六十二物語 実方雀(さねかたすずめ)

 六十三物語 座敷童子

 六十四物語 馬鹿(むましか)

 六十五物語 以津真天(いつまで)

 六十六物語 猿の手

 六十七物語 ヌエ

 六十八物語 大悪龍王

 六十九物語 遺言幽霊

 七十物語  隠神刑部

 七十一物語 置行堀(おいてけぼり)

 七十二物語 八百比丘尼(やおびくに)

 七十三物語 経凛々

 七十四物語 濡女子(ぬれおなご)

 七十五物語 英霊こと林有造

 七十六物語 首吊(くびつ)り狸

 七十七物語 胡蝶の夢

 七十八物語 ひだる神

 七十九物語 雪女

 八十物語  妻神(さいのかみ) 小治呂(こじろ)稗多古(ひえたこ)兄妹

 八十一物語 亀姫

 八十二物語 八百屋お七

 八十三物語 蛇女房

 八十四物語 桂男

 八十五物語 はらだしと天邪鬼

 八十六物語 狐者異(こわい)

 八十七物語 彼岸

 八十八物語 刑部姫

 八十九物語 アリス

 九十物語  塵塚怪王(ちりづかかいおう)

 九十一物語 湯田の白狐(しろぎつね)

 九十二物語 斧沼(よきぬま)

 九十三物語 赤鬼こと阿倍仲麻呂

 九十四物語 温羅(うら)

 九十五物語 鈴鹿の鬼女こと鈴鹿御前

 九十六物語 大嶽丸

 九十七物語 影法師(かげぼうし)こと七王子のひとり小さい緑乱(りょくらん)

 九十八物語 楊貴妃(ようきひ)こと九尾の狐の分体、二尾のコタマ、三尾のミタマ、二尾の阿環、一尾のおタマ

 九十九物語 珠子

 百物語   八稚女(やをとめ)


 現れたのは『酒処 七王子』に集いし”あやかし”たち。

 無論揃わぬ”あやかし”もいる。

 来なかった”あやかし”もいる。

 だが、現れし者たちの想いはひとつ。


 ”ひとりの人間を救いたい”


 その者の名は”珠子”

 ”料理を作り、食べた者を笑顔に、ハッピーエンドにしたい”

 その心だけで料理を振舞ってきた、料理ともてなしの他に何も出来ない人間。

 だが、何も為せなかったわけではない。

 彼女が結んだ縁と絆は時を越え、時代を結び、この平安の世に現れた。

 そして”あやかし”たちの先頭に立つ大蛇の長兄は父、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を見上げ口を開く。


 「さあ! 道を開けよ妖怪王!」


 そして集いし”あやかし”たちは声を揃え、叫ぶ。


 「「「百鬼夜行のお通りだ!!」」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ