八稚女と七王子と珠子と一期一会の料理(その2) ※全7部
◇◇◇◇
ふんふふんふーん、やったぁ!
ボクはスキップしながら分かれた”にじのはし”を進む。
色は紫、にじのはしのはしっこ。
はしではしっこなんて、ちょっとおもしろいよね。
クシナダおばちゃんが言うには、この先にママがいるんだって。
どんなかなー? きれいかなー?
ボクのママだもん、きっとすっごいカワイイにきまってるけど。
みえてきた!
たったか、たった、たったったーん。
白い雲で出来たドアみたいなのを開けると、そこにはひとりの女のひと。
わかる、あれがボクのママだって!
あれ、どうしたのかな? 足がうごかない。
今すぐにでもママのところへ走って行ってギュッってしたいのに。
ギュッ
「やっとあえた! あたしの子!」
あれ? どうしてボクがギュッってされているんだろう。
ボクからしたかったのに。
「どうしたの? そんなにうつむいて、もっと顔をよく見せて」
下を向いていたボクへママはすわってのぞきこむ。
「だって、ママ。ボクのこと、ふういんしたんでしょ。それで、ボクがふっかつしても会ってくれないし」
「そう、そうよね。あたしがわるかったの。もうしない。だから、泣かないで」
あれ? おかしいな、どうしてないちゃってるんだろう。
ママに会ったら、すっごく元気で楽しい毎日だよって言いたかったのに。
「ないてない、ボク、ないてないよ」
「そうね。紫君はいいこで強い子だからね。でも、いいのよ」
「なかない! ママ、立って!」
「へ? あ、うん」
ボクは立ちあがったママのおなかにお顔をポン。
「上向いて!」
「え、ええ」
「おみみふさいで!」
「ふさいだわ」
ボクが上を見るとママはお空を見上げて、お耳におてて。
うん、よしっ!
「ママー! どうして、どうして、ボクとはなれたの!?」スンッ
「どうして、ボクをおいてったの!? どうして、あいにきてくれなかったの!?」グズッ
「なんで!? どうして!? ボクより大切なものがあるの!?」ズズッ
「わからない、ボクわからないよ! ボクはこんなにママにあいたかったのにーーーー!?」
わかってる、ホントはわかってる。
きっと、わけがあったからだって。
ママでもどうしようもないわけが理由があったからだって。
だって、ママの魂はこんなにやさしくって、あたたかくって……。
でも、ふるえている。
ボクにはわかる、そのわけが。
ボクはわかる、どうしたらそのふるえが、不安のふるえが止められるか。
だから、言うね。
「ママ! だいすき!」
ママの体が大きくふるえ、そしてあったかな手がボクをせなかからギュッってする。
「あたしもよ。紫君」
「ママずるーい。おみみふさいでなかった」
見上げたママの顔は笑顔。
だけど、ちょっとニヤニヤっていやらしい。
これって、珠子お姉ちゃんがよく言う、あざといって顔なのかな。
ちがうよね。
◇◇◇◇
「これがオムライスでしょ、で、こっちがハンバーグ、これは焼きピーマン。ボク、ピーマンも食べれるようになったんだよ。こっちはエビチリとホイコーローとチンジャオロース、これはコタマちゃんに作ってもらったんだ」
ボクは珠子お姉ちゃんとコタマちゃんに作ってもらったいっぱいのお弁当を並べる。
「おいしい! どれもおいしいわ!」
「ね、おいしいよね」
ママもボクもいっぱい食べて、だいまんぞく。
「紫君ったら、おいしいものいっぱい食べてるのね」
「ママは食べてないの?」
「そうね、こんなにおいしいのは食べてないわ。ここだとお米とか木の実ばっかりよ」
「だったら、ボクんちにおいでよ! いっしょに……」
ううん、ちがった。
「ボクがまた来てあげる! 今度はもーっと、もーっといっぱい持って!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
「うんっ」
ママにはきっと理由がある。
現世に行けない理由が。
でも、へーき。
お兄ちゃんたちといっしょにまた来ようっと。
あとは……
「ねぇ、ママ」
「なあに?」
「ボクのおたんじょうび、おぼえてる」
「忘れないわ。あの日のことは。夕日が三日月みたいで綺麗だったあの日」
夕日が三日月?
「あ、それ知ってる! 日食っていうんでしょ! この前もみたよ! お正月のあと!」
「そう、きれいだった?」
「うん! たべかけのホットケーキみたいだった!」
「まあ、紫君ったら」
そう言って、ママはフフフ。
「それでね、紫君の誕生日はね。今の暦だと3月24日よ」
「そっか! ちょっとまってて!」
この日のために買っておいたんだ。
365日の本!
記念日とかが載ってるんだ。
ちなみに珠子お姉ちゃんのたんじょう日、11月11日はポッキーの日!
「なんかふつー。なにもない」
3月24日はとくに何かの日じゃなかった。
ちょっとつまんない。
「そんなことないわ」
「そうなの?」
「そうよ。その日はね、ママと紫君だけの、特別な日なのだから」
ママはその日がとっても大切そうにそう言った。
ボクもその日が大好きになった。
◇◇◇◇
ここって不思議ね。
虹の先の雲の上みたいな所なのに地面は全然やわらなくないの。
戻ったらアリスに教えてあげなくっちゃ、雲のベッドよりアタシのベッドの方がフワフワよって。
さて、いよいよね。
雲の上にはひとつの小屋がポツリ。
ダッサ、なにあのセンス。
高床式倉庫に紅でグルグルした模様を描いただけじゃない。
ま、いいわ。
彼女の趣味に口出しする気はないわ。
ママに甘えるような歳でもないしね。
コンコンッ
「開いてるよ」
「入るわよ」
あら、真っ白な床に真っ黒な天井。
申し訳程度に天井にまあるい穴があいて、そこからの光が部屋を照らしているわ。
そして床には丸くて真っ黒な座布団。
「ねえママ、これって太極がモチーフよね。あたしの権能の」
「久しぶりだってのに挨拶もなしかい」
「あらやだ、アタシったら。久しぶり、元気してた?」
「暇を持て余すくらいには元気だよ。そっちも元気みたいね」
「元気よ。毎朝困っちゃうくらい」
フッ
ああ、その笑い方。
アタシの小さいころの記憶の通り。
やっぱり間違いないわ、ママはママのまま。
「それで何の用だい」
「久しぶりだから顔を見せに来たのよ。それと彼女自慢。あ、これお土産。珠子ちゃんが作ったザッハトルテにアリスとあたしが作ったタヌキケーキを合体させたの。ガシーンってね」
「そうかい、じゃ、あたしは茶でも入れようかね。ホイッ」
ママが指を振ると、そこからお茶の葉みたいなのとお湯が湧いたわ。
「あ、それアタシが好きだったやつ」
「アンタが来る気配がしたからね、用意しておいたのさ」
ママがコポポとお茶を淹れている間に、アタシはオシャレなアフタヌーンティーセットを創ってテーブルに並べる。
「おやま、スゴイね。あたしよりずっと上手く権能を使っているじゃないか」
「環境と練習の賜物よ。ここまで出来るようになったのは最近だけどね」
太極は根源へ連なる権能。
生と死、夢と現、男と女、絶望と希望を識った今のアタシだから出来る。
やろうと思えば、天地創造ミニチェア版でも出来るかもしれないわね。
でも、その前に子供を作って、創り方を識らないと。
10人くらい作ればわかるようになるかしら。
ウフフ。
「なんだい、鼻の下を伸ばしてさ。そんなに彼女ってのはカワイイのかい?」
「あらやだ、そんなにアタシってば顔に出てた」
「出てたさ。ホイッ、お飲み」
「ありがと」
ズッ
「あ、おいしい。久しぶり、この味。少し甘くてまろやか。これって何のお茶?」
「熊笹茶さ、葉を刻んで干して湯で出すだけ。あのころはこれしかなかったけどね。おっ! こいつはおいしいね。あっまーくて、蜂蜜より甘い。うん、こりゃいいわ。アンタってば、毎日いいもん食べてるのね」
「でしょ」
へへ、ちょっと自慢しちゃうわ。
「それでね、この娘がアリス。アタシの大切な娘よ」
アタシはアリスとのツーショット写真をママに見せる。
「おや、まだちっちゃいね。それに線も細いし」
「そう? これでも大きくなったのよ。で、こっちが珠子ちゃん。アタシのそれなりに大切な娘よ」
「あ、こっちはイイわね。肉付きがいいし何よりも安産型。こっちにしなさい」
「えー、でも、あたしの一番はアリスなんだけど。それに珠子ちゃんってば弟たちにモテモテなのよ。アタシがアリスも珠子ちゃんも手に入れたら、ズルイってケンカになっちゃうわ」
「そうかい? そっか、こっちの娘がモテモテか。もったいないわね……。ま、アンタがそれでいいんならいいけど。おめっとさん、そのアリスって娘と幸せにね。もひとつもらうわよ」
そう言ってママはムシャっと次のザッハタヌキトルテを口にする。
「まだまだイッパイあるわよ。食べ終わるまでおしゃべりしましょ。あらやだ、”あやかし女子会二世代編”みただわ」
「”あやかし女子会”? 最近の現世ではそんなの流行ってるんだ」
「そうよ。お話したいことや紹介したいものが沢山あるんだから。今日だけじゃ話しきれないくらい。だから……」
アタシはほんの少し間をおいて、ママの目をじっと見て口を開く。
「また、ちょくちょく来ていい?」
「親に遠慮なんてするもんじゃないよ。好きな時に来るといいさ。アンタはあたしの……」
そしてママはあたしと同じように、少しの間をおいて、言ってくれた。
「大切なひとり息子なんだから」
うれしかった。
◇◇◇◇
「じゃあ、またね」
「ああ、気を付けてお帰り」
アタシはママに手を振って、また虹の橋に、藍色の橋に足をかける。
「そうだ、帰る前に聞かせて。どうして、あの時、アタシたちを封印することになったの?」
あの時、神代の時、パパがスサノオにやられたって聞いて、アタシたちがママや他のママたちと隠れ住んでいた時。
隠れているとはいっても、誰かに追われるってわけでもなく、平和で穏やかな日々だっただけど……。
紫君が生まれたばかりのある日、突然、アタシたちはママたちに連れられて日本中に散ったわ。
そして封印されたの。
「別に責めているわけじゃないの。こうやってまた逢えたし、おかげでアリスとも知り合えたんだし」
封印から出た時にちょっと寂しかったのはナイショだけど。
「そんなに大層な話じゃないさ。結局は上手くいったみたいだからね。また今度にでも話すよ」
「そう、じゃ、楽しみにしてるわ」
アタシがクルッと後ろを向いて虹の橋を渡り始めた時、ママの声が聞こえた。
「ありていに言うとねー! 男はバカで、いつまでも甘えん坊だってこと! アンタもそうならないようにねー!」
ママは大きく手を振ってアタシに叫び続ける。
「そうなっちゃうと、あの珠子って娘だけじゃなく、アリスって娘にも愛想尽かされちまうからねー!」
あらやだ、気をつけなくっちゃ。
そうね、ママに会いに来るのはちょくちょくじゃなくって……、たまにしましょ。




