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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十二章 到達する物語とハッピーエンド
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珠子と神饌仕合三本勝負!(その13) ※全13部

 あたしはふたりの前に”石焼き撥魚麺”を配り、そして、今でも熱を保つ石をポトンと落とす。


 ジュ、ジュジュシュ、ゴボボボボボ!


 石の熱で味噌が沸き立つ良い匂いが漂い、そしてふたりが紙鍋に見入る中……。

 パカッと汁を溢れさせて、蛤の口は開いた。


 「そんな!? でも味には雑味があるはずや!」

 「ありませんよ。さ、お召し上がりください」


 あたしに促されるまま、ふたりは蛤の汁をまとった麺をチュルっと口にする。


 「これは、くっ、くやしいでありんすが、良いお味」

 「これは間違いなく新鮮な蛤の旨味! しかしどうして!?」

 「もちろん! これこそが人類の叡智! スマホの力! 人間の物流技術の勝利ですっ! 具体的にはデリバリーを頼みました!」


 あたしはスマホを高く掲げ、エッヘンと胸を張る!


 「は!? それはルール違反や!? わっちは今の(・・)『酒処 七王子』の設備や食材で競技するって決めたのでありんすよ!?」

 「そうです、その通りっ! だから”今”配達されたばかりの食材を使っただけですよ。”今”とは、進み続けているこの時を示しますから。玉藻さんが指定したかったのは今では過去となった(・・・・・・・・・)『酒処 七王子』でしょ。言い方がまずかったですねー。この蛤はついさっきコネを使って届けてもらった新鮮な蛤ですっ!」

 「屁理屈や!」

 「屁のようでも、理屈は理屈ですっ! あたしはちゃんと確かめましたよ! 思兼神(オモイカネ)様に、ここは再現ではなく、今の(・・)何処何某(いずこのなにがし)』と『酒処 七王子』を繋げたものかって」


 顔を真っ赤にして抗議する玉藻に、あたしは平然と言い返す。


 「その通りだ。私は玉藻の要望を正しく理解した。今の(・・)ふたつの店の設備で競技したいという要望を。だから再現ではなく神力(ちから)でふたつの店をこのステージへと繋げたのだ。その状況を本当に正しく理解していた(・・・・・・・・・)のは片方だけだったようだがな」


 この神饌仕合三本勝負は思兼神(オモイカネ)様の試練でもある。

 ただ、料理を審査するだけの存在と思っちゃいけないのよね。


 「具体的にはですね、この調理時間の2時間でデリバリーを頼んだんですよ。砂と塩抜きの終わった新鮮な蛤を。あ、ちなみに配達してくれたのは新宿の魚鱗鮨2号店の板前、山田さんです。寿師翁さんのお弟子の方です。寿師翁さんも試食するってメッセージを添えて頼んだら快諾してくれましたよ。これぞ人類の叡智その2! コネの力! 珠子流料理割烹は、使えるものなら何でも使う二段構え!」


 もはや、勝利宣言にも等しいあたしの声に会場から拍手の嵐が舞いおこる。

 新宿の名店”魚鱗鮨2号店”から八王子のあたしの店まで電車を使えば1時間少々。

 いやー、ギリギリだったけど、間に合ってよかった。


 「おみごとー! 相手に指摘された欠点は対策済でしたー! 神饌仕合三本勝負に2連勝したのはまぐれじゃない! さあ、評点の前に審査員のお三方にも話を聞いてみましょう!」

 「良い料理であった。玉藻選手は長寿麺という縁起の良いものをこしらえたが、珠子選手も負けずと縁起の良い具を選んでいた。鯛がめでたいのは言うにおよばず、カサゴはその棘が勇壮な姿を示すものとして武家に愛されてきた。蛤はその貝殻が合致するものがふたつとないことから、仲の良い夫婦や友情の象徴。文武両道や和合を良しとする学問の神々へこれを供するのは、私たちへの理解が深いことの(あらわ)れ」

 「器も美しく、引き締まった気持ちで食事を楽しめました。これぞ神饌仕合にふさわしい料理」

 「もちろん味も一流。石焼き鍋の技法で取った出汁は海鮮の旨味があふれ、最後には蛤の、素材そのものの旨味を上乗せする工夫。お題と呪のハンデがありながら、ここまでの味が出せる手腕。実に興味深かったですぞ」

 「ありがとうございます! 光栄です!」


 会場は大盛り上がり。

 審査員のお三方もべた褒め。

 玉藻も真備様も顔は暗い。

 あたしの応援席とは対照的。

 でも、ここからが本当の勝負。 

 ううん賭け。

 でも、きっと分のある賭け、勝算は高い……はず。

 

 「さあ! 神饌仕合三本勝負! これが最後となります! 勝敗は観客席の評価も考慮してお三方が決定する! さあ、思兼神(オモイカネ)様、、六鴈(むつかり)様、久延毘古(くえびこ)様! どうぞ!」


 ウズメ様の声に応えるようにお三方は顔を見合わせ、そして思兼神(オモイカネ)様が厳かに立ちあがる。


 「神饌仕合三本勝負! 三本目! 勝者はた……」

 「ちょっと待って下さい! 決着の前にひとつ、いや、ふたつ言いたいことがあります!」

 「む? この状態でか? 理解し難い所であるが、いいだろう」

 

 あたしの勝利でハッピーエンド! これにてグランドフィナーレ!

 そんな雰囲気だった会場がザワザワとざわつく。

 あたしは軽く息を吸い、渡されたマイクを手に笑顔を浮かべて宣言する。


 「あたし、降参(サレンダー)しまーす!!」

 

 …

 ……


 「は?」

 「はぁ!?」

 「はぁぁあぁあぁ!?」

 「……本当にやっちゃったよ。珠子姉さんったら」


 会場に理解を越えた疑問の声があがるけど、気にしなーい!


 「そして、矢継ぎ早に攻めるのは勝負の基本! あたしはご褒美に”玉藻さんの無罪放免”を望みまーす!!」


 …

 ……

 

 「はぁぁあぁあぁ!?」

 「ど、ど、どういうこっちゃ!?」

 「気でも狂っているのか!?」


 んもう、失礼ね。

 そして、あたしは笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと玉藻さんに近づく。

 近づくにつれ、彼女の表情は驚愕から、思案、そして……とってもいい笑顔へと変わっていった。


 「カココッ、コココッ! カコンコンッ! そうかそういうことでっしゃったのか! まさか、人間の中にわっち以上の女狐がいらはったとは!」

 「そうです、玉藻さん。手を組みましょう。あたしたちは全てを手に入れられるはずです。それに……」

 「ええ、わかっとります。わっちは借りは返す主義でありんすから。それでは、わっちの勝利のご褒美は”失われし八稚女(やをとめ)の行方”にしまひょ!」

 「さっすがぁー、わかってらっしゃるぅ~!」

 「わっちは甘言諫言両舌狐かんげんかんげんりょうぜつのきつね、平安と平成の世を騒がせた大妖、二尾の狐でありんすから。あー、愉快愉快、こんなに気持ちよく笑えるのは初めてでありんす。カコンコンッ! カココンコンッ!」


 あたしたちはがっちりと手を握り合い、ハハハハ、フフフフと笑い合う。


 「そんなバカな話があるか! そんなの認められぬぞ!!」

 「あら真備様。真備様がおっしゃったんですよ『降参ならいつでも認める』って」

 「はい、わっちも聞きました。そしてわっちには『勝ったならどんな願いでも叶える』とも。思兼神(オモイカネ)様直々のお言葉でありんしたね」


 あたしたちふたりの反撃に真備様は言葉を詰まらせる。


 「ハハハッ、なるほど! 確かに言った! 私がそう宣言した! ハハハッ、まさかその時はこんな展開になるとは思ってもおらなんだ! 私から一本取るとは! 珠子よ、最初から狙っておったのか!?」

 「ええ、思兼神(オモイカネ)様は最初におっしゃったじゃないですか。『神の試練を乗り越えて力を示せ』って。だから、ただ料理勝負で勝つだけじゃなく、知略でも神を驚かすくらいの実力(ちから)をみせてやろって頑張ったんですよ。ふんす!」

 

 あたしの荒い鼻息に思兼神(オモイカネ)様はまたハハハと笑う。


 「なんということだ。神の威厳を保つはずが、菅原の手の者にしてやられた。これでは(われ)は全くの道化ではないか……」

 「そうでもないぞ真備よ」

 「思兼神(オモイカネ)様、それはどういうことです?」

 「この神饌仕合で。勝利し、全てを手にしたのはキッチンを縦横無尽に走り回った珠子という人間。要は行動するものが最後には勝ったということだ。お前がいつも天津神界のために奔走しているのは誰もが知ること。ゆえに山蔭も田道間守(たじまもり)も手を貸したのだ。その人望、いや神望は随一。そうであろう、山蔭、田道間守(たじまもり)


 思兼神(オモイカネ)様がそう言うと、山蔭様と田道間守(たじまもり)様は大きく頷く。


 「そうです。私は真備様だから手を貸したのです。菅原は私の一族を呪った前科がありますからね」


 そういえば、菅原道真様の死後、病死したライバルの藤原時平(ふじわらのときひら)や、雷に打たれて死んだ藤原菅根(ふじわらのすがね)って山蔭様と同じ藤原の家系でしたっけ。


 「ふむ、山蔭の言う通り。どんな理由があろうと、内裏(だいり)に雷を落としたり、皇族の者を呪うなど言語道断! 正直、あやつは好かん」


 ふたりの視線に天神様はバツの悪そうな表情で顔をそむける。

 あーうん、天国のおばあさま、現世(うつしよ)では大人気の天神様も、神界では人気がないようです。


 「思兼神(オモイカネ)様のおっしゃる通りです。料理でも何でも、最後に笑うのは努力した者の勝ちです。あたしが勝利しても天神様は何のご褒美もありません。ですが、真備様は玉藻の処遇をどうするかという悩みから開放されたではありませんか」

 「ふん、女狐に劣らず口は達者だな。だが、それも一理ある。決まったものはしょうがない。玉藻を泳がせるというのもひとつの策か」

 「そうどす、そうどす。次にセンセイにお会いする時は水着でご奉仕しますわ」


 玉藻さんは軽口を添えて真備様にしなだれかかるけど、それを真備様はフンと軽くあしらう。


 「いいか女狐! 次に現世(うつしよ)の平穏を乱すような真似をしたら、真っ先に切って捨てるからな!」

 「いやーん、こわいどす。わかりました、しばらくはおとなしゅうしときます」


 よかった、元気のなかった真備様も少しは活力を取り戻したみたい。


 「さて、どうやら決着がついたようだな。そなたらの望み、理解した。これだけの注目の中、約束不履行となったら知恵と知識の主神の名折れ」

 「これ以上のルール追加は無しでしたからね」

 「ハハハ、念の入ったことだな。では、最後にこの仕合を締めるとしよう。神饌仕合三本勝負! 三本目は珠子選手の降参により、臨時神使の玉藻の勝利である! 称えよ! ひと時の饗宴を盛り上げた選手たちを!!」


 会場から巻き起こる割れんばかりの拍手を受けて、あたしは、あたしと競い合った山蔭様、田道間守(たじまもり)様、それに玉藻さんがそれに応える。

 天国のおばあさま、あたしの最後の戦いは敗北で幕を閉じました。

 でも、心の中では勝った気分です。

 だって、ここには笑顔しかないんですもの。


◇◇◇◇

 

 「やったね! タマモママ! ありがとうタマコママ!」

 

 戦いを終えてあたしたちは自由になった玉藻と共に思兼神(オモイカネ)様の社に戻った。

 小さい緑乱(りょくらん)君は自由を取り戻した玉藻さんの横にピタッと寄り添っている。


 「しかし、ギャンブラー珠子さんも思い切ったことをするな。もし、玉藻がお返しに『八稚女(やをとめ)の行方』じゃなくって、別のことを望んだらどうするつもりだったんだい? 例えば”再び地獄門を開けろ”とか」

 「んー、まあ、可能性はあるかもしれないと思いましたけど、きっとそうはならないだろうなーって」


 あの時のあたしの台詞は賭けではあるけど、分が悪いとは思ってなかった。


 「はっ、これだから低脳大蛇さんは浅はかどすね。もし、わっちがそれを望んだらどうなりると思います?」

 「地獄門は開くであろうな。そして数秒後に閉じられるであろう。そして玉藻は再び罪で囚われるという結末になるであろうな」

 「嫡男さんが正解どす。神にとって都合の悪い願いをしたら終わりどす。願いは一瞬だけは叶うでっしゃろが、わっちも破滅。金銀財宝や神具を手に入れても、次の瞬間に奪われてしまうのが関の山どす。結局、わっちの選択肢はひとつだけだったのでありんすよ。でも、神を出し抜けるなら、ちょっとはわっちの溜飲も下がります。小娘を思い知らせるのは後でもいいどすから」

 「ふふっ、その時はお手柔らかにお願いします」


 ま、思い知らされるといっても、それは料理でのこと。

 美味しい料理のネタを仕入れられると思えば問題なしっ。


 「待たせたな。だが、八稚女(やをとめ)の行方を教えるにはそれなりの準備が要る。理解してくれ」

 「いえいえ、今まで全然手がかりがない状態で、やっとご存知の方に巡り逢えたのですから。これくらいの時間、なんてことないですよ」


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の抜け殻を見つけたり、天神様に従って西へ冒険したり、最後には高天原で神様との料理対決。

 本当に長かった。


 「それで八稚女(やをとめ)の行方だが、それを語るより実際に道を示した方がよかろうと思ってな」

 「ということは、もしかして!?」

 「母ちゃんの所まで連れてってくれるってのかい!? もしくは……」

 「ママがそこにいるってこと!?」

 「可能性は高いです。どなたかの気配がします。それも私たちにも似た」クイッ


 蒼明(そうめい)さんの眼鏡が光り、その反射の先にみんなの視線が集中する。

 思兼神(オモイカネ)様がスッと手を動かすと、御簾がスルスルと自然と上がり、ひとりの女性が姿を見せる。

 あれ? ちょっと、黄泉で逢ったイザナミ様に雰囲気が似てるかな。

 

 「こんにちは、えっと、黄貴(こうき)君は憶えているかしら?」

 「いいえ、憶えていません。ですが、今、あの時、母上が我を連れて逃げたその時に聞いた声を思い出しました。叔母上(おばうえ)

 

 ああ、やっぱり。

 あたしも彼女が(まつ)られる神社に何度か足を運んだけど、彼女を見つけることは出来なかった。

 彼女は七王子の母、八稚女(やをとめ)の最後のひとり。


 その女性は、花のように可憐な顔で、風に揺れる木々の葉のように爽やかな声で、そして大地を満たす豊かな実りのようなナイスバディを揺らして、七王子のみなさんに微笑みかける。

 

 「初めまして、豊穣(ほうじょう)の女神、櫛名田(クシナダ)です」

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