珠子と神饌仕合三本勝負!(その10) ※全13部
◇◇◇◇
「ねぇ、どうでありんす? わっちならセンセイの勝利の女神になってあげられます」
「軽々しく神を名乗るな! 貴様のような信用ならんやつに大事な局面を任せられるか!!」
玉藻の申し出を一蹴する真備様だけど、その顔を見ると思い悩んでいるのが見て取れる。
「そうは言わはるけど、この後はどうされます? 料理の世界は日進月歩。武道や芸術ならともかく、料理においては神代では現代にかないまへん。この二試合でそれがよくわかったはずどす」
「ぐっ、それはそうかもしれぬが……」
うーん、そうは言ってもかなりギリギリだったんだけど。
一本目はそもそもお題をあたしが決めたので有利な条件だったし、二本目は橘というお題が田道間守様にとって鬼門みたいなものだったし。
「貴様なら勝てるというのか?」
「勝負は時の運、必ず勝てるとは言い切れません。ですが、それくらいの策は用意してございますし、それにあの小娘にはわっちも借りがありますから。もちろん料理での」
あの湯田での料理対決のことを、まだ根に持っているのかしら。
卑怯な手うんぬんはさておき、あの時はちゃんと実力で勝ったつもりだけど。
でも、あの時の開水白菜を造った玉藻の包丁の腕、ううん刀工の冴えは凄かった。
「負けたらどうする?」
「その時はこの身を好きにすればよいでっしゃろ。ひと思いに殺すなり、八つ裂きにして各所に封印するなり、呪をかけてわっちの身体を隷属させるなり。わっちほどの大妖にはたとえセンセイでも呪をかけるのは不可能。ですが、ここにいるみなさんに嬲られてなら、それも出来ましょう。わっちを永遠に慰みものにして楽しめばいいだけどす。みなさんおえろうございますから」
「吾を助平爺のような物言いはよせ! だが、そうすれば貴様が二度と悪事を働けないのも事実」
「その代わり、わっちが勝ったなら、ご褒美を下さいな。思兼神様が何でも望みを叶えてくれる権利を頂きとうございます。たとえわっちの無罪放免といった望みでも」
「貴様を再び野に放てということか!?」
「はい。でも、消えるのは今までの罪、これから悪事を働こうとしたなら、その時は今度こそセンセイがわっちを捕まえてくれりゃいいだけでありんす。勝っても負けても、センセイには利しかありえません。ええ取引だと思いまへん?」
玉藻の誘いに思考すること数秒。
真備様は意を決したように口を開いた。
「よかろう! その誘いに乗ってやるわ! 吾が選ぶ神の最後の選手は、神々の僕、玉藻! 傾国の大妖である!」
「いやーん、センセイったら、ご決断が早くて助かりますぅー!」
真備様の指パッチンでバキンと開いた檻から文字通り踊るように躍り出て、あたしの最後の相手が現れる。
「おっまたっせしましたー! ついに神の最後の選手が決定しましたー! それはなんと平安の世を騒がせ、平成の世も騒がせた二尾の狐! 玉藻! 勝てば自由の身! 負ければ隷属! 進退と身体をかけた戦いの行方はどうなるのでしょうかー!? そして最後のお題は!?」
会場の視線が思兼神様へと集中する。
この神饌仕合三本勝負はボスドロー形式。
三本目のお題は主催者側が決める。
通常ならば。
そして、思兼神様が取り出したのは一冊の本。
東京DXTVの料理大会で使われるルールブックだ。
「この仕合はボスドロー形式。本来ならば三本目のお題は主催者である私が決めるもの。だが、このルールブックにはこうもある! 『一本目と二本目を一方が奪取した場合。三本目のお題はエキシビションとして負けた側が決める』と!」
そう、思兼神様はおっしゃった。
この仕合はルールブックに則って行うと。
あたしが二連勝してしまったせいで、この三本目は真備様側が決めるの。
料理大会では、敗退する選手側への救済なんだけど、ま、これも試練よね。
「玉藻よ、これを読んでおったのか!? 吾らが有利になる展開を!?」
「モチのロンですわセンセイ。わっちは勝利と傾国のためなら研究勉強は欠かさない主義ですの。人間の料理大会のルールくらい熟知しています」
「それに借りは返す主義でしたよね」
「はい。きっちりと返してあげます。まずは湯田での料理大会の借りを返すとしましょ」
あたしの声に玉藻はフフフと不敵な笑みを返す。
「では玉藻よ、三本目のお題を決めよ」
「はい。最後ですから、詳細に決めさせて頂きます。よろしやすか?」
「かまわぬ。好きにするがいい」
「では、調理時間は2時間、作るのは“手作り麺料理”、エキシビションとして会場の皆様、ざっと百名にも料理を振舞い、審査員の方はその反応も考慮して審査する。さっきはそれでしてやられましたようやから。対策でありんす」
自分たちも食べられると聞いて会場が軽く沸き立つ。
さっきのあたしのエンジェル&デビルズフードケーキは審査に影響しないけど、お三方の心象が良くなった可能性は否定できない。
勉強熱心と自負するだけあって、お題選びにそつがない。
「そして、設備ですが。何でも好きな物を調達出来るというのはあちらさんが有利過ぎます。知る限り全て、そこのスマホで調べて今知った素材であろうと機材であろうと入荷出来るのでありんすから。ですから、キッチンや什器それに食材は今の互いの店のものを使うとしましょ。わっちの店、『何処何某』とあちらさんの店、『酒処 七王子』のを。よろしやす?」
「いいですよ。あたしも勝手知ったる厨房の方がやりやすいですから」
「ほな、決まりや」
そう言って玉藻が手を叩いた時、
「ダメですっ! 珠子さん、それは罠ですっ!」
蒼明さんの大声が響いた。
え? 何? どういうこと?
「外野は黙っておいてくれますぅー! さ、それじゃ思兼神様、会場を手配して下さいます」
「わかった、用意しよう」
思兼神様がスックと立ち上がり、そして両の掌をキッチンスタジアムに向けてグッと握ると、そこが光に包まれる。
そして、光が収まった時に現れたのは……。
少し懐かしさを覚える何処何某の厨房と。
ガッタガタに破壊された『酒処 七王子』の厨房だった。
◇◇◇◇
「あ゛あ゛あ゛ぁぁあーーー!? あたしの城がぁー!? どうしてぇー!?」
「だから罠だと言ったのです。今の『酒処 七王子』の厨房は、この子が襲撃した際の私とのバトルで半壊してしまっているのです」クイッ
「ご、ごめーん、タマコママ」
蒼明さんの手にはショボーンとぶら下げられた小さい緑乱君の姿があった。
「カコンコンッ! どうです、わっちは勝利のためなら手段は選びまへん。でも、これで終わりじゃありません!」
えっ!? さっき、決まりって言ってたよね!?
玉藻の高笑いを聞いて、あたしは隣を向く。
「身体喪失脱力の術!」
玉藻と視線が合った瞬間、あたしの左腕がバチッと弾かれ、そしてダランと垂れ下がった。
あれ? 左手の感覚が……ない!?
「テメェ! 連勝珠子さんに何しやがった!?」
観客席から赤好さんがバッと飛び出し、それに続けて他の方々もあたしに駆け寄る。
「ちょっとしたハンデでありんす。まともに戦って勝ち目がないのなら、勝てるレベルまで相手を落とす。さすれば勝利はわっちのもの。ルールブックは対戦前に相手を倒してしまってはいけないってルールは載ってまへんから! カコンコンッ!」
その高笑いを聞いて、みなさんの気配が攻撃的になっていく。
「なるほど、なら、今ここで同じようにされても文句は言えないってことかい。覚悟しな、五体満足でキッチンに立てると思うなよ」
「ですね、ルール無用というならこちらにも考えがあります」クイッ
「なんでぇ! 結局は喧嘩かよ! いいぜいいぜ、オレが手を貸してやんよ」
会場は今にも爆発しそうな一触即発の雰囲気。
ペタッ
「ほい、終わりましたぞ珠子殿」
「腕の調子はどうさね?」
「えーっと……」
あたしはありがたさそうなお経入り包帯を巻かれた左手に力を入れるけど、左手はピクリとも動かない。
「ダメですね。完全に感覚がありません」
「ですな。これは少々厄介な呪」
「治りますよね」
「治るさ。慈道が厄介って言ったのは直ぐに治らないって意味さ。さほど強力な呪いじゃない、このまま半日もすれば元通り。だけど、無理に動かそうとしたり、一気に呪いを祓おうとするとしっぺ返しをくらうさね」
「あら、さすがは退魔僧の方々。その通りでありんす。これは足止めのための呪。ほっといても治ります。逆に下手に手を出すと危険ですわよ」
ふぅ、よかった。
「ここは延期だな。思兼神殿、女中はこの有様。ここは三本目の開始を延期させては頂けないだろ……」
「待って下さい黄貴様! あたしやれます!」
「!?」
あたしの手で口を塞がれ、黄貴様は視線で驚きを示す。
「思兼神様、ひとつ確認ですが、あのキッチンスタジアムの『酒処 七王子』の設備は完全に今の『酒処 七王子』と同じでよろしいでしょうか? 例えば、あの勝手口から外に出れば、食料保管用に使っている倉庫でも行けるような」
「無論だ。私の神力で呼び出した施設は、現世のそれをここへと繋げたもの。再現したわけではない。亜空間で今の『何処何某』と『酒処 七王子』を繋げたのだ」
なるほど、再現じゃなくって今の『酒処 七王子』と繋がっているってわけね。
「あら、それはよござんしたねぇ。恥をかく前にそこの勝手口から尻尾を巻いて逃げてもいいんどすよ」
「そんなことはしませんよ。珠子流料理割烹は食べてくれるお客様を前に後退はありえませんから」
「わかっているのか!? 厨房はあの有様、観客も含め百名分の調理、それに女中の左腕が使い物にならぬ。これでは“手作り麺料理”を作れるとは思えぬ。両手で麺を延ばして作ることも、包丁で生地から切り出して作ることも難しくなるのだぞ!?」
黄貴様の言う通り、麺を作る方法は主にふたつ。
手で何度も生地を延ばして拉麺にするか、包丁で切り出して切麺にするか。
「そうだ! あの厨房の様子ではまともに調理はおろか、供するのに使える皿を確保することも出来まい! それ以前にその腕ではまともな料理が出来上がるとも思えぬわ! 今度こそ吾の勝利! ふふふ、降参ならいつでも受け付けるぞ! ハハハッ」
「そうでありんす! 降参するなら今のうちでありんすよ! あー愉快愉快、カコンコンッ!」
「そうですねー、愉快ですよねー、アッハッハッハハッ!」
ふたりの笑いに合わせて、明るく笑うあたしを見て、ふたりの目が丸くなる。
「ど、どういうことだ!?」
「どうもこうも、玉藻さんが勝ちを譲ってくれそうなので愉快なのですよ。これでもう勝ったも同然です」
「珠子お姉ちゃん、勝てるの?」
「ええ、ここまで卑怯な振る舞いをしたなら観客や審査員の心象は最悪。あとは、ちゃんとした料理さえ作ればあたしの勝ちですから。楽勝ってなもんですよ。グッフッフフフフフ」
あたしは笑いながら軽いステップでキッチンへと上がる。
「そして、もうこれ以上の妨害も出来ません。ルールブックにはステージ上の選手やスタッフへの妨害行為は禁止とありますから。みなさんも開始前の掃除を手伝って下さい。うわー、食器もガチャガチャ」
割れやすいガラスや陶器の器は全滅ね。
「まったくもう、蒼明さんと緑乱君ってば、いったいどんな大立ち回りをしたのかしら」
「仕方がなかったのです」クイッ
「ごめんなさい。タマコママ」
「まあいいわ、済んだことですもの」
シュー
「ねぇ珠子ちゃん、これってガスが漏れてない!?」
「うわっ、ホントだ! 藍ちゃんさん、下の元栓を閉めて下さい」
「……電気系統もダメ。電子レンジもオーブンも壊れてる」
「冷蔵庫も死んでるぜ。嬢ちゃん、こんなんで料理が作れるのかよ」
「ええっと、ちょっと確認させて下さいね。あ、冷凍庫の中身は無事じゃないですか、しかも良い具合に自然解凍されてるし。これならバッチリです」
あたしが茨城の斧沼に出かけてから色々あってもう2日。
冷凍の魚たちは何とか無事だったみたい。
「本当に良いのだな珠子よ。このまま仕合を開始しても」
「ええ、でもひとつだけ約束を。真備様にも思兼神様にも」
「な、なんじゃ!?」
「もうこれ以上の後だしの条件追加や変更なんて無しでお願いします。次も勝っても『ハッハー! 実は今までのは余興でこれから本番なのだー!!』なんてのは困ります」
半ば呆れたようにあたしは言い放つ。
「理解した。これで本当に最後だ。見事試練を乗り越えてみせよ。真備も、玉藻もいいな」
「はっ、今度こそ神の面目を保ってみせます」
「異存ありません。わっちも今後の運命がかかっていますから。反則負けなんてごめんです」
”本当ならこの時点で反則負けだろ”という視線にも負けずに玉藻は胸を張る。
「決まりましたー! 紆余曲折ありましたが、これが最終戦! 神の威信を賭けた戦い! そしてなりふり構わない卑怯と誹られようが勝ちにいくという傾国の大妖”玉藻”! 対する珠子選手は、左腕が封じられ、キッチンはガスも電気も無し! それ以前に提供するための皿すら不足しているかもしれない! そんな中でどうやって戦うのでしょうか!? 解説の寿師翁さん、どう思われます?」
マイクを向けられた寿師翁さんが、フッっとその問いを一笑する。
「この勝負、論じるまでもない。珠子選手の楽勝じゃよ」
ですよねー。




