珠子と神饌仕合三本勝負!(その4) ※全13部
◇◇◇◇
「それでは! 仕合かいしー!」
その合図で山蔭様とあたしは互いのキッチンに入る。
えっと、食材はっと、この式紙にお願いすればいいんだっけ、メモでいいかしら。
紙で出来た手のひらサイズの人形にメモを渡すと、式紙はタタタと空中に波紋を残して消え、そこから再び現れる。
その手にはあたしのメモの食材がバッチリ。
「珠子選手! さっそく動いたー! 手に入れたのは棒ラーメン! インスタントラーメンの中でも根強いファンを持つ乾麺だー! それに小袋が多数。作るのがインスタントラーメンだから当たり前といったところでしょうか!?」
インスタントラーメン勝負だから、作るのはインスタントラーメン。
みんなきっとそう思っているはず。
たとえ神様でも。
でも、そう思う所を逆手に取る神様だっているはず……。
「対する山蔭選手は? あーっと、これは小麦粉を練り始めた! 真っ白な粉の上で水が躍るように広がる! それを力強くも雅な手付きでこねていきます!」
やっぱり!
ふふーん、そうよね。
でも、この時点であたしの真の狙いに気付くことは不可能。
頭でもおかしくない限りね。
「さてここで、大会のスペシャル解説員をご紹介しましょう! 珠子選手の応援団、退魔僧の築善さんの旦那さんで、人間の世界で最高とされる料理人、東京魚鱗鮨の寿師翁さんです」
「ご紹介にあずかり、またご招待に預かり光栄です。本日は神饌仕合の解説という大役を精一杯勤めさせて頂きます」
え!? あの寿師翁さん!?
なんで、ここにいるの!?
いやいや、思兼神様がその神力で呼びだして命じたんだと思うけど、このシチュで全く動じてないって、どんだけ肝っ玉が座っているの!?
「さて、ここまでの動きでふたりの”インスタントラーメン”はどんなものが出来るとお思いですか? 珠子選手はあの棒ラーメンをアレンジでもするのでしょうか?」
「ああ、それはきっとブラフじゃろ……」
ズベッ!!
あたまおかしい!
いきなりネタバレされそうになって、あたしは盛大にスッ転ぶ。
そして勢いよく立ち上がて手で大きくバッテン。
「おや? どうしたことでしょう? 珠子選手が何やら珍妙なポーズでアピールしています」
「ハハハ、そうじゃな。ここで全てを解説するのは無粋というもの。今は珠子選手の狙いは別にあるとだけしておこう」
寿師翁さんの解説にあたしはホッと胸をなでおろす。
あぶない、あぶない。
でも、念のため、お口にバッテンをして観客席にもアピールっと。
「では、一方の山蔭選手の方はどうでしょうか?」
「あちらは明確」
寿師翁さんの視線があたしの隣のキッチンに移り、少し間が生まれる。
きっと、視線で解説していいか確かめているの。
あたしがバッテンを送ったように山蔭様も同じことをしていないか。
「山蔭選手は”インスタントラーメン”を作っておるのよ。粉から手作りでな」
「粉から手作り!?」
あ、OKが出たみたい。
「そう。6時間というインスタントラーメンに似つかわしくない調理時間もそのため。それだけではない、スープもイチから仕込んでおる。あそこの鍋に水に漬けられた葱や生姜が見えよう。隣には昆布の浮かんだ鍋。水からまろやかで優しい出汁を取ろうとしているのだ」
インスタントラーメンの手作り。
その言葉に観客席からドヨドヨと声が上がる。
そんなことが出来るのかよ、という声が。
「インスタントラーメンの手作り!? そんなのが可能なのですか!?」
「ここでは知らぬが人間の世界のラーメンマニアの間では常識よ。探せばいくらでもある、”作ってみた動画”もホレこの通り」
寿師翁さんの出すスマホには”インスタントラーメン作ってみた(粉から)”という動画がいくつも並ぶ。
「へぇー、最近の人の間ではこんなことも流行っているんですね」
うん、あたしも知っている。
人間の動画サイトには”手作りインスタントラーメン”はいっぱいあるてことを。
でも、そんなことよりあたしも本格始動しなくっちゃ。
まずは粉練りから!
腕と胴を棒にみたてて、グルングルン!
「あっ!? 火が入りました。山蔭選手の鍋に火が入り、そこに鶏ガラと野菜が煮込まれていきます! そして再び練った小麦粉へ! 1メートルはあろう長い麺棒を手に見事な動きで生地が延ばされていきます!」
「しかも、あれほどの長い麺棒を使っているのに、生地の厚さは均一。中華超一流の麺点師でもみておるようだ」
あたしはローラー!
この胴体でグィングィン、生地を二枚重ねにしてグィングィン。
トントン、トントン、トトトントン
隣のキッチンからリズミカルな包丁の音が聞こえる。
「それにしても見事なのは包丁の冴えよ。先ほどまでのパフォーマンス豊かな棒術とは違い、真っ直ぐで正確無比な包丁使い。切り出される麺のサイズにはミクロン単位の狂いもない。まさに神業。よいものをみた」
この指は切刃!
薄い生地を均等に切り裂く!
「次は軽く油を塗って蒸し上げておるな。これで生麺に火が通る。そして油で揚げて乾燥させればインスタントラーメンの麺は完成となる」
珠子タイフーン!
あっちは油で揚げているけど、棒ラーメンは乾燥のみ!
腕よ回れ! 乾燥機の羽根のごとく!
「へぇー、手作りでもインスタントラーメンの麺って出来るものなんですね」
「うむ、大量生産となると大変だが、作るだけなら家庭でも出来る。ま、趣味の域は越えぬがな。買った方が手間がかからず旨い。……と、いいたい所であるが、今回ばかりはその認識を改める必要がありそうだ。あのスープを見てみよ」
「煮出した鶏ガラと鰹節のスープに、なにやら椀の水を次々に入れているようにみえますけど」
「あれは、乾物の戻し汁よ。定番の椎茸だけではなく、キクラゲやキヌガサタケにヤマブシタケ。それに干しナマコに魚肚、これは魚の浮袋だな。あとは帆立の貝柱に干し牡蠣。分量から察するに海鮮が強めに思える。じゃが……」
山蔭様は海鮮ベースみたい。
このスープを最後に粉末にするはずだけど……おかしいな、あれが入っていない。
「どうされました? 何か気にかかることでも?」
「山蔭選手なら神饌料理にアワビを欠かさぬと思ったのだが……」
「そういえばアワビがありませんね。山蔭選手の得意食材ですのに」
今も昔もアワビは高級食材にてスープの王。
特に帝や神に料理を捧げる神事には欠かせないはず。
でも、そんなことを気にしている暇はないは。
あたしは寸胴! 腰回りのことじゃない!
これでスープを煮詰めて濃縮!
さらに出汁の出る粉と脂をミョーンとくわえてペースト状へ!
「ここで霧吹き! 山蔭選手は熱した鉄板の上にスープを霧状に吹きかけたー! 霧のスープから水分が奪われ粉となっていきます! まさにインスタントラーメン! さあ! 残り時間も少なくなってきましたー!」
よしっ! ここからがあたしの本当の調理開始!
沸かした湯に棒ラーメンを入れて、器を用意して、あとは粉ブレンド、サササのサー。
「おっと!? ここで奇妙なパフォーマンスを見せていた珠子選手がようやく動いたー! 麺をゆで上げて、水で締めて、器に盛っていきます! これは!? つけ麺タイプでしょうか!?」
「うむ、それに相違ない。あれはつけ麺じゃな。それにしても気になるのは器の数と並べられた粉よ……。なるほど、そういうわけか」
何かに納得したかのように寿師翁さんがウンウンと頷く。
うーん、やっぱバレてるか。
でも、もう大丈夫! これで完成だから!
「さて、時間と相成りました! それでは双方とも”インスタントラーメン”を出して頂きましょう!」
その合図であたしと山蔭様は審査員席に”インスタントラーメン”を持って行く。
「出来ました! 珠子特製! ”未完成つけ麺”です!」
「捧げます。”神のインスタントラーメン”です!」
あたしと山蔭様の料理は対極。
あたしのは完成されて今にも食べれられる”つけ麺”。
それに対し、山蔭様のは……。
丼に入れられた『今からお湯をかけてね』といわんばかりのインスタントラーメンだった。
◇◇◇◇
「では、先攻の珠子選手の料理から召し上がって頂きましょう!」
ウズメ様の合図で審査員の神々の手が箸に伸びる。
「これは……、市販のインスタントつけ麺だな。だが、そのままというのは芸がない。おそらく秘密はこの薬包にあるのだろう。実に興味深い」
「はい、その薬包の中には魚粉が入っています。あたしスペシャルブレンドの。比率は紙に書いてあります。まずはひと口召し上がった後、それを入れて召し上がって下さい」
「なるほど、途中で味変を行うということか。理解した。ではまず何も入れずに……」
ズッ
思兼神様が一番乗りとばかりにつけ麺をすする。
続けて六鴈様と久延毘古様も。
「ほほう、鰹と豚骨ベースの標準的な味。普通においしい。インスタントといえどもレベルが高いな」
「はい、本格専門店には及びませんが、インスタントのつけ&|x9EB5;であっても十分においしいんですよ。なんせ半世紀にもおよぶ食品メーカーの商品開発部門の叡智が込められているんですから」
「うん、良い味だ。そしてこの鰹ベースと書かれた薬包を入れるとどうなるか、実に楽しみだ」
ズズッ
薬包を入れた六鴈様が麺をすすると、ムムッとばかりに眉が上がる。
「これは!? 鰹の味が強くなっているのに、それでいてくどくない! こんなのもあるのか!?」
「はい、秘密は少し入っている鮭節粉です。鮭節はまろやかな味で他の魚の味を引き立てます。次の薬包もお試し下さい」
「なるほど、これが味変の妙か。だとするとこの鮭ベースと書かれた薬包の粉を入れるとどうなるか? 興味深い」
ズッ
久延毘古様が続けて次の薬包を入れると、少し不思議な顔をして、そして手をポンと叩く。
「ほう! これはさっきと違って鮭の味が強く感じられる。なるほど、閾値があるのだな。一定量以上で鮭の味がハッキリすると」
「その通りです! さっきは引き立て役でしたが、今度は主役! 不思議ですよね、微量だと他の味を引き立てるけど、ある量を超すと一気にその味が強くなるんですから。スイーツに塩を少し入れると甘味が強くなりますが、入れすぎるとしょっぱくなっちゃう例を考えて頂けるとわかりやすいです。さ、次いってみましょー!」
あたしが用意したつけ麺のつけ汁は小さめ、ふた口も食べればなくなっちゃうくらい。
それを補うのが小分けに用意した大量のつけ汁の椀。
「なるほど、わんこそば形式ということか。味をいくらでも楽しめると。理解した、だが、これを入れるとどうなるか、私の理解はまだ届いていない」
思兼神様の持つ最後の一包に書かれた文字は化学調味料。
主成分は旨味成分のグルタミン酸やイノシン酸。
「ベースの鰹と豚骨に純粋な旨味だけを加えるとどうなるか!? その結果は皆さまの舌で確かめて下さい!」
サッサッと真っ白な粉がつけ汁に加わり、それをズゾゾゾゾと審査員のお三方がすする。
「これはうまい! 旨味がガツンとくる! こんな味わい方があるのか!? これはこれは理論はわかるが舌で味わうとまた興味深い」
「料理には化学調味料は邪道という人間もおるが、我はその概念に囚われないつもりだった。しかし、これは想像以上に楽しめる」
「珠子よ。私は理解したぞ」
そう言って思兼神様はフフッと不敵な笑いを浮かべる。
「やはりおわかりですか」
「うむ、だから早う供せよ」
「はい、仰せのままに」
あたしは恭しく礼をすると審査員席にトトトトンと小皿を並べ始める。
その上には海鮮の粉、鰹粉、鮭節粉、鯖節粉にいりこ。
焼いた蟹の甲羅の粉末に、干し小エビをすり潰した粉、帆立貝柱の粉末に化学調味料。
そして、最後の黒い小片はあたしの特製の一品!
「さあ! ここに用意したのは味変用の粉の数々! これを使ってご自由に貴方様だけの味を創り上げて下さい!」
「これは各種の海鮮の粉末だな。そして最後だけ小片になっているのはイカの肝に塩をして干したもの。これが飯に合うのは知っているが、つけ麺ではどうなるか、実に興味深い」
「さっすが六鴈様、へへへ、こいつはあたし特製の逸品! 作り方はちょー簡単! 新鮮なイカの肝に塩をして、冷蔵庫で水分を抜いた後、寄生虫避けに業務用冷凍庫に入れて、自然解凍したものです」
イカの肝には寄生虫の恐れがあるけど、業務用冷凍庫の低温で死滅する。
これなら生でいけるの!
「さあ、皆さま、これからは自由に味変して召し上がって下さい! 基本の組み合わせはあたしが示しました。ここから自分だけの特別な組み合わせを見つけましょう!」
まだ麺もつけ汁の椀も十分にある。
あたしが示したそれらを見て、お三方は楽しそうな笑みを浮かべ、小さじでサッサッと粉を入れる。
「これはスゴイ! 蟹とエビを同時に入れたら味が喧嘩するのではないかと思っていたが、実際は両雄並び立つ!」
「帆立もいいぞ! 粉末にすることで、数秒ごとに汁に味が染み出て、麺をひと口食べる、その間で味が深くなっていく!」
「そして極めつけはイカの肝を干したものよ。麺にも合うと思っていたが、これほどとは! そして組み合わせは無限!」
「はい、料理の神様と知恵と知識の神様が一番喜ぶのは”味の探求”。すなわち研究の楽しさにあると思いました。そして研究はこのひと時で終わりません。皆さまなら、また明日でも明後日でもこの研究が続けられます。いかかでしょう? あたしのインスタントラーメンは?」
相手は知恵と知識と料理の神様。
あたしでの知恵と知識と料理の腕がそれに及ばないのは重々承知。
だったら!
「六鴈よ、久延毘古よ。ふたりとも理解したであろう。この娘が、珠子がこの料理で何を語ったのか」
「はい、珠子選手が提示したのはインスタントラーメンの基礎。それを基に当方自身で完成させよということだな。楽しませてくれる」
「それに、基礎研究が最も重要なのは周知のこと。事実、当方のアレンジよりもお嬢さんの方が美味いと感じる。興味津々」
フフフ、ハハハと笑い声を上げ、お三方は喝采の手を叩く。
「おみごとー! 珠子選手! 見事な料理を披露しました! 神への挑戦は無謀と言われがちですが、挑むだけのことはあったー!」
よかった、少なくとも神饌料理として合格点はもらえたみたい。
大口を叩いたのに門前払いだったらサマにならないもんね。




