珠子と神饌仕合三本勝負!(その3) ※全13部
「理解した。いや、それ以外はないであろうと思っていた。ならば試練とは神と人間との”料理対決”が相応しい。異存はないな」
「もちろんです! というかそれ以外では試練を乗り越えられるとは思っていません!!」
思兼神様は、あたしの宣言を楽しそうに笑い、そして、その手に一冊の本を取り出す。
あれは東京DXTVの料理バトルのルールブック!
「ふむ、理解した」
パラララと数秒本を流しただけで、思兼神様はそう言い放つ。
「真備よ」
「はい」
「お前が対戦相手になれ」
「はい!? ご、ご指名は光栄でありますが、いかんせん吾は料理は不得手で、漢詩とか和歌とか、せめて大食い対決とかに……」
思兼神様からのいきなりの指名に真備様は少し腰を引く。
「察しが悪いな。おぬしは真面目なのはいいが、いかんせん柔軟性に欠ける。こたびの挑戦、どうみても菅原からの挑戦なのは明白」
「それはそうでございますが」
「そして、菅原はその名代に珠子という人間を使っているのだ。だから、吉備も菅原からの挑戦を受け、誰か名代を立てて料理勝負を迎え撃てということよ。勝てばその者にも褒美をやろう。どんな願いも叶えてやるという願いを」
そう言って思兼神様はフフフフーンと楽しそうに鼻を鳴らす。
「そういうことでございましたか! なら、問題はありませぬ。菅原とその手先の珠子よ! この吾が相手だ! 神に挑戦した愚かさ身をもって味わうがいい!」
「なら話は決まったな! 料理勝負の内容はこのルールブックに則って決めよう」
思兼神様の手に現れたのは東京DXTVの料理大会のルールブック。
様々な方式で行われる料理勝負のルール詳細が明文化されている本。
あたしもその内容は熟知している。
「決めた! 料理は3本勝負、勝負内容は人の間で行われているり料理大会のボスドロー形式で行うとしよう! 異存はないな?」
思兼神様の問いに真備様とあたしは会釈を以って賛意を示す。
Both Draw方式。
それは、TVの料理バトルでもよく行われる方法。
先攻後攻を決め、1本目は先攻がお題を決める、2本目は先攻が入れ替わってお題を決める。
そして3本目のお題は主催者側が決める。
このメリットは、3本勝負で必ず1回は自分が作りたいアピールしたい料理が出せるってこと。
必ずお店の宣伝の料理が作れるので選手にも人気があって、3本目にもつれこむことが多く、主催者側としても盛り上がりやすいから人気なのよね。
「本来ならば先攻後攻をはコイントスで決めるところだが、神と人間が同じ条件で戦うのも味気ない。先攻、つまり最初の勝負内容は人間側が決める形でもよいか?」
「ハンデということですな。それはよい。料理対決においても神が人に劣るなどありえなぬ。いいハンデになりましょうな」
その問いにあたしは少し考えこむ。
なぜなら、この時点でもう駆け引きが始まっているから。
真備様はあたしが出したお題に有利な神様を対戦相手として連れてくるはず。
でも……。
あたしがチラッと視線を動かすと、そこには俯いている玉藻の姿。
うん、やるしかないか!
「そのハンデ! ありがたく頂戴致します! そしてその礼はそちらの敗北で場を盛り上げることで返しましょう! では最初の料理対決の内容は……」
あたしは息を大きく吸い込み、裂帛の気合を込めて宣言する。
「この半世紀で世界中の人に愛されるまでに広がった! ”インスタントラーメン”勝負と参りましょう!」
「”インスタントラーメン”か、理解した。試合会場や設備は私が準備しよう。それでよいな」
「もちろんでございます」
「はい、異存はありません」
あたしたちの声を聞いて、思兼神様がパンと柏手を打つとゴゴゴと地面から振動が響く。
「表を見てみよ、そこに会場を作った」
思兼神様の声を聞き、表を見たあたしたちは思わず息を飲む。
「なんだありゃ!? さっきまではあんなのなかったぜ!?」
社への長い階段の中腹に出現したのは試合会場。
コンサートで使われるような広場に観客スタンド、中央にはふたつの台があって、そこにはキッチンスタジアムが設置されている。
ご丁寧にキッチンスタジアムが間近で見られるアリーナビジョン付き。
天井があったら、どこかのスーパーアリーナだと言われても納得しちゃうくらい。
「これは……、格というか桁というか、次元が違う神力ですね」ゴクリ
「目に見えるものが全てではないぞ。Wifi完備、手持ちのスマホでアリーナ映像の閲覧も可能だ。アプリのインストールはこの二次元バーコードから」
なにそのひとりイベント会社!?
「娘よ。少しは理解したか。私の強大さを。神に挑戦する愚かさを」
「は、はいっ! 骨身にしみるまで! というか、あたしは自分が愚かだってことは重々承知していますっ!」
「ふっ、こういうとき地上では『おもしれー女』とでも言うのであろうな。理解した。そちが”おもしろい愚かな女”であることが」
ええと、遠回しにバカと呼ばれてません?
「さあ! 宴の幕を上げよ! ふれを出せ! 只今より神饌仕合三本勝負を開催する! 仕合形式は人の間の料理大会と同じボスドロー形式! 挑戦者は! 愚かしい人間代表! 珠子である!」
間違いなくバカって呼ばれた!
でも、いつの間にか集まった観客からは拍手が送られてるし。
「神様ってのは意外とバカ……、愚者が好きなんだぜ。隣のエリアの闘技場では誉め言葉みたいなものさ。空手バカとか相撲バカとかってな。さ、いってき、いってらっしゃい」
鈴鹿御前さんの優しい言葉に押されてあたしは階段を降りる。
後ろからはあたしの応援団のスゴイ拍手、へへっ、手なんか振っちゃったりして。
さあ! ここからが本番! 天国のおばあさま、あたしの最後の戦いが始まりますっ!
◆◆◆◆
◇◇◇◇
天国のおばあさま、いかがお過ごしでしょうか。
あたしの隣では、夏の暑い日差しにピッタリの恰好をした、セクシーお姉さんが場を盛り上げています。
「みなっさん、おっまちかねぇ~! 思兼神様主催の神の試練! なんと今回は初の料理対決!! 挑戦者の人間、珠子選手の入場でしたー!」
空は快晴、太陽サンサン、でも、空気は涼やかで初夏の一番いい風が吹いています。
体調は万全、気合は十分、身体に力がみなぎって、今なら神でさえ倒せそう。
いやま、倒さなくっちゃいけないんですけどね。
料理対決で。
「続いては、神の代表! 代表を選出するのは、文武両道! 質実剛健! 真面目一直の吉備真備様! さあ! お呼び下さい! その名を!」
「おう! ならば、吾は此の者を推挙しよう! 呼ぶは平安時代の四条流庖丁式の創始者!」
あたしが中央のキッチンスタジアムで後ろを振りむいた時、真備様の声が響き、その前にひとりの男が現れて傅く。
立烏帽子に狩衣姿、平安貴族風の衣装に身を包んだその姿にはひとつの特徴がある。
襷。
動きやすく袖をまとめた姿は、あの方の役割が料理を司っていることの証。
「思兼神様、吉備真備様。お呼びにより参上いたしました」
あたしにはわかる、彼が誰なのか。
四条流庖丁式の創始者という台詞で。
「来ましたね藤原中納言様。麺類なら包丁技の得意な貴方様が来ると思っていましたよ」
「私の名をご存知でしたか。そう、私の名は”藤原山蔭”! 包丁と料理を司る神でございます!」
現れたのは九世紀料理好きな光孝天皇の御代で帝に捧げる包丁式を確立させた偉人にて神。
藤原山蔭様。
◇◇◇◇
「さーて! 盛り上がってまいりましたー! 記念すべき第一回! 神饌仕合三本勝負! 実況は高天原のアイドル、天鈿女命ことウズメちゃんがお送りしまーす! そして仕合には審査員がつきもの! ここでその審査員を紹介いたしまーす!」
見えそうで見えない衣の裾をヒラヒラさせて、ウズメ様は審査員席と書かれた檀上へ向かう。
「まずはこの方! 料理といえば外せない! 磐鹿六鴈様!」
「料理仕合と聞いて居ても立ってもいられず飛んできた。神の名に恥じない働きを期待しているぞ、山蔭。それに日進月歩で進化を続ける人間の料理も味わいたい。珠子よ、最前線で料理を作り続ける人の子よ、我の舌を楽しませてくれ」
ひとりめは神代の人間で料理の神。
日本武尊の父、景行天皇に仕えて料理を捧げた始まりの宮廷料理人、磐鹿六鴈様。
いきなりのビッグネーム
「続いてはこの方! 地上において知らぬものなし! 蘊蓄なら任せろ! 久延毘古さまー!」
「当方は全てを知っているわけではない。だが、知りたいという気持ちと行動が当方をここに座らせた。どんな料理が出るか双方の腕に興味は尽きない」」
ふたりめは大国主様のご意見番、田の神でもあり知恵の神でもある久延毘古様。
きっと見事な解説をみせてくれるに違いない。
「最後はやっぱりこの方! 本仕合の主催にて審査員長! 思兼神様! その頭には天上天下のありとあらゆる知識と知恵が詰まっているー!!」
ウズメ様の紹介を受けて、思兼神様は厳かに立ち上がる。
「ここに集まりし、知恵と知識と娯楽の探求者よ! 称えよ! この無謀な挑戦者を! 喝采せよ! 誇り高き守護者を!」
思兼神様の声に合わせて、拍手の群れがあたしと山蔭様に降り注ぐ。
その中でも一番激しくドンドンパフパフと応援してくれているのは七王子のみなさんを中心とするあたしの仲間たち。
「一本目のお題は”インスタントラーメン”! いかにも庶民らしいお題だが、インスタントラーメンがもたらした社会の変革は皆も知っての通り! そして審査員は料理と知恵の柱! 両名には審査員のことも考えた、素晴らしい仕合を期待する!!」
素晴らしい仕合を期待。
それが意味することは、単なる料理の味だけでなく、その調理過程も審査の一部ということ。
うん、そうなると思っていた。
「さて、これから仕合開始となるが、調理時間に制限を持たせるという無粋な真似はせぬ。いかほどの時が必要か? 長い方に合わせよう」
さて、ここもよく考えなきゃ。
ここでの最適解は……
「あたしがお題を決めましたから、時間は山蔭様に合わせます」
「だそうだ。そちの希望は?」
「そうですね……では、六時間ほど頂きましょうか」
六時間というインスタントラーメンの調理時間とは似つかわしくない数字に観客席がドヨドヨとざわつく。
「理解した。食材はそこの式紙に命じればどんな食材や調理道具でも即座に持って来させる。他に必要なものはあるか?」
「それでは、あたしからひとつお願いが」
ここが勝負の勘どころ。
そう思いながら、あたしはゆっくりと手を上げる。
「申してみよ」
「山蔭様とあたしのキッチンの間に軽く布で目張りをして頂けないでしょうか。もちろん、観客席からは丸見えでかまいません」
「その心は?」
「そりゃもう、あたしが山蔭様の包丁の冴えに見とれておろそかにならないためですよ」
これは半分本当で半分嘘。
そんなあたしの心中を察してか、思兼神様はフッと鼻で笑う。
「いいだろう、異存はないな山蔭」
「はい、ございません。みなさん! 私の包丁が見たければ、観客席のこちら側がオススメでございます。小娘さんのよりずっと見物ですよ! ハハハ」
山蔭様の声に観客席からハハハと笑いが広がる。
うん、そうだとは思ったけど、完全に舐められてる。
でも、そうはいかない。
きっと観客はあたしの方にも集まる、いいえ、ふたりが見える中央に集まるんじゃないかしら。




