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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第二章 流転する物語とハッピーエンド
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覚(さとり)と麻婆豆腐(前編)

 僕の名は橙依(とーい)、こう見えても”あやかし”。

 半妖(はんよう)と言われる事もある。

 まあいいや、そう言いたければそう呼べばいい。

 父は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)、母は八稚女(やをとめ)のひとり。

 でも、両親の記憶はほとんどない。

 気が付くと僕は岩の中に居た。

 いわゆる封印状態ってやつ。


 岩の中の僕は外で何が起きたかはわかっていても、それを理解する知性がなかった。

 だから封印から目覚めた時、何も知らない子供と同じ。

 緑乱(りょくらん)兄さんが待っててくれなかったら、どうなっていたかわからない。

 きっと右も左もわからずに、彷徨(さまよ)う事になっていたかも。

 そこにはとっても感謝している。


 そんな僕も今は普通の学生、『あやをかし学園』の中等部に所属中。

 この『あやをかし学園』は表向きは普通だけど、”あやかし”も通っている。

 そして、僕は()に出会った。


◇◇◇◇

 

 晩春の夕暮れ、家路の途中、路地の陰から声。

 気配は”あやかし”。


 「お前『どんな”あやかし”かな』と思っただろう」

 「……」

 「お前は『この受け答えは(さとり)だな』と思ったな」


 どうやら僕の予想は当たりのよう。

 相手の心を読む”あやかし”、それが(さとり)

 僕と似た能力。


 「へぇ、俺と同じ能力を持っているのか」


 その通り、だけど僕は相手の同意なしには心を読まない。


 「かまわないよ。俺の心を読みなよ。お互い様さ」

 「おっとお前『(さとり)って心が広いな。友達になれるかな?』って思っただろう」

 「そう言う君も『山を出て初めての友達になってくれるかな?』って思ったよね」


 僕たちは一瞬で打ち解けた。


◇◇◇◇


 「そうなのか、ずっと心が読めるわけじゃないんだな」

 「……うん、少ないとはいっても妖力(ちから)の消費があるから」

 「そうかい、俺は息をするように心を読めるけどね。おっ、そうそう『種族特性』ってやつさ」

 

 ゲームに例えた僕の考えを(さとり)は口にする。

 (さとり)と言えば色黒毛長の絵が有名。

 でも今の彼の姿はちょっと浅黒い元気系の少年。


 「お前『珠子姉さんなら、褐色美少年キターって言うだろうな』と思っただろう」


 嫌な予感がする。


 「その通り、俺が用があるのはその”珠子姉さん”さ。ちょっと相談したい事があってな」

 

 珠子姉さんは頼りになる、そして優しい。

 僕の心を読む能力を知った後でも『いつでも好きな時、断りなくあたしの心を読んでもかまわないわよ』って言ってくれた。

 心が広いのか、それともその時に語尾についた”げへへ”なのか理由はわからない。

 きっと彼の相談の力になってくれる。


 だけど……


 「なんだその『想像の斜め下』ってのは?」


 うん、そのうち分かると思うよ、……嫌でも。


◇◇◇◇


 「……ただいま」

 「おかえりなさい」

 「おい女、今『あら、橙依(とーい)君、お友達?』って思っただろう」


 (さとり)の声を聞いて、パチクリとされる珠子姉さんの目。

 

 「おい女、今『あー、これが音に聞く”あやかし”の(さとり)だー』って思ったろう」

 「そして『ここは、こんな事もあろうかと! 対(さとり)用シンキング第一弾をくらえー、まずは軽い方から』って思った……」


 言葉に詰まる(さとり)の口。


 「おい女『あらやだ、美少年ふたりが一緒になると絵になるわねぇ。黒曜石のような肌に紅玉(ルビー)の瞳、すらりと伸びた手は触れる物を優しくなでる羽根のようで、贅肉(ぜいにく)の一片も無い足はすらりとしたカモシカ、それがバランスよく芸術的な比率でまとまっていて、外を歩けば振り向く人だらけで町は大パニック……』」


 そこで(さとり)の口が止まる。

 顔は真っ赤。


 「あら、対(さとり)用シンキング第一弾”褒め殺し”の調子は上々みたいね。いらっしゃい素敵なボーイ」


 そう言って、珠子姉さんは指をこっちに向けてウインク。

 溢れ出さない色気。

 第二弾がどんなのかは気になる。

 だけど、口にしちゃ駄目。

 それは死亡フラグ。


 「だ、第二弾はどんなの……」

 「……だから駄目だって」


 それを聞いた珠子姉さんの口の端がニヤリと上がる。


 「お、おい女、今『赤巻紙(あかまきがみ)青巻紙(あおまきがみ)黄巻紙(きまきがみ)東京特許許可局とうきょうとっきょきょかきょく局長今日きょくちょうきょう急遽許可却下きゅうきょきょかきゃっか、すももも(もも)(もも)(おっと)のおとうの黄桃(おうとう)入刀(にゅうとう)(もと)()とうと胴元(どうもと)()うも……』


 ガチィ


 これは(さとり)が舌を噛んだ音。


 「これが第二弾! ”舌を使うには(さとり)といえども訓練をしなければ出来ないだろう作戦”!! ちなみに第三弾は聞かない方がいいと思うわ! 聞かれたら、あたしは考えちゃうから!」

 

 ちょっと興味。

 でも我慢我慢。


 「その聞かない方が良い第三弾って……」


 だめだってのに。

 

 「お、お、女、今……」


 (さとり)の口が止まり、顔が紅潮。

 僕も我慢出来ずに珠子姉さんの心を読み始める。


-----------------------------------------

 乱れる少年と男の肢体がからみ合う。男のの舌がつつつと首から下を這い舐めると(つぼみ)のような乳首に触れる。吐息とともに女のような少年の声が漏れる。声を押し殺して快楽への堕落に耐える少年。だが、男の急所を知るのも男である。男はさらなる刺激で少年を鳴かそうと……

-----------------------------------------


 「「だ……だいへんたいだー!!」」


 なんで、この(ひと)は心が読める(さとり)を前にして、心でBL小説の朗読を始めるのだろう。


 「これが(さとり)対策、第三弾! 心の闇に耐えられても、心の桃闇(ピンクダーク)には耐えられるかな! 別名”怪異と逢ったらエロい事を考えれば何とかなる!”作戦よ!」


 ”あやかし”の中には人に仇成(あだな)すヤツも居る。

 恐怖や妬み嫉妬や(うら)みなどの人の負の感情を(かて)とするヤツ。

 そんなヤツらは逆に陽の感情を嫌う。

 彼女の対処は正しい、だけど……

 

 「ごめん『想像の斜め下』の意味がやっとわかった」

 

 こちらこそごめん。

 これでも、僕が少しだけ心を許した(ひと)なんだ。


◇◇◇◇

 

 「それで相談って? あたしに出来る事なら、なんでもするわよ」

 「おい女、今『なんでもするって言っちゃった。いやんいやん、どんなお願いをされちゃうのかしら。ぐへへ』って思っただろう」


 頭が痛い。

 

 「悩みってのは、これの事さ。俺は(さとり)の”あやかし”の特性として読んだ心を口にしてしまうんだ。これでは人間社会に溶け込めない」


 合点が行く、それは困る。


 「おい女、今、『人の心を読んで苦しくならないのかな? 人の愚痴とか妬みとか心の闇とか』と思っただろう。俺たち(さとり)の心を人のそれと同じに思うな。心の闇などに惑わされたりはしない」


 そこは僕とは違う。

 やっぱり僕の心は人間寄りみたい。


 「だから俺は、まず『あやをかし学園』に転入して、社会に溶け込む練習をするのだけど……」

 「……あの校則が問題になるんだね」


 僕の通う『あやをかし学園』に存在する”あやかし”向けの校則。

 それが問題。


 「その校則って?」

 「……『”あやかし”は学園の人間の生徒に”あやかし”だと見破られてはならない。見破られた場合は退学とする』だよ」

 「おい女、今、『そりゃむりだわー』って思っただろう」


 僕もそう思う。

 ”あやかし”の特性を抑えるなんて不可能。

 (さとり)に読んだ心を口にするなというのは、鳥に飛ぶなと言っているようなもの。

 いや、鳥に(さえず)るなと言っているに等しい。


 「おい女、今、『よしっ! 麻婆豆腐(マーボードーフ)を作ろう!』って……なぜそう思う!?」


 どうしてそうなるの……

 

 ◇◇◇◇


 台所から漂ってくるのは唐辛子の焦げる香り。


 「あの女『ここで豆板醤(とうばんじゃん)をたーっぷり炒めて香りを立てまーす』と思っているぞ」


 僕たちはテーブルについて料理を待っている。

 料理を作っている間、(さとり)が説明してくれている。

 そしてジュ―というひき肉を炒める音。 


 「あの女『ひき肉にたーっぷり唐辛子の旨みを加えて、さらに香り高い七香辣油を一杯、二杯、三杯……』

……おい、あの女! 『今日は通常の3倍を入れちゃいまーす』って思っているぞ!?」


 えっ!?

 この『酒処 七王子』の麻婆豆腐は僕も食べた事がある。

 ピリ辛で美味。

 だけど、通常の3倍って!?


 「あ、あの女『さらに食感を良くするために、唐辛子を揚げたスナック”おつまみ唐辛子”をトッピングしまーす』って思ってやがるぞ!!」


 さらに唐辛子を追加!?

 そして珠子姉さんはやって来る、笑顔で。

 

 「おい、お前『あの目は笑いながら恋敵を惨殺するヤンデレの目だ』って思っただろう」

 「……き、君も『あの顔は笑いながら罪人を地獄に叩き込む獄卒の顔だ』って思ってるじゃないか」 


 僕たちはとっても気が合う友達になった。

 

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