大嶽丸とめかぶ納豆(その3) ※全4部
◇◇◇◇
俺様が、大江山の鬼の首魁であるこの酒呑童子が、一の兄者と敵の本拠地に入って半刻。
敵の中心である大嶽丸は俺様が倒した、何度も。
「これで十!」
「よし、これであの扉の前に陣取っていた大嶽丸分け身は全て倒した」
一の兄者がそう言ったのは、俺様がちょうど十体目の大嶽丸の分け身を倒した時。
ちなみに俺様が十、温羅が七、茨木が五、兄者が三だ。
「ガッハハ、我輩たちの前では分け身など無駄だとやっと気付いたようだな」
「そのようだ。だが、ここからが本番。本命はこの扉の先に居る」
この何処何某に入ってからずっと感じていた怪しい気配。
妖力とも違うそれは、兄者の推察では地獄門そのものが発する気配だという。
この扉の先にそれはある。
そして、ここまで近づけば嫌でもわかる。
扉の向こうに居るのは鬼。
鬼道丸の気配。
あとは有象無象。
ギィィィィーーーー
人が聞けば背筋も凍るような嫌な音を立てて、扉は開く。
その先は異界。
今までの迷宮と化した料亭とは造りが違う。
広さは一町、高さは十尺、天井と地面は固い岩。
そしてその果ては真っ直ぐに切り立った崖。
その中心に向かって俺様たちは足を進める。
「不思議な空間だな。まるで岩の箱の中におるようではないか」
「ガッハハ。地獄へと続く門がある所だからな。殺風景なのは仕方ない。そして、あれが地獄門よ」
温羅が示す先は崖に半ば埋まるように立つ四角い岩。
「なるほど、天岩戸ならぬ、地岩戸というわけか。そして、役者もそろっているようだな」
「こんな辺鄙な所まで、ご苦労様。地獄門見学ツアーは終わりましたか? なら、とっとと帰りなはれ」
地獄門の左右には鬼の姿。
無論、出来の悪い息子も立っている。
だが、そこに気を回す余裕はない。
地獄門の前に立っているのは玉藻。
この騒動の首謀者。
「玉藻、大嶽丸はどこだ?」
「さあ? どこでっしゃろか。センパイ」
「そうか」
俺様は一歩前に出ると見せかけて、身体をクルッと反転させる。
キンッ!
俺様の爪が氷の剣を弾き飛ばし、それはパキッと中ほどから折れて地面に転がる。
「後ろからの不意打ちとは相変わらずだな。だが、来るとわかっていれば対処は容易い」
「お前たちは招かれざる客だからな。排除するのに手段は選ばない」
俺様たちが入って来た扉、そこから声に続けて一体の鬼が入ってくる。
鬼王大嶽丸。
分け身のような雑魚ではなく、その妖力からして、こいつが本体。
扉を半開きにしておけば、隙間から狙撃が来ると思ったが、正直なものよ。
「楽しそうだな。オレは全くそんな気にならないのだが」
「気分も昂るわ。借りを返せるのだからな。茨木、兄者、温羅、邪魔立てするなよ」
「うん、ウチは信じてる。酒呑が必ず勝つと」
「ガッハハ、タイマンというわけか。いいだろう、我輩は長兄殿に破れた身。鬼王を決める戦いからは身を引くのが筋」
茨木と温羅はそう言って中央から横に逸れる。
兄者もそれに倣って横へ。
「我もふたりの戦いに水を差す気はない。我が興味があるのは別のこと。玉藻、橙依はどこだ?」
「言うと思ってらっしゃいますぅ? 下種大蛇のお兄さん」
玉藻の挑発的な台詞を一の兄者はフッと鼻で笑う。
「言うとは思ってない。だが、考えるとは思っている」
「はぁ? 何をいうてはり……、しまった!?」
玉藻がそう叫んだ瞬間、一の兄者は弧を描くようにその足を動かし、俺様たちが入ってきた扉の前に陣取る。
扉の隙間から見えたのは”あやかし”の影。
橙依の友ら。
そしてその中には……。
「心の声を聞いたな覚よ! ここは我に任せて『行け!』」
「逃がすと思うとるんかい!」
顔を一変させた玉藻が扉に向かうも、そこに立ちふさがるふたつの影。
一の兄者と温羅。
なるほど、巧みだな。
個々の戦闘力なら俺様は一の兄者を上回る。
だが、各々の特性を活かした戦略、戦術においては一の兄者の方が上。
おそらく兄弟の中で一番であろう。
ここまで読んでいるのだから。
「ねぇ、大センパイ。大センパイの分け身で今逃げたヤツらを捕まえて欲しいでありんす」
「いや、その必要はない」
「どうしてでありんす?」
「そいつはこういうことだぜ」
玉藻の疑問に答えたのは大嶽丸ではなく、温羅の陰に隠れた”あやかし”。
その姿を見た玉藻の顔がニヤリと笑う。
「やはり残ったか」
「ま、あんなことを言われちゃな。橙依が心配だぜ。行ったのがあいつらだけだからよ」
その”あやかし”はそう言いながらニシシと笑う。
だが、思ってはいないのは明白。
一の兄者の力ある言葉に逆らい残っていたのは、決して言いなりになんてならない”あやかし”。
そして、地獄門を開く最後の鍵。
天邪鬼。
「これで地獄門を開く材料に不足はない。あとは計画通り事を進めるだけ」
「不足はあるさ。お前の鬼王としての実力不足がな」
俺様と大嶽丸の視線が空間の中央で絡み合う。
こいつの計画がどうかは知らぬが、俺様を虚仮にしてくれた借りは返さぬと気が済まぬ。
結果、地獄門を開くというこいつと玉藻のたわけた計画を潰せるなら尚更。
「存分にやれ! 酒呑童子! 外への扉の守りは我が引き受けた!」
「ガッハハ、この天邪鬼も我輩が玉藻の毒牙から守ってやる!」
その陰に天邪鬼を隠しながら、一の兄者と温羅も玉藻と睨み合う。
どちらも大きくは動けぬだろう。
玉藻は単純な戦闘力という面ではこのふたりに劣るからな。
俺様の茨木も、愚息の鬼道丸も、その他の鬼どもも、これかは始まる真の鬼王決定戦を固唾をのんで見入るのみ。
邪魔は入らぬ、真の一対一。
「さあ、始めようではないか大嶽丸! 鬼王の称号に興味はないが、お前が叩きのめした副賞として与えられるというのであれば俺様がもらってやる!」
「オレはもうお前には興味はない。だが、障害は排除する」
パァンと空気を切り裂く音を立て放たれる大嶽丸の氷の剣と、豪と唸りを上げる俺様の妖力の竜巻が互いの中央でぶつかり合った。
◇◇◇◇
ゴヴッ! と唸りを上げる竜巻に氷の剣が飲み込まれ、大嶽丸はその竜巻を回避。
ドォン! という轟音がマルチモニタから聞こえたかと思うと、遅れて壁からその振動が伝導。
『妖力の流れを渦と化し放つ。しかもオレの剣を巻き込むほどの威力。攻防一体隙のない技。大したものだ、こんな隠し球を持っていたとは』
『違うぞ、これは昨晩編み出した俺様の新技。真の武人なら一晩あれば新技のひとつも編み出すもの。これくらいは頼光はもとより、綱でも造作もなくやってのけたわ!』
『そうか、だがこの程度ではオレの本気は防げない』
大嶽丸が再び氷の剣を放つと、それは竜巻を貫通。
だけど酒呑童子はそれを叩き落とす。
闘いは飛び道具による牽制中。
「いいの? 君の本体を助けに行かなくて」
マルチモニタの術から流れる鬼王決定戦の映像と音声。
安全な場所で見るのなら、これ以上の見世物はない。
戦っているのが自分自身でなければ。
「問題ない。それにあっちのオレもこっちのオレもどちらも本体のようなもの。あっちはあっちで当初の計画を進め、こっちはお前の策に乗る。アイツの心に響く贈り物が”三陸産のめかぶ”だというなら、オレはそれを学びたい」
「……わかった」
僕の手にある包丁がトントンとめかぶを切る様子を大嶽丸は凝視。
「めかぶか。妙な形の海藻だな。そんなのは見たことがないぞ」
めかぶの形は独特。
真ん中の太い茎の横にヒラヒラの耳がついている。
漢のロマン武器のようなドリル……ではなく、回転とともに土も掻きだす掘削ドリルにも似たヒラヒラ形。
「……これはワカメの根の部分。こうやって切れば扇のようになる」
めかぶのヒラヒラの部分を回すように切ると扇形。
僕はそれを一枚ずつゆっくりと造る。
トントン、コトコトと。
「……これで一品は完成。”三陸産めかぶのしゃぶしゃぶ”
扇形になった茶色いめかぶを皿に並べ、僕はそれを大嶽丸の前に出す。
隣には、くつくつと音を立てる鍋。
「……タレはしょっつるに柑橘の汁を加えたポン酢。しょっつるは秋田のいわゆる魚醤。魚を塩漬けにすると浮いてくる汁。魚醤は平安時代には既に存在した。これは珠子姉さんからの知識。さ、食べて」
『しょっつるの起源? 文献に明記されるのは江戸時代ね。だけど、平安時代の延喜式には地方からの上納物に鯛醤や鯖醤の記述があるから、類似の魚醤は日本各地にもっと前からあったと思うわ。縄文時代からあったって説もあるのよ』
僕は珠子姉さんとの会話を思い出し、橘の絞汁を魚醤に加える。
「……そして、橘はミカンの原型となった日本の柑橘。甘さと酸味がある。これも昔から日本にあるもの。さあ、食べてみて」
僕はそう言うけど、大嶽丸の箸は動かない。
「オレは”しゃぶしゃぶ”というのがわからない」
「……そう。だったら、今お手本を見せる。とっても……、ちょー簡単」
僕が箸でつまんだ薄茶色のめかぶをしゃぶしゃぶとお湯にくぐらせると、それが鮮やかな緑に激変。
「これは美しい! あの華のない色の”めかぶ”が、こうも色鮮やかになるとは!」
「……この色の変化は見てて楽しい。食欲増進にはもってこい」
僕は緑に変化した”めかぶ”をタレに軽くつけると、その箸を大嶽丸に譲渡。
受取った大嶽丸はそれを口にパクッ。
「おお! これは旨い! 臭みのない爽やかな磯の香りと旨味! コリッとした食感!」
「……さ、お手本通りにやってみて」
僕の進めに従って大嶽丸は”めかぶ”をしゃぶしゃぶ。
「うん! 何度味わっても旨い! タレの橘の酸味と爽やかさが相まって飽きの来ない味だ!」
「……気に入ってくれてよかった。もう一品作ってるからそのまま食べてて」
僕は別の鍋に沸いたお湯で、今度はぶつ切りにした茎と残ったヒラヒラの”めかぶ”を軽く茹でる。
茶色だった”めかぶ”は、しゃぶしゃぶと同じように鮮やかな緑へ。
「……これを細かく刻む。千切りがオススメだけど、めんどくさければみじん切りでいい」
茎はスッスッと薄切りに、ヒラヒラのミミは千切りに。
刻んでいくと、ヌルッとした成分がめかぶを覆い始める。
「そのヌメリ。口当たりが良さそうだな。摩擦がなくスルッと口に入りそうだ」
「……そう。このヌルヌルにネバネバを加える」
続けて僕が異空間格納庫から取り出したのは納豆。
それも本格的な藁包みのやつ。
「それは……納豆ではないか!?
「……そう、納豆。納豆の起源は11世紀中ごろ、源義家が前九年の役の陸奥遠征の時、馬用の煮大豆を藁に入れていたら納豆になったというエピソードが有名。だけど諸説あり。逆に前九年の役の敵の安倍氏が納豆を食べていたのでスタミナと屈強な身体を持っていたとか、聖徳太子の愛馬用のエサに用意した煮大豆が納豆になったとか、実は弥生時代から納豆はあったとか。それもそのはず、作るのは簡単。煮大豆を熱々のうちに藁苞に入れておくだけ。平安時代どころか弥生時代でも余裕」
ヌルヌルの刻みめかぶをボウルに入れ、ネバァーと糸を引く納豆を加えて混ぜると、そこはヌルネバで泡立つ世界。
「……これで”めかぶ納豆”の完成。これだけでもおいしいけど、今日は雑穀米ご飯を用意した」
蒼明兄さんが僕の異空間格納庫に格納しているバッテリーと電子レンジを使って、僕は”レンジで簡単雑穀ご飯”をチン。
茶碗に移した雑穀ご飯に”めかぶ納豆”をかけ、さらに魚醤を回しかけると、それだけで何杯もいけそうな良い香り。
「……さ、食べてみて」
「わかった。ふむ、これは平安の貴族風ではないな。昔のアイツが喜びそうだ」
ズルッ
パクッ、ではなく、ズルッ
大量のヌルヌルネバネバがもたらすものは、通常のご飯とは違う音。
「これはスゴイ! スルスルと抵抗なく喉に流れ落ちるようだ! そして海と大地の旨味がしっかりしていて、米と雑穀の甘味も加わって食べやすい!」
「……でしょ。これなら妊娠中や産後でも食べやすいと思う」
「滋味深い味だ。こういうものならアイツも遠慮はしないだろ……!? おい、お前、今、何を言った!? オレは聞き返さずにはいられないぞ!?」
「……妊娠中や産後でも」
僕の台詞に大嶽丸の顔が紅潮。
この大嶽丸、日本三大妖怪だか鬼王だか知らないけど、恋愛に関しては初心。
というか子供レベル。
やっぱポンコツ丸じゃないか。
「……聞いて。これは僕の推測だけど、さっきの赤子が生まれてひと月で死んだって話の原因は、とある栄養素不足」
「あ、アイツの、ち、乳の出が足りないとでも言うのか!?」
「……多分違う。最初は乳を飲んでたという君の話と、その後の症状から考えられるのはこれ。ビタミンK不足」
「び、ビタミンケー!? そんなのはオレは知らないぞ!?」
「……知らなくて当然。僕も最近まで知らなかった。ビタミンKは血液凝固に必要な栄養素。これが不足した赤ん坊は脳内出血を起こし死に至ることがある。症状は頭痛による大泣きや痙攣、意識の混濁」
「あの時の子の、”りん”の症状と寸分違わぬではないか!?」
「……うん。そこから僕は気付いた。既に人類の叡智はその原因を究明。現代では予防策がある。Kシロップを赤ん坊に飲ませるといった対応策。現代では乳幼児死亡率は1%以下」
僕は知っている、ううん学んだ。
あの時”さまようのろい”の時に珠子姉さんが教えてくれた予防接種と子供の生存率の増加の話。
これは、そこから僕が興味を持ち始めて学んだ知識。
「なんと! 神や仏もないが、現代にはそのようなものがあるのか!」
「……そう、そしてここからが重要。現代のようなビタミンKの化学合成は平安時代では無理。だけど、当時でも可能な対処法がある。それは母親がビタミンKが多く含まれている食材を摂ること。そうすると母乳もビタミンKが多く含むようになる。そして、めかぶも納豆もビタミンKを多く含有」
大嶽丸の視線が”めかぶ納豆”へ降下。
「そうか……、ひょっとすると、これを食べていたらアイツの子は死ななかったかもしれないのか」
「……完全に推測だけど」
「そうであって欲しい。だが、もはやそれを確かめる術もない」
「ある。僕には。時を越える術が」
「まさか!? そんな!? いや、でもあの時の大悪龍王事変の大蛇の四男が持っていた迷廊の権能なら……。だが、それは今はないはず。200年程前の夷狄妖怪との戦いで四男はそれを失ったと聞く」
そっか、君たちの間ではそういう風に思われてたんだね。
緑乱兄さんが過去に戻り八尾比丘尼として歴史を二度生きた記憶。
それは、この前の”夢のせいれい”が起こした大悪龍王事変で周知。
過去に戻れる権能。
知らないうちにそれを捧げられた僕は1日だけやり直せるあの日をもう一度という術を身に着けた。
でも、緑乱兄さんの迷廊の権能による時間遡行はレベルが違う。
千年以上の時を越えることが可能、さすが本家本元。
それは過去に後悔を持つ”あやかし”にとって、喉から手が出るほど魅力的。
だけど、今の緑乱兄さんは神力が皆無。
兄さんの八尾比丘尼としての最後の仕事、夷狄妖怪からの日本の守護。
それで、その権能は失われたと思われてたみたい、彼にも。
「……ううん、それは違う。兄さんの迷廊の権能は今は僕が所持。だから、それと僕の祝詞の権能を合わせれば、出来るかもしれない。君を歴史に捧げることが」
僕が珠子姉さんと作った”すかんぽ入りおはぎ”をあの日に捧げたように……。
「オレを歴史に!? そんな実体のないものに!? 本当に出来るのか!?」
「……正直わからない。それに君が彼女の運命を変えられるかは君次第。上手くいく保障は無いし、上手く行ったかを確かめる方法も僕には無い。そして、奉納には捧げられる側の同意が必要。訊ねるよ。それでもやる?」」
「議論の余地はない。言ったはずだ。オレはアイツのためなら、どんなことだろうとやる。やってのけると」
その決意と言葉に嘘はない。
大嶽丸は、少なくとも彼女に関しては真摯。
「……わかった。じゃあ、思い浮かべて、君が最も逢いたい人のことを、最も逢いたかった時を、それが君を導いてくれる。過去へ」
「この”三陸産めかぶ納豆”、決して忘れない。オレはこれでアイツを救ってみせる」
空っぽの丼を置き、大嶽丸は僕の手を握る。
そして僕は紡ぎ始める、あの時、緑乱兄さんが言った言葉を、祝詞にのせて。
「出来るさ、僕には、歴史だって迷わせてみせるさ。出来るさ、君なら、時さえ迷わずに進んでいけるさ。出来るさ、僕は……」
「君の届かぬ願いだって届けてみせるさ!」
大嶽丸の身体が徐々に薄くなり、光の中に消えゆく。
「……さようなら大嶽丸。君は思ったより面白くて愉快だったよ。あそこで戦ってる君もそうだといいのに」
「さらばだ、大蛇の六男、いや橙依。感謝の言葉もない。最後にひとつ聞かせてくれ。どうして橙依は赤子とビタミンKの関係を知っていたのだ?」
”あやかし”にとって人間の栄養学の知識なんて無用の長物。
普通は知らないし、僕だってきっと珠子姉さんと出逢わなければ知らないままだった。
「……僕にだって、そんなことをしたい相手だっているさ。だから、もしそうなった時に困らないように学んだ」
「そうか。ビタミンKのような”あやかし”には必要ない知識を学ぶとは、つまり橙依には孕ませたい相手がいるということだな」
「……ストレート過ぎ。どうして最後の会話がそれなの」
僕の顔は少し紅潮。
こんな顔は珠子姉さんには見せられない。
「最後に橙依に礼をしないわけにはいかない。オレはお前たちの流儀を調べ尽くしたと言った。色恋ごとの礼は色恋ごとへの助力で返すのがお前たちの流儀だと知っている」
僕の視線が気絶中の赤好兄さんへ。
「……そうだね。それが兄さんの素敵な流儀さ」
「やはりオレの調査に間違いはない。だから……」
消えゆく大嶽丸の視線がマルチモニタの術の方へ。
僕もそこに視線を移した時……、モニタ越しのみんなと目が合った。
例外は戦闘中の大嶽丸と酒呑童子だけ。
珠子姉さんの顔は真っ赤。
「へ? 何が起きてるの?」
「借りを残さないよう、せめてもの礼に、オレの空間映像音声転送術を双方向にしておいた。つまり……」
「さっきからの僕の顔と声はあっち側にも丸見え、丸聞こえだったってこと!?」
ズバーンッ!!
僕が叫んだその瞬間、部屋の扉が開け放たれた。
ドドドと雪崩のように入ってきたのは、僕を助けに来てくれた友達たち。(迷惑な友達も含む)
「そうだったの! 私のヒーロー! あなたの九段下はいつでもウェルカム!」
「いいぞいいぞ! 心の清い君よ! 子作りは自然の摂理に沿った純な睦事! 今からここに愛の巣を築こうではないか!」
「くひっ! あなたったら、将来設計まで考えていたのですね。自分ならいくらでも生みますです!」
九段下さんが僕に抱き付き、それを引きはがそうと若菜姫の蜘蛛糸が僕をグルグル巻きにして、漁夫の利を得ようと濡女子の髪が僕を吊り上げる。
僕は釣り上げられた魚状態。
「さらばだ。オレには橙依の意中の相手がわからない。だから、とりあえずお前たちの仲間全てに映像と音声を繋げておいたぞ」
最後に大嶽丸はニコリと笑い、
「ありがと……」
その言葉を残して、この迷惑な日本三大妖怪は歴史の陰へと消えた。
「どーして肝心な所を調査しないのさ!」
僕の叫びを聞きながら、親友の覚の佐藤と雷獣の渡雷は部屋の入口で腹を抱えて笑っていた。




