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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十二章 到達する物語とハッピーエンド
362/409

大嶽丸とめかぶ納豆(その2) ※全4部

◇◇◇◇


 大嶽丸は少しの間、座敷牢の外に出ると、調理道具と食材を持って帰還。

 七輪と土鍋、そして食材はドジョウと豆腐。


 「さて、料理が出来るまでの間、少し話をしよう。どんな料理を出そうが、お前が本当に拒絶したなら意味がない」

 「……なら聞かせて。君は立烏帽子のどこが好きなの?」

 「そ、そんなとこはないぞ! オレはアイツの好きなとこなんてない、ないに決まっている」

 「……そう、だったら好きじゃない所を教えて。でないと協力しない」

 「し、しかたがないな」


 七輪に焼けた炭を入れながら大嶽丸は少し照れ笑い。


 「オレはアイツが遠くからみせる笑顔が好きじゃない」

 「オレはアイツが『アタイはもう奪われるのはゴメンだ。これからは奪う側になってやる』と強がるのが好きじゃない」

 「オレはアイツが朝廷の兵士に向かって、『アタイの用心棒は大嶽丸だぜ』と嘘をついて、でも誇らしそうに威張る姿が好きじゃない」

 「オレはアイツがオレが見守っていることにも気づかずに、欲望のままに生きて、遂にはオレを陥れてでも幸せになろうとする心が好きじゃない」


 ……こいつ、実は天邪鬼?

 いや、まあ、それは無いにしろ、大嶽丸が立烏帽子を相当好きなことは理解。

 でも、日本を魔国にすることと、それにどんな関係があるのかな?


 「……そう。じゃあ、これも教えて。日本が魔国になるとどうなるの?」


 それを聞くと、表面が少し揺れ始めた鍋にドジョウと豆腐を入れようとする大嶽丸の手が停止。


 「そうか、お前は知らないのか。なら教えてやろう。日本を魔国にするというのがどういうことかを。具体的には日本に地獄との幽世(かくりよ)を通さない直通回廊”地獄門”を形成することだ」


 地獄門、名前からして楽しそうなものでないのは確実。


 「……するとどうなるの?」

 「地獄に棲む”あやかし”が地上に出てくる。だが、そんなのにオレは興味ない。重要なのは地獄に落ちた魂が現世(うつしよ)に溢れ出るようになるのだ。そして、まだ生まれていない子に宿り、再び生を受ける。ありていに言えば、地獄に落ちるような極悪人でも間をおかず転生する」


 嫌な世界。

 僕はこの現世(うつしよ)が好き。

 珠子姉さんがいるのはもちろんだけども、その他にも出逢った人間たちはみんな良い人。

 だけど、それは裏を返せば、極悪人が転生してないから。

 さっきの赤面姿を見ると、ひょっとしたら争わずに済むかもしれないと思ったけど、やっぱり大嶽丸は極悪な鬼……。

 あれ? 何か違和感。

 僕は額に手を当てて、頭の中を整理。

 

 日本を魔国にする、つまり地獄門を開くことは大嶽丸の本当の目的と違う。

 大嶽丸は立烏帽子が好き。

 伝承では立烏帽子は鈴鹿山の女盗賊で、大嶽丸を騙して坂上田村麻呂と幸せになろうとした……。


 「……ねえ、もうひとつ確認させて」

 「せわしないな。いいぞ」

 「……君が地獄門を開いたあと、次にやることって、ひょっとしてあの立烏帽子の女の子を殺すこと?」


 ものすごい嫌な予想をしてしまって、僕は質問。


 「鋭いな。その通りだ、今のアイツは英霊でも神使でもない、鈴鹿御前という”あやかし”の器に納まってもいない、ただ魂だけが現世(うつしよ)に留まっているだけ。このままなら、やがて、普通の人間と同じように幽世(かくりよ)から死後の世界に行くだろう。だが、アイツには生前の窃盗や嘘、そして死後に怨霊と化した罪がある。おそらく行き先は……地獄だ」

 

 ポチャンと大嶽丸の手によってドジョウが鍋に投入。

 ドジョウは熱さに身をよじる。


 「このままだと、アイツに待つものは地獄で苦しみ続ける運命。オレはそんなことは耐えられない」


 続いて、大嶽丸は豆腐を投入。

 僕はこの料理を知っている。

 これは”地獄鍋”

 熱くなっていく鍋にドジョウと冷たい豆腐を入れると、熱から逃れようとドジョウが豆腐に潜り込む料理。

 前に聞いた珠子姉さんに聞いたことがある。


 『ねえ、珠子姉さん。このトンチ話にあるようなドジョウが豆腐の中に逃げ込む”地獄鍋”って本当に作れるの?』

 『温度と条件を調整すれば作れるわよ。オススメはしないけど』

 

 そんな残酷鍋料理。

 目の前のドジョウも熱さから逃れようと豆腐の中に身体を投入。


 「一度地獄に落ちてしまえば逃げ場はない。だが、地獄門が開いていれば話は違う」


 これは比喩の料理。

 おそらく、あの豆腐が地獄門。


 「オレは地獄門が開いたらすぐにアイツを殺す。間もなくアイツは地獄へ落ちるだろう」

 

 ここまでの話に嘘はない。

 そして、これから語る大嶽丸の目的にも嘘はないだろう。

 彼はただ救いたかったんだ、彼女を待つ運命から。

 どうしよう、珠子姉さん。

 僕は彼に少し協力したくなっちゃったよ。


 「そこで地獄門からこのオレが颯爽(さっそう)と登場! こうやって、助けてやれば、こんどこそアイツはオレに心から惚れ、転生後に身も心も股すらも開くこと間違いない!」


 ザバッと大嶽丸の手によって、ドジョウは豆腐ごと(すく)われた。


 「いや、そうはならんやろー!」


 僕は思わず叫んだ。

 どうしよう、珠子姉さん。

 日本三大妖怪の一体、大嶽丸はとんだポンコツ丸だったよ……。


◇◇◇◇


 「だ、ダメなのか? 成功しないのか? オレの策は」

 「ダメ! どこの世界に自分を殺して地獄に送った相手に惚れるってのさ!」

 「殺す時は正体がわからないよう、顔を隠しても?」

 「そういう問題じゃない!」


 僕の強い口調に大嶽丸は少しシュン。


 「……とりあえず、豆腐を置いて、ドジョウを助けてあげて。話はそれから」

 

 大嶽丸は豆腐を水のボウルに移し、そこからドジョウが命拾いとばかりに脱出。

 

 「ひょ、ひょっとして、この料理が気に入らないのか? お前たちの流儀では料理で自らの境遇や考えを示すものだと調べたのだが……」

 「……そうだよ、そういうことは今まで何度もやってきた。だけど気に入らない。下ごしらえしないドジョウは美味しくない。でもそれ以上に気に入らないのは君!」


 ビシッと指す僕の指先に、大嶽丸はビクッと身体を振動。


 「いい、誰かを好きになるってのは、誰かのために尽くすこと。献身の心! わかる?」


 僕はわかる。

 僕の祝詞(のりと)権能(ちから)の根幹はそれだから。


 「わかってる! だからオレは地獄に落として、救いを求めざるを得ない状態の彼女を助け……」

 「それはマッチポンプ! 献身じゃない!」


 僕の強い声に大嶽丸は少し涙目、ふえぇ。

 いや、泣きたいのはこっちかも。

 ”日本を魔国にする”

 世界の理すら歪める(くわだて)ての中心で日本三大妖怪のひとり”大嶽丸”。

 そいつが実は少女漫画の中でヒロインに横恋慕するドサンピン男みたいなヤツだったなんて……。

 身構えて損した。


 「……そもそも、その地獄門を開く話に天邪鬼や僕がどう関係するのさ」


 大嶽丸は言ってた、地獄門を開くのに天邪鬼の協力が必要だと。

 

 「ああ、それか。地獄門とは元々地獄に棲む”あやかし”であった鬼の一族が現世(うつしよ)から地獄に戻るための緊急避難回廊。その門を開くには天の鬼、地の鬼、人の鬼の3体の同意が必要。人の鬼は人より鬼に転じた鬼や人から生まれた鬼。地の鬼はオレのような地獄から来た鬼。そして天の鬼とは天邪鬼だ」

 「……他の鬼たちは君に従うの?」

 「ああ、オレは鬼王の称号がある。これがあれば全ての鬼はオレに従う。例外はないと言いたいが、実は違う」

 「……その例外が天邪鬼」

 「そうだ、鬼は強い者に従う習性がある。今はそうではないが、あの温羅や酒呑童子もオレに倒されたならそうなるだろう。だが天邪鬼だけは違う」

 「……天邪鬼は絶対に鬼王になんて従わない。もちろん僕にも従わせるなんて無理」


 逆にどの鬼も鬼王に従わなくなったら、従うかもしれないけど。

 僕にだって天邪鬼を言いなりにさせるなんて不可能。

 天邪鬼は勝手気ままに天邪鬼にふるまうだけ。

 

 「そうではない。お前になら可能だ」

 「……無理だってば」

 「お前の祝詞の権能(ちから)で天邪鬼を地獄門の向こう側に捧げてみてもか?」


 !?


 考えてしまった……、考えてはいけないことを。

 僕がそう思わなければ、そうなりはしなかったことを。

 もし、僕が天邪鬼を地獄門の向こう側に捧げたくないと思いながら、無理やりそうされたなら、天邪鬼は喜んで捧げられるだろう。

 天邪鬼だから。

 そして、地獄門の向こう側に居るのは地獄の獄卒。

 閻魔大王の配下である獄卒の考えはひとつ。


 ”地獄門を開かせてはいけない”


 そんな中に突然天邪鬼が現れたなら、その行動はもしかすると……。

 最悪の考えに僕の血の気が引く。

 全てのピースはこの料亭に揃っている。

 鬼王である大嶽丸に従う鬼たち。

 地獄門を開く最後の鍵の天邪鬼。

 地獄門の向こう側に天邪鬼を捧げることが出来る僕の祝詞の権能(ちから)

 そして、僕を(おど)す材料として珠子姉さん。


 「どうだ! この作戦は抜かりはないだろ!」

 「……最悪」


 嬉々として大嶽丸は説明するけど、このポンコツ丸にこんな作戦を考え付くのは無理。


 「だが、お前の言い分だと、たとえ地獄門を開いて、立烏帽子を地獄に送り、それを助けてもオレの望みは叶わないようだな」

 「……そう。君は人の心がわかってない」

 「だったらどうすればいい? オレはどんなことも(いと)わないぞ」

 「……その娘のことを考えて、その娘が喜ぶことを、笑顔で居続けられるようなことをするといいと思うよ。おいしい物を食べさせたり、素敵なプレゼントをしたり、なくしたものを見つけたり。ただ、そばにいてあげたり」


 僕が言ったのは珠子姉さんが喜びそうな事。

 お金が儲かりそうな話をしたり、なんて言いそうになったけど我慢。

 だけど、これらはきっと人間の女の子なら好きな事、誰もが。


 「喜びそうで、笑顔で居続けられること……。プレゼント、なくしたものを……。無理だ。そんなことオレには出来ない」

 「……出来ないはずはないよ。今からでも遅くない」

 「出来ない。それは誰であろうと不可能」

 「……もっと詳しく」


 僕がそう言うと、大嶽丸は妖術マルチモニタの中の女の子を、立烏帽子の女の子をチラ見。


 「オレがアイツに騙されて田村麻呂に討たれた話は知らないか?」

 「……大体は知ってる。君は立烏帽子の偽の手紙に騙されて誘い出され、宝剣を奪われた挙句、田村麻呂と対決する()めになった。そして敗北」

 

 伝説ではその後、彼の首は朝廷に献上され、宇治の宝蔵に奉納。


 「……君はそのことを恨んでるの?」

 「そうではない。オレは見てしまった。闘いの中アイツが田村麻呂を心配そうな目で見る姿を。そして悟った、ここでオレが勝ったなら、勝ってしまったならアイツに幸せな結末は訪れないと……。隙が生まれるには十分だった」


 大嶽丸の手が首に触れた理由は、きっとその時の記憶。


 「アイツのためならこの首くらい何度でも飛ばされてもいい。いや、オレを騙してまで幸せを手に入れようとしたのだ。だとしたら、幸せにならないのは許さない」

 「……彼女は幸せにならなかったの?」

 「温羅が首だけになっても唸り声を上げ続けたように、オレほどの妖力(ちから)があれば首だけになっても術が全く使えないということはない。オレは千里眼を使ってアイツの幸福な結末を見届けてから幽世(かくりよ)へ逝こうと思っていた」

 「……でも違った」

 「そう、アイツは田村麻呂と子を成した。だが、”りん”と名付けられた子はひと月で死んだ。最初は元気だったが、大泣きするようになり、やがて乳も飲まなくなり、ひきつけを起こし意識を失ったまま死んだ。そしてアイツはそれを今までの悪行の報いだと信じ、朝廷に出頭し、処刑された。田村麻呂は救おうとしていたようだが間に合わなかった」


 そして大嶽丸の身体がワナワナと震えだす。


 「オレの! この大嶽丸の首だぞ! それを引き換えに手に入れたものが子の死と処刑!? 神や仏もないとはこのことよ! そんなのは許せぬ! だからオレは今度こそアイツを幸せにしようと玉藻の誘いに乗ったのだ! 地獄門を開き、アイツを殺し、地獄の熱も感じぬ間に助け、転生したアイツを! 今度こそオレが現世(うつしよ)で今生の幸せを与えてやると!」


 ブワッと大嶽丸の妖力(ちから)が急速に増大し、そしてシュンと縮小。

 大嶽丸の顔は怒りの形相から悲しみの色。

 無理もない、自分が犠牲なったのに、好きな子に待っていたのは不幸の結末。

 

 「これでわかっただろう。アイツを幸せにする贈り物なんてないということが。アイツが幸せになる贈り物はだたひとつ。死んだ子を生き返らせること。そんなこと出来るわけがない」」


 …

 ……


 「言葉もないか。やはり玉藻の策の方が……」

 「……待って」


 僕は大嶽丸の言葉を制止。


 「……僕が、僕なら君のその望みを叶えられるかもしれない」

 「何か良い策でもあるというのか!? もはや玉藻の策以外に道はないと思っていたが、それ以外にアイツを、立烏帽子を幸せにする方法が!?」

 「……うん。上手くいく保障はないけど、やってみる価値はあると思う。そして、こういう時、僕の好きな人ならきっとこうする。こう言う」

 

 僕が心の中に浮かべたのは、珠子姉さんの姿。

 そして、僕が口にするのは、僕が珠子姉さんなら言ったであろう台詞。

 

 「話はわかりました! 君を僕の権能(ちから)と人類の叡智が救ってみせます! それには、まず!」

 「まず!?」

 「三陸(さんりく)産の美味しい”めかぶ”を用意しまーす!」


 大嶽丸の顔が呆気に取られたのは、僕の異空間格納庫(ハンマースペース)能力(ちから)を見たから。

 ……じゃない、きっと

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