大嶽丸とめかぶ納豆(その1) ※全4部
理想とする終焉。
それは僕たち”あやかし”にとって最も縁遠いもの。
だってそうじゃないか、人間と違って寿命で死ぬことはまずない。
何かによって死ぬ、つまり現世の肉体を失うことがあっても幽世で魂を休めれば、年月を重ねた後に再び現世現界可能。
そう意味では、僕たちに本当の意味での終わりはない。
でも、人間、いや生物だって転生を繰り返すという意味では終焉は無いのかもしれない。
だけど、彼らは違う。
切り替わるんだ、死によって。
肉体は全く新しく生まれ変わり、記憶は消え、時には思い出しながら新しい人生を送る。
もちろん、中には死んだ後も幽世へ逝かず、妖怪や神や神使といった”あやかし”になる人間も存在。
店にやってくるあやかし女子会の清姫さんや橋姫さんはこのタイプ。
場合によっては、自分の魂の一部を神や英霊のような”あやかし”にして、転生。
過去の因縁はスッキリ。
……しがらみを前世に押し付けるともいう。
言い方を変えれば、人間は簡単に”New Game”が選べるってこと。
そして、最後には天国や極楽で幸せに暮らす。
……地獄に落ちるような悪人もいるけど。
それに対し、一度始めたらなら、ずっと潜り続ける無限自動生成ダンジョン系が僕ら”あやかし”。
だから僕たちにとっての真の終焉なんてなくって、ひとつのイベントの終わりがあるだけ。
でも、そのイベントの終了を幸せなものにしたいって気持ちはある。
いや、ひょっとしたらそれは誰かを幸せにしたという達成感を得たいって気持ちなのかも。
良い思い出があれば、悠久の年月を幸せに過ごせるかもしれないから。
僕にだってそれはある。
きっと、君にだって……。
僕の名は橙依。
今は囚われの身。
場所はどこかの料亭。
◇◇◇◇
ここはどこかの料亭。
元々の広さに加え誰かの能力で部屋の数はいくつも増え、それは迷宮化。
きっと緑乱兄さんの……ううん、もうひとりの緑乱少年の仕業。
以前、僕は緑乱兄さんの夢を、お八さんが八百比丘尼になるのを防ぐために歴史を遡ったという記憶を閲覧。
だとすると緑乱少年の正体は、本来のこの歴史上に存在する兄さんと考えるのが妥当。
すると緑乱少年は、僕が緑乱兄さんから捧げられた迷廊の権能をまだ保持。
この料亭の迷宮化はきっとその権能のせい。
囚われた先で僕は玉藻と大嶽丸に遭遇。
ふたりは僕に何かさせたいみたい、天邪鬼に関係して。
僕は当然拒否。
しかも、珠子姉さんが立烏帽子という大嶽丸と因縁のある女の子、立烏帽子の女の子を同伴入店。
……間が悪い。
伝承の通り大嶽丸の術は多彩。
今も別の場所にいる珠子姉さんたちと映像を繋ぎ、しかも通話中。
スマホのTV電話機能を術で実現するなんてスゴイ……のかな?
そして、今、大嶽丸は立烏帽子に『オレはお前を愛してなどいない』と嘘を吐いた所。
ドドン!!
そんな僕たちに建物全体を揺らすような大きな振動。
「このタイミングで正面から突入か。迷いのない良い判断だ」
大嶽丸が宙に手をかざすと、そこに新しい画像が浮上。
『ガッハッハッ! ここが玉藻たちの根城か! 狭い狭い! もろいもろい!』
『温羅殿、ここには我の弟が囚われており、女中も先行している。気をつけられよ』
『ガッハハ! そういえばそうだった』
『ここには鬼道丸がおるんや。一応、手加減を頼むで』
『お前たち、大嶽丸は俺様がやる、いいな』
画像の中には黄貴兄さんと温羅と呼ばれた鬼と茨木童子さんと酒呑童子。
「さらにまた新しい侵入者か、やれやれ、これでは息を吐く暇もない」
空中にはまた別の画像が浮上。
マルチモニタの術、便利。
「……天野、こういう時にくらい天邪鬼っぷりを発揮すればいいのに」
そこに映し出されたのは僕の友達。
天邪鬼の天野と、覚の佐藤、雷獣の渡雷、濡女子の濡尾さん。
あとは知り合いの元件憑きの九段下さんと、若菜姫。
別の窓には黒龍さんたち、きっと目的は赤好兄さんの救助。
さらに別の窓には藍蘭兄さんとアリスさんの姿。
それに退魔僧の慈道さんに築善さん。
そして最後の窓には単身で料亭の中を走る緑乱兄さん。
「あれが天邪鬼だな。それに覚と雷獣と濡女子に、件憑きの人間に若菜姫か。お前は友達が少ないというわけではなかったようだな。おまけに彼女まで多いとは。女運の無かったオレからすれば羨ましいくらいだ」
「……君とは違う」
本当は誰も彼女じゃないし、珠子姉さん以外に彼女にしようとなんて思ってないけど、少しでもマウント。
「返す言葉もないな。オレは縁の巡りは悪いらしい」
あれ? 僕の嘘と本当を判別する権能が反応しない?
いや、嘘にも誠にも反応している?
「さらには容赦ない内部からの要請か。何の用だ玉藻」
『用もなにも、門の準備は整ったでありんす。鬼のみっなさーん! 地獄門の解放に賛同してくれますかー! 鬼王の名代であるこの玉藻に従ってくれますかー!』
モニターの中からはそれに応える『応!』 『おう!』 『おー!!』と叫ぶ鬼たちの映像。
なんかどっかで見た顔もいる。
『はい、この通りでありんす。リハーサルは万全。あとは本番で天邪鬼が賛同するだけでござんすよ』
「そうか、ならそこで待ってるか、自分で動け。そっちにかまけている余裕はない」
『あら、手厳しいでありんすね。なら、わっちのボウヤに頼むとしましょ。やってくれます?』
『わかった! りょくらんがんばる!』
玉藻の隣には緑乱少年。
どうして彼女に協力しているかわからないけど、やっぱり敵側なんだ。
「しかし侵入者が多いな。これでは手が足りない。増やすとしよう」
そう言うと、大嶽丸の妖力が増大。
背中が瘤のようにいくつも盛り上がり、やがてポコポコポコと地面に落下。
そしてゴワゴワゴワと彼の形に変化。
やがてこの場には大嶽丸の姿がふたつ、みっつ、よっつ……、たくさん。
まだまだ瘤から誕生中。
やがて分身は顔を見合わせて散開。
「……分身に指示を与えなくていいの?」
「不要。あれは分身ではなく分け身。妖力の差はあれど、どれもオレだ。全てがオレと同じ記憶と思考を持ち、自立行動可能。この程度、鬼王となった今では造作もない」
「……君も分け身ってこと?」
「そうでもあるし、そうでもない。全てが分け身であり、本体。だが、妖力の大きさという点ではオレが本体とも言える。事が済めば、オレを中心に再びひとつになる」
なるほど、逆を言えば、今ここで僕がこいつを倒しても、あの分け身が止まるわけじゃないってことか。
「これで邪魔は入らない。さて、これでゆっくりと話が出来るな」
「……僕に何かさせたいんでしょ」
「そうだ。その為ならオレは手段を厭わない」
「……君の目的を聞かせて。話はそれから」
大嶽丸は嘘をついた。
立烏帽子の女の子に向かって『愛してなどいない』と。
もし、彼の目的があの女の子を幸せにすることだったら……、悩ましい。
「オレの目的はこの日本を魔国にすること。それに相違ない。そしてそれには天邪鬼の協力が不可欠」
何だろう、何か違和感。
大嶽丸の目的が日本を魔国にすることは有名、でも今の『日本を魔国にする』というのは嘘。
僕の祝詞の権能はそれがわかる。
つまり、大嶽丸の本当の目的は別。
それに大嶽丸はイメージと異なる印象。
悪辣非道、それが伝説からのイメージ。
本当に伝説の通りなら、もっと容赦ないはず。
さっき僕が赤好兄さんに玉藻の術や腹パンのダメージを捧げた時に止めたりはしない。
それに、赤好兄さんのアドバイスによると大嶽丸は……。
「……天邪鬼は僕の友達、僕は友達を売ったりしない。それに邪魔は入りそうだよ」
マルチモニタの術の中では、珠子姉さんたちはコタマちゃんの術で目くらましをしながら『ひぃぃぃ~』と大嶽丸(分け身)たちから逃走中。
天野たちはコソコソと見つからないように進行。
きっと覚の佐藤が敵を感知するレーダー。
そして……。
『ガッハハ! 弱い弱い! なんだこのザマは! 大嶽丸の眼力も落ちたものよ』
『油断されるな温羅殿! 今度は右と左の道から挟撃が来ると鼠より通達があったぞ』
『なら右は俺様が』
『ウチは左や』
酒呑童子と茨木童子さんのふたりが大嶽丸の分け身を軽く打ち倒す姿がモニタに映っていた。
「少々驚いた。オレの見立てでは、あの分け身で十分時間が稼げると思ったのだが。認識を改めないとな」
大嶽丸はそう言うと、少し気合を入れて背中から大きめの瘤をポン。
それはゴワゴワゴワと大嶽丸の姿に変化。
「ここは任せた。あれでは埒が明かない」
「任された。いざとなったらお前なしでも目的を果たす」
ふたりの大嶽丸は頷き合い、大嶽丸(本体)が座敷牢から退出。
これはチャンスかも。
「止めておけ。妖力の大半はあっちにあるが、オレは戦闘においてお前の手に負える相手ではない」
鋭い。
大嶽丸(分け身)といっても、その経験や記憶や思考は本体と変わらないという話。
隙無し。
「オレたちはここ数年のお前たちのことを調べた。そして目的のために綿密な計画を立てた。失敗はありえない」
「……その目的って、やっぱり日本を魔国にするってこと?」
「そうだ、そこに嘘はない」
やっぱり嘘。
すると大嶽丸の目的は別。
それを探り出せれば、僕はきっと解放。
そして、その鍵は赤好兄さんが教えてくれた。
「そう、話は変わるけど……」
そう言って僕は手を口の近くに持って行き、小声で話したいのジェスチャー。
「ないしょ話か。いいだろう」
腰を少し屈め、大嶽丸は僕の口元へ耳。
「……君って、やっぱりあの立烏帽子って女の子のこと好きじゃない?」
「そ、そ、そそそんなことはないぞ! あるわけない!」
やっぱり。
赤好兄さんから僕へのアドバイス。
『あの大嶽丸って鬼。あいつ、誰かに恋しているぜ』
聞いた時は半信半疑、今は確信。
でも、これなら何とかなりそう。
恋愛相談なら赤好兄さんが得意。
でも、今は気絶中。
だから僕がやる。
それに珠子姉さんなら、きっとこういう時は決まってこうする。
料理で相手の心を開く、これ一択。
「だったら、こういうのは……」
「ま、ま、待て、主導権はお前にはない」
僕の申し出を大嶽丸は最後まで聞かずに制止。
「オレ、オレたちはお前たちのことを調べたと言っただろう。情報に漏れはない。お前らがあの珠子と出逢ってからの出来事や、何を成してきたのかは把握済」
大嶽丸は胸を張ってそう言うけど、明らかに動揺。
「……だったら、どうするつもり?」
「こうしてやるのさ。オレは今までお前たちが倒してきた敵や、乗り越えた困難と同じではないぞ」
そして、大嶽丸は僕に向かって意外な、だけどよく聞いた台詞を口にした。
彼が僕たちのことを完全に研究し尽くしているような台詞を。
「オレの料理を食べてみないか? そして、それがお前の心の琴線に触れたなら、オレの願いを聞け」
……大変だ、珠子姉さん。
今回の相手はいつもとは違う!




