鈴鹿の鬼女とアイスディップ(その5) ※全5部
◇◇◇◇
僕の名は橙依。
今は囚われの王子様。
連れて来られたのは大きな料亭。
しかも僕の異空間格納庫のように異空間に繋がっていて、きっと本当の間取りよりずっと巨大。
そこにはテレビの中でしか見たことのない大広間に個室がいくつも存在。
なんと、座敷牢まである。
どんなプレイ料亭だよとツッコミを入れたくなるけど、我慢。
「ここでまってて」
そう言って僕を座敷牢に放り込んだのは緑乱兄さん、ではなく緑乱兄さん。
ややこしいので訂正。
緑乱少年。
面影はあるけど、緑乱兄さんより大幅に若い。
というか、僕より幼いんじゃないかな。
見た目は紫君と僕の中間くらい。
事の起こりは半日前、強大な妖力が『酒処 七王子』を包み、周囲を真っ黒な結界が覆ったかと思うと、ひとりの少年が登場。
居合わせたアリスさんが『あれって緑乱君じゃない。夢の中で見たのと似てるわ』と発言。
もちろん、みんな面食らって頭の中の緑乱兄さんと、目の前の真の緑乱を名乗る少年を照合。
無精ひげを剃って、髪を短めに整えて、たるんだ顔やお腹を引き締て、若返らせると……。
完全に一致。
一瞬、なーんだという雰囲気が流れたけど、緑乱少年が僕の腕を強引に引っ張った所で一変。
『りょくらんこそがホンモノのりょくらん。とーい、りょくらんといっしょにくる』、なんて命令口調。
『ちょっと、やめなさいよ緑乱ちゃん』、と制止する藍蘭兄さんの手を兄者がパンと弾き飛ばした所で兄弟ゲンカが勃発。
結論から言うと、緑乱少年は強かった。
藍蘭兄さんの光と闇の玉は全て軌道を逸らされ命中しない。
その体当たりは藍蘭兄さんを軽く吹っ飛ばす。
騒動を聞きつけた蒼明兄さんが参戦したけど、緑乱少年は兄さんの音より速い攻撃を軽く回避。
さらに藍蘭兄さんも加わって2対1になっても攻撃は全く当たらない。
逆に緑乱少年の攻撃は的確に命中。
常時”閃き”と”必中”。
チート。
そして兄さんたちを痛めつけた所で発言。
『りょくらんはつよい。だからてかげんした。ジャマをするなら、もうてかげんしない』
そんな悪役っぽい台詞と共に僕は攫われた。
一体目的は何だろう? 天邪鬼がどうとか言ってたけど。
ゴソッ
そんな事を考えていたら座敷牢の暗がりから物音。
「……誰?」
「いよう、奇遇だな橙依。こんな所で逢うなんてよ」
ズッズッと這いずるような音を立て、近づいて来たのは見慣れた、ううん見慣れないほどにボロボロになった兄さんの姿。
「赤好兄さん!? どうしてここに?」
「さあ、どうしてだろうな? 俺にもわからねえ」
赤好兄さんはそう言うと、コテンと気絶した。
◇◇◇◇
みょんみょんみょんみょん。
僕の術が赤好兄さんの傷を治癒。
「なんてこった」
「……気付いた? 赤好兄さん」
「俺の予想だと、次にここにぶち込まれるのは冒険者珠子さんで、彼女の膝枕で目覚める予定だったんだが、なんてこった。橙依じゃねぇか」
「……ここで治療を止めてもいいんだけど」
「わ、わりぃ、わりぃ。橙依が来てくれて助かったぜ。この恩はいつか返すから、なっ」
「……いいよ。僕も兄さんに助けられたことがあるし。はい、終わり」
僕が手を止めると、兄さんは身体のあちこちを曲げ伸ばし。
「おっ、ほどんと治ってんな」
「……疲れた。何か食べる」
そう言って僕は意識を集中して異空間格納庫を召喚。
出来た。
ならばと今度は亜空間回廊に集中。
出来ない。
どうやらここは脱走対策済。
だけど全ての術が使用不可ではないみたい。
僕は異空間格納庫から取り出した”そぉい! ジョーイ!”を食べながら分析。
異空間格納庫には珠子姉さんのための食材一式とか缶詰とか乾物一式が入っているけど、節約。
「……もう一度聞かせて。兄さんはどうして、ううんどうやってここに?」
「ああ、『酒処 七王子』に嫌な気配を感じたから、下校途中の紫君を連れて黄貴の兄貴の所へ逃げたのさ。京都な。本当ならそこでおとなしくしとくか、兄貴を手伝おうかと思ったけど観えちまったからな」
赤好兄さんに弱い予知能力があるってことは既知。
だとしたら観えたのは兄さんにとっての幸運?
とてもそんな風に見えないけど。
「……何が観えたの? 兄さんならそんなズタボロにならない道も観えたはずだけど」
「俺がちょっとばかり不幸になることで、誰かさんが幸せになるみたいな道さ」
「……なるほど、理解」
誰かさんはきっと珠子姉さん。
珠子姉さんのために、赤好兄さんはあえてここの来て虜囚。
「ん? 何か騒がしいな。この気配は俺をこんなにした大嶽丸って鬼と、この嫌な感じは……、おい橙依、耳を貸せ」
「……なに?」
「いいから。憶えていた方がいい。あの大嶽丸って鬼はな……」
「本当!?」
兄さんが言ったのはにわかには信じがたい情報。
「ああ、本当さ。そして、あの女狐が何かしたら……」
そう言って赤好兄さんは作戦を耳打ち。
「……そんなことをしたら兄さんが」
「いいから。いいな、お前は自分のことだけを考えてろ」
そう言うと、兄さんは壁に背中を合わせて、傷ついた演技。
聞こえてくる低いザワザワとした声。
きっと鬼たちの声。
そこに交じって女性の声も。
「ふふふ、わっちのボウヤが六男を捕らえたって話じゃありませんか。天邪鬼がこれで誘い出せます。これはもう勝ったも同然でありんすね」
「気が早い。事を成さなければ意味はないぞ」
「んもう、大センパイったらマジメなんですから」
そして近づく強大な妖力の気配。
緑乱兄者も凄かったけど、これはそれ以上。
スッと部屋への戸が開いて、鬼と狐が姿を現す。
Yシャツにズボン姿は人間の青年にも思えなくはないけど、ひと目でわかった、あれはまごうかたなき鬼。
「お前が橙依だな。オレは大嶽丸。挨拶は必要ない。玉藻、やれ」
「はいな! 心身掌握傀儡の術!」
狐の、玉藻の瞳と僕の目が合った瞬間、僕の身体がビビーン!
恋じゃない、故意だけど。
「さーて、あなたのお名前は?」
「……橙依」
「あなたのナカには失われし八稚女の”祝詞”の権能がある。間違いありまへんか?」
「……」
僕は歯を食いしばり、沈黙。
「いいから、答えなはりっ!」
玉藻の拳が僕に腹パン。
僕は膝を曲げる。
「やめろ玉藻! お前の言う通りだ!」
「あら、いらはったの下種大蛇。あんたには聞いてないでありんす」
再び玉藻の拳が僕に襲来。
「止めろ玉藻。どうやら術が効いてないようだ」
だけど大嶽丸の声で制止。
「ふん、思ったよりやるでありんす。あの酒呑童子に一杯食わせたという噂は本当やったみたいね。なら、その心を折ってさしあげましょ」
再び玉藻の目が妖しく光り、僕はビクッ。
「さて、次はそこの下種大蛇を殴ってもらいましょか。気絶するまで」
僕の拳が兄さんの方を向いたり戻ったり。
「何してます。早く!」
少し強い口調で玉藻は命令。
「その必要はないぜ、橙依」
赤好兄さんがゆっくりと立ち上がり、そして拳を構える。
ボクッ、ボクッ、ボクッ
「へへっ、これで橙依に言うことを聞かせられ……」
自分で自分の顔を殴り、赤好兄さんは気絶。
「はっ、またじゃまですかぁ。まったく、バカなアホ大蛇ですね。じゃあ、次はですね……」
「その辺にしておけ。これでは効果がない」
「あら、大センパイってば、わっち術が信用できないでありんすか?」
「こいつの方が上手だ。やはり無理だったか。術が効けば話は早かったのだがな。なら、作戦変更ない。玉藻は門の準備を」
大嶽丸にじっと見られて、玉藻は視線をプイッ。
「わかったでありんす。当初のプラン通りで行きましょ」
玉藻はクルッと後ろを向くと、そのまま扉を開けて退出。
でも、残った大嶽丸が僕に無言で圧。
「見事だ。あの玉藻の術を凌ぐとは。いや、どんな術も攻撃もお前には効かないようだな」
「……気付いてたの」
「術が効いたか、耐えたか、届かないかくらいわからないはずがない」
バレてた。
僕が祝詞の権能で兄さんに術や腹パンのダメージを捧げていたことが。
兄さんが僕にそうするように言ったから出来たんだけど、心が痛い。
「問おう。どうやったらお前はオレの言うことに従う? そこの兄を見る影もないようにしたらいいか?」
冷たい、氷のような目が、それが真実だと僕に告げる。
「……」
「言葉もないか。ではこれではどうだ?」
大嶽丸が額を叩くと、空間に映像が描写。
そこにはコソコソと建物内を進むよっつの影。
「珠子姉さん!」
見間違えなんてしない、あれは珠子姉さん。
それに紫君とそのクラスメイトのコタマちゃん。
あとは……、変な帽子の女の子。
どうやらこの何処何某の中みたい。
「あいつは……、立烏帽子か。なるほど、如才ないな」
立烏帽子、その名はソシャゲで僕は既知。
坂上田村麻呂の大嶽丸退治の伝説で、大嶽丸が想いを寄せていた女性。
でも、大嶽丸はその立烏帽子に騙された上で、田村麻呂に討ち取られたはず。
「で、どうだ? お前が珠子と呼んだ人間の女を前にすれば、お前は抵抗の意志はないか?」
「……珠子姉さんに危害を加えたなら、僕は絶対にお前を許さない」
「そうか、お前はオレの大切な道具。道具には働いてもらわないと困る」
大嶽丸はそう言うと、何か考える様子。
「お前より、あっちを篭絡した方が無駄がないようだな」
宙に浮かぶ映像を凝視し、大嶽丸はそれに向かって発言。
「聞こえるか、珠子とやら。雑音はないか?」
大嶽丸の声に映像の中のよっつの影がビクンと震える。
『その声! 大江山で遭った大嶽丸ですね! 橙依君はどこ!? 無事なの!?』
「心配ない。今、俺の隣にいる」
映像の中の珠子姉さんが胸を抑えてホッとするのがわかる。
逆に僕は心配。
『さすが百の技と千の術を持つ大嶽丸や。裏口から入って早々に見つかるなんてな。千里眼もお手の物やね』
「引っ込んでろ立烏帽子。ここにお前の舞台はない」
虚空に向かって声を上げる立烏帽子に向かって、大嶽丸は言い放ち、一瞥。
でも、その瞳に僕は何かを感知。
言葉とは違う温かいものを。
だから、その真意を探る。
僕の権能は祝詞。
その権能の一端を使えば捧げものの真贋が判別可能。
つまり、言葉の嘘と本当が判明。
「へえ、つれない物言いやないか。その言い方、さぞかしアタイを恨んでるやろうな」
「違う、オレはお前を恨んでいない」
本当。
『へぇ、じゃあ、あん時の夜の続きをしよか。アタイはいつでもいいぜ、何なら、今ここでも』
「断る、オレは今のお前に興味はない」
これも本当。
『そっか、ちゅーことは、あの時の文。”どうなろうとお前を愛し続ける”ってのも嘘やったんやね』
「そうだ、オレはお前を愛してなどいない」
嘘だ。




