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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十二章 到達する物語とハッピーエンド
358/409

鈴鹿の鬼女とアイスディップ(その3) ※全5部

◇◇◇◇

 

 まったくもう、鳥居様ったら。 

 川から上がったあたしは、服の裾から水を絞ってブーたれる。

 

 さて、状況を整理しましょうか。

 立烏帽子ちゃんは親を失ったり親に捨てられた少年少女盗賊団のリーダー。

 さらに鈴鹿峠の鬼、大嶽丸に惚れられていたけど、ずっと袖にしていた。

 ひょっとすると、その虎の威を借りる狐だったのかも。

 大嶽丸を退治に坂上田村麻呂がやってくると、それに乗り換えて大嶽丸を騙して誘い出し、彼の武器を奪って、坂上田村麻呂に討ち取らせた。

 そして、そのまま坂上田村麻呂とゴールイン! ハッピーエンド! 完!

 ……と上手く行くはずがなく、鳥居様の推察によると、坂上田村麻呂との子は幼くして命を落とした。

 それを今までの悪行のツケだと感じた彼女は、罪を償うべく都へ出頭した。

 そして処刑され、その遺体はこの桂川に(さら)された。

 自分の人生は間違いだらけだったと嘆き悲しんだ彼女は、その矛先を長岡京に向け、怨霊となって水害を何度ももたらした。

 そして魂鎮めの儀で天女”鈴鹿御前”へと神格化された。

 当時の早良親王や後の菅原道真様と同じように。

 怒りは鎮められたけど、天女なんてガラじゃないと、鈴鹿御前の抜け殻だけを社に残し、もう間違いは起こしたくないと彼女はこの河原に何もしないで棲んでいる。

 

 ……こうして整理してみると、彼女はかなり不幸。

 出来るなら彼女をハッピーエンドにしたいと思うけど、そんなことは誰もできっこない。

 さて、そんな彼女にあたしがやって欲しい事は!


 おねがいっ! 橙依(とーい)君を助けるために大嶽丸の気を逸らすエサになって!

 大丈夫! 大嶽丸があなたのことをまだ好きなら誘いになるし、恨まれてても(おとり)になれるから!


 …

 ……


 「だめじゃん! というか、あたしって鬼なの!?」


 あまりにもの非道の考えにあたしはガックリとうなだれる。


 「なにひとりで愉快な踊りを踊ってるのよ」


 あたしの隣で濡れた服を風で乾かしながらコタマちゃんが言う。

 そういえば、コタマちゃんって地水火風の術が全部使えるんだっけ。

 便利よね。


 「いや、立烏帽子ちゃんの境遇を考えると、彼女に頼みごとをするなんて無理だと思って……」

 「あのジジイが余計なことしたから尚更ね。手として悪くないけど、丸投げは無責任だわ。ところぜ、ジジイはどこに行ったの?」

 「あそこだよ。鳥居さーん! こっち、こっちー!」


 少し離れた所から、鳥居様があたしたちへと歩いてくる。

 手にあたしのリュックを抱えて。

 

 「珠子殿、これは珠子殿の荷物であろう。水に落ちなかったのは幸いであるな」

 「水に落ちそうになったのは、誰のせいですか?」

 「ははは、これは手厳しい。だが、あのままでは手詰まりのようであったからな。こういう時は誰かが憎まれ役となって、彼の者の心を暴くのが得策。珠子殿たちだけなら、『先ほどは失礼しました。これはお詫びです』って詫びの料理を持って行けよう。その料理で心を掴めばよいのだ。なれば、これからの任は珠子殿が適切と思うが」

 「それって、あたしに丸投げってことですよね」

 「察しが良いな。その通りよ」


 そう言ってカカカと笑う鳥居様の隣で、あたしはフゥと溜息を吐く。


 「そーいえば、コタマちゃんはどうしてここに来たの? おーたけまるとか言ってたけど」

 「紫君(しーくん)と同じよ。大嶽丸が相方の邪魔をする可能性があるから、それに対抗するカードが欲しかったの。だけど無理そうね」

 「ですよね。立烏帽子ちゃんは間違ったことをしてきたけど、それはそうせざるを得なかった境遇が悪いんですからね」


 強盗に裏切り、そして死後は都を呪った。

 立烏帽子ちゃんがやったことは、悪いことではあるけど、彼女はそうしたかったわけじゃない。

 そうしないと生きられなかったのだ。


 「皮肉よね。そうしなくなった途端、彼女は処刑されたのだから。わたしも彼女の境遇には少し同情するわ。間違いだらけの人生に」

 「えー、そうかな?」

 「どういうこと?」

 「えぼしのお姉ちゃんがやったことって、まちがいばっかだったのかなってこと」


 紫君(しーくん)はそう言うけど、過程も結果も間違いだったように……。

 

 「ねっ、珠子お姉ちゃんもそう思わない? だって、テストじゃないんだもん、×(ペケ)ばっかで0点じゃないよ、きっと」


 あたしの腰にギュッと抱き付き、そのまま上目づかいで、紫君(しーくん)は瞳をこっちに向ける。 

 くっ、そのキラキラした目のあざとさに負けて思わず『その通りでちゅー』なんて言いたくなるけど、それは表面的なだけ。

 本質は……、あれ? 本質は?

 紫君(しーくん)はあたしより、ずっと魂をハッキリと()ることが出来る。


 「ねぇ、紫君(しーくん)。ひとつ教えて欲しいんだけど」

 「なーに?」

 「あの鬼火って本当に子供?」

 「子供でしょ。わたしにはそう()えたわよ」

 「いや、そうであろうかな?」

 「何よ、アンタ程度の妖力(ちから)霊力(ちから)で、わたしよりハッキリ視えたっての?」

 「左様ではござらん、儂には人の形にすら視えぬよ。だが立烏帽子の伝説が残っていること考えると子供とも思えぬ。珠子殿もそう思ったのであろう」

 「え、ええ、まあ。勘みたいなものですけど……」


 そんなあたしたちのやりとりを見て、肝心要(かんじんかなめ)紫君(しーくん)は少し笑う。

 

 「そーだよ、ふふっ、本当はね……」


◇◇◇◇


 あたしは再び森に分け入り、さっき別れたばかりの立烏帽子ちゃんへと逢いに行く。


 「なんだ、また来たのかよ。……さっきのジジイはいないみたいだな」

 「うん、おいてきちゃったよ」

 「そっか、で、何の用だ? 詫びのひとつでも入れに来たってのかい」

 「はい。立烏帽子様に詫びのお菓子を召し上がって頂こうと」

 「菓子! いいねぇ、こいつらも好物だった」


 立烏帽子ちゃんの周りを鬼火が跳ねるように踊る。


 「よかった! それでは作りますね」

 「ここで作るのかよ!?」


 トントンガチャとキャンプ用の折りたたみテーブルを組み立てるあたしを見て、立烏帽子ちゃんは驚きの声を上げる。


 「はい、ここで作らないといけない、作るべきお菓子ですから。30分もかかりませんよ」


 あたしが並べるのは小麦粉と米粉、卵にバターに牛乳。


 「そいつは牛の乳に()か?」

 「はい、奈良時代には下総国(しもうさこく)で作られていたと伝えられる()です。現代ではバターですね」

 

 立烏帽子ちゃんの生きていた時代より少し後になるけど、平安時代の律令書の詳細を記した”延喜式(えんぎしき)”には地方から納められる特産物が載っている。

 その中で牛乳から造られる()を納める国として安房(あわ)下総(しもうさ)上総(かずさ)が記されている。

 そこは現代の千葉県。

 房総半島は平安の一大酪農地域だったのだ。


 あたしは材料を混ぜ、それを練る。

 練りあがったら、麺棒で平たく延ばし、クルクルと細い棒の形にしていく。

 

 「おねーちゃん、カマドできたよー」

 「氷も準備出来たわよ」


 紫君(しーくん)は石を組んで簡易(かまど)の準備、コタマちゃんは術で小さい氷を沢山出している。

 地水火風だけじゃなく、氷の術も使えるだなんて、本当にコタマちゃんは万能。


 「それじゃ、紫君(しーくん)はコタマちゃんを手伝って。あたしは生地の仕上げをするから」

 「はーい! コタマちゃん、いっしょにしよっ!」

 「いいわよ、じゃあわたしは塩をふるから、紫君(しーくん)はそこの茶筒をおねがい」

 「わかった!」

 

 紫君(しーくん)は小型の茶筒に牛乳と卵と砂糖を混ぜた液を入れ、その茶筒をさらに大きい筒に入れる。

 そして、コタマちゃんはその隙間にカラカラと氷と塩を交互に詰め始めた。


 「うわー、つめたーい。この前の理科とおなじー」

 「そうね。授業でやったわよね。こうやって氷に塩を振ると、0℃よりさらに冷たくなるって」

 「うん! これでアイスを作るんだよね」

 「そうよ、はい、そっち持って」


 氷が詰められ封のされた筒がバスタオルの上に横たわり、ふたりはその両端を持つ。


 「アイス!? 確か現代の氷菓子だったよな?」

 「そーだよ! とってもおいしいよ! えいっ、えいっ」

 「はい、はいっ」


 紫君(しーくん)とコタマちゃんが交互にバスタオルを上下させると、その上をコロコロと筒が転がる。

 シーソーのような動きの中で、あの茶筒の中の液体はドンドン冷やされていくの。

 さて、こっちも仕事を進めましょ。

 ミョーンと伸ばしてグルグルグル。

 

 「それって、もしかして索餅(さくべい)か?」

 「ええ、そうですよ。別名”むぎなわ”。立烏帽子様の時代にもあった、唐菓子のひとつです」


 奈良時代に仏教と共に伝わった唐の菓子文化(レシピ)

 この索餅もそのひとつ。

 ひも状に伸ばした小麦粉の生地を(ねじ)じって作るお菓子なのだ。


 「あとは生地を休ませて揚げるだけです。油の準備もすぐできますからね」


 紫君(しーくん)が作ってくれた簡易(かまど)の上に鍋を置き、そこにごま油をトトトトト。

 火を付けて、いい感じに温度が上がったら生地を投入!

 

 ジジュ、ジュジュワー


 「軽くふくらむように揚げあがったら完成! ちょー簡単!」

 「こっちもできたよー! ちょーかんたん!」

 「これくらい、軽いものよ。はい、盛り付けおわりっ!」


 ジジジジと音と立てる索餅の隣にアイスクリームが添えられる。


 「へぇ、うまそうな二品じゃねぇか」

 「いえ、これは一品です。これは”揚げたて索餅のアイスディップ”! こうやってチョコンと索餅の上にアイスをひとさじ乗せてお召し上がり下さい」

 「妙な食い方だな。ま、いいぜ。そうやって食ってやんよ。おっ、結構熱いな」


 あたしが示したお手本の通り、まだ熱さの残る索餅の先にアイスをのせて、立烏帽子ちゃんはそれをアーンと大口で食べる。


 ザクッ


 「ほっ、ほっ、ほっ! こりゃうめぇ! あったかくって、つめたくってよ」


 細長い索餅の先を食べて、そういった彼女は、さらにひとさじアイスを乗せて、それをザクザクッ、ホフホフと口を動かす。


 「おまえらも食べろよ。アタイだけってのは悪いからさ」

 「いいんですか?」

 「いいってことよ、うまい汁ってのはみんなで吸うのが一番ってね」

 「やったぁ! ボクいちばーん! みんなのぶんもいっぱいもらうね」


 紫君(しーくん)はそう言うと、お皿の索餅とアイスをガバっと手に持って、何かをつぶやく。


 「きらめく七星(しちせい)のかがやきよ、燃える六星(ろくせい)のあたたかさよ、このものを彼の者にとどけたまえ」

 「あまねく天地のかしこより、伝わるながきおもいよ、この声にこたえてみちびかれたまえ」


 紫君(しーくん)の手の中の索餅とアイスがひとつを残して、そして消えていった。


 「ん? お前、何をした?」

 「へへっ、ないしょないしょ。じゃあ、ボクもたーべよっと」

 「紫君(しーくん)は素敵なことをしたのよ。じゃ、わたしも頂くわ」

 「ですね。あたしも頂きます」


 ザクッ

 ザクッ

 ザクッ


 3つの口の中で、索餅がドレミを奏でるようにリズミカルな音を立てた。

 バターを入れてパイ生地のように丸めたので、索餅の食感はサクサクのザクザク。

 砂糖を入れてないので小麦本来の味が熱と共に伝わり、それを包み込むかのようにアイスの冷たさと甘さが広がる。

 食感は料理の重要な要素だけど、歯ざわりや口あたりだけでなく、温度差まで味わえるだなんて、揚げたてアイスディップってっば最高!


 「おっいしー! アイスも! さくべーも!」

 「いい味ね。これはこの瞬間しか味わえないわ」

 「だぜ! いい具合にこの冷たい乳氷菓子が索餅の熱を奪ってらぁ」


 このデザートは熱が肝心。

 揚げたてじゃないとこの温度差は味わえない。


 「いやぁ、うめぇな。奪うってのもわるく……」


 そう口にした所で、立烏帽子ちゃんの口が止まる。


 「そっか……、この菓子はアタイのための菓子なんだな。奪ってばかりだったアタイへの……」

 「そーだよ!」

 「さすがに気付くわよね」

 「はい、その通りです。このアイスは索餅から熱を奪って(・・・)います。ですが、逆に冷たさを与えて(・・・)もいるのです。奪うと与えるは表裏一体、それは生前の立烏帽子様も同じだったのでは」


 あたしの声に同調するかのように鬼火が立烏帽子の周囲を舞う。


 「それにアンタって少年少女盗賊団の頭目でしょ。それって、盗賊をやらなければ生きていけなかったってことよね。そんなの間違いでも罪でもなんでもないわ。略奪を罪と知らなかっただけですもの。知らないことを間違いというなら、それは教えなかった者の過ちだわ」


 学校のテストでは知らないってだけで×になる。

 だけど、生きるってのはテストじゃない。

 コタマちゃんはそう言っているのだ。


 「そうです。たとえ子供であっても、盗賊行為は現代なら間違いなく犯罪です。でも、それは行政が弱者や何も知らない子供を救う社会を築いているから断言できるのでして、救いの手が差し伸べられなかった時代の子供たちが盗みを働いたとしても、それに罪は問えないと思います。少なくとも、あたしには出来ません」


 ほんの少し、立烏帽子様の表情が嬉しそうに笑みを浮かべる。


 「ねえ、立烏帽子様。立烏帽子様って水あめを知っていたり、唐菓子の索餅を知ってたりと物知りですよね」

 「お、おう」

 「あの時代、庶民はそんな高級な物は知りません。だとすると立烏帽子様が襲ってたのは主に中央の貴族への献上品をだったんじゃないですか」

 「そ、それはそいつらが一番実入りがよかったからだぜ」

 「それもあるでしょうが、逆に言えば、当時の中央の貴族は搾取する側です。搾取の犠牲者が生きるために取られた物を取り返す。そこに善悪なんてありません。そして、それでも奪うことが悪だと思い至り、それを償おうとしたことは立派だと思います。いえ、立派です」 

 「そうは言うけどよ。アタイはあの時、どうすればよかったんだ!? それにこれからどうしたらいい!?」

 「好きにすればいいじゃない。思うがまま」

 「好きにした結果、ああなっちまったんだぜ! 間違っちまったんだよ、アタイ! そのせいで、こいつらまで!」

 

 立烏帽子ちゃんが鬼火を指差すと、それはフルフルと横に震える。

 まるで否定するかのように。


 「あのね、それって、ちがうんだよ」

 「どういうことだ!? アタイが晒された後、こいつらも捕まって処刑されたんじゃないのか!?」 

 「ちがうよ」

 「でも、アタイが荒れ狂って、やっと落ち着いた時に隣に居たのがこいつらだったんだぜ。別れた時と同じ子供の姿で。こいつらも処刑されちまったんじゃないのか!? それとも飢えて死んだか!?」

 「ちがうんだ。ねえ、えぼしのお姉ちゃん。その子たちとお話した?」


 立烏帽子ちゃんは、紫君(しーくん)の問いに首を横に振って応える。


 「いや、再会した時、こいつらはもう話なんて出来ないほど弱かった。姿がうっすらと()えるだけ。まだ小さいから恨みや嘆きってのを知らなかったんだろう」

 「ううん、ちょっとちがうんだ。あのね、その子たちは魂のカケラなんだ。弱っているわけじゃなく、残った魂のカケラ。うーんと、おもいのカケラの方に近いかな」


 あたしにはあの鬼火が人の形に視えない。

 コタマちゃんは子供の姿に視えるって言ってた。

 だけど、それは不正解で、鬼火の、あの人たちの本当の姿を見抜いたのは紫君(しーくん)だけ。


 「じゃあ何か? ボーヤはこいつらが子供じゃないって言うのか?」

 「うん、そーだよ」

 「バカいうな。その証拠があるってのかよ」

 「ううん、しょうこはないよ」

 「やっぱホラじゃねえか」

 「でも、しょうこなら、くるよ」

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