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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十二章 到達する物語とハッピーエンド
357/409

鈴鹿の鬼女とアイスディップ(その2) ※全5部

◇◇◇◇

 

 え? え? こんなあたしよりずっと若そうな女の子が長岡京を滅ぼした!?

 どうやって!? というか、そんなことって出来るものなの!?

 

 「左様であったか。ま、考えてみればさもありなんであるな」

 「ちょ、鳥居様! 何を納得しているんですか!?」


 鳥居様ってば本当にこんな女の子が、かつての日本の首都を滅ぼしたって思ってるの!?


 「なに、考えてみれば当然よ。長岡京から平安京への遷都(せんと)の要因は当時の桓武天皇が廃嫡(はいちゃく)した上に死亡した異母弟、早良親王(さわらしんのう)の怨霊を(おそ)れてと伝えられている」


 何か含むような言い方で鳥居様が説明する。


 「あー、いたいた。そんなヤツ。でもよ、そいつは人間ばっかしか呪ってないぜ」

 「左様であったな。早良親王は桓武天皇の近縁の者を呪ったと聞く。それを畏れた桓武天皇は早良親王に崇道天皇(すどうてんのう)追諡(ついし)を与え、鎮魂したと伝えられている。ならば、早良親王が長岡京(・・・)に与えた影響は軽微」

 「つまり、どういうことですか? 鳥居様」


 あたしの問いに鳥居様は立烏帽子ちゃんをチラリと見る。


 「聞くに、長岡京を滅ぼしたのは遷都後も何度も繰り返された水害によるもの。水害により建物が破壊され、そのまま打ち捨てられたのだ」

 「そういえば、長岡京はその跡地が長年見つからない幻の都でしたっけ」

 

 確か、長岡京の遺跡が発掘されたのは戦後になってからだった。

 

 「左様。ゆえに、長岡京を滅ぼしたのは、長年この地に水害をもたらした……」

 「そう、アタイってわけさ」


 立烏帽子ちゃんがニシシと笑うと、それに合わせて周囲の鬼火もその炎を揺らす。

 まるで、笑っているかのように。


 「この都がアタイは嫌いだった。この都のせいでアタイやこいつらはヒドイ目にあったからな。だからお偉いさんたちが去った後も呪い続けた。ついには誰もいなくなっちまうまでな。そしたらよ、いつの間にかアタイもその、さわらなんちゃらとやらと同じように魂鎮めの儀とやらをされてさ、田村様との関係も美化されてさ、ついには鈴鹿御前なんて天女に(まつ)り上げられちまったってわけ。ま、そんなのアタイのガラじゃねえから、(やしろ)に抜け殻だけ残して、ここに戻ったってわけ。コイツラも待っていたしな」


 彼女がそう言うと、浮かぶ鬼火がクルクルと彼女の周囲を回る。

 まるで慕うかのように。

 あれ? もしかすると……。

 

 「ねぇ紫君(しーくん)、あの鬼火ってひょっとして子供?」

 「えーっとね、ちょっとちがうけど、うん、ま、そーだよ。まだちっちゃいね」


 何だか歯切れが悪い。

 だけど、やっぱり子供なんだ。

 あたしの霊力(ちから)だとハッキリとは見えないけど、鎮魂の権能(ちから)を持つ紫君(しーくん)には分かるのね。

 少し悲しいな。


 「どうしたねーちゃん、そんな暗い顔しちゃってさ」

 「い、いえ何でもないです」


 あたしは気付いてしまった。

 立烏帽子ちゃんは鈴鹿峠の女盗賊。

 だけど、好き好んで女の子が盗賊になんてなるはずがない。

 彼女は、ううん、彼女たちは犠牲者なんだ。

 施政者の(まつりごと)の。


 平城京から長岡京への遷都、そしてたった10年での平安京への遷都。

 そこに民衆への徴用(ちょうよう)や重税があったのは間違いない。

 きっと彼女も鬼火の子供たちも、その労働や貧困で親を失ったり、口減らしのために捨てられた子たち。

 そして、彼女はその中でそうならざるを得なかった少年少女盗賊団のリーダー。

 だとしたら、早良親王のように桓武天皇とその近親者ではなく、長岡京そのもの(・・・・)を恨んだのはわかる。

 

 「やっぱりまだ暗いな。どうした? ポンポンでも痛いのか?」

 「いっ、いえっ! 本当になんでもないでひゅ! あたしのポンポンはポンポコポンンポン!」

 「そっか。ならいいや」


 ポンポンとお腹を叩くあたしの姿を見て、立烏帽子ちゃんは軽く笑う。

 あたしの最近ポッコリしてきたお腹を見て笑ったのではないと思いたい。


 「そんなことより、アンタたちもこの立烏帽子に用なの? もしかしてわたしと同じ大嶽丸関係?」

 「うん、そうだよ。いっしょだね、コタマちゃん」


 そうだった! 立烏帽子ちゃんたちの境遇の方に考えがいっちゃったけど、あたしの目的は橙依(とーい)君を助けること!

 

 「立烏帽子様! 実は橙依(とーい)君って男の子が悪いヤツに(さら)われちゃって助けに行きたいんですけど、そこには大嶽丸って強い鬼が居て、大嶽丸を何とかしないと助けられないんです! お願いです! 力を貸して下さい!」

 「やなこった」


 深々と頭を下げたあたしの懇願が立烏帽子ちゃんに一蹴された。


 「ど、どうしてです!?」

 「どうしても何も、知ってるだろ? アタイと大嶽丸との関係を」

 「大嶽丸は立烏帽子様のことを好きだったんですよね。だったら、立烏帽子様がお願いしたら、あたしが橙依(とーい)君を助けに行くのを見逃したりしませんか?」

 「バーカ、それは前までの関係。アタイが田村様と組んで何したと思う?」


 その問いにあたしは大嶽丸と立烏帽子、そして坂上田村麻呂の伝説を思い出す。

 

 「大嶽丸が惚れていることをいいことに、彼に偽のラブレターを出して誘い出し、彼の宝剣を奪った上で坂上田村麻呂に討ち取らせた……」

 「そういうこった。アタイがノコノコ出てっても、今更大嶽丸の気なんて引けないぜ。それにアタシはそんな大した女じゃない。間違いばっかやっててさ。そんなアタイじゃ力になんてなれねぇよ。さ、わかったら帰った帰った」


 シッシッと追い払うように立烏帽子ちゃんは手を振る。

 どうしよう、彼女の言うことはもっともだけど、少しでも大嶽丸の気を逸らせる可能性があるなら、協力して欲しい。


 「……情けない。説話によっては天女とまで(まつ)り上げられた鈴鹿御前が、この程度の小娘だったとは」


 と、鳥居様!? そんな挑戦的な言い方はマズイですよ!?


 「何か言いたそうだなジジイ」

 

 ほら! 彼女の表情が険しくなっちゃったじゃないですか!

 そんなあたしの心をよそに鳥居様はさらに口を開く。


 「儂が生前読んだ井沢蟠竜(いざわばんりゅう)広益俗説弁(こうえきぞくせつべん)の中にお主のことが記されてあったぞ。『世伝曰(せでんいわ)く』という形でな」

 「へぇ、どんな風にだ?」

 「それはこうよ。『坂上田村麻呂、(ちょく)(たてまつ)られ鈴鹿山の鬼女を征す。()(あい)婚す。(しか)して女、自ら罪に伏し、囚われ、朝に(たてま)つられ、処される。坂上田村麻呂、大いに嘆く』と。現代風に言えば『坂上田村麻呂は勅命を受け、鈴鹿山の鬼女を征伐に向かったが、互いに夫婦となった。しばらくして女は罪を認め囚われとなり、朝廷に出頭し処刑された。坂上田村麻呂は非常に悲しんだ』とな」

 「そう、それがアタイの間違いさ。盗賊に身を落としちまったのも間違い。変に改心なんてしちまって、柄にもなく出頭なんてしたのも間違い。田村様はそんなことをしなくていいって言ってくれたのによ」


 ちょっと拗ねるように言う立烏帽子ちゃんを鳥居様はジロリと(にら)む。


 「だが、ここに不可解なことがある」

 「どこか変だってんだ?」

 「それは鬼女、すなわち鈴鹿山の女盗賊”立烏帽子”として名を馳せたお主の心変わりよ。数々の罪を犯し、さらには自分に想いを寄せていた大嶽丸を騙し、田村麻呂という新しい男に討ち取らせた悪女。そこまでした女がいきなり道に目覚め、罪を認めて出頭するとは思えぬ」


 鳥居様の声を聞いて立烏帽子ちゃんの顔が険しくなる。


 「ジジイ、何が言いたい」

 「その心変わりには何か事情があったはず。もし、心変わりがなかったなら、大嶽丸退治で名を上げた田村麻呂の現地妻として鈴鹿峠で幸せに暮らしたであろう。だが、そうしなかった事情は……」


 あ、鳥居様のこの顔、何か企んでる顔だ。


 「当時の思想で、その業ゆえに神仏が罰を与えたと思われる出来事がお主に起きた。だからお主は罪を償おうと心を改め出頭した。具体的には……、男との間に産まれた赤子が早くして亡くなったとか」

 「うるせえ! その汚い口を塞げ! あっち行け!」


 彼女の叫びも聞かず、鳥居様は言葉を続ける。


 「全くをもって情けない。悪として生きるのなら、最後まで悪党として生きればよかったのだ。罪を償おうと正しき道を進もうとしたなら、それを貫き通せばよかったのだ。死後に怨霊となって都を呪ったかと思ったら、鎮められて今度は天女として(まつ)られる。かと思えば、その役目を放棄して形代(かたしろ)だけを(やしろ)に残す有様。そして今は、間違いだらけの自分じゃ力になれないとのたまうとは。お前はもう何もしたくないと思っているのであろう。何もしなければ、間違いを(おか)すこともない。結局はお前は弱虫の小娘よ。だからお主は今でもここに縛られているのだ。己が処刑されて(さら)された河原に」

 「いいからでてけー! 今更、そんな話を持ち出すなー!」

 

 鳥居様の最後の言葉に立烏帽子ちゃんの顔は怒気を帯び、その妖力(ちから)とも神力(ちから)ともいえない力から生まれた水飛沫にあたしたちは吹っ飛ばされる。


 ボチャーン!!


 落ちた所が川で助かった。


 「なんてことすんのよ! このアホジジイ! 協力して欲しいんじゃなかったの!?」

 「うわぁーい、水あそびー」

 「ふん、儂は本当のことを言っただけよ」


 悪びれた様子もなく、鳥居様はザバッと川から上半身をみせる。

 まったくもう、この方は人の心を惑わすというか操るというのが上手いんだから。

 

 「珠子殿、どうされたかな? そんなに儂の顔を見つめて。儂の顔に何か付いておりますかな?」

 「ええ、ついてますよ。嘘つき……ではなく、心的外傷(トラウマ)突きの言葉の棘が」


 そしてあたしは鳥居様の顔をじっと見て言う。

 

 「ねえ、鳥居様。さっき、鳥居様ってわざと彼女を怒らせませんでしたか?」


 あたしの問いに元悪代官はニヤリと笑って「左様」と答えた。

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