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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十二章 到達する物語とハッピーエンド
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鈴鹿の鬼女とアイスディップ(その1) ※全5部

 天国のおばあさま、珠子は今、おばあさまの実家”何処何某(いずこのなにがし)”の近くまで来ています。

 あたしが京都から電車に揺られてやってきたのは何処何某(いずこのなにがし)のある長岡天神から南へ2駅の大山崎(おおやまざき)駅。

 ここで紫君(しーくん)と鳥居様と落ち合う予定だけど……。


 「おねーちゃーん! こっちこっち!」


 いた!

 

 「無事でよかった! 紫君(しーくん)!」

 

 ギュっとあたしが抱きしめると、紫君(しーくん)は「えへへ」と笑って、ギュツと抱きしめ返す。

 相変わらずのあざとさで安心!


 「心配してたのよ。『酒処 七王子』が何者かに襲われているって聞いたから」

 「へへっ。赤好(しゃっこう)おにいちゃんが助けてくれたんだ。学校から帰るとちゅうで、赤好(しゃっこう)おにいちゃんが『今、家に帰るのはヤバい。黄貴(こうき)の兄貴と合流しよう』っておむかえに来てくれたんだ」


 そっか、赤好(しゃっこう)さんが予知能力で助けてくれたんだ。


 「それで赤好(しゃっこう)さんは?」

 「しらなーい。ボクを黄貴(こうき)おにいちゃんの所へつれて来たら、どこかにいっちゃった」


 きっとみんなを助けに行ったんだわ。

 でも、不幸を避けられる赤好(しゃっこう)さんのことだもの、きっと大丈夫。

 それよりも今は(さら)われた橙依(とーい)君の方!

 あの大嶽丸へ対抗する助っ人をスカウトしなきゃ。


 「それで鳥居様、鈴鹿御前(すずかごぜん)を味方につけるって話ですけど。これからどこへ行くのです? 鈴鹿峠の片山神社ですか?」

 

 坂上田村麻呂の大嶽丸退治に登場するヒロイン、その名は鈴鹿御前。

 彼女が(まつ)られているのは、東海道沿いにある鈴鹿峠の片山神社だけど、ここからはちょっと遠い。

 でも、緊急事態だもの、タクシーだってレンタカーだって乗ってみせるんだから!


 「左様ではござらん」

 「そこには、もう行ったよ」

 「へ? そうなんですか? だとしたらどこへ?」

 「ここから川沿いに北上した桂川(かつらがわ)と宇治川の合流地点。そこに立烏帽子(たてえぼし)姿の女の”あやかし”がいると頼豪殿より報告があった」


 立烏帽子って、あの平安ドラマに出てくる長い帽子よね。

 主に男性の貴族の装束だけど、それを被った女性?


 「立烏帽子の女性と鈴鹿御前に何か関係があるのですか?」

 「ボクもよくわかんなーい」


 あたしたちの疑問に鳥居様はしばし考えこむ。


 「ときに珠子殿。珠子殿は大嶽丸の伝説をどれくらい知っておるかな?」

 「えっと、後に征夷大将軍となる坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろは、帝より鈴鹿山に()み近隣を荒らし回っていた大嶽丸退治の勅命を受けました。だけど、その棲み処を見つけることが出来ず途方に暮れていた時、そこに登場する美鬼”鈴鹿(すずか)”! 鈴鹿は大嶽丸から熱烈なアプローチを受けていましたが、ずっと袖にしていました。そんな時、鈴鹿はやってきた田村麻呂に惚れ、協力することになります。そして鈴鹿は大嶽丸の文に嘘の返歌でおびき出し、しかも『女の身では不安ですの』と騙して彼の武器を借り受けたのです。そして、そこに潜んでいた田村麻呂と大嶽丸の大バトル! 田村麻呂大勝利! やがてふたりには子供も生まれ、鈴鹿は鈴鹿御前と名を変え、鬼ではなく天女として(まつ)られることになりました。めでたしめでたし」


 日本三大妖怪でおそらく一番知名度が低いのが大嶽丸。

 九尾の狐の玉藻の前の物語や、源頼光の酒呑童子退治の方が有名。

 あたしもざっとしか知らない。

 だって……。


 「かなり大雑把でございますな」

 「だって、大嶽丸の伝説ではお酒も食べ物も出てこないんですよ。なんかバトルばっかで」

 

 そう平安宮廷ジャパネスク物でもなく、神便鬼毒酒も出てこない物語は、あたしの範疇外(はんちゅうがい)なのだ。

 なんか大嶽丸は無限蔵から無限に武器を射出したり、千体に分身したり、身長57メートル体重550トンへと巨大化したりするみたいだけど、バトル物はあたしは好きじゃないのよね。

 たまに橙依(とーい)君や紫君(しーくん)と一緒にアニメを見るくらい。


 「なるほど、確かに坂上田村麻呂伝説は珠子殿の好みから外れておる。だが、大筋はその通り」

 「へー、そうだったんだ。あれ? でもさっき行った所の”すずかごぜん”はオニでも天女でもなかったよ」

 「紫君(しーくん)、そこって片山神社のこと?」

 「うん! 昨日の夜に鳥居さんといっしょに行ったんだ。でも、誰もいなかったよ」


 誰もいない?

 それに鬼でも天女でもなかったって?


 「紫君(しーくん)、それってどういうこと?」

 「えーっとね、前の安達ケ原のおばあちゃんと同じだったんだ。形はあるけど、魂が入っていなかったんだ」

 「左様。片山神社で見つけた鈴鹿御前は『イラッシャイマセ。お求めは交通安全? 厄除け? それとも夫婦円満?』と言うだけの器であった」


 安達ケ原の鬼婆。

 それは紫君(しーくん)と一緒に行った東北旅行で出逢った”あやかし”。

 いや、産まれた”あやかし”。

 実際の人物や出来事から生まれたわけじゃなく、噂話の伝承から生まれた安達ケ原の鬼婆さんは、”あやかし”になる前の状態だった。

 伝承に沿って演技する、人の思念で出来た自動人形のようなモノ。

 紫君(しーくん)はそれに周囲に漂っていた魂のカケラを入れることで、”あやかし”として誕生させたの。


 「じゃあ! その鈴鹿御前の器に紫君(しーくん)が魂のカケラを入れて味方にすれば!」

 「ボクもそう思ったんだけど、鳥居さんがダメだって」

 「どうしてですか!? 鳥居様!」


 大嶽丸の弱点は鈴鹿御前。

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)や酒呑さんのように女と酒なら何でウェルカム! って”あやかし”じゃなく、鈴鹿御前一筋だったはず。

 珍しく純情派よね。

 

 「当然であろう。本物ならともかく、伝承から生まれた人形のような鈴鹿御前を連れて行ったところで、大嶽丸の隙が付けるとは思えぬ」

 「だってさ」

 

 あ、そっか。

 言われてみればその通りよね。

 あの大嶽丸に『あなたの好きな鈴鹿御前のイメージガールでーす!』なんて言いながら女の子を連れて行ったら、無言で氷の剣が飛んできそう。

 

 「鳥居様、ということは、鈴鹿御前なんて本当は存在しなくて、坂上田村麻呂はひとりで大嶽丸を倒したのですか?」

 「左様ではござらん。鬼や天女の鈴鹿は実在せぬが、そのモデルとなった人間はおる」

 「モデル? それが、今から向かう先の立烏帽子さんなのですか?」

 「左様、田村麻呂伝説には異説も多い。その中で鈴鹿御前の基となった事実がある。『古今著聞集(こきんちょもんじゅう)』に12世紀の検非違使(けびいし)藤原隆房(ふじわらのたかふさ)の話があってな、それは『鈴鹿峠の盗賊を捕らえてみたら女盗賊であった。昔にも鈴鹿峠の女盗賊という言い伝えがあったが、今の世でも同じことがあるとは不思議なものよ』というもの」

 「鳥居様、つまりその昔の鈴鹿峠の女盗賊というのが……」

 「左様。それは田村麻呂伝説の異説の中で、鈴鹿の鬼女と伝えられ、田村麻呂と夫婦(めおと)になったが、自らの罪を認めて朝廷に出頭し、最後に処刑された鈴鹿峠の女盗賊……」


 そして鳥居様は哀れさを含んだ表情で、彼女の名を、ううん俗名を言い放った。


 「それが立烏帽子(たてえぼし)よ」

 

◇◇◇◇


 ここ大山崎の近くには川がある。

 桂川(かつらがわ)宇治川(うじがわ)木津川(きづがわ)

 その3本の川が合流して淀川(よどがわ)となって大阪へと流れていくのだ。

 あたしたちが向かっているのは、その合流地点。

 今はちょっとした森になっているけど、増水のたびに水に沈む場所だ。


 ケケケ、ケロロロロロロ、ジーッジーッジーッ


 森に入ると蛙や虫の声が響き、生い茂った葉と曇りの天気が、森を異様な雰囲気に変える。


 「頼豪殿の情報では、立烏帽子はこのあたりに棲んでいるはず……」


 このあたりって鳥居様は言うけど、スマホのマップに何か()があるって情報はない。

 鈴鹿御前のモデルになったくらいなら、何か()われのある物があってもいいはずだけど。

 それに女盗賊ってどんな人だったのかな。

 坂上田村麻呂は奈良時代末期から平安時代初期の人物。

 市井(しせい)の女性は歴史の表舞台に滅多に出てこない。

 そんな時代に女盗賊として名を馳せるだなんて、マッチョゴリラみたいな人だったのかな?

 それとも、少年武将のような軽装で可愛らしいタイプ?

 そんな事と考えながら進んでいると、前から女の子の争うような声が聞こえてきた。

 あれ? あの声、聞き覚えのあるような……。


 「だーかーらー、いーかーなーい!」

 「いいから、きーなーさーい!」


 見るとそこには岩にしがみつく鬼火を連れた鎧姿の女の子と、もうひとりは……。


 「あー、コタマちゃんだ。ひーさーしーぶーりー」

 「ちょ、なんであなたたちが!?」

 「ちょっ、おまっ、いきなりはなすなっ!?」ゴンッ


 もうひとりの女の子が驚きでパッっと手を離すと、短い鎧姿の女の子がその反動で岩へと頭をぶつける。

 そこに居たのは、春の初めに京都へ行くって言っていた紫君(しーくん)のクラスメイト。

 幼面短髪無二狐ようめんたんぱつむにのきつね、コタマちゃんでした。


◇◇◇◇


 「おーイテテテテ。あーあー、こりゃコブになっちまってるかもな」


 額をさすりながら鎧姿の女の子が岩の上にちょこんと座る。

 「ごめんなさい、驚かせてしまって」

 「いいって、いいって、こんなのなめときゃ治る、ってデコはなめれないやないかー!」

 「だったらボクがなめたげるよ。はいペロッ」


 そう言って紫君(しーくん)が彼女のおデコにチュ。


 「うっ、うわっ、なんだお前! いきなり、いきなり、そんなことをするなんてよ! ひょ、ひょ、ひょっとしてアタイに、き、き、気でもあるんんか!? あ、あ、あいにく、アタイは彼氏には困っていないんだけどな」

 「そうなの? おねえちゃんってモテるんだね」

 「おっ、おっ、おうよ! モテモテだったぜ!」


 紫君(しーくん)のいきなりあざとい攻撃に彼女が顔を真っ赤にする。

 ちょっと可愛らしい。

 なんだろう、女の子という可愛らしさというよりは、田舎の夏休みに男の子と交じって川で泳いでいるような、そんな無垢(むく)で自然な可愛らしさ。


 「その所々(いた)んだ挂甲(かけよろい)姿……。そなたが鈴鹿峠の立烏帽子殿ですな」

 「そうだぜジイさん。泣く子も黙る女盗賊、立烏帽子とはアタイのことさ」


 彼女が着ている鎧は金属の小片が鱗のようになっている物。

 歴史の本で登場するような古代の鎧だ。

 本当は漆で綺麗に塗られていたのだろうけど、所々に()げていて手入れされたような感じもない。

 立烏帽子さんは盗賊だから、当時の武官から奪ったものかしら。


 「左様であるか。儂は鳥居と申す」

 「ボクは紫君(しーくん)!」

 「初めまして、あたしは珠子です。あ、これお近づきの印です」

 「ん? こいつは……、水あめじゃねぇか!」


 あたしが差し出した瓶を透かすように眺めると、彼女は(ふた)をパカッと開け、指でそれをピチャピチャ舐める。

 中身は麦芽糖の水あめ。

 その色は現代でも『玉ねぎを飴色(あめいろ)になるまで炒める』といった料理用語にも残っている薄茶色なのだ。


 「うんめー、うんめー、ほら、お前らも食えよ。久々の上物だ。……って、そりゃ無理か。しゃべれもしないもんな、お前たちは」


 彼女の周囲にはいくつもの鬼火が浮かび、それを見つめて彼女はフゥと溜息を()く。


 「相変わらずそつがないわね。この国の古代からある甘味を持ってくるなんて」

 「へへー、水あめは日本書紀で神武(じんむ)天皇が作ったとも伝えられていますからね。彼女の生きていた時代の都、平城京か平安京にもあったと思ったんですよ」

 「あー、ちゃうちゃう。アタイの時の都はここだぜ。長岡さ」

 「へー、そうなんですか」


 長岡京は784年から794年までの間、桓武天皇の時代の日本の都。

 坂上田村麻呂もその時代を生きた、ううん、駆け抜けた人物。


 「いいとこだったぜ、水が豊かで川を伝って舟で色んなものが都に入ってさ。そこの山崎津(やまざきのつ)には毎日物があふれていたさ」


 最後の水あめをひとすくいピチャっと舐めて、立烏帽子さんは可愛らしくニコッと笑い、そして……

 

 「ま、アタイが滅ぼしたんだけどな」


 とても不穏な事を言った。


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