温羅(うら)とBBQ(その4) ※全5部
◇◇◇◇
ドスドスドスと大音を立てて温羅が夜の森を走る。
その背中で我を抱えながら。
そうか、あの攻撃の後、温羅が我を抱えて逃げてくれたのか。
「すまぬな。助かった」
「おお、生きていたか。黄貴殿」
「”生きていたか”か、まるで我が死んでしまうかのような言いようだな」
衝撃のあった左胸をさすると、そこに窪みを感じる。
見ると、服は大きく裂け、血の跡で赤く染まっていた。
「ガッハハ、正直死んだと思ったぞ。心の臓を貫かれていたのだからな」
「なに、我ら大蛇は蛇の”あやかし”。再生力には自信がある。やられたのが心臓ではなく、肺であったら危なかったがな」
あの時、左胸に衝撃を受けた時、我が気力を振り絞って放った権能ある言葉。
『廻れ』と『癒えよ』
それに応えた我の血と身体は、心臓がもっていかれようとも、傷を再生した。
さて、九割方再生したようだな。
窪みの下の新たな心臓を感触を確かめ、我は仕上げの言葉を放つ。
「『鼓動せよ、我が心臓』」
ドクン
権能ある言葉による血の巡りと、再生した心臓による血圧の上昇で我の身体がピクンと跳ねあがる。
「すまぬ。少し粗相する」
「気にせぬ。存分に吐け」
温羅の背中から半身を乗り出し、我はゲッゲェーと赤黒い液体を吐き出す。
少し酒臭い。
胃の中に落ちていた血が残っていた酒と混じったようだ。
「助かった。温羅殿、助けてくれて感謝する」
「助けられたのは我輩の方よ。黄貴殿のおかげで初撃を避けられた。しかし解せぬ。大嶽は何故あんな真似を……」
「やはり不意打ちの主は大嶽丸か」
「ああ、距離は離れていたが、あの氷の武器を打ち出す技は大嶽丸のもの。だが不思議だな。黄貴殿が倒れたら姿を消した。てっきりトドメに来ると思うたのだが」
我の見立てでは近距離を得意とする温羅、遠距離を得意とする大嶽丸であったが、まさか狙撃とはな。
「して、黄貴殿。どこへ向かう? 我輩と汝だけなら、鬼の囲みを突破出来るが」
「無論、当初の予定通り赤鬼の……、いや阿倍仲麻呂の所へ向かう。今頃は女中があの者の心を動かしている所だろう」
「やはり見抜かれていたか。あの赤鬼が阿倍仲麻呂だったことを」
「ああ、鬼たちを統率しているのが吉備真備である事と、九尾がかつて楊貴妃と呼ばれていたこともな」
姫路城を拠点に各方面から情報を集めた結果、敵の全容が予想出来た。
そこから我が導き出した結論。
敵の首領は”吉備真備”。
それと”二尾の玉藻”と”九尾の楊玉環”が幹部を務める。
だが、その目的がわからぬ。
吉備真備をトップにしている以上、世を乱すようなことは起こせぬはず。
「温羅殿。貴殿が大江山を襲った目的を教えてくれぬか?」
「目的? ああ、それは酒呑童子に灸をすえるためよ。あやつが鬼王を目指していると玉藻が進言してきてな、吉備真備がそれを阻止せんと我輩たちに命じたのだ」
酒&|x541E;童子が鬼王を目指している!?
そんな話は聞いたことがない。
という事は、玉藻は吉備真備を騙している!?
何のために?
吉備真備を排除して鬼の一団を乗っ取ろうとでもしているのか?
いやいや、一時的に撤退させるくらいならさておき、吉備真備を倒すのはまず無理。
しかも、吉備真備を敵に回したなら、国津神や場合によっては天津神たちを敵に回すことになる。
そうなれば、たとえ国中の鬼を従えたとしても、数日も持つまい。
いや、待て。
そもそも大嶽丸の目的といえば……。
マズイ!
「温羅殿、急いでくれ! 」
「何かわかったのか?」
「ああ、わかった。いや、最初からわかるべきだった。大嶽丸の目的は昔から変わっていなかったのだ。それは……」
そう言いかけた時、我の頭上を一筋の流星が疾り、少し先から轟音が聞こえた。
あれは、先ほど我らを襲った大嶽丸の狙撃。
「大嶽丸の目的は、この日本を魔国とすることだ!」
◇◇◇◇
我の頭上を大嶽丸の最初狙撃が通過してからも、その流星は何度も解き放たれ、その度に我らの向かう先から轟音と衝撃が奔った。
その着弾点に着いた時、我が見たものは、膝を着く朝服の男ふたりと、同じく膝を着く酒&|x541E;童子の姿。
そして、それを満足気に眺める玉藻ともうひとりの女の姿だった。
おそらくあれが玉環、楊貴妃であろう。
「無事か珠子!?」
ここに居るはずの女中の名を叫び、我は周囲を温羅の背より降りる。
膝がガクンと折れた。
「無事でーす!」
「妾もじゃ」
「チュチュ」
酒&|x541E;童子の後方の土が盛り上がり、そこから土を払いながら女中と讃美が立ち上がる。
どうやら酒呑童子が守ってくれたようだ。
頼豪は鼠に化けて逃れたようだな。
「おや、温羅はんに大蛇の長兄はんやないの。役者がそろったようでありんすねぇ。ええカッコどす」
「あ、お話するのは初めてですわね。タマタマです。ふふふ、さすがは王様、銀蘭水仙のような御方。別名スノーフレークの花言葉は”皆をひきつける魅力”ですの」
上から舐めつけるように玉藻は我を見下ろし、玉環は無邪気に手を振る。
「貴様ら、吾に向かって弓を引くとは、その意味がわかっているのだろうな」
朝服を着た男が怒りの形相で玉藻と玉環を睨む。
おそらく、あれが吉備真備。
「ええ、わかってます、センセ。でも必要なことでしたの。センセに膝を着かせないと鬼王の称号は取れませんから」
「本当に申し訳ありません、先生。でも、ご安心下さい。私はすぐにいなくなりますから」
”鬼王の称号”やはり目的はそれか。
「さーて鬼のみなさんご注目ぅー! 太古の昔に温羅を倒した吉備の血族、吉備真備はここに膝を着き、大江山の首魁酒呑童子はボロボロ。さきほど、そこの温羅を倒した東の大蛇の長兄も満身創痍でありんす。そして……」
ヒュンと空を切る音がすると、我らから少し離れた所の土がバンッと弾ける。
大嶽丸の狙撃だ。
「彼らの生殺与奪は大センパイの胸先三寸! さあ、問いましょ! 最強の鬼は誰でありんす?」
玉藻の問いに森がざわつき、鬼たちの声が聞こえる。
「大嶽丸!」 「大嶽丸!」と。
その声が向かう先はひとつ。
遠く夜空に浮かぶシルエット。
氷の武器による狙撃の主。
伝説では大嶽丸は氷の武器を放つだけでなく、様々な術も使えたとある。
宙に浮かぶくらいはお手の物ということか。
「鬼王に相応しい鬼はどなた?」
「大嶽丸!!」「大嶽丸!!」
山肌から鬼たちの大合唱が聞こえ、それは大気を揺らすほどに広がっていく。
やがて……、その中心から強大な妖力を感じた。
「やりました! 成功どす! 鬼王の称号をセンパイが手にしたでありんす!」
「これで目的に一歩近づきましたね」
我が幼きころに父上に感じた妖力に匹敵するほどの妖力。
それが大嶽丸から奔出している。
「黄貴殿。あれは良くない。一端引くべきだと我輩は進言するぞ」
「我も同意だ。ここは体勢を立て直す!」
同じ結論に達したのか、吉備真備と阿倍仲麻呂も既に駆け出している。
「『珠子! 讃美! 温羅殿に掴まれ! 逃げるぞ!』」
「はっ、はひっ!」
「合点なのじゃ!」
あまりにもの妖力の前に硬直していた女中が、我の権能ある言葉で意識を取り戻し、讃美と共に温羅の腰にしがみつく。
「逃げるぞ酒呑童子!」
ドドドと温羅は走り出し、今にも地面に倒れ込みそうな酒呑童子の腰を抱える。
「ま、待て、まだ鬼道丸が。何をしている早く来い!」
「鬼道丸! はよう!」
だが、酒呑童子と茨木童子の呼びかけに鬼道丸はこちらをチラリと見るだけで動こうとしない。
「どうした! どこか怪我でもしたか!?」
だが、それでも動かない。
「申し訳ありません父上。鬼道丸はたわけです」
「何を言っている!? 早くこんか!」
恐れていたことが現実になったか。
「次の狙撃が来るぞ! ここは危険だ!」
高まった妖力がこちら向いたのを感じ、温羅が叫ぶ。
あの狙撃はマズイ。
音より速く飛来するそれは、我の権能では防げぬ。
ポロロン
琴の音!?
(……王よ、一店の王名よ。お合わせ下さい。共に吟じましょう)
……女の透き通るような美しい声が聞こえる。
なるほど、やってみるか!
(岑寂群動息) 『岑寂として 群動息み』
※みなは静寂の中で動きを止め
(夜窗已殘更) 『夜窗 已に殘更なり」
※夜の窓は、夜の姿をさらに深めた
(驟聞淙然起) 『驟かに聞く 淙然として起こるを!』
※突然起きる水の音!
バチッ、バチバチバチバチッ
「なんですの? こんな時に雨音やなんて」
「へんねぇ。月はあんなに明るいのに。夜狐の嫁入りかしら」
我の耳にも聞こえる、雨の音が、音だけが。
(初似暴雨生) 『初めは 暴雨の 生ずるに似たり』
※初めはゲリラ豪雨でも起きたような音。
(少焉益轟&|x7366;) 『少焉あって 益すます|轟&x7366;』
※しばらくすると音は益々大きく響き渡り
(似是飛流聲) 『是 飛流の 聲に似たり!」
※それは滝の瀑布の音の如し!
※作者超訳
ドッ、ドッ! ドドゴゴドドドドドッ!!
「んもう、うるさいでありんす!」
「なんでしょう、この音は」
大気を揺らす轟音に玉藻と玉環の気が削がれる。
おそらくは遠方の大嶽丸もそう。
「隙が出来た! 行くぞ! 温羅殿!」
「わかった!」
「ええい、離せ! まだ鬼道丸が残っている!」
「今は逃げるのが優先だ!」
ドドドと目くらましに土煙を上げながら、温羅は山道を駆ける。
どうやら追っては来ぬようだな。
ポロロン
滝のような音の中、琴の音が聞こえる。
そうだな、この音の中では会話もままならぬ。
締めるとしよう。
(開窗無所見) 『窗を開けば 見る所無く』
※窓を開ければ、何も変わりなく
(一片寒月明) 『一片の 寒月明るし』
※ただ、透き通るように明るい月が皓々と照らす
(數十株大樹) 『數十株の 大樹』
※よく見てみると数十本の大樹が
(掀舞欲走行) 『掀舞して 走行せんと欲す』
※舞い上がって走り出しそうに身体を揺らしている。
(乃知向來響) 『乃ち知る 向來の響き』
※ああ、今までのあの音は
(風吹木葉鳴) 『風吹きて 木葉鳴るを』
※風が吹いて木と葉が鳴らす音であったか
詩の終わりに呼応するように、山の木々はザザァーとその身を揺らし、やがて滝のような轟音は止んだ。
「こんばんは、オーナーさん。直接お話するのは初めてかしら」
走る温羅につかまる我らに並走して、ひとりのサングラス姿の女性が声をかけてくる。
何度か『酒処 七王子』で見た、旅の吟遊詩人。
名は確か……。
「ミタマさん!? どうしてこんな所に!?」
そう、覆面吟唱三友狐、ミタマだ。
「お店に行ってみたら開いてなかったし、店員さんの気配がこっちの方からしたから、様子を見に来たの。大変なことになっているみたいね」
「ありがとうございます! 助かりました!」
「助かった。恩に着る。良き詩であった」
「ありがとオーナーさん。いいセッションだったわ。いかがでしたか、先ほどの詩は最近仕入れたニューナンバー、この国の江戸時代の漢詩人、廣瀬旭莊の幻瀑澗でございます」
ポロロンと琴を鳴らしミタマはサングラス越しに微笑んだ。




