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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十二章 到達する物語とハッピーエンド
353/409

温羅(うら)とBBQ(その3) ※全5部

◇◇◇◇


 肉は脂身の多い豚の三枚(バラ)肉を厚めに切る。

 そこに味噌を盛り、逆さまにして、弱火のエリアでじっくりと炙れば、やがて一品は完成しよう。

 

 「なるほど、黄貴(こうき)殿は肉の扱い方を知っているようだな」

 「女中から聞きかじった程度であるがな。西洋では肉の焼き方にはレア・ミディアム・ウェルダンという種類があるが、レアより生に近い、表面を炙っただけのでブルーレアという焼き方がある。上等の赤身肉なら表面をあぶるだけで十分に美味。先ほどの温羅殿の肉の焼き方、それを知っての所業(しょぎょう)であろう」

 「フッ、その通り、新鮮な赤身肉ならそのぶるぅれあ(・・・・・)が一番。だが、脂身の多い部位ならば、十分に熱が通すのが良い」


 鬼は太古より肉を食うと伝えられている。

 鬼の王であった温羅なら、これくらい知ってても当然か。

 さて、では肉が焼けるまで、次にとりかかろう。


 ジュッ、ジャー


 炭の上に載せられた鉄板に油を引くと、それだけで熱さを感じる音が生まれる。


 「まずは切り落とし肉を炒め、そこから出た脂でニンニクを炒める」


 ニンニクの香りが立ち、脂にその風味が染みだしていく。

 

 「ほどよく煙が立った所で、麺を加える!」


 ジュッ、ジュジュー


 麺を混ぜるごとに、その表面はニンニクの脂でテカテカと光を帯びていく。


 「BBQには麺料理もあるのか?」

 「女中が言っておったぞ。BBQの最後の一品は”パスタ”が一番だと。ここで女中特製のタレをたっぷり加えて味付けすれば……」


 タレの水分から生まれた蒸気は麺をふっくらとさせ、軽く焦げたタレは香ばしさを加える。

 女中は『BBQに麺ひとつ用意しておくだけで、おいしいパスタが出来上がるんですよ』と言っておった。

 我も作るのは初めてであるが、この香ばしさの前には同意しかない。


 「さあ、”BBQフィニッシュパスタ”の完成だ! 肉も焼けたようだし、共に食べようぞ」


 肉を再び裏返し皿に盛ると、焦げ目のついた味噌が(かぐわ)しい香りを立ち昇らせる。

 そこに塩を多めに振れば完成。


 「ほう、確かにこれは旨そうだ。だが、これを食えば我輩が”王侯貴族様のような礼節を持った振る舞い”が出来るとでも?」


 ”三枚肉の味噌焼き”と”BBQフィニッシュパスタ”の前に温羅がニヤリと笑う。

 それは『我輩は好きなように喰らうが、良いか』という意味。

 

 「無論よ」


 その言葉を聞いて、温羅はまだジジジと脂の音を立てる”三枚肉の味噌焼き”をひとつ()まむ。

 太くゴツイ指の前では、大ぶりの肉もひと口サイズだな。


 「くっ、ホフッ、こっ、これは!?」


 ひと口だけで、温羅の表情が変わり、その手は酒に伸びてグビッと飲み干す。


 「刺激的な味であろう」

 「そうだな、かなり塩い。思わず口が酒を求めてしまったわ。しかし、これは……」


 何かを考えている温羅を横目に、我も指で”三枚肉の味噌焼き”を摘まむと、それを口に運ぶ。

 

 ビリッ、ジュッ


 最初に感じたのは振りかけた塩の味。

 次に感じたのは味噌の塩味と旨味、しかも味噌に()みた脂が染み出てくる。

 かなり塩辛い。

 女中風に言えば『ちょー塩辛い』。

 そこですかさず酒をグイッっと流し込むと……。


 「ふぅ」

 「ぐふぅー」


 酒に洗われた舌は平静を取り戻し、本来の機能を取り戻す。

 つまり、口の中の肉と味噌の旨味を十全に堪能しようとするのだ。

 

 「ふうっー! これはいい! 酒の後味が極上! やっと味わえた肉と酒の旨味が桃源郷よ!」

 

 既に次の肉と酒を平らげた温羅が感嘆の息を漏らす。


 「良い物であろう。女中に言わせればこれは禁断の味だそうだ。脂と塩と旨味の組み合わせは病みつきになるそうだぞ」

 「ガッハハ、確かにこれは禁断の味よ。手が止まらぬ。だが、ひと思いに平らげようとも思わぬ。ひと口ずつが相応しい」


 この塩辛さでは一気に食えぬのであろう。

 ひとつ摘まんでは酒のため。

 ふたつ摘まんでは肉のため。

 そんな(さい)の河原の歌のように、温羅は肉を食べ続ける。

 

 「いやはや旨い。これは肉とみせかけて味噌を食べる料理だな。だが塩辛い。普通の味噌より遥かにしょっぱいぞ」

 「この味噌は塩気の強い豆味噌であるからな。それに塩をかけたのであるから当然。以前、女中が言っておったぞ。味噌の起源にはふたつの説があり、大陸から来た米や麦を使う味噌と、大豆だけを使う日本古来の豆味噌があると。豆味噌は熟成が長いゆえに塩気が強いのだ。おそらく、温羅殿が話した宴席での味噌は米か麦の味噌だったのであろう。昔は大陸由来の物が高級品だったからな」

 「そう言われてみれば、あの味噌は甘かった。だからムンズと食べられたというわけか」


 納得したかのようにウンウンと頷くと、温羅は再び禁断の味に手を伸ばす。

 禁断の理由を女中は、


 『この食べ方は美味しいですけど、身体には悪いです。普通の人間ならこんな食べ方を何年も続ければ、腎臓と肝臓を悪くします。でも食べちゃう、悔しいっ!』


 と言っておったが、温羅の巨体ならば大丈夫であろう。


 「ときに温羅殿。知っておるか?」

 「何をだ?」

 「昔の貴族や権力者は味噌をつまみに酒をチビチビやるのが主流だったのだ。サイズは違えども、これはそうであろう」

 「ほう、それは誠か」

 「誠よ。我の配下の鳥居という者も言っておったぞ。『かの吉田兼好(よしだけんこう)の『徒然草(つれづれぐさ)』にも、鎌倉時代の執権、北条時頼(ほうじょうときより)が側近の北条宣時(ほうじょうのぶとき)と少量の味噌を(さかな)に酒を酌み交わしたという話が載っております』と」

 「鎌倉時代の執権といえば、当時の最高権力者だな。なるほど、これが王侯貴族様のような節度ある食事ということか」

 「ふふ、左様ということだ」


 我は鳥居の口真似をしながら、味噌と肉を酒を堪能する。


 「ふむ、これは中々。だが、これはそうはいかぬぞ」


 温羅の視線が”BBQフィニッシュパスタ”に移り、その顔がニヤリと笑う。

 そして、その大きな手で”BBQフィニッシュパスタ”をムンズを掴み高く掲げると、あんぐりと口を開け、麺を垂らすように口へと落とし込んだ。

 添えてある箸など見もせずに。


 「見事な作法であるな。では我も」


 我はそれに(なら)うように、まだ熱さの残る”BBQフィニッシュパスタ”を手づかみにして、ダラリと下がった麺を下から口の中へ注ぎこむ。


 モギュッ、モギュッ


 ニンニクの独特の香りと脂の甘味と肉のコク、そして甘辛いタレでコーティングされた麺は、口の中で噛むごとに香ばしさを広げる。

 その甘辛さは”三枚肉の味噌焼き”の塩辛さとは真逆。

 ニンニクとタレと小麦の甘さの三重奏。

 そこに酒を流し込むと、口の余韻はスッキリ。


 「これはいかんな。その名の通りBBQの締めに相応しいと思ったが手が止まらん」


 ムンズ、モキュモキュ、ゴキュゴキュと温羅の右手は”BBQフィニッシュパスタ”を、左手は一升瓶を掴んで離さない。

 我の手も同様。


 「ふぅー、味はいい。だが、これでは礼節に則ったとはとても言えまい。黄貴(こうき)殿が気を使ってくれていてもだ」


 手づかみでしかも上を向いて食べるなど無礼の極み。

 温羅にはそう思えるのであろうな。

 そして我が手づかみで食べたのは、それを隠そうという気づかいだと。


 「違うぞ、これは伝統と格式に則った食べ方。さすがは温羅殿。見事な作法でございますな」

 「これがか!? とてもそうは思えぬが……」


 温羅はそう言うと指からダランと垂れた麺を横から噛みつくように食べる。

 それは現代のマナーからは程遠い光景。

 だが、違うのだ。


 「知っての通りBBQもスパゲティも西洋料理。そして西洋では最近まで手づかみで食べるのが礼儀に則った方法だったのだ。温羅殿が吉備津彦命(きびつひこのみこと)と戦った時より遥かに先。今からおよそ500年ほど前まではな。それまでは王侯貴族様であろうが手づかみよ。パスタもこのように手からぶら下げるように食べておった」

 「西洋の王や貴族はそうであったのか!?」

 「そう。現代ではパスタはフォークで食べるのが礼儀であるが、それが広まる切っ掛けは18世紀、今より300年ほど前のシチリアにパスタ好きの王、フェルディナンド3世からよ。その王は庶民と同じく手づかみで食べていたのだが、それはみっともないと、家臣よりフォーマルな席ではフォークを使って食べるように勧められ、フォークを使うようになったそうだ。だが、裏を返せば、それまでは手づかみで問題なかったということ」


 臣下を交えての酒の席。

 そこでも女中との会話はいたく面白いもの。

 我も知らぬ王と食事の歴史やエピソードについて様々な話を語ってくれる。

 これもそのひとつ。


 「知らなんだ。西洋と東洋では違うのだな。我輩が吉備津彦命(きびつひこのみこと)との同盟の宴席では、箸が使われておった。そして使わず手づかみや皿から流し込んだことが朝廷の貴族たちに笑われたのだというのに」

 「要は礼儀作法とは、地域と時代とで違うということ。手づかみで食べる作法は西洋では500年ほど前までは主流。もし、我と同盟を組み、洋食の席で思うがままに手づかみ食べる方法を笑われたならば温羅殿はこう言えばよいのだ。『これこそが伝統と格式に則った作法である』と」

 「礼儀作法を指摘した方こそ、物を知らぬということになるというわけか。ガッハハ、面白い!」

 「面白かろう。我の配下にはそういった食事に関する知識の豊富な珠子という女中もおれば、したり顔で指摘する者を逆手に取る鳥居という知恵者もおる。そうだな……、同盟の話、再度申し入れよう」


 そして我は”鬼ころし”で喉を潤し、温めていた鬼への殺し(・・)文句を放つ。

 

 「我と同盟を組め。退屈はさせぬぞ」

 「ガッハハ、それはいい。”退屈させぬ”とは鬼よりも鬼らしく自由奔放ではないか。気に入った! いや、こういう(おとこ)を我輩は待ち望んでいた!」


 そして温羅は我の伸ばした手をガッチリと握った。

 やはりいいな、どうせなら同盟はこういう笑顔の中で行うべきもの。

 最初のような、敗者と勝者の重い雰囲気で行うよりずっといい。

 そして我らは肩を組み、月を肴に最後の一杯を酌み交わそうとした時。

 月を背にひとりの青年のシルエットが浮かんだ。

 あれは……。


 「おお、おーい、大嶽よ! お前もこっちで呑まぬか? 面白い席だぞ」


 上機嫌で遠方の大嶽丸へ酒瓶を掲げる温羅の言葉とは裏腹に、我はその姿にゾワリとしたものを感じた。


 「『伏せよ温羅殿!』」


 我が叫ぶのと同時にキラリと星のように閃光が輝き、衝撃が我の左胸に(ほとばし)った。

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