コロボックルと焼き蛤(中編)
◇◇◇◇
「それでは紹介するぜ、こっちがシュマリ」
「こっちがイソポです」
「初めまして、珠子です。よろしくお願いします」
「蒼明です。よろちく」
砂浜に敷いたビニールシートの上で私達は向かい合います。
「そうなんですか、北海道から各地を旅していらっしゃったんですね」
「そうさ、あっちはまだ肌寒いからな」
「おふたりはコロボックルですよね」
「ええ、蕗の葉の下の人です」
北海道に住んでいる”あやかし”コロボックル。
最近は色々な所に出没していると聞いていましたが、旅をしていたのですか。
「しかし意外でした。蒼明さんが小さい物が好きだったなんて」
「こんな可愛い物を愛でない方がおかしいでしょう。あたりまえの事をしているだけです」
「そうですね。とっても可愛らしいです」
そう言って、珠子さんはふたりの頭をなでます。
「俺たちはここに潮干狩りに来たんだ。これから始める所さ」
「そうそう、でも取ってから砂抜きするまでイソポのお腹がもつのかしら」
クスクスと笑いながら、ふたりが会話しています。
そして、イソポのお腹がグーと小さい音を立てる。
あーもう、かわいいでちゅねー
「そうですか、ここで知り合ったのも何かの縁です。何かご馳走をしましょう! 間もなく私の兄弟が車で着くと思いますから」
「ごちそう!?」
「やったぁ! よかったねイソポ!」
そのちっちゃいお口で食べる所がみたいんでちゅ。
「……それなんですが、渋滞で藍ちゃんさんが大幅に遅れるって」
それはよくないですね。
あの区間停電は信号にも影響があったのでしょうか。
いや、それよりもこのふたりのお腹を満たす方が先決です。
「では、食事は何とかして下さい。貴方はそれくらいしか取り柄がありませんから」
「うわー、無茶振りですね、きち……蒼明さん」
「出来るのでしょう?」
きっと出来るのでしょう、それが人の強さたる所以。
私の問いに珠子さんはリュックの中を確かめる。
「ええと、米と塩と醤油と、アルミホイルとサランラップと紙皿と、水とおつまみの残り……」
リュックの中に入っていたのは車に乗せなかったこまごまとした物。
バーべーキュー用の肉や野菜、網や炭の一式は車の中だと記憶しています。
「よゆーですねー」
ほら、やっぱりじゃないですか。
◇◇◇◇
「まずは、ハサミで缶ビールの空き缶の上面を抜いて、側面をチョキチョキ切って焚き口と排煙の穴をあけまーす。これで竈缶が完成!」
珠子さんはさっき飲んだビールの空き缶で工作をしています。
「次にもうひとつの空き缶の上を缶切りの要領で抜きまーす。これで炊飯缶も完成! かんたーん!」
ちょこちょこ
「ほい、枯れ枝はこれでいいか?」
かわいらしい足音を立てて、ふたりが枯れ枝を持ってきます。
私にとっては小枝だが、ふたりにとっては抱えるほどの大きさです。
あーん、足音までかわいいー
「手頃な石は私が用意しました」クィッ
片手で握れるほどの石を数個、私は持って来ます。
「ありがとうございます。それでは、残りはあたしに任せて下さい」
そう言いながら珠子さんは米を空き缶に入れます。
「無洗米にして正解でした! 水の確保に困る事もありますからね」
コポコポと音をたてて、水が注がれていく。
「あとは、醤油とワンカップの酒を少々、そしておつまみ帆立をいれて、アルミホイルで蓋をすれば準備OK!」
そして彼女はふたつの缶を縦に合体させます。
「ガギューン! 合身完了! さあ、あとは倒れないように石で押さえて、小枝の薪に火を付けるだけです」
そして、彼女は少々考える。
「あの、誰か火をもってませんか」
うかつな。
しかし困りましたね、私は火の術は使えません。
「ああ、こっちにあるぜ。俺が火を付けてやるよ」
「気をつけてね、イソポ」
カチッカチッと音を立てて極小の火花が散る。
火打ち石だ。
ああ、火打ち石までちっちゃーいー。
「ほいさ」
火のついた極小枝を火種に炎が広がります。
「うわっととっと」
火の勢いに押され、イソポがころんと転がっちゃう。
うわーん、うしろまわりだー。
「ほら、気を付けてって言ったでしょ」
「わるいわるい、シュマリ」
転がったイソポを全身でシュマリが受け止める。
ああ、いけない、このままでは悶え死にしてしまうかもしれない。
「あとは、沸騰させて、吹きこぼれが出たら弱火に変えて少々」
グツグツという音とともに米が炊き上がっていく。
「あらっ、いい匂い」
「うん、腹がなるなぁ」
缶からは醤油の焦げる匂いと、帆立の匂香りが立ち上ります。
「最後は、缶を逆さまにして10分蒸らせばかんせーい! おてがるー!」
そう言って、彼女は缶を逆さまにして、ちゃかぽこちゃかぽこと底を箸で叩き始めます。
まったく下品な。
「うわー、楽しそう、俺らもしようぜ!」
「ええ、イソポ! リズミカルにね!」
そう言って、ふたりも小枝で缶を叩く。
缶はふたりの伸長より高く、ふたりは見上げながら叩いてる。
まったく、かわいらしいでちゅねー。
「あとは、サランラップに出して、おにぎりにすれば、でっきあがりー」
サランラップの上で帆立がほぐされ、炊き込みご飯に混ぜられていきます。
そして、彼女はラップでおにぎりを作ります。
ビールの空き缶で炊ける量などたかが知れています。
でも、この量はコロボックルのふたりには十分なんでちゅよー。
「はい、どうぞ」
そう言って彼女は小さいおにぎりをふたりに渡します。
小さいとは言っても、ふたりの顔の半分くらいはありますね。
「蒼明さんもどうぞ」
逆に私達の分は一口サイズです。
「「いただきーまーす」」
ふたりは大口を開けて、炊き込みご飯のおにぎりにかぶりつく。
「うめぇ!」
「本当においしい! 帆立の味がしっかり染みていて!」
私もおにぎりを口にする。
ふたりの言う通り、帆立の旨みがご飯に染みて、噛むたびに濃厚な海の味が広がる。
「おいしいですね」
「ありがとうございます。お酒はどうです」
彼女が差し出したのは、ワンカップの残り。
「おー、わるいなー」
「あら嬉しいです」
クピクピ
ふたりは自前のコップでお酒を飲む。
あーん、かわいらしいおとー、ゴキュグキュという珠子さんの喉とは全く違いますね。
「ぷふぅー、まんぷくー」
「ほんと、お腹いっぱいです。ありがとうございます」
「どういたしまして」
よかったです、ふたりは満足したようですね。
「この日本酒もいいけど、昔飲んだアイヌの酒もうまかったぜ」
「そうね。あのクリーム色のお酒、おいしかったわ。懐かしいわね、最近は飲んでいないもの」
「へー、そうなんですか」
ふたりと彼女が酒について会話していた、そんな時です、彼女が失態を犯したのは。
ぐぎゅりゅりゅりゅりゅりゅー
下品な音を立てて、彼女の腹の虫が鳴ったのです。
「あはは、ちょっと足りなかったみたいですね」
「ふん、少しは自重できなかったのですか」
「ああ、それは悪い事をしたなぁ」
「ごめんなさい、あなたたちの分まで食べてしまって」
ふたりの顔が曇る。
なんて事をするのです! 珠子さんは!
この強き者がか弱き者を意気消沈させるなんて、言語道断!
「珠子さん」
私は少し語気を強くして言う。
「はっ、はい、なんでしょう!?」
「リテイクです! もう一度、このふたりが満足する料理を作って下さい! もちろん私も手伝います!」
私の気迫に少し彼女が押される仕草を見せる。
だけど、私は知っています。
彼女がこの程度で臆するような珠でない事を。
「いいでしょう! ですが、このかわいいふたりのおもてなしに蒼明さんも働いてもらいますっ!」
ほら。
「わかりました。私に出来る事なら何でもしましょう」
後に私は後悔する事になります。
”何でもしましょう”なんて言わなければよかったと。
◇◇◇◇
私はひとり水面を疾走する、音速を遥かに超えて。
『あたしはコロボックルさんたちと潮干狩りをしていますから、蒼明さんにはおつかいを頼みます』
そう珠子さんが言ったのが10分前。
『わかりました。どちらに行けばいいのですか?』
『ちょっと沖縄まで、超えれるんでしょ、音速』
そう聞いて私が口をあんぐりと開けたのも10分前です。
売っている店の情報は一瞬で私のスマホに転送されました。
そして、ご丁寧にスマホの地図アプリには沖縄に徒歩で行くルートも出るのです。
ここからここまで泳ぐというガイド付きで。
このおかげで私は目標物のない海上でも迷わずに進めるのです。
いったい、どんな想定をしていればこんな機能を付けれるのでしょう。
おわかりいただけたでしょうか。
私が人間は”あやかし”よりもずっと強い者と認識している理由を。
◇◇◇◇
「おかえりなさーい、早かったですね」
セーハーゼーハーと息を切らす私を前に軽い調子で彼女は言います。
流石に沖縄は疲れます。
「おかえりー、こっちは大漁だったぜ!」
「今は砂抜きしています」
そう言ってコロボックルふたりが示したのは、石の輪で作られた窪みに張られたサランラップ。
そこに水が張られ、貝が浸かっている。
ああ、いい……ちっちゃくてかわいい物には、いやされる。
「ほら、頼まれていた物ですよ」
ガシンと大きな音を立てて、私は背負子に結わえつけられていた荷物を降ろします。
「ありがとうございます。次はお酒を買って来て下さい」
「またですか、東京に戻ればいいんですね」
私はその時の彼女の顔を忘れる事が出来ません。
”なんでもするって言いましたよね”と目が語ってました。
「いいえ、北海道の小樽までおつかいをお願いします」
私は後悔しました。




