赤鬼とキャラどら焼き(その2)※全4部
◇◇◇◇
ヒュン!
「ひょい!」
ヒョウゥー!!
「ひゃぁ!」
ファンッ!!!
「ふひぃぃぃ!!」
温羅の金棒の風切り音の鋭さが増すが、その攻撃は珠子には当たらない。
だが、珠子の動きに精彩さは見えない。
というか、最初からトンチキな動きだ。
武を学んだ者の動きではない。
「へっ、へっ、へぁ、ど、どうです!? そろそろ諦めて、ちょっと休憩でもしませんか。今なら三食昼寝付きですよ」
今や珠子の顔からは余裕は消え、息も切らしている。
「不可思議だな。人間の娘ごときに避けられるとは思えぬのだが」
「ふふふ、見た目で相手を判断して下さい。というか、あたしごときにこれ以上本気を出さないで!」
威勢よく登場したのはいいが、やはり珠子ではここらが限界。
俺様も少し回復した、なら二本目といこう……。
「……ゅ…、…っ」
なんだ? 風の音に混じって声が聞こえる。
何者かが潜んで……、いや、音の発生源は珠子の耳。
いんかむというやつか。
「……『しゃがんで右足を前』、……『右ステップで半回転』、……『そのままヘッドスライディングで倒立』。いいぞ女中! あと1回しのげば策は成る! 『お前なら出来る!』『信じているぞ!』」
耳を澄ますといんかむからは一の兄者の声。
なるほど、兄者の権能で珠子を操っているのか。
「わわわ、っかりましたが、もう無理無理ムリ~!! た、たすけて~!!」
パァーンを空気を切り裂く轟音を全力の後ろ跳びで避けると、珠子は尻餅をついて涙を半分浮かべた。
「よくぞ耐えた女中! あとは我に任せよ! 『やあやあ! 遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!』 我は先代妖怪王、八岐大蛇の嫡男にて、妖怪王への頂きへと足を伸ばす者! 東の大蛇の黄貴とは我のことよ!」
パタパタと風ではためく布の音を響かせ、上空から一の兄者が落下してくる。
「何奴!?」
「へぇ、話とは違って愉快な男みたいでありんすんねぇ。大センパイ、射ち落として」
「わかった、邪魔者をないものにする」
一の兄者の権能ある声に惹かれて、大嶽丸の剣が弓のように引かれ、放たれる。
ポンッ
命中、だが大嶽丸はきっと手ごたえを感じておらぬよ。
あれは、あれらは人形だからな。
射抜かれた兄者の姿をした者はヒラヒラと千切れた紙片となり、風に飛ばされていく。
『命中!』
『いい腕だ。褒めてつかわす』
『千を超える氷の剣を生み出す妖力』
『王への座興としては見事』
『もっと披露してみせい』
そして空一面から舞い降りる多数の兄者の姿。
それらひとつひとつにすぴぃかぁ備え付けられ、権能ある言葉を発す。
「せかしないな。五月蠅いぞ」
少しムキになった大嶽丸が無数の氷の剣を虚空に生み出すも、落下する人形も無数。
そして、射抜かれ落ちたすぴぃかぁの中には、まだ音を発する物も無数にあるのだ。
『三大妖怪そろい踏みではないか。夏の映画祭りか』
『こうして見上げると、敵の強大にて巨大さがわかるというもの』
『これは圧巻にして悪漢』
『まったく見上げたものだぜ』
『白か』
バキッ
玉藻が真っ赤な顔で地面に落ちたすぴぃかぁを踏みつぶす。
やつらの気が逸れた。
俺様だけには聞こえるくらいの小さな音で『大江山寝殿へと逃げこめ』と策が伝わる。
無論、茨木や他の一味と珠子にも。
ここまでの手筈、準備は万端を考えるのがよかろう。
俺様が駆け出したのを皮切りに、一同は一目散に寝殿へと向かう。
「まちや! 逃がすとでも思ってけつかるんかい!」
玉藻の混沌とした言葉遣いが背中から伝わるが、俺様たちの背を追う気配は感じられない。
理由は明白。
俺様たちとは別の方向に逃げる俺様達。
おそらく、さきほどの人形の術者の仕業。
「讃美特製! てくすちゃーまみれの術や! 戦闘では鬼には敵わんでも、こういった幻惑は狐の領分やで!」
どこからともなく女の声が響き渡る。
なるほど、策は万全のようだな。
「酒呑さん、大丈夫ですか。ハァハァ」
ふと隣を見ると、俺様に並走する珠子の姿。
傷のせいで俺様は駆け足程度だが、人間の珠子にとっては全力疾走のようだな。
やがて息が切れ、速度が落ちる。
仕方ない、助けられた恩もあるし、助けるべきであろう。
「鬼道丸」
「はい、父上。師匠、失礼します」
ガシッ
同じく並走してきた鬼道丸が珠子を小脇に抱え、珠子は米俵のように横向きになって宙へ浮く。
「あー、助かります、鬼道丸さん。もう、あたしもいっぱいっぱいで。大江山寝殿に逃げ込めたら冷たいドリンクでも飲みたい気分ですよ」
「はい、寝殿の台盤所は設備も増やし、食材も充実してあります」
「それは助かります。酒呑さん、遅くなってすみません。傷は大丈夫ですか?」
「これくらいかすり傷よ」
少しズキンと痛みはするが、寝殿に戻って小休止を取れば戦闘も可能であろう。
腕は……、少々時間がかかるか。
「それは良かった。寝殿には黄貴様とあたしの同僚が先行しているはずです。合流してこれからのことを相談しましょう」
「やはり一の兄者とその手の者か。しかしどうやって来た? この大江山は鬼たちの群れで囲まれていたはずだが」
玉藻たちの行動は迅速。
気がづけば、大江山寝殿から人里への道は全て鬼たちで囲まれていた。
強行突破しようものなら、玉藻や温羅、大嶽丸が即座に駆け付けられる布陣。
俺様たちは何とかその囲みの弱い所を探って脱出を試みたが、逆に包囲され敵の戦力の集中に遭う始末。
「へっへー。今日は仕事で来てるって言ったじゃないですか。仕事なら金の力は使いたい放題! 具体的にはヘリをチャーターしましたー!」
「なるほど、それで空から来たのか」
「はい、水戸から東京へ向かう途中、どなたからか『酒呑さんたちが鬼の大群に襲われている』ってヘルプを聞いてですね。誰か頼れないかと七王子のみなさんに連絡した所、ちょうど姫路に滞在していた黄貴様と連絡が取れて合流したんです」
「どなたとは?」
「さあ? わすれちゃいましたけど、女の方でしたよ」
なるほど忘れたか。
そういえば、美しい八重の花が咲くころでもあったな。
「助けてもらって感謝する。珠子に大きな借りが出来てしまったな」
「いえ、実は……、『酒処 七王子』も何者かの襲撃を受けているようで、逆に酒呑さんたちに助けてもらおうと思っていたんです」
「それは……、おそらく玉藻の仕業であろうな」
「わかりませんが、その可能性は高いと思います」
「よかろう。借りは早く返すのが俺様の信条。俺様たち大江山酒呑童子一味が力を貸そう」
「ありがとうございます!」
しかし、京都の大江山と東京の『酒処 七王子』の二面攻略とはな。
玉藻の戦力はそれほどまでに大きいとみるべきか。
「やっぱり傷は大丈夫ですか酒呑さん? 少し走りが遅れてますよ」
いかぬな、考え事をしていたら速度を乱してしまったようだ。
鬼道丸の背中が見える。
「大事ない。心配無用ぞ」
「それは良かった。なら、隣まで来てください。心配ですから」
俺様の身を案じてか、珠子が頬を軽く染めてこっちを振りむく。
ふむ、以前とは違う可愛い反応。
ほほう、ここに来て俺様への恋心でも芽生え始めたか。
いつもは強い男が、傷ついて弱った姿を見せる。
そのぎゃっぷに萌えると茨木の本にも書いてあったしな。
うむ、よいぞよいぞ。
「白じゃないですから! 早く!」
鬼道丸が速度を落とした。
◇◇◇◇
「うっわー、ひっさしぶりー! 『みなの物、よくぞ健勝であった』なーんてねっ」
寝殿に着くなり珠子は台盤所で道具を漁る。
食材は言うに及ばず、調理器具をガシャガシャと背嚢に詰めている。
「一同も何とか無事のようだな」
「ああ。これも、一の兄者の助力のおかげよ」
寝殿の前では一の兄者、黄貴が狐と鼠の部下と先んじて待っていた。
そして俺様が寝殿の結界の一部を解くと同時に中に逃げ込んだのだ。
「ボスぅ、大丈夫クマか?」
「心配無用だ。これくらい少し休めば治うグっ」
傷に沁みる薬品の刺激が俺様の言葉を乱す。
「だめや酒呑。急所は外れとうが傷は見た目より深手や。こんなんでヤツらと戦うなんて無茶や」
傷を洗い、糸と軟膏で応急手当をしながら茨木が言う。
「だが、傷を負っていてもこの寝殿の中で俺様が最強であることには変わるまい。戦場でも閨でも」
こんな状態であっても、戦の勘というものは鈍っておらぬ。
五番目の兄者ならともかく、一番目の兄者から感じる妖力は弱い。
茨木や鬼道丸と同程度が俺様の見立て。
権能も戦闘向きとは思えぬ。
「それくらいの軽口が叩けるのなら少なくとも逃げる分には大丈夫のようだな」
「逃げる? ここで籠城して外からの助けを待つのではないのか? いや……」
そういえば逃げる時に珠子が言っていたな。
東京の『酒処 七王子』も襲撃されていると。
しかし、あそこに居る者たちが並の”あやかし”に遅れを取るはずがない。
玉藻も温羅も大嶽丸も高丸も大江山に来ておるのだ。
他に勝てそうな相手がいるとも思えぬ。
数で押されているというのなら、俺様たちの助けがあれば撃退出来よう。
「お願いです。酒呑さん、茨木さん、みなさん。助けて下さい」
パンパンに膨れた背嚢を背に珠子が俺様に頭を下げる。
「助けるのはやぶさかではない。他ならぬ珠子の頼みだからな。だが、状況がわからぬ。一体、何が起きていると言うのだ?」
「それは我から説明しよう」
机の上に日本の地図を広げ、一の兄者が東京と大江山に丸を付ける。
「事の起こりは六時間前。珠子が緑乱と袋田の滝の奥、奥久慈男体山で封印が解けた痕跡を発見したことに遡る」
「緑乱おじさんは言っていました。そこに封じられていたはずの者は、緑乱おじさん自身だと」
?
意味がわからぬ。
俺様だけでなく、茨木たちも同様に頭に疑問符を浮かべている。
「詳しくは省きますが、緑乱おじさんには実はタイムスリップを可能とする権能があったのです。それで一度、おじさんは明治末から飛鳥時代末期に戻って、二周目の歴史を過ごして来たと」
「時間遡行!? にわかには信じられぬ。だが、お前が嘘をついているようには思えぬ。まずは信じよう。続けてくれ」
「はい。同時に退魔僧の築善さんから電話がありました。『酒処 七王子』が襲撃を受けていると。緑乱おじさんは、その相手がおそらく2周目の自分自身。つまり、そこに封印されていた緑乱さんだと推察し、ひと足先に『酒処 七王子』へと向かいました。あたしには安全な所に逃げるように指示して」
「安全な所? それがここ大江山寝殿だというのか?」
「違います。指示されたのは東京の退魔僧さんたちの詰め所のような店です。ですが、あたしは心配になって酒呑さんたちに助けを求めようとした時、どなたからか電話がかかって来たのです。『大江山が鬼たちの襲撃を受けていると』。いったい誰なのでしょうか?」
電話?
俺様は茨木や鬼道丸を見るが、皆が首を振る。
今はこの大江山はすまほが通じぬはず。
茨木が『だめや! 基地局がやられとる!』と言っておったはずだ。
だとすると……、電話の主は、俺様がその美しさだけを憶えている、あの女であろう。
「わかった。だが、その電話の主を詮索する必要はなかろう。味方であろうからな」
「そうですね。あたしもそうだと思って、知っている限りの相手に助けを求める電話をかけたのです。通じたのは……黄貴様だけでした」
おそらく玉藻は用意周到に仕掛けているはず。
そこから逃れたとは、流石は一の兄者というべきか。
俺様の視線を感じたのか、兄者は少し自慢げに胸を張る。
「我はその時、姫路城に居た。姫路城も鬼たちの襲撃を受けていたが、西の要塞姫路城は簡単には落とせぬ。だが、籠るのは下策。ゆえに我らは討って出ることにした。幸い、姫路城の刑部姫と我は懇意。籠城とみせかけて、我とその近臣だけが隠し通路で脱出。そうやって我と女中は京都で合流した」
「合流してからはちょっとしたアクション映画でしたけどねー!」
珠子の少し棘のある言い方に、兄者はハハハと笑って返す。
「聞いて下さいよ酒呑さん! 新幹線で京都駅に到着したかと思いきや、黄貴様ってば、『ヘリをチャーターしていた乗れ』、『スカイダイビングは初めてか? なら我とタンデムだな』、『鬼の攻撃を死ぬ気で避けよとは言わぬ。死んだと思って我の言葉に身を任せよ』とか無茶なオーダーばっかり! あたしは料理とか歓待担当なんですからね!」
「すまぬな。許せ。女中が敵の油断を誘うのに適任だったのだ」
「許します。特別手当と危険手当と出張手当で」
すこし頬を膨らませているが、このやり取りだけで珠子が一の兄者を信頼しているのがわかる。
なるほど、三の兄者と六の兄者だけかと思ったが、まだ敵は多いか。
「事情は分かった。力も貸そう。さて、これからどうする?」
「無論、安全な所へ避難して弟たちと合流、もしくは救助する」
兄者の視線は俺様の脇腹の包帯。
確かに、それが良さそうだ。
一対一ならともかく、温羅と大嶽丸と玉藻と同時にやり合うのは不利。
「なら、潜んで鬼たちの囲みを突破するか。兄者なら包囲の穴も見つけておろう」
ここまで周到で迅速な運び。
なら、へりでここに来たとき、間違いなく鬼たちの包囲を調べているはず。
遠目と気配で確認した俺様よりも精度よく穴を見つけているのは間違いない。
だが、あの穴だけは危険だ。
おそらく罠。
しかし、それに気付かぬ兄者ではなかろう。
「そうだな。移動中に珠子とも相談したのだが、突破するは一番手薄で数も少ないここ。赤鬼が一体だけの所だ」
兄者が示したのは大江山から人里へ抜ける山道のひとつ。
さほど険しくなく、珠子の足でも十分に越えれる場所。
そして、それは俺様が罠と見抜いた場所。
「そこだけは駄目だ!」
「ですって黄貴様」
「普通ならそうであろうな、女中よ」
俺様の声に兄者と珠子はにやりと含んだ笑いを見せた。
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「首尾はどうだ?」
「あら、センセイ。こんな所までいらっしゃたのでありますか?」
「心配ない。大蛇の長兄も含め、これから追い込む」
「我輩が今から屋敷を壊す。籠城するならそのまま詰む。ご安心を」
「ふむ、逃げた場合は?」
「オレが目を光らせておく。問題ない」
「大江山一帯を囲む鬼たちも目を光らせていますから、囲み万全でありんす。唯一、鬼たちが近づけない所がありますが、そこが最も強固なのはセンセイもご存知の通りでございますでしょう」
「その通り、あの場所にはお前等の誰よりも信頼のおける方がいる。武力でも知力でもお前等など足下にも及ぶまい」
「それに異論はない。ですが……」
「何か?」
「敵方にはあの珠子とかいう女がいるのではないか? 聞けば料理で”あやかし”の心を開くのに長けた女という噂」
「なるほど。料理で篭絡されるかもしれませんな」
「ぷっ、ぷぷっ、はははっ! 大センパイとOBはんは心配性やねぇ」
「それこそ論外。いいか、小僧、デカブツ、よく覚えておけ」
「あの方を愚弄するな。いいか、あの方は……」
「どんな美食を味わおうが、敵にほだされることなど決してない」
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「と言っておるのじゃ、主殿」
「だとよ、ボス」
…
……
「盗聴か!?」
兄者の狐と鼠の配下が準備したすぴぃかぁから流れる会話を聞き、俺様は驚きの声を上げる。
「ふふーん、酒呑さんは人類の悪い叡智を甘く見過ぎです。あたしが囮となっている間に頼豪さんのネズミさんたちが盗聴器を仕掛けました。しかもノイズキャンセリング機能付き! 風や草木の音もキャンセラーで音声だけバッチリ!」
「よくやったふたりとも。これで敵の先生の存在が確認された。黴毒大王が言っていた”全ての鬼の支配者”が。さらに先生が、あの方と呼ぶ協力者まで」
「はい、黄貴様の推理の通りですね。よっ、妖怪王子は名探偵!」
ちゃかちゃかと茶化すように珠子が拍手を兄者へと送る。
「いや、これも全て皆の情報を総合したまで。特に女中の”九尾のタマタマって本名に近いのでは”という勘が役に立った」
「えへへ、あたしも珠子ですからね。そういう名前に少しは興味があったんですよ。あっ、ダウンロードできました。ふっふっふっ、キャリアの基地局が壊されようとも、人類の叡智、衛星通信モバイルルータは止められませんよ」
すまほのピコンという音を聞き、珠子は鬼道丸が買っておいた台盤所用ぷりんたとやらにそれを近づける。
「黄貴様、黄貴様の方も含め、あと10分程度で準備が整います」
「そうか、なら我らも支度しよう。酒呑童子よ、そなたたちも逃げる準備をするがいい」
兄者はそう言うと地図をたたみ、狐と鼠の部下へと何やら作戦らしきものを伝える。
やはり、あの赤鬼が控える手薄な場所を抜けるようだ。
「珠子、一体どうやってあそこを抜けるというのだ?」
「やだもー、酒呑さんったら、いつも通りですよ」
「いつも通りとは……、まさか!?」
「ええ、あたしの料理で赤鬼様の心を掴みます」
なんと無茶を。
先ほどの盗聴で聞いたではないか。
『あの方はどんな美食を味わおうが、敵にほだされることなど決してない』と。
「それで、いけそうか女中よ」
「おっまかっせくださーい。ほい、準備完了っと」
そう言って珠子はいつものように自信たっぷりに笑う。
それが頼もしくもあり……。
面白そうだ。




