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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
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斧沼(よきぬま)の姫とエビチリ(その4) ※全5部

◇◇◇◇


 「さあ、めしあがって下さい! あたしも食べます!」


 折りたたみの椅子と簡易テーブルの上に、もうもうを湯気を立てるふたつの皿が並ぶ。


 「ああ、これは刺激的な香りがします。”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”とおっしゃっていましたが、こちらもエビチリなのですか? もう一方は私が知っているエビチリですが……」

 「はい、どちらもエビチリです。ただ、”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”の方がエビチリの原点と言われています」

 「すると、私がよく知っているこのエビチリはパクリという事でしょうか」


 かたや真っ赤、かたや少しオレンジがかった赤。

 そのふたつのエビチリを指さし、姫ちゃんは言う。


 「いいえ、それはちょっと違います。まあ、まずは食べてみて下さい」

 「それでは、まずこの食べ慣れた方から……」


 俺っちも姫ちゃんの箸に合わせて、いわゆるエビチリを口にする。


 プリッ


 「おおっ! こりゃすごい弾力だ!」

 「本当! それにこの炒り卵の中からもエビの味が染み出てきます!」

 「へぇ、どれどれ」


 ジュワッ


 半スポンジ状になった卵の中から油と共に強烈なエビの旨味が染み出てくる。

 そこにピリッとした豆板&|x91AC;の辛みと卵の甘味が加わって、プリッ、ジュワッ、ピリッ、フワッと4つの食感と味が俺っちを楽しませてくれる。


 「こいつはいい、ファミレスとかで出てくるエビチリとはダンチだ」

 「秘密は新鮮なテナガエビです。殻ごと揚げ焼きにして、エビのエキスが移ったエビ油をベースにソースを作るんです。炒り卵の中にはそのエビ油が入っていて、ソースの中にはエビ油に薬味とガラスープの旨味が足されています。そのふたつがエビのプリッとした食感と淡泊な味を引き立たせているんです。さらに豆板醤の刺激が食欲を増進するのです。ふふ、箸が止まらないようですね」


 嬢ちゃんの説明は耳に入ってくるが、口に入ってくるエビチリは止まりゃしない。

 姫ちゃんも同じようで、パクパクモグモグと箸が口と皿を往復している。


 「私、こんなに美味しいエビチリを食べたのは初めてです!」

 「それは良かったです。では、続けて”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”をどうぞ」

 「はい、でも、これってとっても辛そうですね。香りでそうだとわかります。それに殻も……」


 さっきのエビチリはむき身だったが、こっちのは違う。

 頭も殻もそのままだ。

 

 「嬢ちゃん、こいつはどうやって食えばいいんだい? 殻ごとガブッといけばいいのかい?」

 「それでもいいですよ。本場中華では殻ごと口に入れて殻だけを箸で口から取り出すのが一般的ですが、あたし的にはこうやって口に入る前に手で頭と殻を剥くのがオススメです。ほらプルンッ」


 嬢ちゃんがそう言うと、紅いエビの殻から白い身がプリッと躍り出る。

 

 「へぇ、旨そうだな。んじゃ、最初は殻ごと食べて、次は剥くようにすらぁ」

 「私もそうします」

 「それはいいですね、でも少し辛いから気を付けて下さいね。うん、いい味です」


 嬢ちゃんは手の中のエビを食べてご満悦(まんえつ)

 いいねぇ、こいつも旨そうだ。

 さっきの素揚げもうまかったしな。

 それじゃ、アーンと。


 バリッ、バリッ、ビンッ


 「……」

 「……」

 「か……」

 「か、か……」

 「「かれぇ!」ですっ!」


 口の中に広がったのはピリッなんてもんじゃねぇ。

 ボーボー、ゴーゴーと燃え盛る炎のイメージ。

 

 「あ、言い忘れていましたけど、殻ごと食べるのは上級者向けですから。はい、お水です」

 「ゲッゲホッ、それを先に言ってくれよ」

 「ちょっと、これは刺激が強すぎます」


 俺っちたちは水をゴクゴク飲んで、やっと人心地(ひとごこち)()く。

 

 「あー、まだ口の中がヒリヒリすらぁ。こいつは豆板醤をそのままよりも辛いんじゃねぇか!?」

 「”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”の”乾焼(カンシャオ)”は”汁気がなくなって乾くまで炒める”という意味ですからね。濃縮された豆板醤の辛味が殻に染み付いています。そりゃ辛いですよ」

 「やっと辛さが和らぎました。もうこりごりです。次は殻を剥いて食べます」


 姫ちゃんはその細い指で”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”の頭と殻を取って口に入れる。


 「ああ、これはいいですね。中のエビの身はそこまで辛くありません。むしろ、優しい旨味が広がります」

 「へぇ、それじゃ俺っちも」


 プリッ


 「おっ、確かにこいつは旨えや」


 殻に守られたエビの中身は、辛さも刺激もなく、むしろエビの甘味さえ感じる。

 プリッ、ブチッとエビの筋繊維を断つと、そこからは旨味のスープがにじみ出る。

 こいつはいい、だけど……。

 俺っちの視線が、まだ殻付きのエビに向かう。

 ま、もうひとつくらいなら。


 バリッバリッ


 やっぱかれぇ!

 だけど、さっきよりは……


 バリバリッ


 隣を見ると、姫ちゃんも俺っちと同じように殻付きのまま”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”を食べてる。


 「くぁらいです。でも、さっきはわからなかったエビの味がわかります。辛くて、熱いのに、甘くて美味しいです! 辛さの中からエビの甘さが感じられます! ううん、辛さがあるからこそ引き立っています!」

 

 辛さに慣れた俺っちにもわかるぜ。

 こいつは普通のエビチリじゃねぇ、エビエビしてやがる。

 

 「へへーん、激辛殻付きでも美味しいでしょ。この”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”はエビのエキスを溶け出させたエビ油を使って、さらにエビを頭と殻のまま入れて、カラカラになるまで炒めましたからね。その味の濃厚さは折り紙付きです。豆板&|x91AC;の辛味の中でもわかるくらいなのですっ!」


 嬢ちゃんも平気な顔をしてバリバリと殻のまま”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”を食べてる。

 

 「ええ、最初は驚きましたけど。とっても美味しいです」

 「確かにうめぇや。ビックリしちまうくらいな」

 「それは良かったです。それでは質問です。原点の四川中華”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”と、日本の”エビのチリソース煮”どちらが優れていると思いますか?」

 「そりゃあ、やっぱり……」

 「それは……」


 嬢ちゃんの問いかけに、俺っちと姫ちゃんの言葉が止まる。

 なぜかって? 

 嬢ちゃんの質問が”どっちが優れているか”だからさ。

 ”どっちが好みか”なら俺っちの中で答えが出てる。

 ”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”の勝ちさ。

 この濃厚なエビの味があれば、酒がいくらでも進むだろうよ。

 |&x541E;兵衛(のんべえ)の俺っちが晩酌のお供に選ぶなら”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”だ。

 だけど、それは”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”の方が優れているということにはならねぇ。


 「わかりません。どちらかが好きかならわかります。私はこの日本のエビチリの方が好きです。こっちは少し刺激が強すぎました。ですが、どちらかが優れているかは私には……」

 「だな、嬢ちゃんはちょっと意地悪だぜ。答えのない問いかけをするなんてな」

 「ごめんなさい。でも、斧沼(よきぬま)の姫様の悩みを解決するには、こういう問いかけがいいと思いまして」


 嬢ちゃんは少しはにかむように言う。


 「それは、姫ちゃんのパクリ問題に関係あるのかい? そういやこの日本の”エビのチリソース煮”もパクリだとか言ってたよな」

 「そう言われることもありますが、実は違います。この日本の”エビのチリソース煮”は日本の四川料理の父と呼ばれた陳 建民(ちん けんみん)氏が乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)をヒントに日本人好みにアレンジして生み出した料理です。その優しい味の中に少しの辛さを加えた味わいは大人気になって、日本中に広がったのです。でも、乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)も”エビのチリソース煮”も根底は同じです。何だかわかりますか?」


 その問いに姫ちゃんは少し考える。


 「それはきっと……、”エビを美味しく味わって欲しい”でしょうか」

 「正解ですっ! エビの旨味は豆板醤の辛味に負けないことを示す乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)も、ケチャップで味付けして炒り卵も加え、優しい味の中に少しの刺激を持ったエビがいくらでも食べれちゃう”エビのチリソース煮”も、どちらも目的はエビを美味しく食べることです。この“エビのチリソース煮”はパクリなんかじゃなく、同じ目的を持った新しいエビ料理なのです。たまたま“エビのチリソース煮”を開発した陳 建民(ちん けんみん)氏の知識に”乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)”があっただけです」

 

 言われてみりゃそうだな。

 このエビチリに開発は炒り卵やケチャップの味付けの知識も入っている。

 こいつが乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)のパクリというなら、ケチャップをかけたスクランブルエッグのパクリでもあるはずだ。

 だが、そんなことを言うやつはどこにもいやしねぇ。


 「斧沼(よきぬま)の姫様も同じだと思います。貴女が金の斧を以って人間に問いかけるのには、同じ根底があるんじゃないですか? ”欲望に目を奪われず正直であって欲しい”という」

 「そうです! 全て珠子様のおっしゃる通りです! 嗚呼、どうして私は忘れていたのでしょう。私の目的はそれ(・・)であったはずなのに、パクリだと言われたくらいで落ち込んでしまうだなんて! 私は自分が恥ずかしいっ!」


 そう言って斧沼(よきぬま)の姫ちゃんがガックリとうなだれる。

 そして、ガバッっと顔を上げると、バリバリバリッ、モグモグモグっと乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)と”エビのチリソース煮”を食べ始めた。


 「ハムッ、ムグッ、からっ、ムンッ! ふぅー! 珠子様、これとっても美味しかったです! おかげで元気が出ました! これからはパクリだの何だの言われようが、人に”正直であれ”というメッセージを伝えるために頑張りますっ!」

 「ええ、元気が出て良かったですね」


 ふたりは手と手をつなぎ、それをグッグッと握り合う。


 「でもよ、知名度のとこはどうすんだい? いくら姫ちゃんが心の中で『パクリじゃなく”正直であれ”というメッセージです』って思っていても、これからずっとパクリだの何だのって言われ続けるのは(つれ)えだろ」

 「それは、我慢してみせます。……と言いたい所ですが、やはり少し(こた)えます」

 「大丈夫ですっ! そこもあたしにお任せ下さい。斧沼(よきぬま)の姫様、知っていらっしゃいますか? このふたつのエビチリで、世界的に人気があるのは日本でアレンジされた”エビのチリソース煮”の方なんですよ」

 「そうなのですか!?」

 「はい! 世界各国に中華街はありますが、そこのエビチリの大半はマイルドな”エビのチリソース煮”です。上級者向けの乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)よりも人気があるんです。つまり、とっつき易くアレンジした方が受け入れられているのです! 世界ではエビチリといえば後発の”エビのチリソース煮”ですっ!」


 そういや、俺っちは中華街に何度か行ったことがあるけど、エビチリといや”エビのチリソース煮”の方が多かったな。


 「だから、斧沼(よきぬま)の姫様も大衆人気が広まれば、やがてイソップ物語を越えて『金の斧の女神といえば斧沼(よきぬま)だよね』となるに違いありません!」

 「なるほど! それで大衆人気を広めるにはどうすればよいのでしょうか!?」

 「もちろん! 現代で大衆人気を広げると言えば”ようちゅーばー!” つまり動画配信ですっ!」


 あー、なんだが厄介なことになってきたぞ。

 

 「幸いなことに、ITに疎くてもSNS活動や動画配信をしたいという”あやかし”さんのために、黄貴(こうき)様がチャンネルを準備していらっしゃいます。これを使いましょう! 大丈夫、費用は黄貴(こうき)様持ちですから。恩に着てくれればそれでいいそうです」

 「ありがとうございます。噂に聞く妖怪王候補の黄貴(こうき)様は今はそんな活動をしていらっしゃるのですね」

 「ええ、塵塚怪王(ちりづかかいおう)さんの所で、人の間で知名度を稼がなければ妖怪王になれないとわかってから、そりゃもう熱心にですよ」


 そう言って嬢ちゃんは斧沼(よきぬま)の姫ちゃんにスマホを渡す。

 黄貴(こうき)の兄貴ったら、最近妙なことをやってると思ったら、そんなことをやってんのか。


 「ありがとうございます! それでどうやって使えば……」

 「そこはですね、これこれこうやって……」


 ま、姫ちゃんも元気を出したみたいだし、俺っちは適当に見物でもするか。

 酒でも飲みながらよ。

 ワンカップの酒をプシュッと開け、俺っちは岩に座って嬢ちゃんたちを見る。

 ふん、つまみが足りねぇな。

 買いに行くのも面倒だし……、そうだ! アレがあるじゃねぇか!

 俺っちは再び揚げ鍋を竈にかけ、アレを揚げていく。

 ふんふんふんふーん、うん、良い感じだぜ。


 「じゃあ、やってみましょう! 何かいいアレンジのアイディアはありませんか?」

 「こんなのはどうでしょう? 『あなたが落としたのはこの金の斧ですか? それとも銀の斧?』」


 金と銀の斧を手に姫ちゃんが言う。 


 「うーん、原典の金の斧だけから銀の斧を加えてみたというアレンジは実はずっと昔からありまして……。別のアレンジはありませんか?」

 「では、こんなのはいかがでしょうか。ちょっとホラーテイストに……、あなたが落としたのは、この赤い斧かい? それとも青い斧かい? ひっひっひっ」


 普通の斧をふたつ手にして、少し怖そうに姫ちゃんは言う。


 「惜しい! 時代が半世紀遅い! それって、赤を選ぶと血まみれになるやつでしょ」

 「はい! ちなみに青を選ぶと沼に引きずり込んで『ほら、青く見えるだろ』ってやるつもりです」

 「そりゃ本末転倒だろ。”正直であれ”って目的が”嘘つきは死ね”になっちまってるじゃねぇか」ポリッ

 「そうですね。困りました。中々いいアイディアがありません」

 「すみません、私はこういう大衆娯楽に疎くって……」


 嬢ちゃんと姫ちゃんは腕組みをして『ウーン』とうなる。


 「ま、気長にやろうぜ」ポリッ

 「緑乱(りょくらん)おじさんも一緒に考えて下さいよ」

 「うーん、そうだなぁ……」ポリポリ


 …

 ……


 「おじさん、さっきから何を食べているんです? ポリポリと」

 「ああ、これかい? 下ごしらえの時に取ったテナガエビの長い髭と手を素揚げしたやつだぜ。スパゲッティを揚げたつまみに似て旨いぜ」


 嬢ちゃんの話だと、エビの旨味は殻にもたっぷり含まれてるって話だから、身は少なくても旨いだろうと揚げてみたけど、大正解だったぜ。

 こいつはいいつまみだ。

 

 「それだ!」


 嬢ちゃんは嬉しそうにテナガエビのスティックフライを指さして叫んだ。

 あー、なんか面倒臭そうな予感がするねぇ。

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