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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
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湯田の白狐と花咲く料理(その7) ※全8部

 ステージに並べられているのはいくつもの油鍋。

 その中ではふつふつと油が煮えたぎっている。

 穴あき中華鍋、炸鏈(ジャーレン)に生地の玉をいくつも乗せ、俺たちは油鍋の前に躍り出て、そして、おタマで熱々の油を生地にかけ始めた。

 うあっちぃ。


 「あれは”油淋(ユーリン)”じゃな。油淋鶏(ユーリンチー)に代表される中華の技法で、油をかけ流しながら揚げる技法じゃ。おっと、儂よりあの鍋の中を映すが良い。あれは見物ぞ」


 さすがわかってる。

 この料理のメインシーンを。

 それは流れ落ちる油にさらされた丸い生地が、切れ目から広がっていく姿。

 いや、花開いていく姿さ!


 「ああーっと、これはどうしたことでしょう! 丸い生地に油がかけられていくたびに、その切れ目が広がって、中からは何層もの皮が! これが先ほどの中華パイ生地の皮なのでしょうかー!?」


 外側はピンク色、内側は薄い黄色。

 開いていくパイ生地は花弁の様相を見せ、中心の餡がそれを完全に形作る。


 「これはー!? 花が咲いたー! ゆーっくりと可憐に優雅に大胆にー!」


 中央の巨大モニターの中で花が咲いていく。

 会場からは「きれーい」「少しずつ動いているぅ」「うわぁ、食べたーい」といった声があがる。

 待ってましただぜ! 珠子さん!


 「聞きましたよ! その声! 食を求める民衆の声が!」


 全ての生地を仕立て上げ、自分も揚げ作業に入り始めた珠子さんが叫ぶ。


 「なら、その願い! 叶えて()げるさ!」


 俺も一層高い所から油を流しかけて、続けて叫ぶ。


 「冷めないうちに喰らうがよい!」

 「ウチらが花のデリバリーや!」


 前もって準備していた紙の袋に、熱々の花を詰め、それらをのせた(かご)を手に酒呑と茨木が客席までひとっ跳び!


 「ありがたく食べるがいい。湯田の源泉くらい熱いから気をつけるのだぞ」

 「ほいっ、ほいっ、っと! まだまだあるでー!」


 人のものとは思えない、いや”あやかし”なのだが当然だが、人間離れしたスピードで酒呑と茨木さんは観客席とステージを往復し、揚げたて熱々の菓子を配る。


 「こっ!? これはー!? こんなことがあっていいのでしょうかー!? なんとチーム美白狐! 審査前に観客席に料理を配り始めちゃいましたー!?」


 司会者も驚きを隠せない、隠そうともしない。

 そして、観客席からは音が聞こえてくる。

 花散る、じゃなく、花食う音が。


 バリッ、ザクッ


 「おっっいしーい! 熱々のパイの中から、あまーいあんがホカホカしてるの!」

 「皮もすっっごいコクがあって! ほのかな大地の香りが、甘さを引き立ててる!」

 「この花の形の美しさ! 食べるのがもったいないくらい」ザクッ


 マイクが観客席の声と音を拾うたびに、小気味よい音と称賛の声が聞こえる。


 「これがあたしたちの花咲く料理! 荷花酥(ホォファスー)! 中華の蓮のパイですっ!」

 「あ、あのー、珠子選手。料理名が”荷花酥(ホォファスー)”であることはわかりましたが、審査が始める前に観客の方に料理を振舞うなんて……」

 「あっらー!? ”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”のルールブックには『審査前に第三者に料理を試食させてはならない』なんて項目はありませんでしたけどー!?」


 とってもいい笑顔(・・・・・・・・)の珠子さんが、しれっと応える。

 玉藻はルールブックの穴を付いたようだが、俺たちだって負けてはいない。

 ルールブックは熟読済。

 もちろん、そんな禁止事項はなかったさ!


 「そ、その通りですっ! そんな項目はありません! そして、料理時間のリミットまで残り5分となりましたー!」

 「はいっ、もちろん時間厳守ですっ! さっ、審査員さんたちの分も揚げ上がりましたー! さあ、どうぞ! あ、もちろん審査員さんたちはルールを守って下さいね。フライングは無しですよ」


 人間ってのは時に残酷だぜ。

 目の前の観客席からは荷花酥のサクサクした音と「うまいっ!」「おいしいっ!」って声が聞こえてくるってのに、あそこの審査員たちは”おあずけ”をくらっちまってるんだからさ。


 …

 ……

 

 そして、3分ほど経って……


 「それでは! 審査員の方々! 試食をお願いします!」


 司会者の音とほぼ同時に、荷花酥にかぶりつく審査員たちの姿が見えた。

 結果かい? もちろん俺たちも満点だったさ!


◇◇◇◇


 「でましたー! 美白狐も満点ーー! では、この満点の秘密を寿師翁さんに解説して頂きましょう!」

 「まずは、美白狐の作戦の見事さよ。まさか試食の”おあずけ”で期待感を高めるとは思わなんだ。『やられた!』と思うたのは数年ぶりよ。もちろん高まった期待に応えた菓子の出来栄えに裏付けされてのこと。いやぁ、愉快愉快」


 審査員席から寿師翁が立ち上がり、ハハハッと笑って手を叩く。


 「さて味であるが、見事であった。荷花酥(ホォファスー)は蓮を(かたど)った中華菓子。皮のピンクはブドウ色素、黄色はサフラン使ったのであろう。ほのかに香るブドウの風味とサフランの大地を思わせる香りが、蓮容餡(れんようあん)と見事にマッチしておった」

 「なるほど、そして古文書との合致性はどうでしょうか? 『佳人(かじん)、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫(らんまん)にして甘露(かんろ)』という記述と川を流れる花の絵への」


 もう立つことが出来ないほど疲弊した俺と珠子さんは椅子に座って寿師翁の解説に耳を傾ける。


 「無論完璧。まさかあの流れる川が湯やスープではなく、油と解釈するとは、この儂も脱帽よ。ちなみに、この山口、周防の国は平安時代の”延喜式(えんぎしき)”に海石榴(つばき)油の産地と記述されておる。それを知ってだろうな、美白狐は揚げ油に椿油(つばきあぶら)を使っておった。椿油はクセが無く、料理の味を引き立てやすい。歴史をよく学んでなければ出来ないことよ」

 

 その解説に「やっぱわかりますよね」と珠子さんは手を上げて応える。


 「ちょっと待つでありんす!」

 「あ、手を上げたのは”ホテル大牡丹”の玉藻選手です。何か質問があるようですが」

 「この勝負のキモは1000年前にその料理がここにあったかということ。素材の油はあったでしょう、小麦粉や蓮の実餡もあったでしょう、ではパイ生地用のバターは?」

 「あら玉藻さん。これは中華パイですのでバターは使っていませんよ。使ったのはラードです。(いのしし)の獣脂で代用できます」


 寿師翁の時とは違って、ふふんといった態度で珠子さんが解説する。


 「ですがぁ!? 素材はあったとしても、この荷花酥(ホォファスー)のレシピはあったのでしょうかぁ!? 生地を折りたたんで何層にも仕立てるレシピがぁ!?」

 「それは……たぶん」


 俺たちの作戦は完璧さ。

 荷花酥の歴史と起源、そこを除けば。

 唯一の欠点を突かれた珠子さんが言葉を濁す。


 「たぶんじゃが、あったであろう」

 

 そう言った寿師翁を、玉藻は一瞬ものすごい形相になって睨む。

 怖えよ。

 

 「この荷花酥の起源は北宋にある。北宋4代皇帝仁宗(じんそう)の実母”李宸妃(りしんひ)”に関係するエピソードにな」

 「北宋の仁宗というと1022年に13歳で即位し、約40年の間安定した慶暦の治(けいれきのち)と呼ばれる平和で文化が花開く治世を行った人物ですね」

 「その通り、仁宗の母、李宸妃(りしんひ)は3代皇帝真宗(しんそう)后妃(こうひ)である劉妃(りゅうき)の侍女であったが、真宗に手を付けられ仁宗を身ごもった。だが、宮廷争いの関係から、仁宗は劉妃(りゅうき)の子として育てられたのだ。仁宗が”李宸妃(りしんひ)”を実母と知ったのは、養母である劉妃(りゅうき)が亡くなった1033年。だがすでに実母である”李宸妃(りしんひ)”は前年に亡くなっていた」

 「なるほど、仁宗が生母を知った時には、生んでくれた母に報いることは出来なかったのですね」

 「うむ、ゆえに仁宗は実母の死後、彼女に章懿皇后(しょういこうごう)(おくりな)を贈ったのだ」

 「はてさて、それが、この荷花酥とどう関係するでありんすでしょうか?」


 つらつらと続く説明に、玉藻は少し苛立(いらだ)ちの表情を見せる。


 「このエピソードが市井に伝わると、おひれはひれが付いてな。実は李宸妃(りしんひ)は政治争いから幼い仁宗を守るため、蓮の池に身を投げて死んだという噂が流れた。それを悼んだ市民は彼女にちなんで蓮をモチーフにした菓子や料理を生み出した。そのひとつが荷花酥(ホォファスー)よ。ま、設立は11世紀中盤、1050年頃であろうな。誤差も含めギリギリ1000年前という所じゃな」

 「それが本当だったとして、日本にノータイムで伝わるのは無理だと思いまへん? 当時の日本は遣唐使廃止後の時代。公的な交流はありまへんでした。はい、残念、減点どうぞー」


 玉藻のヤツめ、勝ち誇った声を上げやがって。

 

 「ふふーん、玉藻さん。あなたの言う通り公的な日本と宋の交流はありませんでしたよ。公的には(・・・・)。でも、なめてかかんな庶民のがめつさ! 公的がなければ私的にやればいい! 北宋との私貿易は活発に行われていましたよ。その大拠点は九州の博多。そしてここ周防国(すおう)は博多と京の通り道なんです!」

 

 珠子さんが、勝ち誇った声を上げているぜ!


 「珠子選手の言う通りであるな。それに”伝わっていたが、ここ周防の国で埋もれていた”と考える方がロマンチックであろう」


 玉藻は何も言わなかった。

 悔しそうに下唇を噛んでいる。

 そして、審査員たちの頷く姿が見え……。


 「けっちゃーく! ”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”は”フラワーエデン”と”美白狐”が双方満点に決定しましたー!」


 パチパチパチと会場中に拍手が鳴り響き、それに応えて手を振る俺たちの隣に狐吉さんと彼女が並ぶ。


 「ありがとね、赤好(しゃっこう)君。あなたのアドバイスのおかげで満点が取れたわ。おばあ様の好きだった料理が正しく評価されないだなんて嫌だったんですもの」

 「アドバイス? 俺は何も言わなかったはずだぜ」


 敵に塩は送らない塩対応。

 それが昨晩のラッキーアクションだったはず。


 「あら、わざとらしい。それがアドバイスよ。私の料理の最後の一手、梔子(クチナシ)の彩りと解熱効果。とっても助かったわ。黙して語らない、だから口無し(クチナシ)。素敵なアドバイスだわ。ロマンチックで」

 

 ああ!

 相変わらず俺の能力(ちから)は不安定で不親切だ。

 言わないことが、こんな風につながるなんてさ。


 「おばあ様の料理も満点だったし、あなたたちの料理も素敵だったわ、サフランを使う所とか。ねえ、知ってる? 梔子(くちなし)の花言葉は『とても幸せ』でサフランの花言葉は『歓喜』よ。優勝も出来たし、今日は良い日だわ」


 優勝の二文字を口にして、彼女は笑う。

 だけど、ちがうのさ。


 「残念だが、そうはいかないさ。優勝は俺たちさ」

 「あら、同点優勝ではなくって?」


 首をかしげる彼女に向かって俺は笑い、酒呑と茨木さん、そして珠子さんもニコッと笑う。


 「おひいさん、ルールブックは読んだかい?」

 「大体はね」

 「なら、この後の展開もわかるはずだぜ」


 俺は尻ポッケに入れていた”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”のルールブックをパラパラとめくり、補足事項『同点の場合の優勝について』のページを開いて見せる。

 彼女の顔が”まあ!”と驚きに変わった。


 「さて! 双方満点ですが優勝はひとつ! 同点の場合の優勝決定方法は公式ルールブックにある通り! ”双方への会場の拍手の大きさを以って勝者を決める”!」


 司会者の掛け声で観客席のみんなが手を構える。

 そう、俺たちはこれを見越して会場のみんなに試食させていたのさ!


 「では! 勝者はフラワーエデンの”牡丹燕菜(ぼたんえんさい)”だと思われる方! 拍手をどうぞ!」


 パチパチパチ

 会場からまばらな拍手が聞こえる。


 「それでは! 勝者は美白狐の”荷花酥(ホォファスー)”だと思う方! 拍手を!」


 パチパチパチ! 

 バチバチバチチ! 

 ババババッバパパパッ!


 万雷の拍手が会場を揺らした。

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