湯田の白狐と花咲く料理(その6) ※全8部
◇◇◇◇
「まあ! あの子ったらそんなことをしていたのね。私、ちょっと悲しいわ」
玉藻の悪行についての説明を聞いて、彼女は少し悲しい顔を見せた。
「そうさ。だから何とかしたいんだが、中々良い手が無くって困ってたのさ」
「いいわ、昨日のお礼に協力してあげる。私にまかせて」
「出来るのかい?」
「ええ、強い刺激を与えればいいのでしょ。それくらいなら平気よ。私の料理で何とかなると思うわ」
その身体は細身、だけど自信満々に胸を叩く姿のギャップが彼女を増々魅力的に見せる。
「あの、おひいさんは”あやかし”ですよね」
「そうよ。正体は白狐よ」
一瞬ピンと狐の耳を伸ばして、彼女は応える。
「料理に術を込めると、味が悪くなってしまうと思います……」
「ふふっ、貴女って、いい子ね。でも心配しないで、食べ物に込めるだけが術じゃないわ。それに私も困るもの、このまま、おばあ様の好きだった料理に悪い点が付けられるのは」
「それって、どうやって……」
「いいからいいから、私にまかせて。行くわよ、狐吉さん」
「へい、おひいさま」
そう言って自信たっぷりに彼女はステージへと進んでいった。
◇◇◇◇
ダダダンッ、ダダダダンッ、ダダダダダダッダダダッダダダッダカーン!
「あーっと、3番手の”陽気本陣”! これもまた点数がひくいー! 13点! いったいどうしてしまったのかー!?」
ステージでは司会者が大声で審査の結果を実況しているが、観客の視線はそこにはない。
始まりはとても地味だった。
ただ、野菜をリズミカルに刻む音。
コトコトコトッ、サッサッサッ
軽快で流れるような音だったそれは、カカカッカッカーン! と重みを増し、そして今では!
ドドドッ! ドドドン! ドドンカッドーン!
包丁が野菜を刻み、鶏を骨ごと断ち、生姜を潰す轟音に変わっていた。
ゴポッゴポポッ、ゴゴポッ
大鍋は魔女のスープとも見紛うことのように大きな泡を立て、それらが音を奏でる。
そう、奏でるのさ。
どれもが単体ではただの雑音。
だけど、彼女と狐吉さんの動きがシンクロし、それを音楽へと変えていった。
「なんてリズミカルな調理風景でしょう! 流れるように、踊るように、”フラワーエデン”のふたりは調理していきます! 蒸し器はシュウシュウと音を立て、鍋はボコボコを声を吐き、包丁はリズムを刻んでいくー! それら全てがたおやかな女性と老人の手から爪弾かれていくのだから、これはもう驚嘆ですっ!」
この会場には音が満ちていた。
前の審査が終わった瞬間、その音はヒートアップし、会場のみんなの鼓膜を揺らす。
「なるほど、あの集音機を活用したか」
「マイクで調理の音を拾って大音量で流すなんて。相当のリズム感と経験がなければ出来ないことです」
酒呑も珠子さんも彼女のパフォーマンスに感心だ。
「さあ! 出来上がって参りましたー! 唐三彩風の鮮やかであでやかな大皿に! 蒸した細切り大根と人参、同じく細切りハムが並べられ、あーっと、黄色く染色された薄切り大根が花のように盛られていくー! そして、もうひとつの黄色は玉子焼きのスライス! クレープよりも薄く! まさに花弁のように切り取られた玉子焼きが、絶妙なカーブを描いて花を形成していくー!」
「あれは牡丹の花じゃな。ここまで完成に近づけばみなわかっておろうが、”フラワーエデン”の作る料理は”牡丹燕菜”! 今より1300年程前の唐の時代、女性でありながらも唯一皇帝の位まで昇りつめた武則天! 別名”則天武后”が愛した洛陽水席料理の主菜であろう」
特別審査員の寿師翁からも称賛の声が聞こえてくる。
「はい、その通りに出来ました! ご推察の通り”牡丹燕菜”でございます。でも、その前に……」
彼女はダンスでも踊るように審査員のテーブルに近づくと、そこに掛けられていた小さいクロスを取り、その中の物を解き放つ
「ほう、テーブルに華を添えていたか。これは牡丹と梔子だな」
クロスの下で蓄えられていたのは花の甘い香り。
それが会場中に広がり、俺は一瞬手を止める。
「ほら、赤好さん。集中して下さい! もう、あたしたちの調理は始まってますよ!」
くそっ、彼女の料理の全貌が見えない。
それというのも、彼女の次の番である俺達は、もう調理が始まっているのだ。
何とか耳で様子を探るしかない。
ズッ、スルルッ
「これは素晴らしい! スルスルと滑らかに入っていく! スープの味が野菜と卵にからまって、極上の味わいよ!」
「本当! こんなに見事に卵と大根で牡丹の花の形に盛る技術! レベルの高さが天井越えよ!」
「ああ、料理だけでも美味しいのに、それを彩るテーブルの花、聞こえる笛の音、まるで皇帝にでもなった気分だ。心が穏やかになるのに高揚する……、ふぅ」
気がづくと、彼女は細い笛を口にし、そこから流れる美しい調べが会場に満ちている。
審査員も夢中で料理を食べ続け、鼻を鳴らし、耳を傾ける。
さっきまで女狐の術中にあったはずなのに、別の女に心変わりしてしまったように。
「なるほど、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、それら全てに刺激を与え、術を破らせるか。あの狐、やるではないか」
「ええ、それに黄色に着色された大根は乾燥梔子で染めていました。これはタクアンなどの着色に使われるもので味も香りも薄いですが、漢方として使えば解熱や鎮静効果があります」
「つまり、玉藻への熱狂を冷ます効果があると」
「はい。スゴイです。間違いありません、彼女は本物の強敵です」
俺たちは小麦粉と格闘しながらも、小声で話し合う。
「出ましたー! 100点! 満点がでましたー! まさに『佳人、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫にして甘露』それら全ての条件を満たす! 1000年前の日本でも唐の宮廷料理が伝わってたかもしれないという、新しい仮説まで提唱する素晴らしい料理でしたー!」
パチパチパチパチ! パチパチパチ! パチパチパチー!
割れんばかりの拍手の中、俺は珠子さんに語り掛ける。
少し不安になってないかと。
「大丈夫なのか、珠子さん? 敵は100点満点だぜ」
「ダメですね」
返って来たのはいつにもない弱気な返事。
だけど、その顔は晴れやかで、負けそうな感じじゃない。
「ダメですよ赤好さん。こんな時は不安そうに聞くものではなく、『俺がついてるぜ!』と言うとこですよ」
そう言って珠子さんは、グッと親指を上げる。
「すまない、俺が間違えていた……。大丈夫! 俺が君を勝利に導いてやるさ!」
俺もサムズアップでそれに応える。
「俺様もついているぞ!」
「ウチもや!」
みんなの親指が上がった。
「その意気です! さっ、これから熱くなりますよー!」
むせかえる、そんなレベルではない熱気が俺達の前から流れてきた。
◇◇◇◇
100点満点の結果を受け、”フラワーエデン”のふたりは『光栄です』と一言を残して控え室へと歩いていく。
「ふふっ、私たちに出来ることはしたわ。出来る限りの上限を。さて、赤好君たちも精々頑張ってね」
通りすがりに小声で俺たちに声をかけて。
「精々だんなんて少し感じ悪いですね」
「そうだな。狐だけあって、少し玉藻と似た感じがするぜ。やっぱNo.1珠子さんが1番さ」
「それは料理で1番って意味ですか、それとも赤好さんにとって1番?」
少しお茶目に珠子さんは問いかける。
「どっちもさ。だから2回言った」
「いい返事ですね。嬉しいです」
その顔が赤いのは、もう一時間以上も小麦粉を練っているからか、それとも照れているのかは分からない。
だけど、俺の目には後ろ姿の珠子さんあっても、それが幸運の女神に見えていた。
「なるほど、兄者もやるものよ。なら俺様も、茨木が一号、珠子が二号とでも言っておこうか」
「へぇ、ええ返事や酒呑」
「いい度胸ですね。酒呑さん」
作業台の下でダブルローキックが炸裂した。
◇◇◇◇
「さあーて! ”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”も間もなく大詰め! 勝利への道は満点以外ありえないという中で、美白狐はどのような作品を作り上げるのかー! 今の所はただ粉を練って伸ばしているだけで華の無い様子だがー!? さあ! 残り40分になってー!?」
司会者は俺たちが地味みたいなことを言ってるけど、これも作戦さ。
あの牡丹燕菜の前ではどんなパフォーマンスも霞む。
だから、俺たちの本当のパフォーマンスはこれからだ!
「これは!? 珠子選手がピンクと黄色の2色の生地で黄蘗色の餡を包んでいくー! ピンク色の丸い生地が出来上がっていくがー!? これは一体何なのでしょうか!? 解説の寿師翁さん!」
「あれは蓮容餡じゃな。蓮の実の餡で月餅や胡麻団子などの中華菓子でよく使われておる。ほくほくした食感と甘すぎない上品な甘さが特徴じゃ」
さすがは達人珠子さんが『あの人は化け物ですよ。料理においては』と評する人間。
製作過程を見せてない蓮の実のあんこを一発で見抜く。
「その通り! これは蓮容餡! それを水油皮と油酥で作った中華パイ生地で包んでいきまーす! 寿師翁さんにはこの時点で出来上がる料理がバレていると思うので、秘密にしといて下さい! ネタバレよくない!」
その叫びで会場に少し笑いがこぼれる。
餡を黄色の生地で包み、さらにピンクの生地で包んで小さめの玉に成形する。
それがクラフト自慢な珠子さんの役割。
「これはースゴイ速さだー! 珠子選手の手で丸い生地がどんどん、出来ていくー! どんどん、どんどん、どんどん……」
司会のヤツの驚きの声が不安そうになっていくのも当然さ。
生地の玉は次々と出来ていく、それが50個くらいなら審査員分、100個くらいなら審査員が満腹になるくらい。
だけど、既に玉は300個を数え始めていた。
「いくぜ、ふたりとも!」
「兄者に言われるまでもない!」
「ウチらの包丁さばき! とくと御覧じろや!」
ヒュヒュヒュッヒュヒュヒュヒュッ!
風切り音が会場に響き渡り、生地の玉に”Ж”模様の、六等分の切れ目が刻まれていく。
完全に切るわけじゃない、珠子さん曰く『皮1枚くらい残す感じで』だ。
酒呑と茨木さんはその卓越した戦闘能力から、俺はこの幸、不幸を見極める瞳でそれを成し遂げていく。
初めて気付いたぜ、俺の能力が料理においてはバッチリの切れ目を映すってことに。
さあ! これからが最後の仕上げさ!




