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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
336/409

湯田の白狐と花咲く料理(その4) ※全8部

◇◇◇◇


 「そうか、狐吉さんの決意は固いか」

 「へい。タマタマ様、いや、おひいさまはあっしの憧れで大恩ある方ですから」


 食事を終え、俺と狐吉さんはフラワーエデンの庭で語り合った。

 だが、ダメだった。


 「しかし、あのお姫さんお姫さんしている美女さんが湯田の白狐たちに伝わる”伝説の白狐”とはな。思ってもみなかったさ」

 「あら、私は姫なんかじゃないわよ」

 「へい、おひいさまでやす」


 狐吉さんの話によると、彼女は1000年前にこの湯田の地に現れて、ここに細々と暮らしていた白狐の一族を救ったらしい。

 その体色から人間に狩られることが多かった白狐の一族に、彼女は妖術の基礎を、幻術や人に化ける術を伝授した。

 最後に彼女は、この湯田の地脈を読んで温泉を掘り当て、『傷を負った時はここで癒すといいわ』と言い残し去っていき、伝説の白狐と語り継がれるようになったとさ。


 「ふふふ、でも驚いたわ。久しぶりに訪れてみたら、駅前の白狐の彫像が立っているのですもの」

 「すみやせぬ。あっしが人間に姿を見られたばかりに」

 「いいのよ。ここって素敵だわ。”あやかし”が完全に人間に化けなくても歩き回れる温泉だなんて。私も昔、温泉によく()ったものよ。人間の姿でね。でも、ここなら足と尻尾を伸ばして温泉に入れそう」


 『酒処 七王子』の客もよく『ここは化けなくても食事出来ていいねぇ』と言う。

 俺は気にならないが、人外の”あやかし”にとって、素の姿でくつろげる施設ってのは貴重なんだろな。


 「しょうがない。少し強引にでも連れ戻そうとも思ってたが、こりゃ無理そうだな。美白狐の仲居さんたちには上手く伝えてみるさ」

 「本当にすみやせぬ。このイベントが終わりましたら必ず戻りますから」

 「ああ、それも伝えておくよ」


 俺の能力(ちから)が告げている、そうすることが一番珠子さんが喜ぶと。

 ハッピーエンドへ至る道だとも。


 「あ、赤好(しゃっこう)君、今、別の女の子のことを考えていたでしょ」

 

 !?


 「ふふっ、図星ね。昔の私だったら『あなたの目と心は違う()を映していらっしゃるのね』なんて言っちゃうとこだけど。いいのよ、その娘を大切にね」

 「まいったな。君は何でもお見通しみたいだ。忠告、ありがとな」

 「どういたしまして。でも、ごちそうもしたのに私には何もないの?」


 細く、白く、柳のような手が俺の方に伸びる。

 

 「まいったな、俺は今持ち合わせの余裕がそんなになくて……」

 「お金なんていらないわ。私が欲しいのは……料理の感想はもうもらったから、アドバイスとか欲しいな」


 アドバイスか……。

 そう言われてもあの牡丹燕菜は完璧だった。

 珠子さんならともかく、俺のアドバイスなんて役に立つとも思えない。

 それに、俺の能力(ちから)も、ここは何も言わないのが吉と告げている。


 「……、……」


 …

 ……


 「そう、そういうことね。わかったわ」


 何かを理解したように彼女はウンウンと(うなず)く。

 何がわかったのかは俺にはわからないが。


 「でも、ひどいわ。何も言わないだなんて。こういうとき、こっちでは塩対応って言うのかしら」

 「君はイベントで競うライバルだからな、敵に塩を送ったのさ」

 「ふふふ、こっちにはそういう言葉もあるのね。じゃあ、握手」


 彼女の柔らかくて温かい手を握るだけで少しドキドキする。

 

 「じゃあ、また明日。赤好(しゃっこう)君」

 

 彼女は手を握ったまた、グイッと俺を引き寄せ軽くハグをし「ねえ、私、最近知ったの。こっちでは好敵手(ライバル)は好きな敵の手って書くのね。素敵」と囁く。

 そして()をギュッと握られた。

 

 ものすごくヤバイ、とびっきりの良い女だと俺は思った。


◇◇◇◇


 「すまねぇ! 狐吉さんの説得に失敗した!」


 旅館”美白狐”に戻った俺は狐吉さんを民宿”フラワーエデン”で発見したことを珠子さんたちや、お店の方々に告げた。

 そして、”フラワーエデン”の料理人は久しぶりに湯田の地に戻った、”伝説の白狐(しろぎつね)”だったことを。


 「まあ! 私もひいひいおばあさんの昔話でしか聞いたことがなかった”伝説の白狐様”が戻られちょったなんて」

 「だからさ、許してやってくれないか。狐吉さんも苦しみながら、彼女の力になりたくって、あっちに行ったんだからよ」

 「そういう事情じゃったんやら……、戻ってきちゃるみたいやし」


 仲居さんや他の白狐の従業員たちも”しょうがないか”という表情になる。


 「赤好(しゃっこう)さん、狐吉さんの事情はわかりました」

 「わかってくれてうれしいぜ。理解のある珠子さん」


 明日の料理イベントの試作中だったのだろう、珠子さんはいつもの割烹着姿だ。


 「それはいいとして、どうして赤好(しゃっこう)さんからいい匂い(・・・・)がするんですか?」

 

 くっ、珠子さんの台詞の圧が強い。

 しまった! 彼女の残り香に気付かれたのか!?


 「そ、それは、牡丹の香りさ。あっちの民宿に飾ってあった」

 「あら、牡丹の花に香りはほとんどありませんよ。それに赤好(しゃっこう)さんから感じるのは薔薇(バラ)の香りです」

 「そ、そんなはずはあそこにはバラなんてなかった……」


 ”フラワーエデン”の厨房のテーブルには牡丹の花があったはず……。

 クンクンと服を嗅ぐと、確かにバラに似た香りを感じる。


 「ほう、兄者もやるものではないか。確かに会場で見たあの女は美しかったからな……、茨木ほどではないが」


 言葉の途中で何かの背後の圧に気付いたのか、酒呑童子は俺からも、背後からも目を逸らす。


 「い、いや違うって、本当に本当に、何もなかったんだ、やましいこともやらしいことも。信じてくれ。俺は決戦前夜珠子さんのことばっかり考えていたさ。その証拠に”フラワーエデン”の料理の情報も持って来たぜ」

 

 嘘じゃない、珠子さんは明日の料理イベントで玉藻に勝たなきゃいけない、勝ちたいはずだ。

 そして明確に勝ちにするなら優勝しかないはず。


 「ふ~ん、あの玉藻の”ホテル大牡丹”じゃなくって、”フラワーエデン”の情報ねぇ」

 「ぐっ」

 「まあ、いいです。赤好(しゃっこう)さんからは鶏出汁の匂いもしますし、狐吉さんも一緒だったみたいですから間違いなんて起きなかったと信じます。でも、あまり不安にさせないで下さい」

 「ご、ごめんよ」

 「いいですって。それによく嗅いでみると、それは薔薇じゃなくって芍薬(しゃくやく)の香りですね。牡丹と芍薬の花の姿は似ていますから赤好(しゃっこう)さんは勘違いされたようですね」


 よかった、何とかわかってくれたみたいだ。


 「それはそうと、ちょうど赤好(しゃっこう)さんも帰ってきたことですし、試食しましょう。ちょうど”花咲く料理”が出来上がった所です」

 「ウチと酒呑も手伝ったんやで」

 「ま、これくらいは容易いもの」

 「そいつは意外だ。茨木さんはともかく、お前が料理をするとはな」

 「なに、野菜を切っただけだ。ただ均一に切るだけなら敵を(なます)斬りにするようなもの。俺様なら余裕よ」


 少々物騒な言い方だが、こいつの戦闘力は確かだ。

 刃物を思う所に滑り込ませるくらいお手のものだろうさ。

 

 「それは楽しみだ。きっとスゴイ花の料理なんだろな」

 「ええ、もちろん! それじゃ、お披露目ですっ! ジャーン、洛陽名物! ”牡丹燕菜!”」

 

 よっこいしょと彼女がもってきた大皿に乗っていたのは、1時間前に俺が味わった料理。

 薄焼き卵で造られた牡丹の花が鮮やかな一皿だった。

 

 「さささ、食べて食べて」


 そう言って、珠子さんは取り皿に細切り野菜を乗せ、卵焼きでミニ牡丹の花を造る。

 彼女と全く同じように。

 俺はそれをひと口食べただけで気付いた。

 そして、声が出てしまった。

 

 「あっ、これはダメだ」

 

 と。


◇◇◇◇


 「どどど、どうしてですか!? これってあたしの自信作なんてすよ! この牡丹燕菜は唐の時代、約1300年前の則天武后(そくてんぶこう)が好きだった料理です。遣唐使を通じて日本に伝わった可能性はあるので、1000年前の古文書に記されていてもおかしくないですし、素材のメインは大根と玉子と鶏の出汁に緑豆の粉です。当時の日本にあった素材で十分に造れたはずです」


 動揺する珠子さんの説明を聞きながら、俺はもうひと口”牡丹燕菜”を食べる。

 あっちの店と同じ野菜を包む滑らかな食感。

 

 「そっか、この滑らかな口当たりは緑豆の粉をまぶしていたのか」

 「そうです。”牡丹燕菜”はそんなに難しい料理ではありません。大根や人参を細切りにして緑豆粉をまぶし蒸し上げます。あとはそれをお湯の中でほぐして細切りの筍や蒸し鶏と合わせて土台を作り、スープを注いだ後に薄焼き卵で牡丹の花を造形すれば出来上がりです。この花の造形には腕が必要ですけど」

 「せやね、ウチや酒呑でも花の部分以外は何とかなったよ」


 説明を聞く限り、これは古文書に合致している。

 ”牡丹燕菜”はきっと完璧な答えなのだろう。

 

 「だけどダメなんだ。実は”フラワーエデン”でも同じものを食べた」

 「兄者、それはこれよりも美味だったというのか?」

 「ああ、秘密は狐吉さんさ。狐吉さんが細切り食材に隠し包丁を入れて、滑らかなのに出汁がより()みて、口の中で崩れる食感になっていたのさ」

 「は!? この細切り全てに隠し包丁!? どんだけ手間をかけているんですか!?」


 珠子さんの驚きようが、その難易度を物語っている。


 「珠子は出来んのか?」

 「出来ますけど、時間が足りません。普通より少量ですが55人前ですからね。あたしが3人、いや最低ふたりいれば……」

 「そっか、だから狐吉さんはあっちに残ったんだな」

 「ですね。これをひとりで審査員全員分は無理です。困ったな……」

 

 ムムム悩む珠子さんだけど、俺はさらに追い打ちをかけなければならない。

 

 「あとは順番の問題さ。美白狐は最後だったろ」

 「あー! そうだったー! しかも”フラワーエデン”の次!」


 あのレセプションでくじ引きがあって、料理の発表順が決まった。

 一番手は玉藻の”ホテル大牡丹”、俺たち美白狐は五番目のラスト。

 そして彼女の”フラワーエデン”は四番目、俺たちの前だ。


 「順番がそんなに問題か? 味で上回ればよかろう」

 「それが違うんですよ酒呑さん! こと料理勝負においては順番は超重要! 最初はお腹が空いているので有利ですし、最後は印象に残りやすいメリットがあります。ですけど、最後のふたつが同じ料理だったら、飽きられて不利になっちゃうんです。しかも包丁細工の技が劣るとなったら……」

 「敗北は必至か」

 「そうなんですよー! ぐぬぬ、最後で有利だと思っていたけど、被りのリスクを軽んじていたー!」

 

 珠子さんは頭を抱えて身をよじる。

 

 「なら、この牡丹燕菜を上回る料理を出せばよかろう。今からでも思いつけ。一流の武人なら一晩で新必殺技くらい編み出すぞ。一流の料理人なら同じことも出来よう」

 「簡単に言わんで下さい! これは古文書に描かれた通り、川に流れる花をイメージした料理で、1000年前の日本で作れる料理じゃなきゃいけないんですよ! あー、絶対正解は”牡丹燕菜”だと思ったのに。他にスープと花咲く料理となるとあれ(・・)だけど、あれは明治にならないと食材が入ってこないし……」

 「1000年前、平安か。とすると日本で生まれたか、唐、もしくは宋から伝わった料理ということか」

 「そう(・・)でーす! あー、もう! 瀬戸大将さんみたいなことを言ってる場合じゃないのに!」

 「すまない。俺が”牡丹燕菜”の情報を仕入れてきたばっかりに」

 「いえ、それはいいんです。あの女に勝つには優勝するのが文句なしですから。もし、どっちも優勝できなかったら『引き分けやから賭けはチャラどす』なんて言うに決まってます」

 

 うわー、すげえ言いそう。

 ひょっとしたら『引き分けやね。ならどっちも賭けたものを払うとしまひょ』とでも言うかもしれない。

 いや、ひょっとしたら、それが目的なの!?

 女狐が何かを企んでいて、酒呑を邪魔者だと思っているのだとしたら、あっちは痛まないカードで、こっちの切り札(ジョーカー)を潰す。

 ありえる話だ

 

 「うーん、他に何かないかなー? 花咲く料理で、スープとかを使って1000年前の日本か、中国で作れる料理……」

 「珠子はんの力になりたいのはやまやまやけど、ウチは料理のことはようわからんのや。あっ、牡丹の花が動いとる」


 茨木さんはそう言うと、スープを吸って水面にヒラッと広がる薄焼き卵を指す。

 

 「これって動く料理なのかい?」

 「ええ”花咲く料理”ですからね。スープが浸みた薄焼き卵の牡丹も美味しいですよ。元々”牡丹燕菜”の()は高級食材の(つばめ)の巣を指していて、卵や大根といった平凡な食材でも高級食材の燕の巣を思わせるほどの味に仕立て上げられるという料理なんです」

 「なるほど、でもこれって散ってないかい? ほら、花弁が分かれてスープの上を漂ってるぜ」

 「そうですね、そこは改善ポイントかもしれません。ひょっとしたら、他に正解があるのかも? うーん」

 

 珠子さんは再び頭を抱えるが、俺の料理知識では力になれそうもない。

 くそっ、俺の能力(ちから)で正解の料理がわかればいいんだが。

 

 「……いや、待て。待ってくれ」

 「どうかしたのですか? 赤好(しゃっこう)さん」

 

 あのレセプションパーティを思い出せ。


 「ラッキーガール珠子さん、俺の瞳に対象の幸、不幸や、それが俺たちにとって、幸福をもたらすものか、不幸をもたらすものかを見極める能力(ちから)があるのは知ってるよな」

 「ええ」

 「なら、順番決めのくじ引きの時も、最後が不利なら、何かが視えたはずじゃないか?」

 「そういえば、そうかもしれませんね」

 「なら、最後はきっと不幸じゃない! そこから勝利へ至る道があるはずさ!」

 「最後、最後、さいご、しょくご……デザート!」


 ピーン!


 デザートという響きに能力(ちから)が反応する。


 「それだ!」

 「デザートなら冷製スープ、いやアイスクリーム以前の冷たいデザートスープ? いや、それは1000年前だと難しいか……」


 近づいてはいる。

 俺の能力(ちから)にもその気配を感じる。

 だけど、まだ道には霧の中だ。


 「ふむ、悩ましいようだな。こういう時は逆転の発想をしてみるのも手だぞ」

 「水の反対なら湯やろか。ここは温泉地やし」

 「いや、違う……水の反対といえば……」


 その時、頭にビビーンと衝撃が走り、告げる。

 正解の音を。


 「油だ! 水と油!」

 「油!? そういえばここは周防の国でしたね! 平安時代に椿油(つばきあぶら)の産地として有名だった!」

 「それだ! さらに逆転の発想を進めると……。ネックになるのは審査員55人前を作る手間だったろ。だけどさ、残念だとは思わないかい?」

 「なにがです?」

 「たった55人前しか作れないってことさ。会場にはもっと大勢の人が来るだろ。美味しそうなのに審査員しか食べれない状況は、その他の人にとって(つら)くないかい」

 「そりゃそうですが、大量の料理を作るには手間と時間が……、でも……、あれなら!」


 俺と同調するように珠子さんの目も輝きだす。


 「出来たのかい!?」

 「ええ! 出来ました! 『佳人(かじん)、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫(らんまん)にして甘露(かんろ)』! その言葉通り美人にピッタリのあまーい花咲くデザートが! それをいっぱい作りましょう! みんながお腹いっぱいで笑顔になれるような料理を!」


 花のような笑顔の珠子さんが、さらに満開になった。

 見ているだけでこっちまで笑みがこぼれるようだぜ。

 やっぱこうだよな!

 フラワーエデンの彼女の誘うような花よりも、俺は断然こっちさ!


 「やったな! 俺も手伝うぜ!」

 「ウチもや!」

 「俺様もだ!」

 「お願いします! あたしたちで咲かせましょう! 一輪でも大輪でもない、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)のデザートを!」

 

 そうしてリーダー珠子さんは手を上に上げ、それを前に下ろす。

 俺もその手に手を重ねる。

 そして茨木さんも酒呑も加わり、俺たちは手の円陣を組み、ルール無用の珠子愚連隊は「やるぞー! おーっ!」と声を上げた。

 俺の好きな珠子さんの手は情熱的に熱かった。

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