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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
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塵塚怪王と塵(ゴミ)を称える料理(その3) ※全4部

 「ふむ、語らぬということは、食べて理解(わか)れということだな」

 「いかにも」


 赤い巨体の塵塚怪王が、瀬戸大将より渡された皿を受け取り、料理を食べ始める。


 ブシュッ、ジュルッ


 未だ余熱で汁を噴く貝が磯の芳香を周囲に広げる。

 塵塚怪王は殻口よりその旨味の汁と身を吸い込むように食べ進める。

 瓦礫の山の上よりカラン、カランと貝殻が皿を打つ音が響いた。


 「ふむ。野趣あふれる良い味だな。素材の味が活かされておる」

 「うん、うんめぇ。貝ってのは新鮮なのを焼いただけでも十分旨いもんさ。道具も無しにほじったり吸ったりするのも、たまにはいいねぇ」

 「……このクッキーもいい。中にナッツが入ってて」

 

 橙依(とーい)がポリポリと食べているのは讃美が買い入れたクッキー。


 「あ、これってクルミとドングリのクッキーですね。粉もほとんどがドングリから作ったもので、小麦粉はつなぎだけなのか。へー、本格的」

 「なるほど。本格的なワイルドドングリクッキーってところですか。良い味です」クイッ


 そう言って、珠子と蒼明(そうめい)もドングリクッキーを口にする。


 「しかしこのワインはいただけませんね。相性が悪いとは言いませんが、黄貴(こうき)兄さんならもっと良いワインを選べるはずです」

 「だよなぁ。この貝とナッツのクッキーになら日本酒か、洋物ならブランデーとかウィスキーの方が合うはずだぜ。こいつはちょっと渋みや苦みが強え」


 素焼きのカップから赤紫色の酒を飲みながら蒼明(そうめい)緑乱(りょくらん)が言う。


 「それはエルダーベリーワインというものだ。ニワトコから作った果実酒であるぞ」

 「ニワトコねぇ、あの赤黒い実がなるやつか」

 「その通り」


 我はイギリスワインの店で買い求めたエルダーベリーワインを手に説明する。


 「ふむ、貝にドングリにニワトコか……」

 

 塵塚怪王もその巨体に似合わぬ器用さで、巻貝の身をチュポッと抜き取って咀嚼(そしゃく)し、ワインをグビリと飲む。

 

 「はっ、でっかい態度の割には大したことないな。こんなんでオレの料理に勝てるとでも思ってるのかよ! この”場所と時代と賞味期限を超えた料理”に!」


 我の料理の試食の間に調理が完了したのであろう。

 足付きの膳に並べられた料理を前に、女が豊かな胸を張って主張する。

 なるほど、珠子とは違うタイプか。


 「ふむ。これはアケビと缶詰と氷菓子と酒か」


 膳の上に並べられたのは、見ただけでアケビとわかるホカホカと湯気を立てている肉菜。

 火で(あぶ)られ、香ばしい匂いを放つオイルサーディンの缶詰。

 アケビの果肉で作られたソルベ。

 そして酒。

 バーナーで炙ると狐火で炙るという多少の違いはあれども、我が珠子より試作として食した物と寸分違わぬ膳。

 自信満々な態度だけあって、中々の腕。

 調理の技も、珠子の心よりこれを読む(わざ)も。

 

 「……これってアケビの皮だよね。食べられるの?」

 「食べれますよ。山形では一般的です。迷い家(まよいが)さんも得意とする料理ですね。このアケビの皮の肉詰めは」クイッ


 橙依(とーい)の疑問に蒼明(そうめい)が薄紫色の塊を指して説明する。


 「ちっがうんだなー、これが。こいつはアケビの皮のホルモン詰めさ。中には濃い味噌で味付けした内臓(モツ)をが詰められているんだぜ」


 女がツカツカと橙依(とーい)の前まで歩き、今度は前かがみの体勢で説明する。

 たわわな胸が重力に引かれブルンと垂れ下がる。

 横柄にも取られる大胆な角度。

 まったく下品な。

 少しは珠子の控え目さを見習ったらどうだ。


 「……そう。こっちはアケビの実のシャーベットだよね」


 少し目のやり場に困ったのか、橙依(とーい)は視線を下に逸らし問いかける。


 「そうさ、裏ごしして種を取ったアケビの果肉で作ったソルベさ」

 「で、この酒は粕取り(カストリ)焼酎だろ。匂いでわかるぜ、こいつは正調のやつだ」

 「わかってるじゃねぇか。酒粕に籾殻(もみがら)を混ぜて蒸して蒸留する伝統的な”正調粕取り焼酎”さ」

 

 カストリ焼酎とは日本酒の酒粕より作る焼酎。

 その製法には2種類ある。

 昔ながらの酒粕に籾殻を混ぜて通気性を上げ、蒸籠式の蒸留装置で焼酎に仕立て上げる”正調粕取り焼酎”。

 近年になって開発された、酒粕に水を混ぜ、再発酵させてから蒸留する”吟醸粕取り焼酎”。

 どちらも良い焼酎だが、この料理には野趣(やしゅ)あふれる”正調粕取り焼酎”の方が合うと女中、いや珠子が言っておった。


 「そして、最後のはオイルサーディンに鷹の爪を加えて火で炙り、最後に(だいだい)の絞り汁を加えたものですか。トースターでも作れそうな簡単なおつまみに見えますが……」キラッ


 蒼明(そうめい)の眼鏡が秘密を解き明かそうと輝く。

 その光を合図に皆の箸が動き始めた。


 ガブッ、ジュワッ


 「……これおいしい。アケビの皮はほろ苦くて、濃い味噌味の内臓のミンチと良く合う」


 薄紫色のアケビの肉詰めを口に橙依(とーい)が言う。


 「いいか坊主。アケビってのは地方によって好まれる部位が違う。東北じゃぁ皮の苦さを味わう野菜で、南じゃ甘さを楽しむ果実だ! 東北じゃ果実の部分は捨てられることもあるし、南じゃ皮はゴミだ! だが、所変わればゴミはゴミじゃなくなる。どちらも美味い料理になるってなもんだぜ!」

 「……なるほど、シャーベットもおいしい。ほんのり甘々」


 溶けないうちにと思ったのであろう、橙依(とーい)がアケビのシャーベットを食べ、その味に(ほほ)を緩ませる。


 「それだけじゃないだろ。この中身の内臓(モツ)は、あれだろ。ホルモンだろ」

 「わかってるじゃねぇか、おっさん! そうホルモン! 関西では”放るもん(ホルモン)”なんて呼び方もされる内臓(モツ)さ。内臓(モツ)は腐り易かったり、下準備が大変だからよ、昔は破棄される、つまり”放られる”ことも多かったそうだぜ。それが今や立派なもん(・・)だぜ。ホルモン(・・)だけにな! ギャハハハハ八ッ!」


 そう、物の価値は場所によって違う。

 たとえゴミとされるものでも、地域によっては立派な食されることもあるのだ。


 「くふぅ~、それにこの酒もいいねぇ。特にこの正調粕取り焼酎は籾殻(もみがら)の香りが活きていて、燻製っぽい風味が濃ゆい味噌の味と合いまくるぜ」

 「この粕取りってのは、カスだ! 戦国以前は酒粕は本当にカスで捨てられるのが大半。精々畑の肥やしや粕漬の(とこ)にするぐらいが関の山だったものさ。だが人類の叡智の蒸留ってやつがカスを変えた。酒粕から生まれた粕取り焼酎はかの武将真田幸村(さなだゆきむら)も愛飲してたって話があるくらいなんだぜ!」

 「……今は幸村(ゆきむら)より信繁(のぶしげ)呼びの方が主流。でも、この焼酎と料理の組み合わせは絶品。ピリ辛のオイルサーディンとも良く合う」


 焼酎片手に缶詰のオイルサーディンとつまむという、少年らしからぬ姿で橙依(とーい)はサーディンを口にパクッ、焼酎をグビッとやる。

 ……なにやら珠子に似ている仕草だな。

 家で真似でもしておるのか。


 「……でもこれ(ゴミ)と何か関係あるの? 普通に美味しいんだけど」

 「橙依(とーい)君、その缶詰の側面をよく見て見なさい」クイッ

 

 蒼明(そうめい)も気に入ったのであろう、鷹の爪でピリ辛を、(だいだい)で酸味を出したオイルサーディンをパクパクと食べておる。


 「側面? ……ええと賞味期限2015年10月、3年以上前に賞味期限が切れてる!?」

 「うわっ!? マジだ! でもよ、これって腐ったような味はしないぜ。むしろ生臭さが消えてオイルの風味が芯まで通ってらぁ。うん、うめぇ」

 「缶詰の賞味期限は有って無いようなものです。開封した時、明らかに腐ってなければ問題ありません」クイッ

 

 そう、蒼明(そうめい)の言う通り、缶詰に食べれなくなる期限はない。

 珠子の話では


 『缶詰は腐ってなければ10年でも30年でも大丈夫ですっ! ちなみに100年前の缶詰が発見されて、食べてみたらおいしく食べられたというニュースも多々ありますっ!』


 などと言っておった。


 「その通りだぜ! 賞味期限切れの缶詰はうめぇ! ちょっと手を加えるだけで、もっとうめぇ! ゴミなんかじゃねぇんだよ! だけどよ、少なくとも賞味期限切れの缶詰は店舗では売れねぇ。売れない在庫はゴミだ! そこの貧乏臭い女はそんなゴミ同然の在庫を安く買い叩いて後生大事に保管していたのさ!」

 「ですが、年月を重ねることでサーディンの中の中にまで油が浸透し、味の一体感が増すのも事実。出荷したてのオイルサーディンでは、この味は出ません。どうですか塵塚怪王殿。あなたを、つまり(ゴミ)を称える料理は」クイッ


 自信満々の顔で蒼明(そうめい)が塵塚怪王を見る。

 塵塚怪王の膳は(から)だ。


 「ふむ。つまりこの”場所と時代と賞味期限を超えた料理”は、アケビやホルモンのような地域によっては捨てられる部分を活用した料理があるという事と、かつてはその名の通りカスであった酒粕から”粕取り焼酎”が作られるようになった歴史と、商品としては破棄の対象となる缶詰だからこそ(・・・・・)美味なる料理が作れる事実を、膳の中にメッセージとして込めたということだな」

 「得心して頂いて何よりです」クイッ


 隙など微塵もない。

 塵塚怪王のお題は”余を称える料理”。

 あの女が珠子の心を読んで作った膳は、そこに込めたメッセージも、味も、どちらも上出来。

 それに比べ、我の料理は見劣りするであろう。

 料理では(・・・・)

 だが、我とて無策ではない。

 あとは塵塚怪王の度量次第。

 それで白黒付く。

 

 「しっかし妙だな?」

 「どうかしましたか緑乱(りょくらん)兄さん」

 

 首をひねり怪訝(けげん)な顔をする緑乱(りょくらん)蒼明(そうめい)が語りかける。


 「いやよ、いつもだったら嬢ちゃんの解説が入りそうな所なのに、妙に静かなのが気になってよ。たとえ料理を作ったのがそこのボインちゃんだろうと、メニューを考えたのは嬢ちゃんなんだろ」

 「言われてみれば妙ですね……」


 眼鏡の中心に指を当てて、蒼明(そうめい)が珠子を見る。

 珠子は両手で頭を押さえて、それを前後左右に振る。


 「ど、どうしたんです珠子さん!? そんな挙動不審な動きをして!?」

 「ぐ、ぐぬぅ、ぐぬぬ」


 蒼明(そうめい)はそう問いかけるが、珠子は身悶(みもだ)えるばかり。


 「……蒼明(そうめい)兄さん。珠子姉さんはこう思っている。『ぬぅおぉぉぉ~! 負けた! しまった! おばあさまごめんなさい! 珠子は未熟でした! ああ! 語りたい! ”語らぬ物語”を語りたい!』って」


 橙依(とーい)の言葉に珠子は、


 「ぬぅおぉぉぉ~! 王様の耳はロバの耳~! 塵塚怪王様! ここに穴は! 穴はありませぬか~!」


 とわけのわからぬこと言った。

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