塵塚怪王と塵(ゴミ)を称える料理(その1) ※全4部
王たるもの、いかな事態にも冷静沈着であらねばならぬ。
たとえそれが絶対の信頼をおける者の裏切りの時であっても。
「珠子殿! 本当に裏切ったのですか!? 何かの策ではなく!?」
「主殿、ここは妾があやつらを懲らしめるゆえ、どうか抑えてたもれ!」
声の主は我の近臣の鳥居と讃美。
だが、その声の向かう先も、我の近臣である”金の亡者”こと珠子。
一同に動揺と困惑が奔る。
「ダメだ。ここは我自らが出る」
そう言って我は王の責務を果たすべく前に出る。
王の責務とは、戦うべき時に戦うことである。
たとえ誰もが我の敗北を確信していようとも。
だが心配は無用、王というのは勝つべくして勝つものであるがな。
「ふむ、役者は揃ったようだな。では始めるがよい。料理対決を!」
低く、軋むような声の主は、巨大で赤い鬼のような姿。
人と同じくらいの大きさの唐櫃をまるで肘置きであるかのように身体を預けている。
その正体は鳥山石燕の『百器徒然袋』にも描かれている”あやかし”。
「”余を称える料理”、それが余の望む料理だ。より気に入った料理を出した側に”妖怪王へと至る道”を教えよう。この塵塚怪王直々にな」
「怪王様は一度しか教えないのに直々とはこれいかにっ!?」
塵塚怪王の下で囃し立てるのは、これも我が忠臣”瀬戸大将”。
こやつは裏切っているのではない、この場では我と塵塚怪王の両方に与しているのだ。
塵塚怪王、それは付喪神の王とも山姥の王とも称される存在。
王の称号を持つ、最古の”あやかし”のひとりである。
だが、それよりも問題なのは、女中、いや珠子の隣に立つ男。
「お前とはいつか決着を付けねばならぬと思っていた。まさか、こんな形での対決になるとはな」
「まさかではありません、当然の結果です。こうなるように仕掛けておきましたから」クイッ
我の弟のひとり”蒼明”。
父、八岐大蛇より最強の妖力を、母より”得心”の権能を継いだ、力も知恵も最高の男。
我がそう認める我が賢弟。
「ほう、望んでこうなったと。兄と対決する道をあえて選んだと」
「無論です。この私の超えるべき壁となれるなんて、兄さんも光栄でしょう」クイッ
我はそう言って、蒼明と睨み合う。
双方の視線が空中で交差し火花を散らした。
我が名は黄貴。
八岐大蛇の嫡男にて、”王権”の女神の子。
妖怪王への道程に在る者である。
王とは孤独な者である。
王へと至る道に、血縁者が立ちふさがるのはよくあること。
たとえ、弟と戦うことになろうと、我の心に動揺のさざ波すら浮かばない。
たとえ、信頼していた部下が、弟に寝返ろうとも、心に乱れなど生まれぬ。
王とはそうあるべきなのだから……。
「ああ、なんてことじゃ……、主殿のものだった珠子殿が、弟殿にNTRれてしまうなんて……」
「へ!? ねとった!?」
讃美の声に我は奇妙な声を上げる。
「ふぁ!? ものだった!?」
蒼明は変な声を上げた。
「ち、ちがいます! ちがいますっ! どちらとも寝ていませんっ!!」
珠子は顔を真っ赤にして否定した。
我は安堵した。
◇◇◇◇
◆◆◆◆
……事の起こりは3日前、いつも通りの日常。
我が女中に声を掛けた所から始まった。
「女中よ。3日後の午後に付き合えるか?」
「はい大丈夫です。どのような御用ですか?」
「瀬戸大将のツテで”妖怪王へと至る道”の秘密を握る”あやかし”に逢える算段が付いた。同行してもらいたい」
「ああ、刑部姫さんから聞いた方ですね」
「そう、塵塚怪王。塵と山姥の王、全ての廃棄されたモノの王だ」
”妖怪王へと至る道”
その詳細は不明。
今までは、各地で”あやかし”たちの信任を集めて勢力を拡大していれば、やがて妖怪王になれると考えていたが、どうやらそれだけでは駄目らしい。
ならば、各地の”あやかし”の王の中でも最古の存在、塵塚怪王ならその秘密を知ってるやもしれぬ。
そう考えて、瀬戸大将に渡りを頼んだら、あっさりと上手く運んだ。
そして、王と逢うのなら、進物や宴席の用意をするのは当然。
たとえ、我らが招かれる場合であっても。
「なるほど、塵にちなんだ料理やもてなしの必要があるかもしれないのですね」
「そうだ。我自身も進物の用意をするが、その領域は女中のものであるからな。期待しているぞ。上手く事が運んだなら、褒美を取らせよう」
褒美!
その響きに女中の目が輝く。
「おっまかせくださーい! 早速試作に取り掛かりますから、試食をお願いしますね」
「う、うむ」
相変わらず女中は金に目が無い。
そこが可愛くもあるが、金でしか女中の関心を買えぬのは少し悲しい。
”金で心は買えぬ”という事くらい、王ならば知っていて当然。
だから、そんなに『ヒャッホー! ほーび! ほーびっ! GOほーびっ!』と小躍りするのは止めてくれ。
そんなに喜ばれると……、”珠子の真の笑顔でなら金で買える”と勘違いしてしまいそうになるではないか。
◆◆◆◆
「うむ、美味い。これならば塵塚怪王も気に入るであろう」
女中の料理は見事であった。
塵の王へと向けたメッセージ性にも、味にも優れている。
我は料理に舌鼓を打ち、満足そうに箸を下ろす。
皿は空だ。
「それでは、このメニューでいつでも作れるよう用意しておきますね」
「任せた。あとは進物だが……」
我は塵塚怪王にふさわしい進物を考える。
煌びやかな宝飾類は不適であるな。
かといって、ガラクタを持ち込むのも駄目であろう。
全ての廃棄物の王たる塵塚怪王にふさわしく、かつ、我が王道を示すものでなくてはならぬ。
塵塚怪王は最古の”あやかし”。
それは塵が日ノ本に生まれた時より存在する。
その時代は、人間が日ノ本に住み始めたころ。
我がまだ父上と母上の下で健やかに暮らしていた神代だ。
その頃の人間は文化や文明の黎明期。
獣を狩り山野の草木や実を食べていた。
確か、以前見たTVでその時代の生活が特集されておったな。
「女中よ。ときに尋ねるが、ニワトコを使った酒はあるか?」
「うーんと、ニワトコですか……、西洋ニワトコの実を使ったサンブーカというリキュールなら店にあります」
リキュールは違う。
我の記憶の中の酒とも、特集番組の酒とも。
「リキュールではなく果実酒はあるか?」
「店にはありませんが、エルダーベリーワインというお酒があります。エルダーベリーも西洋ニワトコです」
ニワトコは造木とも呼ばれるスイカズラ科の木。
日本各地に自生し、食用にもなる赤紫色の小さい実をたくさんつける。
なるほど、西洋にもそれがあるか。
「よし、それがよかろう。どこで手に入る?」
「店にはありませんが、イギリスワインの専門店で買えると思います。でもなぜニワトコを?」
「なに、女中の料理に少し肉付けが必要かとも思ってな。それに塵塚怪王との会合の場で料理するとも限らぬ。進物として渡せるものがあった方が良いかと思っただけだ」
「んー、よくわかりませんが黄貴様がそうおっしゃるのなら」
女中はわかったようなわからぬような顔で言う。
「それでエルダーワインですが、どうしましょう? あたしが買っておきましょうか?」
女中はそう言うが、我もイギリスワインの専門店には都心にいくつか心当たりがある。
「いや、それには及ばぬ。そのエルダーベリーワインは我が用意しよう。女中は料理の準備を頼む。『酒処 七王子』の仕事で忙しいであろうからな」
「ありがとうございます。いやー、助かりました。最近ちょっと疲れが溜まっているんですよね」
そう言って女中は肩をコキコキと鳴らし、うーんと伸びをする。
「王というのは、これでも気を使うものだ」
王とは敵の多いもの。
敵だけであればまだよい。
身内に臣下に国民、果ては后まで敵となった王は数多い。
我の部下には自ら”獅子身中の虫”を名乗る者すらおるのだ。
部下のケアは王の大切な仕事である。
「大変ですね~、あたしは王になんてなれません。この小さな城で十分です」
「女中なら料亭の主でも務まろうに。それくらいの野心はないのか?」
「夢は料亭の女将か女料理長か。いいですね。でも、あたしは『酒処 七王子』が気に入ってますし、それに欲しい料亭……。いえ、なんでもありません」
ん? 何か料亭に因縁でもあるのか?
まあ、深く詮索はすまい。
我は部下のプライベートには立ち入らぬ。
「それで、その塵塚怪王さんってどこにお住まいなんですか? ゴミ屋敷とかじゃないといいんですけど」
「瀬戸大将の話では最寄りは東京から10分程度の京葉線の駅で、夢がどうとか言っておったな」
「え!? それって、ひょっとして夢の国ですか!? 京葉線舞浜駅のディズニーランド!? やったー! 黄貴様に付いて行けば、タダで入れるってことですよね。珠子は当日の外出直帰を申請しますっ!」
有名な巨大遊園地を思い浮かべ女中が小躍りする。
瀬戸大将の話では、夢の国ではなかったような気もするが……
ま、よかろう。
◆◆◆◆
「だまされたー! 夢は夢でもここは夢の島跡地じゃないですかー! かつての都心のゴミ埋立地! 現在は夢の島公園! 東京駅から約10分! 京葉線新木場駅! ディズニーのある舞浜は隣の隣! ちっくしょー!!」
駅から降りて女中がひとりで愉快な芝居をしている。
「ここは都心では珍しく緑地が多い所での。妾の眷属もこっそりと棲んでいたりもするのじゃ」
「かつては木場といえば江戸時代からのゴミによる埋め立ての土地。深川のあたりにあったものだが、今やここまで埋め立てられているとは。江戸も変わるものよ」
我の近臣”傾国のロリババア”こと讃美と”獅子身中の虫”こと鳥居耀蔵が巨大な公園を見て言う。
「との~、との~! みなのもの~!」
公園の中心で手を振るのは一足先に到着していた”金で買われた王の器”こと瀬戸大将。
「瀬戸大将、首尾は? 塵塚怪王殿との渡りは滞りないか?」
「はい、万事整っております。怪王様は地下でお待ちです」
瀬戸大将が何もないグラウンドを鉾の石突でコンコンと叩くと、そこに歪んだ穴が空く。
妖術で隠された居城への道だ。
「ささっ、みなのもの、こちらでございます。水面が見えぬ埋立地なのにみなのものとは、こはいかにっ!」
瀬戸大将は相変わらずの洒落者よ。
「これは……、かなりの妖力でありますな」
穴の奥から感じる巨大な妖力の前に鳥居が半歩引く。
「塵塚怪王殿は塵、すなわちゴミが生まれたころから存在する最古の”あやかし”だと黄貴様から聞きました。きっと人間が日本に住み着いた縄文時代のころ存在しているのでしょうね」
「そうだな。歳は万は下るまい」
「それはスゴイのじゃ。あの玉藻より年上とは。これなら妾も小娘扱いしてもらえるかもしれんのじゃ」
「だとしたら、あたしは赤ちゃんですね。バブー」
鳥居に比べ、女性陣は肝が据わっておるな。
我ですら気を張らねばならぬと思っておるのに。
だが、王の背中が震えるなど、あってはならぬ。
「『安心せよ』、塵塚怪王殿と相対するのは我だ。何かあったら我に押し付けて逃げればよい」
「殿が逢いたいとされたので相対する。こりゃ愉快でございますなっ。だけど心配ありませぬ。塵塚怪王様は優しく気さくな方でありますから」
「奇策だったら女中の得意分野だな」
「んもう! あたしはそんなに変な手ばかりじゃないですって」
我と女中の他愛ない会話。
それで場の空気が和む。
料理という得意分野を除いても、やはり女中は我らに必要な存在。
そう思いながら、我はカツンカツンと地下への階段を降りる。
やがて、広い空間に辿り着いた。
「ふむ、よく来たな。八岐大蛇の子らよ」
広い空間の中心にはに瓦礫の山。
その登頂に唐櫃に寄りかかるように座る”あやかし”。
間違いない、あれが廃棄王、”塵塚怪王”。
「初めまして塵塚怪王殿。我は八岐大蛇の嫡男、黄貴。今日は貴殿の叡智を借りに伺った」
「ふむ。余の眷属たる瀬戸大将より話は聞いている。長子殿は”妖怪王”になるのが望みだと」
「はい。塵塚怪王殿には”妖怪王へと至る道”を照らしてもらいたい。その万年を超える叡智の光で」
「ふむ、よかろう。長子殿は古き友の、八岐大蛇の子でもあるからな」
ん? 存外に上手く話が運んだな。
いや、上手く運び過ぎておるか。
「ちょ、ちょっと待って下さい。塵塚怪王様って八岐大蛇のお友達だったんですか?」
「ふむ、そちは確か……」
「珠子です。黄貴様の配下のひとりの」
「ふむ、その通り。神代の時、余は八岐大蛇の友であった。まあ、あの頃の余は若輩がゆえに、新参者を可愛がるような感じの扱いを受けておったがな」
「そこの所をもっとくわしく教えて頂けないでしょうか?」
「珠子殿、今は主殿が話をしている所なのじゃ」
「あ、失礼しました」
珍しいな女中がこんな行動に出るとは。
頓狂なようでも、女中はそれなりの礼儀や常識を持ち合わせているのだが。
「配下が失礼した」
「いやよい。話の続きだが、”妖怪王へと至る道”を知りたいということだったな。長子殿も物好きだな。あんな見返りのない称号を欲しがるとは」
「父の後を継ぐのは子の努め。教えて頂ければ礼はいかようにも」
「ふむ、これも血か。いいだろう、望みを叶えよう。喜べ八岐大蛇の子よ、妖怪王への道は確実に知ることが出来るであろう。礼は要らぬ。古き友への返礼だ」
塵塚怪王の言葉に周囲から安堵の気配が漏れる。
だが、このような時こそ油断してならぬ時。
「感謝いたします。これで我ら八岐大蛇の子は確実に妖怪王へと至る道がわかるでしょう」
我の言葉に塵塚怪王の顔がニヤリと笑う。
「なるほど、長子殿は隙がないな」
「殿、ひょっとして……」
「主殿、まさか……」
鳥居と讃美の気が引き締まり、何かを探すように周囲を見回す。
ここまで言葉に含みを持たせれば流石に気付くか。
「いるのだろう。出てこい」
「フッ、流石は兄さんですね。あっさりと気付きますか」クイッ
瓦礫の山の陰からキラリとした眼鏡の光が見える。
全身が見えなくともわかる。
あれは、我が四番目の弟。
今、妖怪王に最も近いと噂される我が賢弟。
「蒼明さん!? どうしてここに!?」
「目的は貴女と同じですよ」
「そうですか……、蒼明さんもあたしと同じで仕事が終わったらディズニーでヒャッホーするつもりなんですね」
「違います」クイッ
女中のボケに蒼明は冷静に言葉を返し、コツコツと低い足音と共に姿を現した。
「それはもう済ませておきました」もふっ
蒼明はネズミのカチューシャを嵌め、黄色いクマのぬいぐるみを抱えていた。




