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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
322/409

刑部姫とポイズンクッキング(その4) ※全5部

◇◇◇◇


 裏姫路城大天守閣最上階。

 その中心で九尾の狐の陰気より生じたと伝えられる黴毒大王はグルグル巻きにされている。


 「くそう、王の称号を持つ俺様がコイツなどの言の葉にひれ伏し囚われるとは……」

 「我だけの力ではない、ここの支配者たる刑部姫殿が我を王と認めたからな。それ故の勝利、ひいてはここに至る道を(ひら)いてくれた我が配下の勝利である。力を結集しての勝利は王道中の王道、そして最後は王がやる! (Oh)! やる(Do)! 今日もまたよしっ!」


 我がパッと扇を開いて高らかに口上を述べると、瀬戸大将のガシャガシャと割れんばかりの拍手と、『あー、うん、王道だよね』という心の底からの拍手が城郭に響き渡る。

 我は気にせぬぞ、心の底から”ここは拍手でもしておくか”という気持ちの拍手であっても。


 ガシャガシャガシャーン!


 あと、瀬戸大将よ、割れるほどの拍手までは求めておらぬ。

 

 「さて、黴毒大王よ。此度(こたび)の仕業、貴様の独断ではなかろう。あの方々(・・・・)とやらも気になる。『背後関係を吐け』」


 我は言葉に権能(ちから)を込め、黴毒大王の裏に居る者を暴こうとする。


 「グッグッグゥ、い、いやだ。それだけは死んでも話さぬぞ」

 「裏姫路城の主たる刑部姫が命じます。黄貴(こうき)様の言葉に従いなさい」

 「い、や、だ、だれが、言うもの、か」

 「ほう、我と刑部姫殿の権能(ちから)妖力(ちから)をもってしても口を割らぬか。少し見直したぞ。王の称号は伊達ではないということか」

 「殿、この者は早々に口を割りそうにありませぬ。無理強いすれば自決を選ぶかと」


 鳥居も感心したように我に声をかける。


 「そのようだな。仕方ないアレ(・・)を使おう。女中よ」

 「はい、こんなこともあろうかと、ご用意しておきました」


 トトトと女中が駆け寄り、急須(きゅうす)に似た形の器、”吸い飲み”を我に渡す。


 「さて、黴毒大王を『これを飲み干せ』」


 口に突っ込まれた吸い飲みからトクトクと緑の液体が黴毒大王の喉へ流れ込む。


 「プハッ、けっけっけろーん! むだなことを。おれさまはどくの王、ばいどくだい王だぞ。どくはおれさまのおともだちで、どんなクスリもきかぬ」


 思った通りだ。

 こいつは薬や毒への耐性が高い。

 ゆえに、これならば要らぬ消耗を避けるため受け入れると思ったが、その通りだったな。

 

 「そうだな、どんな薬や毒も貴様には効かぬであろうよ。さて鳥居よ、女中よ、これは毒か? それとも薬か?」

 「さあ? (よう)として知りませぬ。あえて言うならどちらでもないかと」

 「どっちでしょうね。あたしもそれを口にした時は、少し正体を無くしてしまいましたが、苦しいよりも少し楽しかったです。毒で薬でもないと思いますよ。それ(・・)に付ける薬がないのは間違いないと思いますが」


 すこし洒落っ気を出してふたりはクックックッと笑う。


 「いったいなにを……」

 「すぐにわかる。さて、貴様に問おう。貴様の背後に居るのは2たす9の13尾の狐だな」

 「はっはっはっ、ばかズラか!? 2たす9は10! 2びのタマモさまと9びのタマタマさまズラ!」


 …

 ……


 「お、おまえ! おれさまに何をのませたズラ!?」


 己の口から出た言葉に戸惑いながら、黴毒大王は馬鹿面(ばかズラ)をさらす。


 「ああ、そういえば紹介していなかったな。ここには不在だが我の配下はもうひとりいてな。誰だか知っておるか?」

 「しつもんでしつもんをかえすなズラ! バカか!?」

 「おお! おりこうではないか! ほぼ正解だ!」

 

 我は少しおどけるように笑い、()の中の吸い飲みを指さす。


 「これはな、我が配下の者で『馬鹿の壁』こと”馬鹿(むましか)”の爪の(あか)(せん)じたものだ」


 その言葉を聞いた瞬間、黴毒大王の顔は赤にも青にも緑にも変わっていった。


 「そ、そ、そ、そんな、ばかなはなしがあるかぁ~!」


 その後、黴毒大王は我らの誘導尋問に面白いようにかかった。


◇◇◇◇


 姫路城大天守閣3階は天井が高く、また採光も最高だと鳥居は説明しておった。

 それはこの裏姫路城でも同じ。


 「さあみなさん! 勝利の宴の準備が出来ましたよー! まずは御開帳! これはやはり城主たる刑部姫様と勝利の立役者である黄貴(こうき)様でやっていただきましょー!」


 女中が大皿に載せて運んできたのはオムレツ。

 人の頭ほどの大きさを持つ巨大な白いオムレツだ。

 卵白のホワイトオムレツと言っておったな。


 「さあおふたりとも、この一本のナイフでケーキ入刀みたいに切って下さい!」

 「いや、遠慮しておこう。ここは姉妹の再会記念としたい。刑部姫殿、亀姫殿、よろしいかな」

 「王たる黄貴(こうき)様がそうおっしゃるのでしたら」

 「ええ、その方がいいですわ。争いのタネにもナラズニスミマスシ」

 「えー、ここまでお膳立てしても黄貴(こうき)様はのってくれないんですか。そんなんじゃハッピーエンドへのフラグを全部折ってしまいますよ」


 ペシッ


 「おうちっ」

 「余計なことはするな。まったく、妙な方向に気を使いおって」

 「むーっ」


 我に頭を軽く叩かれ、女中は軽く口を尖らせる。


 「ちぇー、このままだと、いよいよあたしがって体を張ることになっちゃうじゃ……」

 「何か申し開きでもあるのか?」

 「いえいえ、何でもありません。では、刑部姫様と亀姫様! どうぞ!」

 「ふふふ、このオムレツってば、本当に真っ白ですのね」

 「ええ、白鷺城(はくろじょう)とも呼ばれる姉様のこの姫路城みたい」


 並び立つふたりが巨大ホワイトオムレツにナイフを入れると、そこから薄黄色の半熟卵をまとった黒いキノコのみじん切りが流れ出す。


 「まあ! キノコと半熟卵がソースのように卵白のオムレツを覆っていきますわ!」

 「これは美しい! 流麗とはこういうのを指すのですね!」

 

 ナイフを入れると中身が流れ落ちるオムレツは人の間でも有名。

 だから、中の半熟卵が流れ落ちるのはふたりも想像していたであろう。

 だが、卵白で出来た白亜の外側とコントラストを成す黄と黒の流れは、ふたりの想像を超えていた。


 「見事だ女中よ。ふたりの期待を上回る演出を見せるとは。ナイフを入れると中身が流れ落ちるオムレツは何度か食したことはあるが、これほどのものはない。我も鼻が高いぞ」

 「ありがとうございますっ! これが珠子特製! フィンランド名物”Korvasieni(コルヴァシエニ) Munakas(モナカス)!” シャグマアミガサタケのオムレツですっ!」

 「シャグマアミガサタケ!? それは毒キノコではなかったのですか!? それを煮た蒸気すら毒になるという!?」


 ナイフを手に刑部姫が驚いた表情で我と女中を見る。


 「ああ、そういえば刑部姫殿には説明していなかったな。それは確かに毒キノコだぞ。な、女中よ」

 「はい、その通りです。赤熊網笠茸(シャグマアミガサタケ)、フィンランド語で”耳キノコ”を意味するKorvasieni(コルヴァシエニ)は立派な毒キノコです。食べると吐き気や嘔吐、痙攣、果てには肝障害から脳障害まで引き起こし最悪死に至る毒キノコですよ」

 「そんな恐ろしいものを勝利の祝いの席に!?」


 刑部姫はそう叫ぶと周囲を見回すと、大禿や女小姓たちはフルフルと首を振って手を付けてないと主張する。


 「ふふふ、姉様違います。これは毒キノコですけど、これに毒はないんです」

 「そうです。人類の叡智を甘くみてはいけません! このシャグマアミガサタケには大量の湯で何度か茹でこぼすことで毒抜きが出来るのです! その証拠にあたしが毒見をっと」

 「珠子様、私もご一緒しますわ」

 

 女中と亀姫は白と黄と黒の流れるような模様を描くオムレツにスプーンを差すと、それをンーっと口に入れる。


 「うーん、うっまーい! 我ながらいい出来です」

 「ええ、珠子様の料理はいつでも最高ですわ」


 両頬に(てのひら)を当てて、ふたりは顔をほころばせる。


 「さ、姉様も一緒に」

 「本当に毒はないのですよね?」

 「ええ、ご安心下さい」


 亀姫に促され、刑部姫はおそるおそるスプーンに乗ったオムレツを口に運ぶ。


 「おっ、おいしいっ! これはキノコのうまさと卵の甘さが溶けて絡み合っています! シメジとも舞茸(まいたけ)とも違う土の大地の香りの中にあふれんばかりの旨味がありますわ! 口の中に新大陸が来たみたい! もっと探検してみたいっ!」


 刑部姫はそう言うと、未踏の地をまだ残す巨大オムレツを踏破(とうは)せんとスプーンを手に冒険の旅へ出た。

 ふむ、他の従者も冒険に出たそうであるな。


 「さあ、宴の開始だ! 各々方(おのおのがた)、『酒処 七王子』の名物料理人、珠子特製の膳をじっくりと堪能するがいい!」


 パンッと我の手が奏でる音が合図となって、みなが膳のオムレツに箸……ではなく、(さじ)を伸ばす。


 「ああ、本当においしいです……、こんな特別なキノコが食べられるだなんて、幸せ……」


 冒険のビバークとばかりに刑部姫はスプーンを手に溜息を()く。


 「ふふふ、刑部姫様、このシャグマアミガサタケは特別でもなんでもなくフィンランドでは普通に売られているキノコなんですよ」

 「そうなのですか!?」

 「ええ、フィンランド人にとってはこのキノコの毒抜きも常識です。でも、観光客の中には知らずに買ってしまって病院に担ぎ込まれる人もいます」

 「そんな危険なものをフィンランドの方は食べているのですか!?」

 「日本人だって猛毒のフグを食べているじゃないですか」


 女中の言葉に刑部姫は「それもそうですね」と少しはにかむ。

 

 「さて、次はこのタコスを召し上がって頂きましょう!」

 「あ、それって試食ではなかった品ですね。タコスはカフェカー仲間から買って食べたことがあります」

 「ええ、タコスはメキシコの名物料理でトウモロコシの粉を使って作ったトルティーヤという薄いパンを焼いたものに具材を挟んで食べる料理です。ですが、今日の具材はひと味違う! そざいはこれ!」


 女中が天に掲げたのは、偽刑部姫との会見の時にも見せた黒いボコボコで膨れたトウモロコシ。

 黒穂病(くろぼびょう)(おか)されたトウモロコシだ。


 「まあ、なんて毒々しい! それも毒なのですか?」

 「人間にとっては毒じゃありません。だけど麦やトウモロコシにとっては毒の塊ですね。これは黒穂菌(くろぼきん)に感染してしまったトウモロコシです。これに侵されると茎や葉、種子が黒く変色し、特に種子は肥大化して中は黒い粉でいっぱいになります。やがて実が割れ、中の粉、すなわち黒穂菌の塊は風に乗って飛散し、次の獲物を病魔に侵してしまうのです」

 「そ、そんなものを食べるというのですか!? 病原菌の塊を!?」

 「食べますよ、人間ですもの。過去に誰かが食べてみたに決まっているじゃないですかー!」

 

 ハハハッと愉快そうに笑って女中はタコスの中の黒い具材を指さす。


 「これは玉ねぎをニンニクとオリーブオイルで炒め、クリームで軽く煮たものです。普通なら」

 「ふ、ふつうなら?」

 「今日は特製ですから。黒穂病のトウモロコシをたーっぷり入れて炒めました! 普通なら白いソース状になるはずだけど、今日は真っ黒! メキシコ名物”|Cuitlacoche 《クイトラコチェ》 Tacos(タコス)”ですっ! さあ召し上がれっ!」

 「え、ええ……」


 黒いツブツブが入り混じったのドロッとした具材が挟まれたタコスを前に刑部姫は少し躊躇(ためら)いを見せる。

 

 「あら、姉様が頂かないのなら、私が先に頂いちゃいましょうかしら?」

 「どうぞどうぞ亀姫様。まだ、いっぱいありますから」

 「ええ、それじゃ姉様お先に」


 城を失い放浪すること約150年。

 すっかりジャンクフートにも親しみを持った亀姫が大口でガブリとタコスにかぶりつく。


 「うーん。この天然舞茸を思わせるような濃厚なキノコ味。胡椒も()いていてスパイシー & クリーミーですわ」

 「キノコのクリーム炒めは鉄板ですからね。甘さと刺激が旨味を引き立てるのです」


 亀姫はハグハグペロリと3口ほどでタコスを食べ切り、次へと手を伸ばす。


 「だ、大丈夫ですの?」

 「黒穂菌トウモロコシは試食で何度か食べましたから。ほら、あの鳥居様が飲んでらっしゃる黒いスープもそうですわ」


 膳にはふたつのスープが付いている。

 真っ黒なスープと、白いスープの中に黒いツブツブが浮かんでいる大理石模様のスープだ。


 「左様。この黒い西洋の椀物は鶏の出汁に牛乳を加え、さらに黒穂病のトウモロコシを粉にして加えて茹でたもの」ズズッ

 「うむ、美味」

 「こっちの(まだら)なやつは、さっきのシャグマアミガサタケのクリームスープらしいぜ。おう、いけるいける。さっきは馬鹿の汁が入ってて舌までバカになっちまって味がわからなかったからよ」

 「左様。あれは少々(こた)えた。だが、この席の物は美味」


 鳥居と頼豪のふたりは、そう言って汁を飲み、タコスを喰らい、オムレツに舌鼓を打つ。

 無論我も。

 これらが美味であることは知っているからな。

 うむ、うまい。

 

 「さ、姉様もおひとつどうぞ」

 「そ、それなら……」


 刑部姫はは意を決したように真剣な目でタコスに食らいつく。

 

 モムッモムッ


 そして数秒後、真剣な目は冒険の中で宝を見つけたような輝きの瞳と化した。


 「なにこれ!? おいしいっ! 外はサクサク、中はもっちりの皮の中から、ピリッとした刺激と濃厚な旨味! クリームの甘さで刺激が和らぐと、また刺激と旨味が襲ってくる。でも、もっともっと味わいたい! このトウモロコシってまるでトリュフみたいな味わいですわ!」

 「刑部姫様ってば鋭いっ! メキシコではこの黒穂病に侵されたトウモロコシのことを|Cuitlacocheクイトラコチェと呼んでいて、その味わいはトリュフに例えられることもあるんですよ。お値段も普通のトウモロコシの10倍はするんです! そうですよね、トリュフみたいですよね。ねっ、亀姫様もそう思いますよね」

 「そうよね、亀姫。ねっ」

 

 美食に瞳を輝かせるふたりの視線を受け、亀姫はパクとタコスを食べる。

 

 「ソウデスネ……、トリュフミタイ……」


 そして少し顔を曇らせた。

 きっと……、トリュフの味を知らなかったのであろう。

 日本を代表する姫路城の裏主である姉と違って、彼女は放浪の苦労の身であるからな。

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