刑部姫とポイズンクッキング(その2) ※全5部
◇◇◇◇
女中が消えて一同は押し黙り、重たい空気が場を満たす。
だが、間もなく空気は変わった。
ガタッ、ガタタタタタッ
階下より大きな物音をしたかと思うと、ダダダッと何者かが駆けあがってきた。
いや、何者かではないな、先ほど女中に同行した子狐だ。
「バッ、オッ、刑部姫! ボクはもうダメです! あれは想像以上の毒なのです! クラクラなのです!」
そう言って、狐の従者は口を抑えながら刑部姫に訴える。
「だーかーらー、覗いちゃダメだって言ったじゃないですかー! このシャグマアミガサタケは茹でている湯気を吸うだけで中毒しちゃうくらいの毒キノコなんですよー! 換気の流れに気をつけないとー!」
続けて女中の大声が聞こえてくる。
「なるほど、かなりの毒のようですね。これは楽しみです」
刑部姫は長い舌を出して舌なめずりをして不敵に笑う。
やがて、ドンドンと階段を踏む音がして、女中が膳を持って来た。
「お待たせしました。とりあえず、料理の形にしてきました。シャグマアミガサタケの卵とじとクリームスープ、黒穂病トウモロコシのスープです」
和風の膳ではあるが、調理は洋風。
玉子の中の黄色には黒の斑点がブツブツとしており、クリームスープは白の中に黒いツブツブが蠢いている。
黒穂病のスープに至っては真っ黒だ。
毒々しいことこの上ない。
女中は膳を刑部姫と我に配膳すると、そこで手を止める。
「残りはどなたにお配りしましょうか?」
女中のその問いに刑部姫がニヤリの嗤う。
「何を申されます。これらの進物を妾だけで楽しむのは心苦しいというもの。3膳ほどこちらに回して頂ければ、残りは黄貴殿の従者の方々で召し上がって頂きましょう。もちろん同席を許します」
「……わかりました」
女中は膳を3つほど狐の従者に渡すと、従者はそれを持って場を去る。
そして残った一同の前には女中特製の毒の膳が並んだ。
「さて、ではみなの者。頂きましょう」
「うむ」
刑部暇はそう言って楽しそうに手を叩くが、それに応えるのは我のみ。
他の者の食指は動かぬ。
「おや、どうされました?」
「い、いや、そうは言われましても、毒に強い大蛇の黄貴様とちがって、普通の人間のあたしは毒物はちょっと……」
「左様、儂も頼豪殿も元は人間。無礼とは思うが遠慮させて頂きたい」
「妾もじゃ。毒キノコは美容に悪そうじゃからの」
珠子も鳥居も頼豪も、讃美ですらこの膳に手を付けていない。
亀姫ですらだ。
「ほほう。黄貴殿の従者殿は宴席の膳に手をつけぬような無礼者でありましたか。これでは妖怪王となる条件を話す気にはなれませんなぁ」
「姉様、それはあまりに無体な。私が全て食べますゆえ、ここは平にご容赦を」
「黙りなさい亀。妾はこれを食べる黄貴殿の従者が観たいのです」
刑部姫はそう発言するが、珠子も他の一門の者も手は動かない。
「おや、黄貴殿の従者の忠誠はその程度の者でありましたかえ。まあ、それならそれで」
「安心めされよ刑部姫殿。我が従者に無礼者や不忠者はおりませぬ。何をしているお前たち『膳を平らげよ』」
我の権能ある言葉に、一門の者はみな身体をビクンと硬直させると、ゆっくりと箸を膳に伸ばしていく」
「黄貴様っ!? それはあまりにも非道では!? 早く御止めになって下さい!」
亀姫が隣でそう言うが、我は我の発した言葉を取り下げるつもりはない。
一度堰を切ったなら、もう意志の崩壊は早い物。
みながバクバクバクッと卵とじその口に放りこむと、それをスープで喉へ押し流す。
ヒッ、ヒッ、ヒヒッ
最初に異変が生じたのは女中であった。
何やら吃逆のような音を上げたかと思うと、勢いよく我の前に躍り出て意味不明なことを口走る。
「くるっぽくるっぽばかばかばからったー★ らったったんのらたとぅいゆー!」
気が付けばさらに2名、鳥居と頼豪も女中と同じく気勢な奇声を上げて躍り出て踊る。
「らっかんらくがん、えじゃないかえじゃないか、おどるあほうにみるあほー! おなじあほならおかげでまいってもええじゃないかぁー!?」
「ちゅちゅちゅるちゅ、ちゅーるちゅーる、ちゅちゅちゅーる」
「珠子殿、鳥居殿、頼豪殿! 気でもバカになったのかぁー!? 主殿、まずいのじゃ!」
「そのようだな。これはせん妄という症状であろう」
「ケッケッケーン、これは愉快愉快」
扇で口元を隠しながらも、愉悦を含んだ刑部姫殿の声が聞こえる。
そっち側はそうであろうが、これをこのままにしてはおけぬ。
「お前たち、無礼であるぞ。『しばし眠って休め』」
我の権能ある言葉に3名が糸の切れた人形のように畳に伏し、静かな呼吸音を立て始める。
「見苦しいものをお見せした。どうか許されよ」
「いえ、中々のものでした。見世物の進物としては上々ですね」
この場に我の配下、瀬戸大将がおれば『中々なのに上々とはこはいかにっ』とでも言うのであろうが、幸いにもここには瀬戸大将は不在。
「進物がお気にめしたようで何よりです。であれば……」
「わかっています、返礼の件ですね。ですが、今はそこの者たちの手当の方が重要でしょう。部屋を用意させますから、そこで今晩は部下の者を休ませるとよいでしょう。安心しなさい。黄貴殿には後ほど使いを送ります」
含むような物言いで刑部姫はそう言い放つ。
「ありがとうございます。ではまた、その時に」
「ええ、個人的な歓待の準備を整えておきます」
そう言って刑部姫は扇越しにホホホと笑う。
亀姫より刑部姫は狐の大妖と聞いているが、なるほど……。
女狐とは違うようだな。
◇◇◇◇
姫路城大天守閣の地下、台所隣の詰め所で我らは待つ。
我の前には女中と鳥居と頼豪が布団の中で眠り、その隣では讃美と亀姫が心配そうに見守っている。
「あーん、こんなにいっぱい美味しいものを食べると、あたしバカになっちゃう~、むにゃむにゃ」
「バッ、バカなぁ~、どうして御役御免となったはずの水野様がここにぃ~」
「けっ、バカもバカだ。バカぞろいだ。約束を守らずに益だけを得ようなんて。だからこうなっちまうのさ」
アレの効果のせいか寝言にしてはやけに具体的だ。
さて、そろそろか。
「うっ、うーん、あれ? あたしのスイーツイケメンパラダイスは?」
「残念だが、ここのイケメンは我だけだ。あとはむさ苦しい顔しかおらぬ」
「左様。ですが殿、お言葉ですが儂もあと50若ければ、珠子殿から黄色い声を浴びてたのは間違いないかと」
「そうそう。俺も若かったなら、そこの嬢ちゃんがやっているゲームに必ず登場する坊主枠に入っているに違いねぇさ」
「頼豪さん!? どうしてあたしの秘蔵の乙女ゲーのことを!?」
「俺のような鼠野郎はどこにでもいるのさ。このお綺麗な城でもな。おう、いい子だ」
頼豪はそう言って懐からチュチュっと顔を出す小鼠の頭を撫でる。
「主殿、やはりあの者からは女狐の気配がするのじゃ」
「だろうな。我も同意見だ」
水差しを手に真剣な顔でこちらを見る讃美の意見に我も首を縦に動かす。
「黄貴様、やはり姉様は……」
「心配無用であるぞ亀姫。ここからが我らの本番よ。鳥居、頼豪、いけるか?」
「無論。このまま寝ながらでも問題ありませぬ。頼豪殿の隣というのが、やや不満でありますが」
「そりゃこっちの台詞だぜ。俺も布団の中からやらせてもらうぜ。あーあ、まったく貧乏クジだぜ」
布団に横たわりながらも、ふたりの眼光は鋭い。
「黄貴様、来ます。おそらく子狐かと」
誰かが近づく気配を感じたのか、亀姫が我に進言する。
「よし、では讃美と亀姫も手筈通りに」
「了解なのじゃ」
「わかりました。ご武運を」
ふたりはそう言って、従者を待つべく姿勢を正す。
「あのー、あたしはどうしましょうか? もう、動けますよ」
「女中はそのまま休むといい。女中は既に見事な働きをみせた……、いや……」
そこで、我は言葉を止める。
我は女中にその領分外の業務を強いるつもりはない。
他の兄弟から、この女中は、珠子は、危険を顧みない行動をすることが多々あると聞いてもだ。
珠子は我の大切な女中であり、その任務は料理が主務の家事全般。
危険な任務は我や別の配下の領分。
それに、女中の身に何かがあるとすれば心配でたまらぬ。
だから、我はいつものように、こう女中へ命ずのだ。
「そうだな、さっきの膳は旨かった。おかわりが欲しい。みなの分も用意してくれるか?」
「はいっ、おっまかせくださーい」
天守閣での仏頂面とは打って変わった笑顔で女中は布団から手を上げた。
この笑顔のためなら、我がこれから向き合う危険なぞ矮小なものに過ぎぬ。
そう我は思うのだ。




