刑部姫とポイズンクッキング(その1) ※全5部
妖怪王を巡る長き争いも終盤。
今や候補は4名に絞られた。
いや、世間から見るならふたつの勢力といった所であろう。
京の酒呑童子と東の大蛇、そのふたつの勢力争いに。
詳しい者ならば東の大蛇の中でも長兄たる我、黄貴と五男の蒼明が兄弟間で鎬を削っていることを知っているだろう。
もっと詳しい者ならば、さらに六男の橙依がその意志に関わらず候補へと祀り挙げられていることを知っているだろう。
さらに詳しい者ならば、酒&|x541E;童子も我ら兄弟も父を前妖怪王”八岐大蛇”の子らと知っているだろう。
全ては前妖怪王”八岐大蛇”の息子たち。
父はかくも偉大だと思うと、少し誇らしくある。
西の大悪龍王が倒れ、その支配地域の大半は我のものとなった。
やはり四国の隠神刑部殿と懇意にしていたのが利いたのであろう。
だが、ここに来て妖怪王への道に行き詰まりが見え始めた。
きっかけは我が女中”珠子”の台詞。
『そういえば、酒呑さんが言ってました。『この酒呑童子がいる限り誰も妖怪王にはなれぬ』ですって』
我はその言葉が意味する所は、酒呑童子を倒し、京を支配地域に入れるのが妖怪王へ至る条件だと思っていた。
かつて御所があった京都、それを支配下におくことが条件であると考えるのは自然。
だから我は京都市中心に棲む”あやかし”を篭絡し、懐柔し、取り込もうとした。
これで酒呑童子との決戦が始まると構えておったのだが、ヤツは大江山から動かず、我はそのまま京都市中心を支配下においた。
ここで我の中に疑問が生まれる。
”妖怪王となるには他に条件があるのではないか?”
それを確かめるまで徒に弟たちとの決戦には挑めぬ。
鳥居曰く、『お家騒動の結果、外敵からの攻撃で断絶する家の例は後を絶ちませぬ』という話だからな。
決戦に入る前に妖怪王への道を明らかにする必要がある。
戦わずに済むのなら、それに越したことはない。
それに、兄弟間で武力で戦うとなったなら、女中の顔が曇るだろうからな。
我が名は黄貴。
八岐大蛇と”王権”の女神の嫡子にて妖怪王候補のひとり。
今は妖怪王へ至る道を求め、各地の王や姫を訪ね歩いている。
今日の目的地は兵庫、そこの姫路城に棲む刑部姫を求めて。
◇◇◇◇
春が終わり、初夏の風を感じ始める頃、我らは白壁の城に臨む。
「じゃーん! こちらが日本を代表する国宝でもあり重要文化財でもあり世界遺産でもある姫路城! 別名白鷺城! 白漆喰の美しい城壁を持つ名城です!」
「左様、その美しさもさることながら、戦略上も重要でございます。権現様も当初は織田、豊臣に仕えた池田輝政にこの城を与えましたが、やがて三河時代からの忠臣を祖とする譜代大名や徳川の血を引く親藩の松平家に城主を任せました。徳川四天王の本多家、榊原家、酒井家の3家が城主を務めた歴史がございます」
「へぇ、こりゃまたお綺麗なこって。俺のようなドブネズミには棲みにくそうだぜ」
「そりゃそうじゃ。ここに棲む刑部姫は眩しいばかりの美しさを誇ると聞いておるのじゃ」
「白さが眩しいっ! 城だけに」
「ああ、やはり姉様の城は相変わらず美しい。総工費はいかほどになるのでしょうか……」
「この前の改修には約30億円ほどかかったそうですよ。建築費ならその十倍くらいじゃないでしょうか」
「ソウ……、ジュウバイ……」
我らは先立って助けた刑部姫の妹、亀姫の導きでここへ来ている。
刑部姫の協力を得て、妖怪王への道を明らかにするのが目的。
かつて西国の有力な”あやかし”は全て刑部姫へとつなぎを取ったと聞く。
四国の隠神刑部殿もそのひとり。
彼女ならば、妖怪王へ至る道を知っているだろう。
「ここが”あやかし”が潜む裏の城。裏姫路城への入り口です。ここから姉様のいらっしゃいます裏天守閣へと続いています」
亀姫が城壁の一角に手をかざすと、そこに黒い穴が生じる。
その中に入ると、そこにはひとりの子狐の”あやかし”が待っていた。
「亀姫様と黄貴様とお付きの方々ですね。お待ちしておりました。ここからはボクが案内します」
狐の使いが我らの前で大仰に礼をし、「こちらへ」と案内する。
「へぇ、裏姫路城っていうからおどろおどろしいと思っていましたけど、姫路城とあまり変わらないんですね」
「はい、表と裏は表裏一体。招かれた者しか入れぬといえども、姫路城と裏姫路城の構造は同じなのです」
「左様のようですな。なるほど、これは確かに同じように見える」
鳥居が城内を見回し、納得したように頷く。
「ご案内の方、大禿は息災でございましょうか? 姉様のお役に立っておりますでしょうか?」
「はい、とても、役に立ってますよ。今日は使いで不在ですが、いずれお会いできるでしょう」
「亀姫殿、その大禿というのはどなたですか?」
我の問いに亀姫は少し恥じ入るような表情を見せる。
「大禿は私の従者の”あやかし”です。身の回りの世話をしたり、新しく城の城主となった人間に私への挨拶の督促をしておりました」
「それは会津藩の怪談奇話を集めた『老媼茶話』に登場する”あやかし”ですな。猪苗代城の亀姫の談話に記されています」
「ええ。猪苗代城が落ち、もはや私も大禿を雇ってはおけず、姉様の下へ奉公へ出したのでございます。ああ、私の甲斐性のなさが恥ずかしい」
なるほど、亀姫が言っていた刑部姫へのつなぎの者とはその者であったか。
そうか、不在か。
そうか……。
やがて我らは狐の案内で裏天守閣へとたどり着く。
畳の上に座ると、御簾の向こうに一体の気配。
おそらく、あれが刑部姫。
「初めまして刑部姫殿。我は黄貴。前妖怪王”八岐大蛇”の嫡男にございます」
「お久ぶりです姉様。亀姫にございます。姉様の城は変わらずご壮健ご荘厳で何より。羨ましいくらいでございます」
「久しいな亀姫。聞けば城の再建に苦労しているとか」
「お恥ずかしいながらその通りでございます。ですが、いずれこの白鷺城にも劣らない新猪苗代城をご覧に入れてみせます」
「楽しみにしています。さて、黄貴殿であったか」
「はい」
我は胸を張り、王子の威厳を損なわないよう返事をする。
「話は聞いています。妖怪王になる条件を知りたいのでしょう」
「その通り。我への助力をお願いしたく参った所存」
「確かに、西国の目付けの要と称される妾ならそれを知っているのも当然。そこに目を付けたのは褒めてあげます」
「光栄でございます」
「ですが、高貴たる妾から何かを受け取りたいならば、それに見合う贈物が要るもの。もちろん、黄貴殿は知っておいででしょう」
「無論承知の上」
このやりとりは儀礼的なもの。
事前に我の要求と刑部姫の要求は互いに通達済。
こういうのは普段は鳥居の役割だが、今回は亀姫を通じて彼女の要望を聞いている。
その要求は『毒を食してみたい』というもの。
危険を感じる内容に少し面食らったが、我には頼もしい女中がいる。
女中はこの要求に対し、『えーっと、本当にヤバイやつとヤバくないやつのどっちにします?』などと目を輝かせてメニューを考えおった。
さて、ここは……、こちらであろうな。
「聞けば刑部姫殿は『毒を食してみたい』とか。ならば附子を持って参上しようとも思いましたが、その美貌を前に附子を贈るのはあまりにも失礼であるし芸が無い。従いまして、本日はこちらをお持ちしました」
我が目配せすると、女中が蒔絵の箱をふたつ前に差し出す。
我が箱を開けると、その中にふたつの毒物が入っていた。
ひとつは赤茶色で脳味噌のような皺のある茸。
もう一つはその穂から白と黒の入り混じったボコボコの塊が噴出したトウモロコシ。
「ほほう、これらはどのような毒物であるか?」
「それは我が女中、珠子より説明させましょう」
我が目配せすると、女中もそれに応えるようにパッチンとウィンクする。
そんなお茶目にせずともよかろうと思ったが、黙っておこう。
腹に一物も二物を抱えた意思疎通は女中の得意とする所ではなく、鳥居の専門だからな。
「はいっ! それでは黄貴様の最古参の配下、『金の亡者』こと珠子より説明しますね。こちらの腐った脳味噌のような塊はシャグマアミガサタケ! ヨーロッパで珍重されるアミガサタケと名前は似ていますが、実は別物! シャグマアミガサタケはフクロシトネタケ科、アミガサタケはアミガサタケ科ですっ!」
女中は生き生きと目を輝かせながら毒キノコについての蘊蓄を語り、刑部姫はほほうと頷く。
「そして、こちらは普通のトウモロコシですが……、時に刑部姫様、麦角はご存知ですか?」
「知っています。大麦やライ麦の穂に生じる黒い長い牛の角のようなものでしょう」
「その通りっ! 麦角菌が麦などの穂に寄生すると麦角が生じ毒性を得ます。それと同じようにトウモロコシに黒穂菌が寄生するとこのように中身が黒くなってしまいトウモロコシの実は黒く肥大化してしまうのですっ!」
女中がボコボコの塊を割ると、そこから見えるのは、トウモロコシの黄色とは全く違った黒い塊。
「なるほど、それは病魔に侵された唐土というわけですね」
「はい、その通りです」
ふたつの食材の入った箱をさらに前へと出し、女中は頭を下げる。
「どちらも日本では珍しい物。高名な刑部姫殿には普通の毒物よりも舶来物の方が良いと思い準備させました。どうぞ納められよ。その御簾を上げて」
我の声に御簾越しではあるが刑部姫の気配が変わる。
「わかりました。ここまでの進物を前に顔を明かさぬのも無礼というもの。これ、御簾を上げよ」
扇がパチンと閉まる音がすると、狐の従者の手で御簾がスルスルと上がり、刑部姫の姿が露わになる。
十二単の衣に紅の長袴、平安風の黒い長髪に丸い眉。
その顔は亀姫のスラリとした顔立ちと似ていてる。
亀姫の方が瞳が丸めで愛嬌がある顔立ちの一方で、刑部姫は切れ長の美しい瞳をしている。
現代風に言えば美人系だろうか。
まあ、これは一般的な感想で、見た目の美醜などに我の心は惑わされぬがな。
特にこやつには。
「姉様は増々お美しさに磨きがかかって、羨ましい限りですわ。私では見劣りしてしまいそう」
「ふふふ、まだまだ亀に負ける妾ではありませんよ」
久方ぶりの姉妹の対面にふたりは笑い合う。
亀姫の話では、姉妹といっても義姉妹であるが、その絆は深いとのこと。
「さて、黄貴殿、この進物ありがたく受け取りましょう。ですが妾の望みは『毒を食してみたい』というもの。ちょうど料理では高名な珠子殿がいらっしゃってるのですから、これを調理して手本を見せてくれぬか? そうでないのなら、受け取りは無しとしたい」
無体な要求だ。
普通に考えれば毒物の調理など出来ぬが道理。
だが、この言葉の外には、そうせぬなら妖怪王となる条件を明かさぬという意志の表れ。
我が女中の顔を見ると、露骨に嫌な顔をする。
そうであろうな。
「承知しました。女中よ、これらを見事調理してみせよ」
「えー、お言葉ですが黄貴様。あたしはこれでも人間の料理人なのですけど」
「それでもやるのだ。これもキノコとトウモロコシの類なら、それにふさわしい調理法があろう。それでよい、やるのだ」
「……わかりました。何とかやってみます。台所は貸して頂けますよね。あと、調理中は決して覗かないで下さい」
「台所は自由に使わせますが、調理を見せぬのは許さぬ。そこの子狐を同席させよ。噂に名高いそちの腕を勉強させたいのでな」
「……別にいいですけど、どうなっても知りませんよ」
少し不機嫌そうな顔で女中が立ち上がると、子狐が『こちらへ』と案内する。
「ああ、あとひとつ」
「まだ何か?」
「料理は十人前ほど用意せよ」
その要求に女中の身体が一瞬強張る。
それが意味することを知っているからだ。
だが、ここで止まるわけにはいかぬ。
「女中よ。言われた通りにするのだ」
「……はい、わかりました」
場には重い緊張感が流れた。




