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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
311/409

狐者異(こわい)と恐怖のうどん(その1) ※全4部

 天国のおばあさま、お元気ですか。

 天国はとっても良い所で、不満や不安から解放された世界と聞きます。

 ちょっとうらやましいです。

 現世(うつしよ)はそういうのでいっぱいですから。

 でも、美味しい物を食べている時の人はみんな幸せそうです。

 あたしも、食べた人がみんな笑顔になるような料理を心がけていますが……。

 どうやら”あやかし”の方はそれだけではダメなようで……。


 おばあさま、参考までに珠子にお聞かせ下さい。

 もし、おばあさまがこんな課題を出されたら、どうしされますか?

 ”人間が恐怖を感じる料理”

 こんなメニューを考えて欲しいと。


 あ、恐怖の味噌汁(今日、麩(きょうふ)の味噌汁)ってのはナシですよ。

 それはもうダメ出ししましたから。


◇◇◇◇


 あたしの心臓の鼓動が少し早い。

 理由は赤好(しゃっこう)さんに呼び出されたから。

 彼とは普段一緒に買い物に行ったりするんだけど、今晩は違う。

 なんと『明日のこの時間にこの店に来てくれ。誰にも内緒で』なんてメールをもらったりしたら、ドキドキするのも自然。

 ”鉄の胃袋(アイアンストマック)”だけじゃなく”毛の生えた心臓”まで持ってると(ささや)かれたり、”女は度胸ってのにもほどがある”とまで言われたり、果てには”未婚の肝っ玉母さん”なんて異名が付きそうな昨今ですけど、あたしは乙女なのです。

 恋の丁々発止(ちょうちょうはっし)にトキメキを覚えたりします。

 赤好(しゃっこう)さんがあたしをわざわざ呼び出す理由はきっとアレ(・・)

 あたしの誕生日に彼から受けたサプライズ告白の返事。


 付き合いますか Yes or No


 この答えを赤好(しゃっこう)さんは待っているに違いない。

 うーん、どうしようか正直迷っている。

 赤好(しゃっこう)さんは良い方だし、他の兄弟の方の中でかなりまともというか、人間的なアプローチをあたしに向けている。

 これが彼の気質のものか、あたしのために人間に合わせているのか不明だけど、その気配りはポイントが高い。

 このまま付き合っちゃうのもありかなー、なんて思ったりするけど、それは今日のデートの段取りを見てからにしよう。

 待ち合わせ先がちょっと気になるのよね。

 メールの連絡にあった場所は駅から少し離れた病院近くの商店街。

 昔はそれなりに繁盛していたのだけど、今はシャッター街に片足を突っ込んでいる(さび)れかけの街。

 指定の場所には潰れたうどん屋があったはずだけど……。


 テクテクテクとあたしが指定の場所に近づくと、閉店になったはずのうどん屋に灯りが見える。

 それだけじゃない、放置されて半分廃墟のような雰囲気だった店がリフォームされたように綺麗で清潔。

 ひょっとして『君との新しい門出にお店を用意した。ふたりでこの店の女将と大将になろう』って展開かしら!?

 そ、それはそれで嬉しいけど、気が早いっていうか、あたしが欲しい店は他にあるっていうか、でも無下には出来ないっていうか……。

 デュフフ、愛が重たくて困っちゃう~!


 ガラッ


 「へいお待ちっ! あらよっと珠子出前一丁!」


 あたしは威勢よく引き戸を開け、ウィットに富んだジョークを交えながら中で待っているであろう赤好(しゃっこう)さんに声をかける。

 だけど、あたしの目に入ったのは、爛々(らんらん)と光る丸くてギョロッとした双眸(そうぼう)

 髪は短髪で逆立ち、その頬は()せこけ、肌は病人と見紛(みまご)うくらい青い。

 あたしは知っていた。

 その”あやかし”を見たことがあった。


 「くっくっくっ、よく来たな。まずは歓迎してやろう。さあ、空いている席に座るがよい。下さい」


 それはあたしが閉じ込められたアリスさんの夢の中で出逢った”あやかし”。

 ”怖い”の語源ともなったと伝えられて、恐怖を(かて)とし、恐怖を与える精霊のような存在。

 ”狐者異(こわい)”。


 ピシャ


 あたしは中へ踏み込まず扉を閉め、赤好(しゃっこう)さんとの待ち合わせ場所を確認する。

 うん、間違いない、ここ。


 ガラッ


 「くっくっくっ、ここまで来るとは大した女よ。褒美に存分におもてなししてやろう! さあ! 遠慮せず中へ入るがいい! いらっしゃいませ」


 ピシャ

 

 あっれー!? やっぱりお出迎えしたのはギョロ目の狐者異(こわい)

 い、一応、中に赤好(しゃっこう)さんがいないか再度確認を……。


 ガラッ

 

 「くっくっくっ、汝が扉を叩く時、扉もまた汝を叩いているのだ。という小粋な話もございます。タネも仕掛けもある”狐者異(こわい)うどん”へようこそ!」


 いやいや、そりゃないわ。

 口の端まで裂けた笑顔で歓迎する狐者異(こわい)を見て、あたしは再び扉を……。

 

 ガチッ


 あれ? 扉が動かない。


 ガシッ


 そして腕を掴まれた!?


 「いつまで愉快なことやってんの! とっとと入りなさーい!!」


 少し可愛らしい女の子の声が聞こえ、あたしは中にグイッと引きずり込まれた。


◇◇◇◇


 ドキドキドキドキ

 あたしの心臓の鼓動がいつもより早く聞こえる。。

 

 「驚かせてすまなかったな。天丼珠子さん」

 「おそいよー、おねーちゃん」


 中で待っていたのは赤好(しゃっこう)さんと紫君(しーくん)


 「んもう、あんまり待たせないでよね」


 そして、あたしの引っ張った手の正体、猫又(ねこまた)ならぬ狐又(きつねまた)のコタマちゃん。

 彼女は”あやをかし学園”の生徒で、紫君(しーくん)のクラスメイトなのだ。

 

 「じ、時間通りですから! 待たせていませんから! というか、どうしてコイツがここに居るんです!?」


 あたしが指さす先は作務衣(さむえ)三角巾(さんかくきん)をかぶった狐者異(こわい)

 夢の中よりサイズは大幅に縮小しているけど、その容貌(ようぼう)狐者異(こわい)で間違いない。

 

 「くっくっくっ、そう恐れるな。もはや俺公(オレ)はお前に危害を加える気は……」

 「あんたも! もう雑狐(ざこ)なんだから、偉そうにしない!」

 「あ、ごめんなさい。コタマ様、すみません! ごめんなさい! もうしませんから! しないです!」


 ポカッとコタマちゃんが狐者異(こわい)を叩くと、狐者異(こわい)はシュンと頭をすくめる。

 ここだけ見ると、狐者異(こわい)からは夢の中で()った恐ろしい感じはしない。

 だけど、その顔はちょっと怖いかな。

 それは江戸時代の『絵本百物語』に描かれているように、ギョロっとした目とやせ細った身体、青ざめた肌で足のない幽霊の姿をしていた。

 

 「いったいどういうことです? あの時、夢の中でみんなで倒した狐者異(こわい)が何故ここに!?」

 「くっくっくっ、あの程度で俺公(オレ)を倒せると思うなよ。妖力(ちから)を九割九分九厘九毛は失いはしたが、毛ほどの差で幽世(かくりよ)()きは(まぬが)れたのだ。ちゅらい」

 「はいはい、毛一本残ってるだけでしょ。あんまり大口叩かない」

 「すみません、すみません、口の利き方に気を付けますです」


 どうやら力関係はコタマちゃんの方が上みたい。


 「コタマちゃんと狐者異(こわい)はお知り合いなのですか?」

 「むかーし、むかーし、まだコイツが”こわい”とだけ呼ばれてた時に文字を当ててやったのよ。“狐者異(こわい)”ってね。無所属だったコイツを狐の派閥(はばつ)に入れてやったの」

 「当時は字が書ける”あやかし”は希少であったからな。(はく)を付けてもらったのよ。です」

 

 なるほど、そういう関係でしたか。


 「おふたりの関係はわかりましたが、どうしてあたしたちの前に現れたのです? 狐者異(こわい)のことを恨んでる”あやかし”さんは大勢いますよ。それこそ今度こそ幽世(かくりよ)へ送ってやるくらいの方が」


 ”夢のせいれい”と共謀し、数々の”あやかし”を夢の中へ引き込み、それを蹂躙(じゅうりん)することで恐怖を植え付ける。

 その恐怖を(かて)に勢力を伸ばし、さらには現世(うつしよ)への侵攻を計画していた狐者異(こわい)(偽の大悪龍王)の企みは七王子のみなさんと退魔僧の方々の共闘により破綻。

 だけど、その勝利は紙一重。

 数々の偶然とあたしの活躍が無ければ、その企みは成功していたかもしれない。

 

 「俺も最初は驚いたさ。俺は夢の中には入らなかったが、狐者異がどれだけのことをしたのかは聞いている。だけどよ、紫君(しーくん)がさ……」


 赤好(しゃっこう)さんはそう言って、きゅるんとした目でこっちを見る紫君(しーくん)を指さす。


 「ボクがひろってきちゃった!」

 「そんな捨て猫みたいに!」

 「だってかわいそうだったんだもん。こーんなにちいさくなっちゃって、道でキュウキュウないてたの」

 「元の所へ捨ててきなさい。ウチは飲食店だからペットを飼うわけにはいきません!」

 「えー、ちゃんとめんどうみるからー!」

 「ダメったらダメ!」

 「俺と同じことを言うなよ。天丼は1回くらいにしとかないと飽きられるぜ」

 「えへへ、ついノリで」


 あの事件の時、赤好(しゃっこう)さんと紫君(しーくん)は夢の中には入っていない。

 だから狐者異に対して、憎悪とまでの感情は持っていないのかな。


 「で、流石に家には置いとけなくてよ。この狐者異が他の”あやかし”の目を逃れながらも細々と暮らせる方法を探そうって話をしてたのさ。そしたら……」

 「わたしに感づかれたってわけ。ふふん、紫君(しーくん)がいつもと違う様子だったからね。後をつけて話を聞いたの。もちろん、わたしは紫君(しーくん)の味方よ」


 小柄で細い腰に両手を当て、フフンとコタマちゃんが胸を張る。

 うん、キュート。


 「で、何とか狐者異のエサ……、じゃなくって食事を確保できるようにしようぜって話になったのさ」

 「なるほど、それであたしに相談したくて呼び出したってわけですね」

 「そうさ。この子にも『珠子を呼び出してちょうだい』ってお願いされてな。驚かせてすまなかったな」


 なるほど、だから『誰にも内緒で』って話だったのね。


 「でも、紫君(しーくん)はともかく赤好(しゃっこう)さんも協力するなんて珍しいですね。これは恋愛事とは違うのに」

 「ああ、俺自身も意外さ。だけど、あんなのを見ちまうと……、いや、今はいいか」

 「えー、ちょっと気になります」

 「ああいうのは実際に見た方がいい。それよりも慈悲深い珠子さんに協力して欲しいのさ。いいかな?」

 「ま、他ならぬ赤好(しゃっこう)さんの頼みですからね、協力しますよ。狐者異さんの食事の件ですよね。やっぱ”うどん”ですか?」


 狐者異の存在が明確に記されているのは江戸時代の奇談集『絵本百物語』。

 この中で狐者異はうどんを食べようとする姿で描かれているのだ。


 「おバカね。うどんをいくら食べても狐者異の妖力(ちから)になんてなりゃしないわ」

 「だったら、何を食べるんです?」

 「決まってるでしょ。狐者異は人の恐怖から生まれた”あやかし”よ。『絵本百物語』に描かれた”うどん”を食べようとする姿は”飢餓への恐怖”の側面でしかないわ。”老いへの恐怖”は(しわ)だらけの顔。”病への恐怖”は青い(かお)。”死への恐怖”は足の無い幽霊の姿、そしてひとりで立っていて説明文も少ないのは孤独を、”別離の恐怖”を表わしてるのよ」

 

 鼻をフンと鳴らしコタマちゃんが丁寧に説明してくれる。

 

 「なるほど、老病死別(ろうびょうしべつ)に飢えを加えた人間の苦しみ。それへの恐怖が集まって形を得たのが狐者異さんなんですね」

 「そうよ。だから狐者異の食事は”うどん”なんかじゃないわ」


 そしてコタマちゃんは狐者異さんを一瞥(いちべつ)して言葉を続ける。


 「恐怖よ」

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