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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
308/409

はらだしと天邪鬼とナミダのかたおもい(前編) 

 ポロロン


 ここは『酒処 七王子』のパーティルーム。

 流れてくるのは、流しの吟遊詩人(自称)の琵琶の音。

 これは、これから始まる物語の前奏曲(プレリュード)

 

 今日は平和な一日だった。

 普通に学校に行って、みんなと帰ってくるだけの平穏な日常。

 夕方から公開されたスマホゲームの新イベントが始められないくらいが心残り。

 

 僕の名は橙依(とーい)

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の六男で祝詞(のりと)の女神の息子。

 あやをかし学園中等部所属。

 今日はちょっとしたイベントに参加中。

 イベント名”転校生の歓迎会”。

 

 珠子姉さんは”歓迎会”には参加せず、厨房でスッペシャルな料理を準備中。

 お題は、”嬉しい涙と辛い涙が同時に出る料理”

 ウッキウキ。


 ま、この時点でわかっただろうね。

 またアレ。

 僕の友達の天野がまた天邪鬼な料理を所望。

 僕は珠子姉さんの心が読める。

 だから、この勝負の行方は判明済。


 どうなろうと珠子姉さんの負け。


 これは、あれ。

 敗北イベントってやつ。


◇◇◇◇


 「ふひぃ! すごぉい! こんな食事法があったなんて!」


 少し甲高い声で歓喜を上げているのは濡尾(ぬれお) 名護美(なごみ)

 この前、四国からやってきた転校生。

 正体は”濡女子(ぬれおなご)”。

 彼女は水の(したた)り続ける髪で料理を台無しにする自分が嫌いだった。

 正確には、それで料理を作った人の心を無碍(むげ)にするのが嫌だった。

 それを僕がカタパンを使って解決。

 カタパンなら水に濡れてもふやけるだけで、食べやすくなるだけって。

 ……そしたら懐かれた。


 『ふひっ、自分のためにこんな素晴らしいことを考えてくれたあなた(・・・)は、自分の運命の方です!』

 

 みたいな感じで。

 懐かれ過ぎても困るので、僕は『この程度のもてなしは僕の家の『酒処 七王子』なら常識。たとえ君が突然訪問しても対応可』と一蹴。

 そしてら『なら、行きましょう! 今、行きましょう! 一緒に行きましょう!』と僕を僕の家に拉致。

 彼女の髪は伸縮自在(しんしゅくじざい)

 僕はグルグル巻き。

 面白そうだと僕の友達の”(さとり)”の佐藤李(さとうりー)と”雷獣”の渡雷十兵衛(わたらいじゅうべえ)と”天邪鬼”の天野孔雀(あまのくじゃく)、天野の彼女の”はらだし”の原田椎(はらだしい)さんが合流。

 しかも、道中で知り合いの件憑(くだんつ)きの九段下月子(くだんしたつきこ)さんと若菜姫(わかなひめ)まで遭遇。

 はい、団体様ご到着。

 で、いつものように僕は珠子姉さんに依頼。

 

 『……髪から滴り落ちる水で料理を台無しにしてしまう彼女でも、安心して食べれる料理を出して』って。

 もちろん珠子姉さんの答えは『はーい、8名様、個室を用意しますので10分ほどお待ち下さい』。

 平常運転。

 

 パーティルームでガタガタガタと物音が聞こえ、待つこと10分。

 広いパーティルームに簡易ベッドとテーブルが並べられた会場が完成。


 ポロロン


 「これぞ人類の古代の叡智! 古代ローマ式パーティです!」


 珠子姉さん曰く、


 『古代ローマの貴族のパーティは寝そべって食事する方式なの。あ、ちなみに吐いて食べてを繰り返していたのはレアなケースだったみたいよ』


 そうしてテーブルに並べられたのは指でつまめる料理。

 チーズや果物、葉物野菜で巻かれたローストビーフ、フォカッチャにお寿司、等々。

 お寿司!? と思ったけど、今日は和洋折衷仕立て、しかも『古代ローマにも刺身はあったのよ』という説明までワンセット。

 濡尾さんの髪は平安時代の高貴な女性の寝具”髪箱(かみばこ)”に収納。

 水漏れなし。

 古代ローマ式は好きな料理を手でつまみ、寝ころんだ口の上から垂らすように食べるスタイル。

 (ふさ)ごと葡萄(ぶどう)を食べる姿は絵画。


 ポロロン


 しかもご丁寧に吟遊詩人まで配備。

 琵琶を弾いているのは『酒処 七王子』新常連、妖狐”ミタマ”さん。

 たまにお金をもらって(うた)(うた)を奏でる”あやかし”ジュースボックス。


 この上品で優雅なスタイルに濡尾さんはすっかり夢中。

 で、『ふひぃ! すごぉい! こんな食事法があったなんて!』となったわけ。


 「……わかったでしょ。別に僕は特別なことをしてない。これくらいは普通」

 

 僕は濡れ女さんに淡々と説明。

 これ以上、僕がモテモテ風になるのは困る。

 僕がモテたいのは珠子姉さん限定。

 

 「あら、そうかしら。この寝そべって食べる古代ローマスタイルだけだと物足りないわ」


 うつ伏せで牛のような乳をクッション代わりに使いながら、九段下さんが対抗心。


 「そうですか。では、九段下さんはどんな食べ方がお好みですか?」


 珠子姉さんは営業スマイル(通常運転)で応戦。


 「それはもちろん、普通に座るようなスタイルよ。あ、そこの確か……濡れ濡れ女の髪のことも考えてね。私達は日本在住だから和風がいいわ」

 「ふひっ、そんな思い出すようなふりして自分を卑猥(ひわい)な名前にしないでくださぁい」


 九段下さんの言い方に濡尾さんが抗議。


 「うーんと、そうですね。こういうのはどうでしょう」


 ピッピッピッと珠子姉さんが部屋の大型モニターのリモコンを操作。

 流れる映像は露天風呂。

 

 「この露天風呂に入りながら食べるスタイルはどうです? 舟に冷たい飲み物とかお酒とかおつまみを乗せて。あ、濡れ女さんには髪を浮かべる髪舟(かみふね)をご用意しましょう」

 「くっ。ま、まあ、ちょっと魅力的ね。ヒーローと一緒ならもっと魅力的だわ」

 「ふひゃあ! これいい! あなた(・・・)と同じ湯に入りたい!」

 

 珠子姉さんの新提案に九段下さんも濡尾さんも賛同。

 僕もやってみたい気はある。

 だけど落ち着いて風呂を楽しめないのは遠慮。


 「……入らないよ。女湯に入る気はない。僕が入るのは男湯」

 「なるほど! つまりこの若菜姫に男湯に推参して欲しいということだな!」

 「……話をややこしくしないで」

 

 若菜姫は男装すれば男に見えなくてもないけど、そういうのは勘弁。


 「橙依(とーい)君ったら、相変わらずモテモテね。またひとり女の子を増やしちゃって」

 「ラノベ主人公体質だからな、こいつは。おい、橙依(とーい)、お前、心の中で『あれ? 僕また何かやっちゃいました?』って思ってるだろ」

 「……嘘800言わないで」


 (さとり)の佐藤の言葉を僕は否定。


 「ふひっ、ヤられたのはこっちですぅ」

 「ヒーローは私を命掛けで守ってくれたんだから!」

 「清いお前の純潔、確かに受取ったぞ」

 「……嘘、大袈裟、まぎらわしい。そんな宣伝もダメ」


 女の子たちの台詞に僕はCM風の抗議。


 「またまた、そんなことを言って、橙依(とーい)殿はまんざらでもないでござろう」

 「まったく(うらや)ましいぜ」

 「それって、本心は”あたしだけで十分”ってことよね。んもう、天野君ったら天邪鬼なんだから」

 「う、羨ましくなんてないぜ! 全然な!」

 

 僕の恋愛関係相関図の外の渡雷と天野と原田さんが勝手な発言。

 ここには居ないけど渡雷には鎌井(かまい)さんたちの次女、恋太刀(こいたち)さんという彼女がいるし、天野と原田はラブラブカップル。


 「ひやっ!? ひょっとしてそこの天野さんと原田さんはお付き合いしているのですかぁ?」

 「そうでーす!」

 「そんなことないぜ!」


 濡女子さんの問いに肯定と否定の回答があるけど、そのシンクロ率が導くものは肯定一択。

 

 「それは興味深いな。恋愛模様は舞台の花。それも天邪鬼の恋とは」

 「あたしも興味あります。あたしが知り合った最初から原田さんは天野君の事が好きって話でしたけど、どこがいいんです? この天邪鬼の」


 若菜姫と珠子姉さんと同様に、僕もそこには興味有。

 天邪鬼の天野の心は不明。

 僕や(さとり)の心を読む能力(ちから)でも読み切れない、チート。

 でも、天野の態度からすると、彼が原田さんを気に入っているのは確実。

 原田さんはスタイルも良くってよく笑って、魅力的な女の子だから、それは理解可能。

 でも、それ以上に不明なのは原田さんの方。

 

 「おい、橙依(とーい)。お前、今『原田さんが天野を好きになった話を知りたい』って思っただろう」

 「拙者もそう思ったでござるよ」

 「ふひっ! 恋バナ!」

 「私も興味あるわ。これは予言かもしれないけど、『これから面白い話が始まるわ』」

 「良い話なら、その脚本で演目を仕立ててみせよう! 主演はもちろん心の清いお前とあたしでな!」

 「あたしも知りたいです。ねえ原田さん、教えて頂けませんか? 今ならスペシャルな料理をサービスしますよ」

 

 僕達の心が大体ひとつに!


 「えっと、あたしは別にいいんですけど……」


 その声と視線を受けて、原田さんはチラッと横目。


 「いいぜ原田、俺達の昔話をしてやろうぜ。ただし! お代は俺が望むスペシャルな料理だ!」

 「受けて立ちましょう!」


 天野の挑戦に珠子姉さんが応戦。

 僕達は『またか……』と溜息。


 「天野殿、そろそろ懲りたらどうでござるか。どんな矛盾なお題でも珠子殿はこなすと思うでござるよ」

 「俺もそう思うぜ、ヤレヤレってやつさ」

 「……右と左に同じ」


 どんな矛盾したお題であっても珠子姉さんはきっとこなす。

 これまでも、これからも、きっと。


 「はっ、俺が何も作戦を考えずに来たと思ってるのか!? おい、女、俺は、俺達は客だよな」

 「はい、大切なお客様ですよ」

 「だったら、客に花を持たせるのも立派な仕事だよな」

 「ええ、もちろんです」

 「いいぜ、それを踏まえて俺はこんなスペシャルな料理が食いてえ。”嬉しい涙と(つら)い涙が同時に出るような料理”。な、至ってシンプルだろ」

 

 そう言って天野は(よこしま)(わら)い。

 正調天邪鬼ムーブ。

 僕はちょっと感心。

 理由は単純、あの珠子姉さんが思案中。

 ”嬉しい涙と辛い涙が同時に出る料理”くらいなら珠子姉さんならきっと余裕。

 だけど、客に花を持たせるのが問題。

 珠子姉さんの得意技に食用花があるけど、季節は冬。

 これは難題。

 でも……。


 「はいっ、おまかせ下さい。ただ、小一時間ほどかかりますので、少々お待ち下さいね」


 そう言って珠子姉さんは笑顔で厨房へ。

 やっぱり。

 

 「おい橙依(とーい)、お前『やっぱり』と思っただろう」

 「……うん」


 今のは佐藤の台詞じゃない、天野の台詞。


 「今日の俺は一味違うぜ。吟遊詩人の姉ちゃんバックミュージックを頼む。さ、原田、恋バナを始めようぜ」

 「え、でも……」

 「かしこまりました」


 ポロロン


 ミタマさんの白い指が弦を爪弾(つまび)前奏曲(プレリュード)が開始。

 

 「なるほど、そうきたでござるか」

 「ふっ、俺達は負ける戦いには慣れてるからな」

 「……これは予想外」

 「うーん、ちょっと悪い気がしますけど」


 原田さんは少し躊躇(ためら)いの表情。


 「いいじゃないの。たまにはあの女が負ける所を見てみたいわ」

 「開演に間に合わないのが悪いのさ」

 「いひっ! 早く聞きたいですぅ!」


 女の子たちは”恋バナ”が好きという情報。

 それは人間でも”あやかし”でも変わらないのかもしれない。


 「……いいと思う。それに天野が本当に喜んだ顔、見てみたくない?」


 天野の心は(さとり)の佐藤でも混沌としていて読み切れない。

 天邪鬼が心から笑ったらどうなるのか。

 それは誰も知らない秘密。

 僕のこの台詞が決め手。

 

 「わっかりました! それじゃあ!

 「恋バナの前払いといこうぜ!」

 「では、僭越(せんえつ)ながら前口上は、こちらから」


 ミタマさんはそう言うと、その白くて長い指で琵琶を弾き始めた。


 ポロロン

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