七王子と珠子と宝船(後編)
今までにない真剣な表情のふたりに、ボクたちはゴクリと唾を飲みこむ。
「あたし、みなさんと一緒に年の瀬を過ごせて、とっても嬉しいです。にぎやかでとっても楽しくて、アパートを焼け出されたあたしに住居まで世話してもらって。あたし、こんなに幸せな気持ちで年越し蕎麦を作ったのは初めて、それに……」
そう言って、おねえちゃんは四角い器を取り出す。
ボク知ってる! あれはそば湯を入れるやつ。
「こんなに美味しい出汁が取れて、さらにそば湯がいっぱい出来たんですものー! ひとり分じゃ絶対出来なかったわ!」
そば湯入れを抱きしめながらクルンクルンとおねえちゃんが回る。
「なるほどぉ! お嬢ちゃんはわかってるぅー! わかってるって信じていたよ! おじさんは!」
「ええ、そば湯と言えば!」
「「焼酎のそば湯割りだよねー!」」
ふたりの声がシンクロする。
そして、おねえちゃんの胸に抱かれる焼酎の瓶。
……だめだ、このふたり『我が』『アタシが』『俺が』『私が』『……僕が』『ボクが』付いててやらないと。
そんなボクとみんなの心の声が聞こえた気がした。
◇◇◇◇
「えー、でもボク焼酎って、あんまり好きじゃないな。だって辛いんだもん」
ボクは甘いお酒が好き。
だから、焼酎は苦手、甘いクリームリキュールとかが良かったのに。
「ふっふっふっ……そう言われると思っていました。だから!」
ドンと音を立ててテーブルの上に置かれた焼酎。
「この薩摩の芋焼酎『鬼火』は、そんじょそこらの焼酎とは違う! ほら、紫君、このラベルに何て書いてある?」
ボクは赤いラベルの金の文字を読む。
「焼きいも焼酎?」
「そう! 通常の芋焼酎は蒸かした芋を使って仕込むのですが、これは違う! 焼きいもで仕込むのです! なので、甘味がしっかり! まずはお湯割りで!」
おねえちゃんが出してきたのはそばちょこ。
そして、コポポとみんなに『鬼火』とお湯が注がれる。
「さあどうぞ!」
おねえちゃんの声にボクたちはお湯割りを口にする。
ふわり
お鼻を抜ける焼酎の香りと舌の上の甘味。
そこから……焼き芋の香ばしさと甘みが広がる。
これって、ちょっと好きかも。
「お湯は温度が高すぎると飛んだアルコールが刺激になりますから、60~70℃くらいが美味しいですよ。温度設定が出来る電気ポット! 人類の叡智! フィードバック制御の勝利です!」
ポットを抱え、えっへんと胸を張るおねえちゃん。
「これは良いな。ふくよかな甘味が口に広がる。普通の焼酎とは違った甘味だ」
「あらっ、焼き芋は乙女の専売特許だけど、焼酎でも楽しめるなんてステキね」
「ふくよかじゃない珠子さんのオススメだけあって、ふくよかな味わいだね」
「まったく、人間は不思議ですね。芋のデンプンに熱を加えて糖に変えるのに、蒸すと焼くの両方を試してみるなんて」クイッ
「……いける」
思い思いの感想を言いながらも、みんなはクイッとちょこを空にする。
ボクも。
「さあ! みなさんお待ちかね! 次は焼き芋焼酎のそば湯割りですよ!」
「まってましたー! やっぱ蕎麦猪口で呑むなら、蕎麦湯割だよねー!」
このおじさん、ノリノリだよ。
「そうですねー! 蕎麦猪口はあたしもお気に入りの酒杯のひとつです」
このおねえさんも、ノリノリだね。
仲良しさんだよね。
ゴーン
鐘の音が聞こえる。
「あら、除夜の鐘が始まったみたいね」
「さあ! それでは暮れ行く年を惜しんで! 新たな年に望んで! 乾杯といきましょう!」
そう言っておねえちゃんは器を高くあげる。
「ふむ、女中の今年の働きは見事であったぞ」
「ええ、珠子ちゃんには、いっぱい助けられたわ」
「煩悩に満ちた珠子さんも魅力的ですよ」
「ういーっく、お嬢ちゃんはいい娘だね」
「ふう、困った人ですが、利用価値はあると思います」クイッ
「……珠子姉さんはいいひと」
「ボクも珠子おねえちゃんが大好きだよ、いっぱい吸わせてくれるから!」
こんなにぎやかな年越しは初めて。
去年はみんなバラバラだったから。
これもみんな珠子おねえちゃんのおかげ。
「ありがとうございます! あたしもみなさんが大好きです! それじゃあ!」
「「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」」
キンと音がして、器が合わされる。
今年はボクたちにとって、今までになく楽しい年だった。
来年も、その次もずっとそうだといいな。
◇◇◇◇
「そう言えば、紫君よ。さっき何やら絵を描いておったようだが、あれは何だ?」
黄貴おにいちゃんがボクにたずねて来る。
「ふふふ、みなさんとあたしに福をもたらしてくれるものですよ」
「えへへ、じゃーん!」
ボクはそう言って、もっていた絵を広げる。
上半分には大きな船と雲。
「これは……宝船かしら?」
「そうだよー!」
藍蘭おにいちゃんの言う通り、これは宝船。
「そして、船の七福神に扮しているのが我々という事か。まあ、神に例えられるのは悪い気分ではないな」
黄貴おにいちゃんが見ているのは船に乗った七人。
そこには、ボクと六人のおにいちゃんたちが杯を手に船から降りようとしている。
「この地上で手を振っているのは二次元な珠子ちゃんだよね」
「うん、せいかいっ! これは珠子おねえちゃん」
下半分にはひとり女の子の絵、これは珠子おねえちゃん。
「宝船も”あやかし”の一種ですからね。この『酒処 七王子』にふさわしいと思いますよ」
「そうなの?」
「はい、江戸時代の妖怪画集『百器徒然袋』にも描かれています! 百器徒然袋には、あの文車妖妃さんも描かれているんですよ」
「へぇ、あの娘もねぇ」
少し感心したように藍蘭おにいちゃんが言う。
「酒に酔って、宝船から落っこちそうになっているのが、おじさんたちらしいじゃないか。いいねぇ」
「……ちょっと違う、これきっと降りようとしている」
「そうです! 橙依くんが正解! これはみなさんがあたしのいる人の世界にやってきた姿をイメージして描いてもらいました!」
おねえちゃんの言う通り、ボクたちはあわてんぼうのサンタクロースみたいじゃない。
「しかし、これには足りないものがありますね。詠がない」クイッ
中段の空白を示しながら蒼明おにいちゃんが言う。
「さすが蒼明さん。よくご存知でした。この絵は最後に詠を書いて完成なのです。僭越ながら、ここはわたくしめにお任せを!」
そう言って、珠子おねえちゃんが筆を取る。
「よい許す。女中よ、見事な歌を書いてみるがよい。ここにふさわしい詠をな」
「はいっ!」
そして、おねえちゃんが絵に詠を書く。
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酔い感じ いよいよ在野 今朝 祝い
酒や 十六夜 良い人界よ
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「ほう、なるほどなるほど、見事です」クイッ
やけに感心したように蒼明おにいちゃんは言うけど、ボクにはよくわからない。
他のおにいちゃんたちも頭に?マークが付いている。
「仕方ないですね。私が解説しましょう。これは回文です」
「回文って上から読んでも下から読んでも同じで、『トマトはトマト』みたいなやつ?」
「そうです、宝船の絵には回文の詠を書く風習があるのです。その絵を枕の下に敷いて寝れば、2日の晩の初夢には良い夢になるそうですよ」クイッ
へー、さすが蒼明おにいちゃんはものしりー。
「しかし、女中よ。十六夜とはちと違ってないか? 今日は31日、いや1日ぞ」
「お言葉ですが黄貴様、これは偶然なのか!? いや必然なのか!? 2018年1月2日は旧暦だと11月16日、つまり!」
「初夢の日は十六夜なのか!!」
「はい、この詠は、あたしにとっての福の神様であるみなさんが、あたしの住む人間の世界に来てくれた姿をイメージしました。ありがとうございます! みなさん!!」
へぇー、そうなんだー。
まあ、ボクも珠子おねえちゃんと会ってから人間の世界がちょっと好きになってきたもんね。
「……えっ!? つまり”酒や十六夜”と詠った意図は」
嫌な予感がしているのだろう。
恐る恐る橙依おにいちゃんが聞く。
「はいっ! これから2日の夜まで飲み明かしましょう! 大丈夫! おせちは十分! お酒も十分! お風呂も完備! ありがとう保温機能! ダウンした人はおふとんへ!」
いったいどこからだれが出したのかな。
部屋の片隅にはおふとんがおかれていた。
「大丈夫ですっ、珠子は朝寝、朝酒、朝湯も大好きですっ!」
ノリノリで唄い始めるおねえちゃん。
「あ! い! ず!」
「ばんだいさんはぁ!」
「たからぁのやあまぁーよ~!」
そしてノリノリで合いの手をいれるおにいちゃんたち。
「……大変、このままじゃ珠子姉さんが身上つぶしちゃう」
橙依おにいちゃんも何か言っているけど、ボクには意味はわからなかった。
だけど、これだけはわかる。
これから大宴会が始まることだけは。
まあ、ボクも宴会は大好きだからいいけどね。
「さあ! 始めましょう! あたしたちの新年会を!」
おぼえている?
ボクが最初に言ったこと。
今までのお話はハッピーエンドだったけど、今日のお話しはハッピーエンドじゃない。
明日に続く幸福へ至る道の物語。
そして、明後日に起きることが確定している死屍累々のバッドエンドへ至る物語なのさ。




