八百屋お七とごはんさん(その3) ※全4部
◇◇◇◇
「ここです、ここ! 文京区の円乗寺! 八百屋お七の霊はここにいます」
死神のお姉ちゃんがボクたちをお寺に案内する。
「あ、あそこ! 八百屋って赤いちょうちんの所でお姉ちゃんが立っているよ。きっと、あれがお七お姉ちゃんだね」
ボクが見つけたのは若い女の人のゆうれい。
「みたいね。ふぅん、霊力はまずまずだけど、あれで悪霊にも英霊にもなっていないのは珍しいわね」
あくりょうってのは、うらみとかつらみとかで他の人にやつあたりする、わるいゆうれい。
えいれいってのはスゴイことをした人の魂がなるもの。
鳥居さんとか林ゆうぞうさんとか。
「そうなんですよ。このまま放っておくと百年後くらいには想い人に逢いたいという同じ境遇の女性をそそのかす悪霊になりかねません。ですので、早めに輪廻の環に戻って頂かないと」
「所詮は燃える恋心から本当に家を燃やそうとした純朴な町娘ね。その程度の業や徳じゃ地獄にも極楽にも行けやしないわ」
いっぱいわるいことすると地ごくにつれていかれる。
いっぱいいいことをすると天国とか極楽にいけるんだ。
「それじゃ、紫君さん、おねがいっ。うまくいったらお姉さんがごほうびをあげちゃう」
「がんばって、紫君。ダメだったら、あたしの出番よ!」
「わかった。やってみる」
ボクはトテトテとお七お姉ちゃんの前に。
「こんばんは、ボク紫君!」
『アイタイ、アイタイ、ショウノスケサマ』
「庄之助って人はずっと前に死んだよ」
『ゴハンサンホシイ、ショウノスケサマ』
「だから、生まれ変わって来世でいっしょになるといいんじゃないかな」
『チガウ、チガウ、チガウ! ヤクソク、チガウ! コノママ! イッショニ!』
ガシッ
お七お姉ちゃんの手がボクの首にガシッ。
そしてこわいかお。
うーん、やっぱりあくりょうになりかけてるみたい。
なら、ママからもらった鎮魂のちからで……
『人々の鎮魂のねがいよ、つどいし想いのゆくえよ、このものにとどきて宿りたまえ。
ながきねがいの果てよ、もえさかる恋のどうきよ、この声にこたえて鎮まりたまえ』
いつもなら珠子おねえちゃんから吸ったものを使うんだけど、今日はここにいっぱいの人の心を使った。
お七お姉ちゃんにハッピーエンドになってほしいってねがい。
それをうけとったお七お姉ちゃんはボクの首をにぎる手をスルッ。
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、お七がワルカッタ……』
そう言ってお七のお姉ちゃんは涙をポロポロ。
「やっぱり悪霊化が進行しているみたいですね。さっきは百年って言っちゃいましたけど、これなら十年くらいで悪霊になりそうです」
「でも変だよ。ボクの鎮魂のちからが、あんまりきいてない」
そこらへんのあくりょうなら、これで一発なのに。
「確かに変ですね。ここにはお七さんの成仏や来世での幸せを願う念がいっぱいあります。普通ならもう成仏して転生しててもおかしくないのですが……」
死神のお姉ちゃんの言う通り、ここのお七お姉ちゃんへのやさしい気持ちでいっぱい。
おそなえものもいっぱい。
ふつうなら、こんなに”次でがんばれ”って言われたら、次にいっちゃうのに。
よっぽどあっちに行きたくないのかな。
「はっ、ふたりとも、そんなこともわからないの!?」
「コタマちゃん、わかるの!?」
「ええ、さっきのお七の台詞にヒントがあったわ。”ゴハンサンホシイ”と”ヤクソク”って」
うん、そんなことを言ってた。
「言ってました! でもどんなご飯が欲しいのかもわからないですし、約束もわかりません。コタマちゃんはそれがわかるんですか?」
「もっちろんよ。あれってきっと庄之助とやらとお七が交わした『生まれ変わるなら一緒に』って約束のことよ。その庄之助って男は幽世で待ってるはずだわ。だって、本当にその庄之助がお七のことを想っていて、生まれ変わっているなら、ここに来るはずだもん。本当ならね」
ガシッ
あ、またお七のお姉ちゃんがこわいかお。
『ホントウ、ホントウ、ショウノスケサマ、ヤクソク、ゼッタイ、イッショニナルッテ!』
さっきより、もーっと強くコタマちゃんの首をギリギリ。
「待っててコタマちゃん! 今、しずめるから!」
「その必要はないわ。いいのよ、お暴れなさい」
ウヴォウヴォヴォッヴォオーーーーー!
お七のお姉ちゃんがとってもこわいかおになって、コタマちゃんをぶんなぐる。
でも、コタマちゃんはすましがお。
しばらくすると、お七さんの手はボカッボカッからポカポカ。
つかれちゃったみたい。
そしてコタマちゃんによりかかってナミダをポロポロ。
『ヤクソク、ヤクソク、ショウノスケサマ、ゴハンサン……』
「だいじょうぶ? コタマちゃん」
「なんてことはないわ。貴女、少しは気が済んだ?」
『ゴメンナサイ……』
お七お姉ちゃんはそう言ってペコリ
よかった、おちついたみたい。
「いいのよ。わたしも言葉が悪かったわ。これはおわび。そして、貴女の欲しがっていた”ご飯さん”よ」
スッとコタマちゃんが出したのは、ふたつのおにぎり。
『アリガトウ、ゴハン』
お七のお姉ちゃんはそれをスッとうけとる。
「すごいです! あたしじゃお供えしても無視されるだけだったのに!」
「コタマちゃんスゴイ! でも、お七のお姉ちゃんっておにぎり食べられるの? ゆうれいだよ」
ふつうのゆうれいはごはんを食べない。
たべるのは特別なやつだけ。
めしくいゆうれいとか。
「ちゃんと供物として捧げれば食べられるわよ。やり方は乙女の秘密。やり方を知っている人間はけっこういるけど、”あやかし”でそれを知っているのは少ないんじゃないかしら」
「へー、コタマちゃんって物知り」
「ふふん、それほどでもあるけど」
コタマちゃんはそう言ってエッヘン。
「あっ、見て下さい。お七がご飯さんを食べましたよ」
パクッ、パクッ、カチン
ん? カチン?
なんか変な音。
お七のお姉ちゃんをみると、口から何かをベー。
「コタマちゃん。あれなーに?」
「お金よ、昔のお金”一文銭”。ひとつのおにぎりに3文、ふたつで6文入っているわ」
「なるほど! 三途の川の渡し賃ですね!」
死神のお姉ちゃんが手をポン。
「ねー、それってなーに?」
「幽世から地獄・極楽方面に向かう途中に三途の川というのがありまして、そこを渡るのにはお金が必要なんですよ。料金は六文です。でも、他の通貨や物納も受け付けています」
「お七は江戸時代の人よ。そんなこと知らないんでしょ。彼女はきっとその渡し賃がないと、庄之助と一緒に三途の川を渡って閻魔の所に行けないと思って、現世に留まっているのよ。ま、ふたりの行方は人間道、つまりまた転生するくらいが関の山ね」
「なるほど! 庄之助さんはきっと幽世で彼女を待っているんですね!」
「そうよ。さ、とっととそれを持って幽世に逝きなさい。来世での幸せくらいなら願ってあげるわ」」
コタマちゃんはそうぶっきらぼうに言うけど、おかおは優しい。
「そうです、さ、いきましょ。幽世までの水先案内人はあたしが務めますから」
死神のお姉ちゃんもお七のお姉ちゃんの手をグイッ。
よかった、これでハッピーエンドだね。
…
……
………
あれ?
お七のお姉ちゃんってば、おにぎりを持ったまま動かないよ。
「ほら、さっさっとしなさい。庄之助が待ってるわよ」
『チガウ……』
「ちがわないでしょ。その六文銭を持っていけば庄之助にあえるんだって」
『チガウ! チガウ! コレジャナイ! ゴハンサン! ゴハンサン! ホシイ! ショウノスケサマァァァァーーーーー!!』
お七のお姉ちゃんは首をイヤイヤしてウワァーン。
んー? これじゃダメなのかな?
「あら、やっぱりダメだったみたいですね」
「左様であるな」
「珠子さん!?」
そんな時にやってきたのは珠子お姉ちゃんと鳥居さん。
「やっぱりってどういうことよ!? それに今さら来るなんて。来るなら最初から来なさいよ」
「来るのが遅れたのは準備があったからですよ。おや? あれは……」
珠子お姉ちゃんが見ているのはお七お姉ちゃんの手のおにぎり。
「あれは中世の銭入りおにぎりですね。死者に三途の川の渡し賃を持たせるために死者と一緒に埋葬した」
「しってるの?」
「ええ、横浜の上の山遺跡から炭化したものが出土しています。横浜市歴史博物館の企画展で何度か展示されましたよ」
「左様。権現様の治世が始まるより昔、室町から戦国の世では、高価な副葬品などは墓荒らしに盗まれる可能性があってな、そのように六文銭を握り飯に隠して死者と共に埋葬する風習があったのだ」
「むー、なにその”知ってて当たり前”みたいな言い方。こっちはけっこうたいへんだったんだからね。お七のお姉ちゃんがおこったりないたり」
ボクはちょっとほっぺをプー。
「ごめんごめん。そっか“銭入りお握り”を出したってことは、コタマちゃんは”ごはんさん”をご飯だと勘違いしたのね」
「わたしが間違えたっての!?」
「ええ、でもしょうがないですよ。”ごはんさん”は”あやかし”と少し縁遠いですから」
「うーん、よくわかんなーい」
ゴハンはごはんじゃないのかな。
「そんなことより珠子さんは彼女の『ゴハンサン』が何かわかるんですか!? お願いします、その料理を早く出して下さい! 実は研修課題の締切は今日の日没までなんですぅ~!」
死神のお姉ちゃんはそう言って、うわーんとなく。
そろそろ朝のお日さまが出てくるころだから、あんまり時間がないね。
「いえ、料理はありません。でも、あたしの考えが正しければ、彼女は庄之助さんに逢えると思いますよ」
『ショウノスケサマ! アエル!?』
お七のお姉ちゃんがガバッと珠子お姉ちゃんに抱き付く。
どうするのかな?
珠子お姉ちゃんが料理を使わないだなんて、とーってもめずらしいよね。
「ええ、ですから……」
珠子お姉ちゃんはそういって、まっすぐな目でボクを見て、
「ねえ、紫君。八百屋お七さんをあたしに取り憑かせてくれない?」
とってもあぶないことを言った。
◇◇◇◇
魂ってのはひとつの体にひとつ。
それがふつう。
だから他の人の魂をぎゅぎゅうに入れようとすると、とってもあぶないんだ。
前に珠子お姉ちゃんは”あめゆうれい”の魂を入れたけど、それだけでかなりつかれてた。
「やめておきなさい。これほど強大な霊魂を身体に取り憑かせるなんて一流の霊媒師でもなければ無理よ。あなたには務まらないわ。下手したら死ぬわよ」
「時間とお金があればそうしたいのは山々なんですが、アズラさんの時間がありませんので。それに……」
そう言って珠子お姉ちゃんは死神のお姉ちゃんをチラッ。
「死にませんよね?」
「え、ええ……、多分……、いや……、きっと」
「だそうです」
そう言って珠子お姉ちゃんはニコッ。
「なるほど、そこの死神に命数を見てもらったってわけね。ならいいわ。勝手におやりなさい。わたしが解決できなかったことを、どうやって解決するか見てあげるわ」
「ええ、よかったらご一緒にどうぞ。じゃ、紫君お願い」
うーん、だいじょうぶかな。
「珠子お姉ちゃん。死なないかもしれないけど、かなり苦しいよ。いいの?」
「いいのよ。あたしがそうしたいと思うんだから」
「それじゃ、いくよ……」
ボクは珠子お姉ちゃんのせなかに手をあてて、その中の命をすこしふるわせる。
「おいで、おいで……、かなたはいずこ……、いずこはこっち……」
珠子お姉ちゃんの命がポワッと光り、それはお七のお姉ちゃんを引きよせ、その体に入っていく。
ビクッン
珠子お姉ちゃんの体がビクッとして、その目が少しうつろ。
「だいじょうぶ?」
「ええ、なんとか。ショウノスケサマ……』
「では、行きましょうか。ゴハンサンをモライニ』
「で、どこに行くの? 言っとくけど、わたしの見立てではあなたの身体は持って3時間くらいよ。それ以上無理すると、命数が残ってようが死ぬわ」
「3時間ですか、急いでギリギリですね」
「ならば急がねばな。なに、心配は無用。新速のかがやきを手配しておいたゆえ」
「神速の輝き? 地上の神の助けを借りるのですか?」
死神のお姉ちゃんのしつもんに鳥居さんは「左様ではござらん」とチケットをピッと取り出す。
「珠子殿がこんな状態であるゆえ、今日は儂から言わせてもらおう。儂と珠子殿が手配したのは……」
朝日の真っ赤な光をあびて、鳥居さんはニヤッと笑う。
「人類の文明開化の叡智! 上越新幹線! かがやき! である!」




