八百屋お七とごはんさん(その2) ※全4部
◇◇◇◇
「それで、そのリストの人ってどんな方なんです?」
「この人ですっ! これって意地悪課題なんですよ。生前も死後もそこまで悪いことしていないので力づくで刈れず。それなのに現世への執着が強くって梃子でも動かないんです!」
「死神研修の課題は真剣味を出すために必ずひとりは追加研修に行くレベルにしているんですわ。ま、それもこれもアズラさんが寝坊して研修に遅刻したのが悪いんですの。どのリストを選ぶのかは早い者順ですから。ご愁傷様」
「うわー、やな会社みたいですね」
「クラス会の日に休むと、イヤな係になっちゃうみたいだね」
ボクの学校でもたまにある。
ボク? 平気だよ! かぜなんかひかないもん!
「これがその方です。名前は”お七”。人間たちの間では”八百屋お七”と言えばわかりますでしょうか」
てはいしょにかかれてた絵は、緑乱お兄ちゃんがよく見る時代げきに出てくるような着物のお姉ちゃん。
「ああ、庄之助さんと恋仲になって火付けをした”八百屋お七”さんですね。井原西鶴の好色五人女がキッカケで彼女のエピソードは有名ですよ。今では歌舞伎や映画やドラマの題材になっています」
「そうなんですよ! 元はただの町娘だったんですが、あまりにも後世で有名になり過ぎて、彼女の霊力はいまやちょっとした英霊並! その霊力を現世に留まることだけに執着しているんです! 全然言うことを聞かないんです!」
死神のお姉ちゃんはそう言ってテーブルをドンドンと叩く。
これは大変そう。
でも、ボクは”八百屋お七”ってよく知らないや。
「ねーねー、その”やおやおしち”ってどんな人? 教科書にのってる?」
「んー、小学校の歴史じゃ習わないと思うわ。そうね、あたしが説明してもいいけど……」
そう言って珠子お姉ちゃんはおくの席をチラッ
「鳥居様、説明して下さいません?」
「やれやれ、”お七”の名が出た時から儂にお鉢が回ってくると思っていたが、やはりこうなったか」
「あら鳥居様、”お七”の次に”お鉢”が回ってくるのは自然な流れじゃありませんか」
「ふっ、浮世草子の作家みたいなことを言いおって。ま、よかろう」
鳥居さんはそう言うと、よっこいしょと席を立ちカウンターにテクテクトン。
「”八百屋お七”は江戸時代にあった実話でな。話は単純。駒込に”お七”という若い娘が居た。そして幸か不幸か娘に家が火事になったのだ」
「それって不幸じゃないの?」
火事になって運がいいなんてないよ。
「うむ、顛末を知れば不幸の始まりだったのやもしれぬ。お七の一家は火事で焼け出されたが、不幸中の幸いにも家族は無事で、家の再建が済むまで寺に身を寄せることになった。そこで”お七”が出逢ったのが寺の小姓”庄之助”よ」
「あ、彼女の魂が言い続けている”ショウノスケサマ”ですね」
「左様。儂も現世の”お七”の霊の存在は知っておる。いずれ成仏すると思っていたが……そうか、まだ未練を抱えておるのか。哀れであるな」
「そんなことよりつづきー」
「うむ。お七は庄之助に恋をし、庄之助もお七を憎からず想うておった。だが、家の再建が済み、お七が家に戻るとふたりは逢えなくなった。庄之助は寺で修行中の身、それは当然のこと。だが、女の恋心は恐ろしい。逢えずに募る恋心からお七は愚かな行為に出た。まったくの愚かな行為に」
「えっと……かけおちとかしたの?」
緑乱お兄ちゃんが見ているドラマとかでやってた。
愛のとうひこう!
「それであれば良かったのだが、お七は愚かにも”また火事で家が焼失すれば、寺にお世話になって庄之助様に逢える”と考えてしまったのだ。そして愚かしいことにそれを実行した。結局は小火で済んだが火付けは今も昔も重罪。徳川様の世なら死罪。捕まったお七は狂おしい恋心ゆえと話すも罪の軽減は認められず死罪。ま、当然じゃな」
「へー、そうなんだ。あれ? でも、それじゃ”お七”のおねえちゃんは悪い魂じゃないの?」
死神のお姉ちゃんは、さっき、生きていた時とか死んだ後に悪さした魂ならデスサイズでズバッって言ってた。
「小火ですからね。これが大火になっていたら鎌で刈る許可も出るんですけど。これくらいじゃ罪としては軽いです。そこの小悪党の方がわるもんですよ」
”こあくとう”という言葉に鳥居さんはハハハとにがわらい。
「現代でも放火は最大死刑になる重罪ですが、小火だとほぼ執行猶予が付きますからね。あれ? そういえば、その後の庄之助さんはどうなったんでしたっけ?」
「庄之助はお七の顛末を聞いて出家を決意し、お七の菩提を弔い続け天寿を全うしたという話だ。この男はまともじゃな。まともじゃないのは、この愚かなお七の逸話を華美装飾に脚色して、庄之助を悪党にしてお七が騙される展開にしたり、本当に火事を起こしてしまった話にしたり、紅布を使って火事の場面を奢侈に演出したりなどした後の世の作家や歌舞伎の演出者よ、これではお七も心安らかに成仏できまいて」
「鳥居様は奢侈がお嫌いですからね」
「左様。派手なのは嫌いじゃ」
ふーん、そんな話だったんだ。
「でも、こんな所で鎮魂の権能を継いだ子に逢えるなんてラッキーだわ。おねがいボク、権能を貸して!」
死神のお姉ちゃんはボクに向かってペコリ。
「いいよー、できるかわからないけど、ボクでよかったらおてつだいするよ」
「ありがとうボク!」
「紫君だよ」
「紫君さん! とっても助かります。お礼にオモチャでもお菓子でも何でも買ってあげちゃう!」
死神のお姉ちゃんがボクの手をギュッてしてブンブン。
「アズラ、やっぱりあんたヤバイお姉さんっぽいですわ。ま、上手くいくといいですわね」
「…………」
あれ?
あきれ顔のたてロールのお姉ちゃんの横で珠子お姉ちゃんがむずかしい顔をしてる」
「珠子お姉ちゃん、どうかした?」
「うーんと、アズラさんって紫君の権能の事を知らなかったんですよね」
「はい、知りませんでした」
「なのになぜ、あたしに助けを求めに来たのですか? あたしは幽霊を成仏させる能力なんてありませんよ」
そういえばそうだね。
「珠子殿はさまよえる霊を幽世を導いた実績があるからではないか?」
「いえ、あたしは料理を使って未練を晴らすお手伝いをしただけです。それもたまたま。恋の未練を晴らすなんて出来ませんよ」
「ああ、それはですね。ここ数日、あたしはお七さんの魂を説得してたんですけど、彼女は同じ言葉を繰り返すだけで話にならなかったんですよ」
「同じ言葉って『ショウノスケサマ』ですか?」
「それだけじゃなかったんです。彼女が言ってたのは『ショウノスケサマ』『ゴハンサンホシイ』って言葉だけだったんです。あたしもご飯を何度も持って行ったんですが、彼女は興味を示しませんでした。で、ご飯といえば……」
「珠子お姉ちゃんだよねー」
「そうです、そうです、紫君さんのおしゃる通り!」
珠子お姉ちゃんのごはんはおいしいもん。
バタン!
「話は聞かせてもらったわ! それ、わたしが解決してあげる! 料理で!」
「あ、コタマちゃん、今日も来てくれたんだ」
いきなりトビラをあけて入って来たのはクラスメイトのコタマちゃん。
この前、転校してきた転校生。
遠足の後から、この『酒処 七王子』によくやってきてるんだ。
「あら、コタマちゃんこんばんは。今日のご注文は何がよろしいですか? 海苔の代わりに油揚げを使った、キツネ巻がオススメですよ」
スッと珠子おねえちゃんがカウンターにおいたのは、のりまき、じゃなくってキツネまきのおすし。
中にキュウリとかマグロとかタイとかがまかれていて、とってもおいしい。
ボクはサーモンがすき!
「それはちゃんと食べるけど、わたしの話を聞いてた!? これってきっと、その”お七”とやらが未練に思っているご飯があるはずだわ。それをわたしが見つけてあげるって言ってるの! あんたなんかに負けないんだから!」
「あなたもご協力頂けるんですか!?」
「ええ。わたしの作る”ごはんさん”でお七を幽世に導いてあげるわ! お礼ならいらないわよ。でも、この難題をわたしが解決したってちゃーんと幽世でも言いふらすのよ」
そう言ってコタマちゃんはフフン。
コタマちゃんは珠子おねえちゃんをライバルだと思っているみたい。
「解決して頂けるのであれば、その宣伝くらいいくらでも! 幽霊列車に吊り広告だって載せちゃいます!」
死神のお姉ちゃんはコタマちゃんの手を取って、またブンブン。
「よしっ、それじゃ紫君、一緒に行きましょ。今から!」
そう言ってコタマちゃんはボクの手をガシッ。
おててあったかい。
「…………」
「あら、何か言いたそうね。いいわよ、あなたも来る? どっちが料理でお七の未練を晴らすか勝負しましょう!」
もうひとつの手でコタマちゃんは珠子おねえちゃんにビシッ。
あ、これ知ってる。
いつもだったら、ここから対決が始まるんだよね。
「うーんと遠慮しておきます。今回はあたしの料理ではダメそうですから」
「そう、張り合いが無いわね。でもま、いいわ、そこで指でも咥えて待ってなさい。わたしがパパッと解決しちゃうんだから! さっ、レッツゴー!」
「はい、鎮魂の権能のボクと自信たっぷりのこの狐がいればきっと大丈夫ですよ!
「ゴーゴー!」
コタマちゃんに引っ張られて、ボクと死神のお姉ちゃんは『酒処 七王子』を出る。
「いってらっしゃい。でも……今回は料理ではきっと解決しない気がしますよ」
「左様」
ボクたちを見送る珠子おねえちゃんと鳥居さんの、そんな声が聞こえた気がした。




