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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十章 躍進する物語とハッピーエンド
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亀姫とチュクチュク(その5) ※全5部

◇◇◇◇


 「さて、どこから話そうか……。まずは挨拶からだな。初めまして亀姫殿。我は黄貴(こうき)。そこの女中、珠子の主でここ『酒処 七王子』のオーナーを務めておる」

 「はい、初めまして黄貴(こうき)様、故猪苗代城の裏主(うらあるじ)。亀姫でございます」


 あたしが城代を務める『酒処 七王子』の畳間に場所を移し、黄貴(こうき)様と亀姫様は(うやうや)しく挨拶を交わす。


 「え!? 亀姫様って黄貴(こうき)様と面識が無かったんですか!?」

 「何度かカフェカーにご購入に訪れた時に御姿を拝見したり、言葉を少し交わしましたが、正式にお話するのは初めてでございます」

 「どういうことです? そもそも、今回の話って黄貴(こうき)様があたしに『亀姫を助けてやってくれ』と命じたことに端を発したんですけど!?」


 あたしは少し混乱気味に言う。

 

 「まあ、そうでございましたの」

 「その通り。この珠子は我の配下のひとり。女中に命じたのは我だ」

 「それって、さっきの悪徳金融ゴロと関係があるんですか?」


 さっきの黄貴(こうき)様のグッドというかベストタイミングの登場。

 それを考えると、この一連の話は黄貴(こうき)様のシナリオと考えるのが自然。


 「よく気が付いたな。女中の言う通り、我の目的は亀姫殿を食い物にしようとするゴロツキの排除にあった」

 「やっぱり! でも、なぜこんな手の込んだ真似を? 黄貴(こうき)様ならあんな奴ら簡単に病院送りに出来るでしょうに」


 あのゴロツキが亀姫様の稼ぐお金を搾取(さくしゅ)していたのはわかる。

 だけど、あたしならともかく、黄貴(こうき)様ならひとひねりで排除できるはず。


 「それがな。あのゴロツキどもは意外と狡猾(こうかつ)であってな」

 「殿のおっしゃる通り、あの者たちは決して亀姫殿の前に姿を見せず、全て電話と振込のみで金貸しを成り立たせておりました」

 

 そういえばニュースで聞いたことがある。

 金貸しの中には、相手に会わずに貸金業を成り立たせる業者もいるって。


 「我は以前より在野(ざいや)に下った亀姫殿の行方を鳥居に調べさせてな。そこで知ったのだ。亀姫殿を金銭的に食い物にしようとしている人間の存在に」

 「儂の調査の結果、あの下郎どもは亀姫様にカフェカーの開店資金を貸し、それが回収出来そうになった時、さらに搾取しようと画策したことが判明しております。具体的には悪徳証券営業員と手を組んだのです。目的はリスクの高い金融商品を売ることと亀姫殿に再び金を貸すこと。その結果、亀姫様は再び借金を背負って金融商品を購入させられてしまった次第」

 「つまり、悪徳証券マンと金貸しゴロは同じ穴の(むじな)だったということよ」


 ああ、やっぱり。

 そうじゃないかと思った。


 「あの下郎どもはそうして、経営が順調であるカフェカーの利益の上前を()ねようとしていたのでございます」

 「鳥居様、疑問なんですけど、あの人たちは、もし先物取引で利益が出たらどうするつもりだったんですか?」

 「その時は破滅するまで次なる金融商品を勧めるまで。『目的のためには元本と利益を全て資産運用に回すべきです』などとおためごかしを抜かして」

 「なるほど、そうして借金漬けになった亀姫様からずっとお金をせしめるつもりだったと」

 「左様。米の先物取引に失敗して、借金と米だけが残った時点で下郎どもの策は成功した。その手腕は巧みと言える」


 悪奉行時代を思い出したのか”やりおる”といった風に鳥居様がニヤリと笑う。


 「亀姫殿をそのゴロツキの搾取から救おうとしても、見えぬ敵、しかも金の関係だけとなると我でも手を焼く」

 「左様。ですから殿は策を講じたのです」


 そう言ってふたりはあたしをチラリと見る。

 ああ、そういうことね。


 「つまり、黄貴(こうき)様はあたしを(おとり)に使ったということですね」

 「すまぬな。だが、それも女中の腕を信用してのこと。奴らの目的は亀姫殿を借金漬けにして、永遠に搾取すること。生かさず殺さず、カフェカーの利益の上前を()ねることにある」

 「もし、あの先物取引で押し付けられてしまった米を売りさばいて借金を完済されると困るってことですね」

 「そうだ。実際にあやつらは焦ったのであろう。亀姫殿に協力者が現れたこと。その協力者がほぼ米だけで成立する弁当に仕立て上げたこと。そしてその弁当が利益を出している状況に」

 「カモだと思っていたら、そのカモが金を持って羽ばたこうとしていたという事ですね。だとすると次の手は……、再び罠にかける」

 「女中の想像の通りだ」


 あたしも全貌(ぜんぼう)が見えてきた。

 あの金融ゴロの手口と、その魔の手から救おうとする黄貴(こうき)様の作戦が。


 「借金を返済された奴らは、今度はマルチ商法を使って亀姫殿を罠にかけ、再び金づるツルにしようとした。だが、奴らはあの電話口に出た女が気になった」

 「あたしのことですね」

 「そう、世間を知らない亀姫殿なら騙せる。だが、あの電話口に出た友人はまずい、排除せねばと」

 「左様。下郎どもはまず亀姫殿をマルチ商法で騙し、珠子殿を勧誘せよと(そそのか)した。これで珠子殿が亀姫殿に愛想を尽かすか、尽かさなければ脅して遠ざける。そういう算段だったのであろう」

 「マルチに入って友人を無くすって話はよく聞きますからね」

 「その通り。珠子を小娘と侮って姿を現したのが奴らの敗因よ。ノコノコとひとりで現れた珠子ならば(くみ)しやすいと思ったのであろう。実は我らが控えているのも知らずに」

 

 なるほど、ひとりで(・・・・)と亀姫様から連絡があったのはゴロツキたちの作戦だったってわけね。

 あたしを亀姫様から引き離すための。


 「表に引きずりだせば後は容易(たやす)い。鳥居に聞いて知っておる。嘘であっても暴力団の名を口から出させれば、全ては終わると」

 「左様。亀姫殿は人間の社会と法律の中で城の再建費を稼ぐのが悲願。ならば、その意にそぐわぬ行為は避けよと殿がおっしゃいましてな、この策と相成った次第」


 なるほど、全ては黄貴(こうき)様の(てのひら)の上だったってこと。

 あたしも含めて。

 全てを理解し、あたしはフウと溜息を吐く。

 

 「すまぬな。女中に全てを伝えると我らが控えているのがゴロツキどもに露呈(ろてい)してしまうのでな。秘密に事を進めるしかなかったのだ」

 「納得はしますけど、ちょっとモヤっとします。ま、亀姫様のためだからいいですけど」


 ちょっと口を尖らせて、あたしは不満を口にする。


 「あの、よく理解できない部分もございましたが。つまり、あの人間たちは違法行為をしていたということですか?」

 「その通りでございます。詳しく調べると、最初の借金の金利も契約をわざと小口に分けるといった違法行為で吊り上げておりました。先物取引の営業員の『決して損しない』といった嘘の触れ込みも違法」

 

 鳥居様の捕物帳(とりものちょう)から出てくる違法行為の証拠に亀姫様は『まあ、これも違法でしたの!?』と驚きの声を上げる。


 「亀姫殿。これは我の推測だが、亀姫殿はあのゴロツキどもから『商品の勧誘のことは隠して珠子殿を誘え』のような事を言われたのではないか?」

 「その通りでございます。合法であって珠子殿のためにもなると言われました」

 「それも違法だ。勧誘であることを知らせずに相手を誘うことは違法となる」

 「まあ! それでは、私は」


 少しシュンとして亀姫様はあたしを見る。


 「そう、亀姫殿はゴロツキどもの違法行為に騙されるだけではなく、違法行為の片棒を担がされようとしていたのだ」

 「そうでございましたの。あの人……、いやゴロツキどもは私を騙すだけでなく、珠子様まで陥れようと。大変失礼致しました珠子様。大恩のある珠子様に私はなんてことを……、この身で出来る詫びならいかようにも」

 

 畳にこすりつけるように頭を下げる亀姫様にあたしは焦る。

 『いかようにも』なんて言われても困っちゃう。


 「顔を上げて下さい亀姫様。あたしは全く気にしてませんし、大恩の切っ掛けだって元は黄貴(こうき)様の指示だったんですから」


 あたしは”いかような詫び”を受け流すように手を右から左へ動かす。


 「はい、黄貴(こうき)様には感謝のしようもございません。珠子様が私の下にいらしたのも、さきほどの人間との対決も、全ては私を(おもんばか)ってのことでしたのね」


 あたしの隣で亀姫様が少し熱を帯びた目で黄貴(こうき)様を見る。

 ん? これってひょっとして、ひょっとすると!?

 

 「その通り。我は亀姫殿の幸せを望んでおるし、城の再建という夢も素晴らしいと思っておる。それに向けて助力は惜しまぬぞ。いや、今回の件は助力の一歩であるな」


 万事上手くいったという風に黄貴(こうき)様は高く笑う。


 「王ならば有言実行(ゆうげんじっこう)は当然。優れた王とは言葉にせずとも民の幸せために行動するもの。無言執行(むげんしっこう)、これぞ王道の先! なおさらよしっ!」


 そして、黄貴(こうき)様はいつもより進化した決め台詞を口にした。


 「素敵でございます。私もその王道を共に進ませて下さいませ。(かたわら)にて」


 頬を紅潮させ亀姫様はそっと黄貴(こうき)様の手を握る。

 やっぱり!

 そうよね、こんな風にピンチを救ってくれたり、前々から気にかけていたなんてことを言われたら、恋のひとつも生まれるわよね。

 ついに黄貴(こうき)様のラブラブハッピーエンドルートが開くのかしら!


 「うむ、よいぞ。実を言うとな、我の目的は亀姫殿の信頼を手に入れることにあったのだ」

 「それはもう黄貴(こうき)様の手の中ですわ。それ以上の物も既に……」

 

 黄貴(こうき)様って世が世なら第一王子の立場なのに、浮いた噂のひとつもなかったから、ちょっと不安だったのよね。

 あれ? どうしてあたしって不安って言葉が心に浮かんだのかしら?

 

 「我の目的は妖怪王となること。そのために亀姫殿にひとつ頼みがある」

 「はい、何なりとお申し付けくださいませ」

 

 あたしの心の問答をよそに、ふたりは見つめ合う。

 ま、でも、これで一安心よね。

 どんな頼みでも亀姫様は黄貴(こうき)様に心酔し続けるでしょ。


 「そちの義姉(あね)。姫路城の刑部姫(おさかべひめ)を紹介してくれぬか?」


 黄貴(こうき)様のそのひと言で亀姫様の目が曇った。

 あ、これダメなやつ。


 …

 ……


 「ハイ、ワカリマシタ」


 天国のおばあさま、黄貴(こうき)様のおかげで亀姫様の城の再建(ハッピーエンド)の道は(ひら)けましたが……。

 彼女の苦難の道はまだ続きそうです。

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