七王子と珠子と宝船(前編)
ボクは紫君、君も含めて名前。
ボクは楽しいことや面白いことが大好き!
だって生まれてきたからには楽しく生きなくっちゃね!
両親の記憶がぜんぜんないってことをわすれるくらいにさ!
まず、最初に言っておくよ。
今日のお話しはハッピーエンドじゃない。
よく覚えておいてね。
それじゃあ、はっじまるよー!
◇◇◇◇
今日は大晦日! 一年の最後の日! 仕事は納まった!
……って珠子おねえちゃんは言っていたけど、その珠子おねえちゃんは、まだ台所。
カタッ、コトッ、カタッ、コトッ
あれは包丁でおソバが切られていく音。
「みなさん、もうちょっと待ってて下さいね。今、お蕎麦ができますから」
珠子おねえちゃんはいつも以上に忙しそう。
だから、今日は吸わないでおこう。
それより、あれを描かなくっちゃ。
ボクはスケッチブックを取り出し、船の絵を描く。
よしっ、あとはおにいちゃんたちを描くだけ。
どこかなー?
あっ、いた! 橙依おにいちゃん。
すみっこでスマホをピコピコしている。
「……何か用?」
「なんでもないよー、ちょっと絵を描かせてねー」
「……わかった」
そう言って橙依おにいちゃんはスマホゲームに戻った。
よしっ、次は……赤好おにいちゃんと緑乱おにいちゃん!
長椅子でパソコンとにらめっこしている。
「うーん、やっぱ巨乳タグだよね」
「いやいや、赤好兄、ここは猪の干支にちなんで、ケモ耳タグを……」
「なにみてるのー?」
ボクがのぞきこむと、
「うわっ! 貧しいタグの珠子さん!? これには事情が……なんだ紫君かビビらせやがって」
「こりゃ、こいつはお前さんの見るもんじゃない。あっちにいってなさい」
あー、えっちな動画だー。
この前、壊されたのにこりてないんだね。
「絵を描いたら、あっちにいくよー」
「そうか、じゃあ、この角度から描きな」
「そうそう、PCの画面が見えないようにな」
そう言って、おにいちゃんたちは画面を隠す。
いいよ、ボクが見たいものじゃないから。
さて、あとは台所かな。
「おや、紫君くんじゃないですか」クィッ
蒼明おにいちゃんは電子レンジの前で本を読んでいる。
「なにしてるの?」
「ローストビーフを作っています。電子レンジで」
「電子レンジで作れるの?」
ボクのその声に蒼明おにいちゃんのメガネがキラリと光る。
「ふっ、この『電子レンジ必勝マニュアル』さえあればローストビーフなど余裕ですとも」
「そっかー、じゃあ、お絵かきさせてねー」
ボクはそこでスケッチブックを広げる。
「何が”じゃあ”かはわかりませんが……よいですよ」クイッ
いい感じに筆が進む。
あとは……藍蘭おにいちゃんと黄貴おにいちゃん。
藍蘭おにいちゃんは、あそこで珠子おねえちゃんとおソバを作っている。
「あつっ! あっつ!」
チャッチャッチャッと湯切りをする音がして、おソバが丼に入れられていく。
「ほら、藍ちゃんさん、だからエプロンか割烹着をつけないと、って言ったじゃないですか」
「やだあれ、あんまり可愛くないんですもの。ねぇ、珠子ちゃん今度あれにフリル付けてよ」
「わかりました、今度付けておきます」
そんな会話の中、トクトクトクと音がして、丼におつゆが注がれていく。
それを見ながら、ボクは絵を描く。
「あら、橙依ちゃん、それって宿題?」
藍蘭おにいちゃんが聞いてくる。
「ううんー、ちがうよー」
「ちがいますよー」
ボクと珠子おねえちゃんの声ハモる。
「それじゃ、何かしら? 珠子ちゃんは知っているみたいだけど」
「えへへ、ないしょないしょ」
「ないしょです」
そう、今はおにいちゃんたちにはないしょ。
あとは黄貴おにいちゃん。
黄貴おにいちゃんは外出が多いんだよね。
去年もいなかった。
「あら、紫君、黄貴様をお探しですか」
「うん、珠子おねえちゃん知らない?」
「きっと、もう少ししたら戻ってくると思いますよ。みんなで年越しするって言ってましたから」
そっか、じゃあ待ってよ。
「あら、珍しいわね。兄さんが年越しを家でするなんて」
「何かあったんでしょうかねー」
んー、たぶん珠子おねえちゃんのせいじゃないかな。
「はーい、みなさん、できましたよ。年越し蕎麦です」
お盆にのせられて丼が大テーブルに運ばれる。
「ああ、家庭的な珠子さんの年越し蕎麦が楽しみです」
「おー、やっときたか。こりゃいい匂いだねぇ」
「……おいしそう」
カラン
扉の開く音がした。
「今、戻ったぞ! 満を持して! やはり王たるならば最後に登場せねばな!」
黄貴おにいちゃんが帰ってきた。
「おかえりなさい黄貴様、お蕎麦の準備は出来ていますよ」
チーン
台所から電子レンジの音がする。
「あっ、あっちも出来たみたいですね。蒼明さーん、あたしが切りますから」
そう言って珠子おねえちゃんは台所に行き、そして包丁の音がする。
うん、いまのうち。
「なんだ紫君、我の顔に何かついておるのか?」
ボクのじっと見つめる視線に気づいたみたい。
「ううん、ちょっと絵を描いているだけ」
よしっ! これで完成!
「お待たせしました! 蒼明さん特製のローストビーフです! おいしいですよ」
「この程度、この私ならば当然です」クイッ
珠子おねえちゃんと蒼明おにいちゃんが薄切りになったローストビーフを手に戻ってくる。
「ん? せっかちな珠子さん。ローストビーフには早すぎないかい?」
「そうだねぇ、それは明日にとっておくのがいいとおじさんは思うよ」
「明日の分は別にあります! これは、今! ここで! こうするのです!」
そう言って珠子おねえちゃんはローストビーフを丼のおソバに加えた。
「これは!?」
「ほほう、大晦日の王道とも言える年越し蕎麦に、英国王道のローストビーフを加えるか。それも良い」
「これにて、肉蕎麦ならぬローストビーフ蕎麦の完成ですっ! さったべましょ!」
そう言って珠子おねえちゃんは椅子に座る。
みんなも、ボクも。
「まあ、言われてみれば肉蕎麦だよねぇ」
「……これ、おいしいと思う」
「それじゃあ、いただきましょうか」
「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」
そしてボクらは手を合わせる。
ボクたちは”あやかし”、祈るべき神も仏もいない……わけじゃない。
これは八稚女、ボクたちのお母さんに捧げる祈り。
黄貴おにいちゃんが教えてくれた。
ズッ、ズルルッ
あっ、これおいしい!
おソバは香り高く、そしてオツユの中にお肉の旨み。
ローストビーフは外側はカリッと、内側はしっとり、そしてお蕎麦の出汁が染みた味はお口を豊かに満たしてくれる。
「ほほう、これは良き味だな」
「ガツンとお肉という所が素敵だわ」
おにいちゃんたちもボクと同じみたい。
「お好みでワサビを加えると、もっとおいしいですよ」
えー、ボクはワサビきらいなんだけどな、からいんだもん。
ま、珠子おねえちゃんがそう言うなら、ちょっとだけ。
ちょこんと載せてと。
ズッズッズッ
あっ、これって思ったほど辛くない。
でも、お肉とオソバがおいしくなってる。
「うん、刺激的な珠子さんの味がするよ」
「おっ、これワサビを効かすといいねぇ」
「まっ、私のローストビーフの味が良いからでしょう」クイッ
「……おソバ、おいしい」
「うまー!」
おねえちゃんの言う通りだった!
「ふう、褒めてつかわす、女中……だが」
「ちょっと、ものたりないねぇ」
あれ? おにいちゃんたちはちょっと不満そう。
「ええ、男の人にはこれでも物足りませんよね! だから、みなさんには今年最後の仕事をして頂きます!」
おねえちゃんは再び台所へ行き、そして大きな鍋をもってきた。
中には水と昆布が一枚。
「竈の神様は仕事納めですが、人類の叡智は新たな神を作りました! IHクッキングヒーターの神様ですっ!」
おねえちゃんがコンセントを入れると、鍋からジジジという音が聞こえる。
人間って不思議だな、こんな板でお鍋がわかせるなんて。
「はーい、これが鍋の具です」
おねえちゃんが次に持って来たのは、お刺身とちっちゃい網。
ボク知ってるよ、それお味噌をこす網だよね。
「……ブリ」
「そう、これはブリのお刺身でーす。お刺身で食べてもおいしいけど、こうやって取り箸で網に入れて、チョポチョポと……」
そう言っておねえちゃんは網にお刺身を入れて、鍋の中でふる。
「表面の色が軽く変わったら食べごろです! ブリしゃぶのでっきあがりー! さ、まずは黄貴様からどうぞ」
薄く白みがかったお刺身が小鉢に入れられ、黄貴おにいちゃんに渡される。
「うむ、いただこう」
背筋をピンと伸ばして黄貴おにいちゃんがお箸を口に運ぶ。
「うむ、うまい」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ、アタシたちも頂きましょう!
味噌をこす網はいっぱいある。
ボクたちも網を取って、
ちゃぽちゃぽ
お鍋の中でブリのお刺身の色がかわる。
いただきまーす、あーん。
おいしいっ!
ボクの口に入ったブリしゃぶは、外側の身がホロっとくずれた。
そして、その中から現れた、まだお刺身の身が、コリっとした歯ごたえと脂のおいしさを舌に伝える。
「おいしーい」
ボクはにっこりとした笑顔で言う。
「この時期のブリは脂がのっているのはいいけど、ちょっとくどいのが欠点だね。口説きたるなる珠子さん」
「はいっ、ですが! このブリしゃぶなら、余分な脂が落ちて、さらに身が締まって美味しく食べれるんですよ」
「珠子ちゃんの言う通りね。お刺身だったらこんなに食べられないけど、ブリしゃぶにすれば、いっぱい食べられるわ」
「んふふふふふふ」
おねえちゃんが、ちょっといやらしく笑う。
あの顔をボクは知っている。
おいしい料理を作っている時の顔だ。
「どうしたのですか、珠子さん? 気でも狂いましたか?」クイッ
「いえいえ、蒼明さん、あたしは正常ですよ。みなさんの仕事っぷりと明日の成果に笑っているだけです」
おねえちゃんの言葉に蒼明おにいちゃんが少し不思議そうな顔をする。
「そう言えば『今年最後の仕事』って言ってたわね。あれって何なの?」
「ふふふ、もう仕事は終わりつつありますよ」
そう言うおねえちゃんの視線の先は鍋。
「……まさか」
「そう! そのまさか! 本当ならこのお鍋を雑炊にしたくなるけど、グッと我慢! これは明日のお雑煮の出汁になるのでーす!」
ああ、おねえちゃんの笑顔の理由がわかった。
「ふむ、如才ないな。女中は」
「あらっ、おいしそうね」
「まったく、抜け目ない珠子さんらしいですね」
「ふう、しょうがない方ですね。竈の神様はお休みでも、私の電子レンジが働きましょう」クイッ
「……珠子ねえさん、がんばれー」
みんなもちょっと感心している。
「いや、今日の料理にはちょっと欠けているのがあると思うぜ、おじさんは」
緑乱おじ……おにいちゃんが目を光らせる。
あんな真剣な顔は今まで見た事ない。
「ええ……わかっています。ですが、その前にみなさんに聞いて頂きたい事があります」
珠子おねえちゃんも今までになく真剣な顔をした。




