妻神(さいのかみ)様と鰻(その4) ※全5部
◇◇◇◇
「先生、どういうことですか?」
葦さんが妹山先生の言葉の意味について尋ねる。
「そうですね。小生がわかっている所から順に説明しましょう。まず、この一連の料理の鰻は本物ではありません。白身魚で作られた偽ウナギです」
「さすがは大先生! 舌が肥えていらっしゃいます! ご指摘の通り、このウナギはタラやイトヨリなどの白身魚のすり身から作られた代用ウナギなのです!」
昨今ではたとえ養殖でも鰻は非常に高価。
それに鰻は生態的にも絶滅の危機にある。
だから、こういった代用ウナギの開発も進んでいるの。
「そんな大先生だなんて、照れますから止めて下さい。昔、両親に食べに連れていってもらった時の味を覚えていただけですよ」
「こんなに美味しくてウナギそっくりなのに代用なのですか!? このシラスウナギも!?」
葦さんの視線の先にあるのはシラスウナギのアヒージョ。
そのプルッとした食感は真に迫るものがある。
「はい、そのシラスウナギも代用です。日本では馴染みが薄いですがスペインでは一般的なんですよ」
そう言ってあたしは”LA GULA”と書かれたパッケージを取り出す。
「スペイン語でシラスウナギはAngulaと言います。ですが、これは代用でシラスウナギではありません。だから”An”を取って”Gula”という商品名なんですよ。Gulaはもはや一般名詞です。鰻の絶滅を危惧しているのは日本だけではありません。ヨーロッパでも同じで、そこには日本からやってきたすり身文化が活かされています」
日本のカマボコやカニカマから生まれたすり身文化。
それはもはやグローバルに広がっているのだ。
「なるほど。先生がこのウナギが偽物とおっしゃったのは理解しました。ですが、先生が平賀源内というのは、ウナギが妹というのは、いったいどういうことですか?」
「そうですね……そこを理解するのは少し難しいかもしれません」
隣の部屋から『難しいってレベルじゃねーぞ!』という心のツッコミが聞こえるような気がした。
「葦君、鰻が乱獲により世界的な絶滅の危機にあるというのは知っていますね」
「はい、ニホンウナギだけでなく、ヨーロッパウナギも絶滅の危機にあるとニュースで見ました」
「その要因のひとつは日本人の鰻好きです。日本人が”うまい! うまい!”と鰻を食べることで乱獲が起きたのです」
「その通りです。80年代までは鰻の国際的な価値は低かったのです。ですが、日本に売れば金になると養殖用のシラスウナギが世界中で乱獲されました。そして日本人があんなにうまいと言うならと食べてみた世界中の人々が鰻の美味しさに気付いてしまったのです」
日本の食文化が広がるのは嬉しい。
だけど、そのせいで鰻が絶滅してしまうのは困るのだ。
「知っての通り小生は妹が好きです。ですから妹の素晴らしさを、妹文化を起こそうと、その情熱だけで漫画を描いてきました。土用の丑の日に鰻を食べるという文化を広めた平賀源内のように」
諸説あるが、土用の丑の日に鰻を食べるというのは江戸時代に平賀源内が広めたという説がある。
その効果は絶大で、現代に至るまで土用の丑の日は鰻の消費量が増える特別な日なのだ。
「その結果、妹文化は広まりました。小生は嬉しかった! 誇らしかった! だが、妹文化は広まり過ぎた……。妹はこの鰻と同じなのです。人の心の中で妹が乱獲された結果、心の妹を絶滅の危機に追いやってしまったのです……」
『お前は何を言ってるんだ』
そんなオーラを隣の部屋から感じるけど、妹山先生は真剣なの。
でも、流石は漫画家。
妹山先生はあたしがこの代用ウナギ料理に秘めたメッセージをちゃんと理解している。
半分だけど。
「そ、そうだったんですか……。先生、そんなに気を落とさないで……」
ガックリと肩を落とす妹山先生を葦さんは優しく慰める。
う……、ちょっとあたしを見る目がキツイ。
”先生に元気を出してもらう料理じゃなかったんですか!?”
彼女の瞳がそう言っている。
「ですが、平賀源内のおかげでこれだけの料理を産んだ鰻の食文化が花開いたのも事実です。妹山先生、最後にあたしのとっておきの一品をお出しします。少々お待ち下さいね」
そう言ってあたしは最後にして最高の食材の待つ厨房に向かって行った。
◇◇◇◇
「なあ、臨時キューピットの珠子さん。本当に大丈夫なのかい?」
厨房に戻るなり、心配そうな顔で赤好さんがあたしに問いかける。
「きっと大丈夫ですよ。妹山先生の感性は衰えていないようですし、この最後の一品に込められたメッセージには気付くでしょう。少なくとも創作意欲を取り戻すことは出来ると思います」
今までの情報や妹山先生へのヒアリング結果を考えれば、それは間違いない。
「あとは葦さんの恋の行方ですけど……、そこは最後の一押しは妻神様にお願いします。葦さんが衝撃的な告白を出来るよう、天啓とか縁結びの御利益をお願いします」
「確かに雰囲気さえ高まれば、俺たちの神力で事を進める所存だが……」
「本当に高まりますかしら? それに、妹山先生はまだ葦さんの事を女性として意識していませんわ。意識さえすれば一気に彼女を押し倒すくらい先生を欲情させるのはお茶の子さいさいなんですけど」
あたしの肩にちょこんと座っている妻神様が不穏な事を言う。
ここは連れ込み茶屋じゃないんですけど。
そう思いながら、あたしは鰻を串に刺す。
「スティンガー珠子さん。それが”とっておきの料理”かい?」
「そうですよ。天然鰻です。手に入れるのに苦労したんですから」
これは新宿の板前さんに頼み込んで仕入れた高知四万十川産の天然鰻。
日本一と称される鰻だ。
お値段は目玉が飛び出るほど高い。
「偽物鰻の次に天然鰻ってはわかるけどさ、天然な珠子さんの自信作なら味は極上だとも思うけどさ、それであの”妖怪妹スキー”が彼女を意識するようになるのかな?」
「……大丈夫。珠子姉さんを信じて。上手くいく、多分……」
赤好さんだけでなく、あたしの心を読める橙依君までも心配そう。
ま、成否は葦さんと妹山先生に委ねられていますから仕方がないけど。
でも、あたしは信じている。
葦さんの想いと、妹山先生がご両親に愛されて育ったということを。
◇◇◇◇
ジュージューと鰻から滴り落ちる脂が炭火に落ちて音を出す。
だけど、この天然鰻の本領はここじゃない、音と同時に出る煙と香りなのだ。
あたしは古風に団扇でもうもうと出る白煙を奥にまで届くようにパタパタと仰ぐ。
うーん、いい香り!
ふふっ、そして来ましたね。
「どうされました?」
あたしが見たのは厨房を覗き込む葦さんと妹山先生。
ふっふっふっ、この香りを嗅いでしまったら、気にならずにはいられないでしょう。
「いやぁ、あまりにも良い匂いでしたから」
「それって、もしかして、もしかしなくても鰻ですよね」
「はい、天然鰻ですよ。もうすぐ出来ますから、お席で待っていて下さい」
そう言ってあたしは軽い焦げ目の付いた鰻を持ち上げ、特製タレの壺に漬ける。
ジュ!
刹那の音を立てて、鰻にタレがまんべんなくまぶされていく。
これまた新宿の板前さんに分けてもらった特製タレ!
その美味しさは、数滴のタレだけで、あたしはどんぶりでご飯を食べてしまっちゃったほど!
ジュワワ~
鰻は再び炭火の上でタレを焦がし、白煙はあたしを、みんなを空腹の世界へと誘う。
よしっ! いい焼き加減!
席になんてもどれない、そんなふたりの視線から大切な秘密を守るように、あたしは鰻を重箱に詰める。
蓋をしたら完成!
ちょー簡単! なんて言えないくらいの苦労がこの重箱には込められている。
「出来ました! これが珠子特製! いや、人類の叡智の結晶! うな重ですっ!」
重なったふたつの重箱に妹山先生と葦さんからの注目が集まった。
赤好さんと橙依君からの”いいなぁ”という羨望も集まった。
◇◇◇◇
『酒処 七王子』の中でも指折りの逸品、蒔絵の重箱がテーブルにふたつ。
葦さんと妹山先生のふたりはそれをジッと見つめる。
本当はすぐにでも蓋を開けたいのだろうけど、あたしが『1分ほど待つのがオススメですよ』と言ったから、最高の状態を待っているのだ。
「さあどうぞ。お召し上がり下さい」
あたしがそう言うと、ふたりは運動選手もかくやという勢いで重箱の蓋を取る。
ブワッ
蓋を開けた途端、大量の湯気と香気が部屋を埋め尽くす。
これがうな重の魅力!
蒔絵の蓋は飾りじゃない!
「「いただきまーす」」
ふたりの心と声は完全に一致し、見事なシンクロを見せて箸が鰻の蒲焼を口に運ぶ。
「ほはぁぁあぁああああ~!」
「ふうひょうぉぉぉぉおおお~!」
歓声とも嬌声ともつかぬ声が響き、箸が何度も何度も重箱と口を往復する。
「このウナギ! 皮はパリッとしていて身はふっくらで!」
「鰻肉汁と言っても差し支えないほどの極上の脂が箸が触れただけでジュジュワッと飛び出て!」
「甘辛いタレがの鰻肉汁に乗って舌の上でさざ波のように押しよせてきちゃう!」
「ご飯が多めの理由がわかる! この旨味の、奔流! 潮流! 大激流! これは大量の米じゃなきゃ受け止められないっ!」
ふたりが蓋を開けた時に心の片隅に思ったのは、きっと”鰻が小さくね?”。
それを蒲焼の旨さを受け止めるためだと思っているみたいだけど、それはちょっと違う。
「ご飯が多いのはちょっとした伏線ですよ。珠子流料理割烹は鰻肉汁を逃さぬ二段構え!」
あたしの決まり文句とポーズになりつつある所作を決めて、あたしは叫ぶ。
ふたりの視線が一瞬こっちを向くと、その視線は再びうな重へ。
ガッガッと重箱を掘り食べる音が聞こえると、
「なにこれ!? ご飯の中からふたつめの鰻が!?」
「これはあれや! まむしや! これはまむしのうな重やったんや!」
何故か関西弁になって妹山先生が特製うな重の秘密を暴く。
「そうですっ! これは西日本で見られるまむし仕立てのうな重! というか、うな重はこっちが本家! 重箱に入っているからではない! 鰻! 飯! 鰻! 飯! こう重ねているので”うな重”なんですっ!」
”まむし”のネーミングの由来は、間で蒸すから間蒸し、飯で蒸すから飯蒸しといった説がある。
これは江戸時代にうな丼やうな重を最後までおいしく食べる工夫なの。
昔は味の濃いおかずで米飯ドカ食いがデフォだったから。
今では廃れつつある盛り付けだけど、あたしはうな重の盛り付け方はこれが最高だと思っている。
「スゴイ! このまむしの蒲焼! ふっくらふっくらしていて、タレが染み込んだご飯と一緒に食べると鰻の身の味がハッキリと味わえるの!」
「さっきまではパリッとした皮が最高やと思ってたが! このクニュっとしたゼラチン質の食感! 口の中でホロッと崩れる身! そしてそれを受け止める飯! ああ、これこそ至高にて究極にて超悦! ああ、小生は至った……、最果ての美味に!」
上品に食べている場合じゃねぇ!
ふたりの手は空間の垣根を跳び越えようと、ガシッと重箱を掴み、口へと傾け、ガツガッガッっと食べ始める。
そして、ふたりの至福の時間はしばし続き……。
「「ふぅ~~」」
同時に上気した息を出して、それは終焉を迎えた。
「おいしかった~。こんなに心と舌と胃が満たされたのは初めて~。こちそうさまですっ!」
「編集さんと食べた時より何倍もうまい! 思い出補正が無ければ幼い時に家族で食べた時よりも……、いや……思い出補正を入れてもこっちの方がうまい! ごちそうさまでした!」
お茶で旨みの余韻を流し込みながら、ふたりが力強く言う。
「ふふふ、ここで”お粗末様”なんて言うのは鰻に失礼ですね。ここは”お褒めに預かり光栄の至り”とでも言いましょうか。どうですか? 少しは元気が出ましたか?」
「そりゃあもう! 元気モリモリですよ!」
「それはよかった。それだけでも特製うな重をお出しした甲斐があったというものです」
「本当に美味しかったです。この秘密は何でしょうか? 編集さんが連れて行ってくれたお店もかなりの高級店だったんですか、それとは比べ物になりません!」
「養殖鰻と天然鰻の違いですか?」
「いやいや葦君。小生が連れて行かれた店は天然鰻を謳っていたのだよ」
ああ、その編集さんは奮発したんだ。
でも、それじゃダメなの。
土用の丑の日に連れて行くようでは。
「同じ天然物でも違いはあります。妹山先生、平賀源内が土用の丑の日に健康のため鰻を食べるようにと人々に勧めたエピソードを知っていますか?」
「確か知り合いの鰻屋に頼まれたんじゃなかったですか?」
「それだと少し足りませんね。源内は知り合いの鰻屋に『夏場に鰻が売れないの! 助けてっ!』と頼まれたのです。夏は鰻の味が落ちますから。それで“土用の丑の日には夏バテ防止に栄養のある鰻を食べよう”キャンペーンを始めたのです」
「鰻は夏に味が落ちるんですか!?」
「ええ、鰻の旬は初冬です。冬場に備えて脂の乗ったこの時期が最高なんですよ。逆に夏は痩せて味が落ちます」
勘違いする人も多いけど、鰻の旬は夏にある土用の丑の日じゃない。
むしろその逆なのだ。
「妹山先生。先生が幼い頃にご両親と鰻を食べた季節は秋から冬じゃありませんでした?」
「そういえば……、冬だった。父さんと母さんの手が温かったのを覚えている……」
「きっとご両親は本物の鰻をご存知でしたのでしょう。年に数回の記念日ならば最高の味を貴方に教えたかったのですね。良いご両親です」
あたしの言葉に妹山先生は少し照れる様子を見せる。
葦さんが『先生は常識もモラルも高い』って言ってたけど、やっぱり妹山先生は両親に愛されて育ったみたいですね。
「さて、今日は旬の天然鰻をご用意しました! さて、おふたりともこの鰻を食べてどう思われました?」
思い出すだけでよだれが出そうになる。
もっと食べたくなる。
普通の人ならそう思うかもしれないけど、先生はクリエイター。
きっと、その先まで考えるに違いない。
それを期待してあたしは答えを待つ。
「この美味しさは後世に伝えなくてはならない! いや伝えるべきです!」
「あたしも! ううん、伝えずにはいられません! 若者がこの美味しさを知らずに生きているなんて可哀想!」
「そう! あたしも全面的に同意です。鰻は絶滅の危機にありますが、だからといって鰻の食文化を絶やしてしまうのも間違いだと思います。先ほどの代用ウナギを作られた方も、鰻の完全養殖を目指す研究者も、鰻の食文化を守りたいという同じ志を持っていると思います」
鰻の生態系を守るだけなら、鰻の取引を全て停止すればいい。
養殖の鰻もシラスウナギを採って育てたものなのだから、全面禁止が一番効率的。
だけど、それだと終わってしまうのだ。
鰻の食文化が。
「そして先生はおっしゃいましたね。”鰻は妹だ”と。あたしも同じだと思います。あたしは料理人ですから、こうやって鰻の食文化を未来に伝えることが出来ます。ですが、妹文化を未来に伝えるのは先生しか出来ないのでは?」
「そうです! 妹の素晴らしさを、本物を知る先生だからこそ、妹文化を後世に伝えられるはずです!」
『その男には本物の妹はいないだろ!』
そんな隣の部屋からの心のツッコミにも飽きた気もしますが、これは想像上の妹の話!
そういうことにしといて下さい!
「そうだ……、そうだった……、小生は、俺は誰よりも妹文化の素晴らしさを知っていたはずなのに、妹ブームがちょっと下火になっているだけで意欲を無くしてしまった。妹の良さを伝えるという初心を忘れていたのか……」
「はい、そこに気付かれたのなら。あとは先生自身でかつての情熱を取り戻せると思います」
「ええ! 小生の心は取り戻しました! かつての情熱と衝動を! ああ、アイディアが天然鰻の鰻肉汁のように溢れ出る!」
ポケットから紙とペンを取り出し、妹山先生は何かを書きなぐる。
これで先生の情熱を取り戻すミッションはクリア!
あとは、葦さんの恋の行方に一押し!
「妹山先生、先ほど『思い出補正を入れてもこっちの方がうまい!』とおっしゃられましたね」
「はい、きっと珠子先生の腕が良かったのでしょう」
うーん、先生と呼ばれるとちょっと照れる。
「正直、あたしの腕は本職の鰻料理人に遠く及びません。鰻の捌きも串打ちも焼きも。ですから、今日のうな重の味が思い出を超えたのには別の理由があると思います」
「というと?」
「先程、編集さんと一緒の食事は仕事がちらついてイマイチだったとおっしゃいましたね」
「ええ」
「料理の味を決める要素のひとつは一緒に食べる人の存在があります。大切な家族、気の合う友人、そしてや愛しい人との食事はそれだけでおいしくなるものです」
『手前と居ると酒がまずくなる』という罵倒の言葉があるけど、それって真実を突いているのよね。
あたしも嫌な上司や取引相手との飲み会はどんな名店の料理でも不味くなったものだわ。
「そう言えば、少女漫画でミソ・スープをテーマにした哲学作品があったような。確か好きな人と……」
先生の表情が何かに気付いたようにハッとすると、葦さんを見て、一瞬こっちを見て、また葦さんを見る。
あたしは知っている。
同じ味噌汁でも、ひとりで飲むのと、とある女の子と一緒に飲むのでは味が変わることに気付いたミュージシャンが己の恋心に気付くという少女漫画があることを。
先生は漫画家だけあって、数多くの漫画を研究していると思ったけど、それは当たっていたみたい。
「そんな……、まさか……、彼女は妹ではないのに……」
妹山先生が葦さんをジッと見つめ、何かをブツブツ呟く。
よしっ、ここまでいけば後は妻神様の領域!
さあ! 妻神様! その縁結びの神力を発揮して下さい!
あたしは親指をグッと立てて、隣の部屋に合図を送る。
(心得た!)
(合点! 合体! 承知の助ですわ!)
常人には聞こえない声と、何だかありがたさそうな気配が広がる。
そして、葦さんは意を決したように妹山先生を見つめた。
「先生。私は先生の作品が好きでした。読者を笑顔にさせる作品を生み出す先生の力になりたいと思い続けています」
「うん。葦君だけは、小生が終わった漫画家と言われるようになっても、小生をバカにせず助けてくれた」
「ですが、私では先生の妹になれません」
「そうだね。君は小生の妹ではない」
よしっ、そこで『妹にはなれませんがお嫁さんになれます!』みたいな事を言って下さい!
あたしは心で握りこぶしを作って成り行きを見守る。
「先生の妹文化を後世に伝えたいという想いは素敵だと思います。私にもそれをお手伝いさせて下さい」
「うん。これからも頼りにしている」
あと一押し!
さあ! 情熱的な告白を!
「ですが、先生がいくら妹文化の素晴らしさを伝えても、それは徒労に終わるかもしれません」
「徒労に終わろうと、小生の情熱は消えない」
「いえ、それでも駄目なのです。とても大切な物が先生のプランには欠けています」
「欠けているものとは?」
あれ? ちょっとベクトルがズレているような……。
「受け手です! 鰻と同じように少子化が進む昨今! 未来で妹文化を受け取るべき兄妹が絶滅してしまっては元も子もありません! だから!」
「だから!?」
「私は先生のために兄と妹を創ることが出来ます! いえ創らせて下さい! いえ! 一緒に作りましょう! 次代の兄妹を!」
「その発想はなかった!」
あたしもなかった!
『俺も!『僕も! なかった!』
隣の部屋で赤好さんと橙依君もそう思っているに違いない。
「で、でも、い、いいのかい? 小生は妹を一番愛しているのだが……」
「妹しか愛せないわけじゃないでしょ。それとも先生は私をお嫌いですか? それとも何とも思っていませんか?」
「正直、葦君のことは何とも思っていなかった。だけど……」
そう言って妹山先生は立ち上がり、葦さんへと近づき、そして……
「今、思うようになった」
彼女を優しく抱きしめた。
ふふっ、少々ロマンチックさに欠けているかもしれませんが、これにてハッピーエンドですね。
(よしっ稗多古よ! これからふたりに子宝成就の加護をかけるぞ!)
(はい兄様! 天啓天啓! 彼女に届け! 男女の産み分けの体位はこう!)
妻神様はちょっと具体的過ぎかもしれませんけど。




