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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十章 躍進する物語とハッピーエンド
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妻神(さいのかみ)様と鰻(その3) ※全5部

◇◇◇◇


 状況を整理しよう!

 あたしのミッションはふたつ。


 1.妹山先生の創作意欲を復活させる。

  妹山先生はかつて妹ブームを起こしたが、それが今は衰退したことを嘆いている。

  再ブームを起こそうと努力したけど、それが成功しなかったことが、先生の創作意欲を失わせた。


 2.(あし)さんの恋を成就させる。

  ただし、お相手の妹山先生は妹以外に興味はない。

  そしてその妹は想像上の妹(イマジナリーシスター)である。


 うん、千手観音様でも全部の手で(さじ)を投げるわ。

 

 「やっぱ無理ですよ。こんな異常な人をまともにするなんて」


 あたしは小声で肩に乗った妻神(さいのかみ)様に語りかける。


 (そう言わずに、何とかなりませんか?)

 (わたくしたちは先生と(あし)さんに幸せになって欲しいのです)


 そうは言われてもなぁ。

 妹山先生の妹への愛を失わせて(あし)さんに向けるだなんて……。


 ポロロン


 あれ? どこからか琵琶の音が聞こえた?

 そうだ! 失わせちゃだめなんだ!

 妹への情熱を再燃させて、その上で(あし)さんを女性として意識させるのが正しいミッション。

 でもどうしたら……。


 「すみません。ちょっとお手洗いに」


 チャンス!


 妹山先生が立ち上がったのを見計らって、あたしは(あし)さんに声を掛ける。


 「(あし)さん。実はあたしにはもうひとつの使命があるんです。貴女の恋を応援するというのが」

 「ああ、やっぱり。さっきは言えませんでしたけど、私の夢の中で女神様は『縁結びのためにフードメンタリストを頼りなさい』とおっしゃってたのです」


 今までの会話では口数少なかったけど、ここぞとばかりに(あし)さんは身を乗り出して語り掛ける。


 「(あし)さん。正直に無礼に聞きます。妹山先生のどこがいいんです?」


 周囲の人たちの顔がピクリと動く。

 きっと、興味津々(きょうみしんしん)なんだわ。

 あたしも、逆の立場だったらそうなるもの。


 「フードメンタリストさんは先生の”妹棒物(イモボーモノ)望桃(ボーモモ)”をご覧になったことがあります?」

 「珠子でいいですよ。ええ、最初の数話だけ」

 「笑ったでしょ」

 「あたまがおかしくなるくらいおかしかったです」


 あたしはこの前の記憶を思い出しながら答える。

 いけない、思い出したら、また吹き出しそう。


 「私もです。私はその作品に救われたんですよ。昔、私はプライベートで色々あって落ち込んでたんです。いや、あの時は落ち込んでいたってレベルじゃなかったですね。何度か自殺を考えたこともあります」


 急に重い表情になって(あし)さんはコーヒーの水面を見つめる。


 「そんな時、BGM代わりに流していたTVから妹棒物(イモボーモノ)望桃(ボーモモ)が流れてきたんです。最初はバカみたいな番組だと思いました。最後まで観てもバカみたいな作品だと思いました。でも……、笑えたんです。何も考えずに笑えたのは久しぶりでした」


 再び顔を上げた時、(あし)さんの顔は晴ればれとしていた。


 「ひとしきり笑ったら、なにもかもがバカらしく思えたんです。そして原作漫画を買って、また笑って、涙が出るほど笑ったら、辛いことや悲しいことの涙はどこかにいっちゃいました」


 確かに、あの作品は何もかも忘れるくらいインパクトがある。

 あたしも観た後は明日の献立とか仕入れとか、しばらく考えられなかった。

 ”たた笑う”

 それだけで、人の心のケアになるということを、あたしは知っている。


 「その後は、私を悩ませていた煩わしいもの全てを捨てて、この作品の作者はどんな人なんだろうと会ってみたくて上京したんです。会ってみると普通の方でしたよ」

 

 普通なの!?


 「あ、今『普通なの!?』って心でツッコミ入れたでしょ。普通ですよ。先生は常識もモラルも高いんです。誰かの足を引っ張ったり、他人を食い物にしようとする人に比べたら、先生の方がずっと高潔です」

 「そ、そうなんですか」

 「ええ。先生はよくおっしゃいます。『心の妹に背を向けるような行為はするな』『心の妹が笑っていられるような事をしろ』って。きっと先生の心の中には幼いころに芽生えた純粋な妹がいらっしゃるんですわ」


 そう言われると、妹をお天道様(てんとさま)に変換さえすればまともに思える。

 変換さえすれば!


 「先生の才能は天賦(てんぷ)のものです。だから私は少しでも先生の役に立ちたいと、アシスタントとして働く道を選んだのです。でも、先生の高潔な心に()かれるうちに、男性としても()かれた次第ですの」


 ああ、恋する乙女の顔だ。

 うーん、こっちの方は共感できるんだけどな。

 でも、先生は(あし)さんを女性として意識していない。


 (こういう時は既成事実で一発! ってのが効果的なんですけと)


 「稗多古(ひえたこ)様、そんな身も蓋もないことを」


 (いやいや妹よ、肝心の先生にその気がないと、いくら縁結びと子宝成就の加護をもたらす俺たちといえども、無理やりや酔った勢いなどでは縁を結べぬぞ)

 (哀しいですが兄様の言う通りですわ。ああ、妹以外で先生が欲情するような、いやいや妹のために(あし)さんに欲情しちゃうような、そんな料理を珠子さんが考えてくれたなら円満解決ですのに。そうしたなら出来る限りのお礼は致しますわ。愛知のグルメツアーとか)


 うーん、愛知グルメは魅力的だけど、そうは言ってもねぇ。

 味噌カツとか、あんかけスパとか、天むすとか、ひつまぶしとか。

 でも、そんな都合のいい料理なんて……。

 

 「あるかも!」

 「ど、どうされました!? さっきからブツブツとひとりで」

 「作戦が出来たんですよ! (あし)さんの恋の成就の!」


 そう言ってあたしは(あし)さんの手を掴む。

 

 「いいですか、あたしが今から作戦を授けます。後日設ける席ではその作戦に従って、直情的な愛の告白をして下さい! あとは神様がなんとかしてくれますから!」

 「は、はいっ。珠子さんと神様頼りで頑張りますっ!」

  

 あたしがチラリと左右を見ると、妻神(さいのかみ)様は頼もしそうに頷いた。

 

◇◇◇◇


 「お待たせしました。あれ、どうされました? ふたりでこっちを見て」

 

 あたしが作戦の概要を伝えた時、妹山先生がお手洗いから戻って来た。


 「妹山先生! 先生はうなぎを食べたことがありますか?」

 「ありますよね!」

 「え、ええ、小さい頃に両親と」


 あたしたちの勢いに押され、少し動揺して先生は答える。


 「お味はどうでした?」

 「子供の時はとっても美味しかったという記憶があります」


 よしっ、先生の出身の愛知は鰻の名産地だから、きっと食べているはずだと思ったけど、予想が当たった。


 「最近は?」

 「編集さんと何度か土用の丑の日に食べに行ったことがあります。でも……そう言われてみれば、最近のは”とっても”ってほどじゃなかったかもしれません。編集さんの前だと仕事の事がちらついているからでしょうかね」

 「そうですねー。美味しい物は仕事抜きで食べたいですよね。」


 ハハハと井戸端会議をするようにあたしたちは笑い合う。


 「わっかりました! あたしが妹山先生の情熱を取り戻す料理をお作りいたします! テーマは……」


 そう言ってあたしはひと呼吸おく。


 「”未来の妹へのメッセージ”ですっ!」


 妹という単語に、先生は『それは楽しみだ』と笑顔を見せた。


◇◇◇◇


 「いらっしゃいませー! ようこそいらっしゃいました! ささ、こちらへ」


 カラカランと扉の鐘を鳴らして入ってきた妹山先生と(あし)さんをあたしはパーティ室に案内する。

 そこには広い空間に大きなテーブルがひとつ。

 本日の『酒処 七王子』は夕方まで貸し切りなのです。

 妻神(さいのかみ)様は隣の部屋で待機。

 縁が結べるほど盛り上がったら、その神力(ちから)を発揮してもらうの。

 赤好(しゃっこう)さんや橙依(とーい)君も隣で待機。

 こっちは興味本位で居るだけ。


 「妹山先生。覚えてらっしゃいます? 先日の喫茶店で最後に会話した内容」

 「確か、小生が鰻を食べたことがあるかって話でしたっけ」

 「はい、ですから今日は鰻尽くしをご用意しました。今、お持ちしますね」

 

 あたしは厨房から配膳用カートをガラガラと押し、トントンと配膳する。


 「あっ、”ひつまぶし”。先生の実家の愛知で鰻といったらこれですよねっ、先生」

 「そうだね。でも、妙に小さい器ですね。小鉢くらいかな」


 妹山先生が指す通り、このひつまぶしの入っている茶碗は小さめ。

 それに盛りが少ないものだから、余計に少なく見える。


 「量が少ない秘密はそのうちわかりますよ。その秘密のひとつがこれです」


 あたしがトンッと置いた皿の上にははちょっと茶色がかったおにぎりがふたつ。


 「あっ、これは”ひつまぶし”のおにぎりですね。なーんだ、こっちのは出汁茶漬け用だったんですね」

 「はい、ネギが乗っている方は薬味入りの”ひつまぶしにぎり”です。


 ひつまぶしの食べ方はふたつある。

 ひとつは、おひつの中で鰻と錦糸卵を混ぜて、3分の1くらいを茶碗に移しそのまま食べ、次に3分の1くらいを茶碗に取り海苔や山葵(わさび)といった薬味を加えて食べ、最後に残った物に出汁茶漬けにして食べるという、オーソドックスな食べ方。

 今日のあたしの膳では、その3種の食べ方を別々に味わえるよう小分けにされているのだ。

 

 もうひとつは、好きなように食べる!

 足りなかったらおかわり!


 「他の品は鰻をだし巻卵で包んだ”うまき”、スルッと爽やか、鰻と胡瓜(きゅうり)を酢であえた”鰻ざく(うざく)”。名古屋といえば天ぷら! かば焼きの天ぷらですっ!」


 あたしが品々を並べていくごとに「ほぅ」「まぁ」といった小さい歓声が上がる。


 「鰻の美味しさは日本だけに留まりません! ちょっと国際色豊かに”うなぎの中華風スープ”! 欧州からはイギリス代表の“鰻のゼリー寄せ”とスペイン代表の“シラスウナギのアヒージョ”をご用意しました!」


 このテーブルは4人掛け。

 だけど、これだけの品数を並べると実に壮観。

 ふたりでも、ちょっと狭く感じちゃうくらい。


 「これは見事な料理の数々ですね。ですが……これで小生の創作意欲が盛り上がるのでしょうか?」

 「先生、ここはフードメンタリストの彼女を信じましょうよ」

 「さ、おふたりとも、お召し上がり下さい」


 あたしがそう進めると、ふたりは箸を手に取り、料理を食べ始めた。


 モムッ


 「うん、おいしいです。この”うまき”。卵焼きの甘味の中から、甘辛いタレと鰻の味が染み出て来て」

 「先生、こっちの中華スープも美味しいですよ。(とり)のスープの中から、ふんわりした溶き卵と白焼きのウナギの香ばしさが感じられて」

 「その鶏は名古屋コーチンの鶏ガラから取ったスープです。金華ハムのスープと混ぜて中華風にしました」


 名古屋のグルメ素材は鰻だけじゃない。

 名古屋コーチンはその身もガラから出るスープも普通の鶏より味わい深いのだ。

 それに金華ハムの塩味は、白焼きにした魚とも良く合う。


 パリッ、バリリッ


 軽快な音を響かせるのはかば焼きの天ぷらの衣。


 「おおっ! この”鰻のかば焼きの天ぷら”は実にいい! 口の中で音楽を奏でるように噛むごとに音を響かせ、中から出てくるかば焼きのタレの味が、外と内からふたつの味を広げる。ガードが堅いが一皮むけば、柔らかくも濃厚な妹のようだ」

 「このスペイン料理という”シラスウナギのアヒージョ”もおいしいです。ホフホフと熱いオイルを(まと)ったシラスウナギの柔らかい食感が唐辛子とニンニクの刺激で後を引く!」


 後を引くといった(あし)さんには悪いけど、今日の料理はどれも小鉢サイズ。

 数々の種類を味わってもらいたいから。

 

 「この”うなぎのゼリー寄せ”はイギリス料理の中でも有名なやつですよね。でも、小生が知っているのとは大分違いますね」

 「はい、かなりあたしのアレンジを加えています。イギリスの”うなぎのゼリー寄せ”は鰻を筒状にぶつ切りにして煮込んで、そのゼラチン質を煮だした後、冷やし固めるものです。酢や胡椒をかけて食べますが、正直美味しいとは思えません」


 イギリス人には失礼だけど、イギリス料理はマズイ。

 少なくとも伝統的なイギリス料理は日本人の舌に合わないものが多いの。

 ”うなぎのゼリー寄せ”もそのひとつ。

 ビジュアルも味も、よくネットでネタにされるくらいマズイ料理なのだ。

 

 「これは軽く蒸した白身の上に、蒲焼(かばや)きのタレで作ったジュレソースを乗せたものです」


 あたしが指す皿の上にはちょこんと白身魚がひと切れ。

 そしてその上には黒く透き通ったクラッシュゼリーのジュレソースと、彩りと風味用の木の芽。

 もはや魔改造どころか、原型は”うなぎのゼリー寄せ”というネーミングくらいにしか残っていない。


 「あ、これは美味しいです。口の中でクラッシュゼリーのソースが溶けて、口の中にかば焼きが生まれるようだ」

 「先生、この”鰻ざく(うざく)”もサッパリとして美味しいです。私は初めて食べるのですが、酢とウナギって合うんですね」

 

 ”うなぎのゼリー寄せ”と””鰻ざく(うざく)”は、どちらかといえば濃い味付けの多いこのメニューの中で貴重なサッパリ系。

 これが料理を飽きずに食べ進める効果をもたらすの。


 「そして、鰻といえばやっぱりご飯! 米は日本にならなくてはならないもの! まるで妹のようだ! うまいっ!」

 「この”ひつまぶしのおにぎり”も、”ひつまぶしの出汁茶漬け”も胸に胃に、心に沁み込むようです。同じ”ひつまぶし”でも食べ方によって味わいが変わるんですね」


 モグモグ、シャバシャバと(あし)さんはおにぎりを口に頬張り、さらにそれを出汁茶漬けで流し込むように食べる。

 少し下品な食べ方だけど、本当に美味しそうに召し上がっている。

 だけど……。

 肝心の妹山先生は何か考えるように、調べるように料理を観察したり、ゆっくりと味わうように食べている。

 そして、彼はしばし悩むように考えこみ。

 ゆっくりとあたしに向かって口を開いた。

 

 「フードメンタリストさん」

 「はい、何でしょうか?」


 「この鰻はニセモノですね」

 「はい、おっしゃる通りです」


 「小生は平賀源内ですね」

 「はい、そうです!」


 「この鰻は妹ですね」

 「はい、その通りですっ!」


 あたしは少し嬉しさを込めた声で応えた。

 さすがは妹山先生。

 一流の漫画家(クリエイター)

 先生はあたしが説明するまでもなく、全てを理解したみたい。

 (あし)さんは理解できずポカンとしていた。

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