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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十章 躍進する物語とハッピーエンド
283/409

雪女とチョコレートボンボン(後編)

◇◇◇◇


 ……逃げられなかった。


 「今日は盛り上がっていこー!」

 「ウェーイ」

 「う、うぇーい」


 うわぁ、あたしが離れて久しいウェーイ感。

 

 「どうしたの珠子ちゃん? あまり楽しそうじゃないじゃない」


 ボソボソと小声で藍蘭(らんらん)さんがあたしに話しかける。


 「どうしたもこうしたもありませんよ。”スーパーフリーランス”だなんて、どう考えてもヤリサーの名前じゃないですか」

 「ヤリサー? ああ、ランスだからね」

 「アリスちゃんと同じボケをしないで下さい。わかってるくせに」

 「アリスはわかってないけどね。でも、わかってるのに参加したの?」

 「ユキさんとアリスさんが心配だからですよ」

 「奇遇ね、あたしも半分は同じよ」


 あれ? 半分ってことは雪女さんのことは心配じゃないのかな?


 「あらーどうしたのかな珠子ちゃん。こういうとこは初めて? 学生さん?」

 「おいお前、それって風俗みたいじゃんかよ」

 「ギャハハハハ! うけるぅー!」


 やっぱこういう雰囲気は苦手。

 もう少し実りのある会話とか、落ち着いたやりとりの方がいい。

 七王子のみなさんとの飲み会だったら、もっと楽しいのに。

 

 「あたしは初めて! ねるとんってこんな感じなのね!」


 ”ねるとん”という単語に男性の声が一瞬止まる。


 「えっと、ちっさくって可愛いアリスちゃんだっけ。ねるとんなんて古い言葉よく知ってるね。何年生まれ?」

 「1978年生まれよ」

 「うえっ!? 四十!? 合法ロリかと思ったら、合法ロリババアじゃねえか!?」

 「あら、女性の年齢を聞いて『うえっ』なんて失礼ね」

 「そう言う蘭子(らんこ)さんは?」

 「あら、女性に年を聞くなんて失礼ね。もちろん秘密よ。アリスとは古い付き合いよ」

 「そ、そうですか」


 うーん、流石は藍蘭(らんらん)さん。

 あしらい方が上手い。


 「た、珠子ちゃんはどうかな?」

 「あたしは1988年生まれですけど……」

 「ふ、ふーん」


 うわー、微妙な反応。

 そりゃ、もう30歳になりましたけど。


 「ユキちゃんは? 俺、この中でユキちゃんが一番美人だと思うな。何歳?」

 「222歳よ。本当よ」

 「ぷっ、ウッける~。ユキちゃんって天然? ひょっとして地獄出身の悪魔?」

 「違うわ”あやかし”よ。出身は岩手」

 「マジ卍~! ホント、ユキちゃんってば面白いわ~。オレ、気にいっちゃった」


 雪女さんは本当のコトしか言ってないのに、男たちは勝手に冗談だと思っている。

 やっぱ美人って得……でもないか。

 こんな男たちにモテても嬉しくないもんね。


 「よっし、場も盛り上がってきたとこだし、王様ゲームでもしようぜ!」


 えっ!? 王様ゲームってまだ残ってたの!?

 この男の人たちも大学生って言ってたけど、年齢詐称してない!?

 でも、王様ゲームはマズイ。

 きっと指名された番号がお酒一気とか命令される。

 雪女さんとアリスちゃんを守るために何とかしなくっちゃ。


 「そ、そんなのよりこっちをしませんか。チョコボンボンロシアンルーレットー!」


 あたしは持って来た保冷ボックスから特製チョコボンボンを取り出して、ドライアイスの上にザラリと盛る。


 「このチョコボンボンの中にハバネロ激辛スピリッツ入りの物がいくつかあります! それを食べた方が負けってことで。お、おけまる?」

 「おけまる~。じゃあ、負けたやつがイッキな」


 ほらやっぱり。

 一気飲みで酔いつぶすつもりなんだわ。

 でも、大丈夫! ハバネロスピリッツ”薩摩の覇王 RAAA”入りのやつにはギザギザの目印がついているんだから!

 あたしは小声でその秘密を雪女さんへ。


 「なんだぁ、女の子だけでナイショ話? オレも仲間に入れてくれよ」

 「だめですよ。女の子だけの秘密です。では、言い出しっぺのあたしから」

 「気をつけてね珠子ちゃん。激辛のやつを食べたら辛さでまいっちんぐになっちゃうから」


 アリスさんの台詞にまた男性の動きが一瞬止まる。


 「やべぇよ、あの子。本当に40代だぜ……」


 そんな失礼な男たち呟きをよそに、あたしはチョコボンボンをカリッ。


 ジュワッ


 キンキン以上に冷えているチョコの中から、一呼吸でそれとわかる薔薇(バラ)の香りが広がる。

 やがて溶けていくチョコの甘味と、リケールの刺激と相まって、口の中はバラ園状態。

 うん、おいしい。


 「んじゃ、次はオレな。うわっ、化粧くさっ」


 やっぱこの男の人たちは好きになれそうにない。

 花の香りを化粧臭いって言うなんて。

 その後も「俺も」「アタシも」とチョコボンボンを食べるけど、まだあたり(・・・)は出ない。

 ま、あたしたちは絶対安全だけど。


 「けほっ、ほっ、からっ、からいわ」


 へ!? 雪女さん!?


 「はーい、ユキちゃんあたりー」

 「バツゲームッ!」

 「ばつげーむっ!!」

 「いやー、一番の美女が当たるなんて俺たちツイてるな」

 

 ものすごく嬉しそうな……、いや、いやらしそうな顔で男の人たちが(はや)し立てる。

 

 「はいこれ、好きなのを選んで。辛いんなら甘いカルーアミルクがオススメだぜ」

 「じゃあ、それを」


 トレイの上の罰ゲーム用のグラスの中から、雪女さんはカルーアミルクを選ぶ。


 「イッキ、イッキ!」

 「それ、イッキ、イッキ!」

 「イッキマーンー!!」


 男の人に続いて、アリスちゃんもノリノリで合いの手を入れる。

 うわー、女の子を酔い潰す定番。 

 雪女さんも少し戸惑いながら、コクコクと飲んでるし。

 他にはカクテル”ブルーマンデー”に赤白青のプースカフェ”トリコロール”、あとは黒ビールかな。

 ん? 色が青と黒に偏っている!? ヤバイかも!?


 「あ、あたしもひとつもらってもいいですか」

 「え? ああ、うん、いいよ。どれにする?」

 「じゃあ、このブルーマンデーを」

 


 あたしが青いカクテル”ブルーマンデー”を手にすると、


 「おいおい、あの子、自分から飲む気だぜ。必死だなw」

 「そりゃ、あの美女に張り合うには身体を張るしかないってw」


 という音にならない文字まで聞こえた気がした。

 なんたる侮辱!

 これは念のための確認なの!

 そう思いながら、あたしはブルーマンデーをひと口。

 ぬ!? にがっ!?

 ブルーキュラソーとは違う苦み!?


 「ちょ、ちょっとトイレ」


 あたしは立ち上がり、店のトイレへと駆け出す。

 店の奥の女子トイレに着くなり、口に指を突っ込んで吐いた。


 ゲッ、ウォエェェェー


 そして蛇口から水をゴクゴク飲んで、またオェェと吐く。

 ちっくしょう! あのヤツラ!!


 「大丈夫? 珠子ちゃん」

 「ら!? 藍蘭(らんらん)さん!? ここは女子トイレですよ」

 「バレないから平気よ」


 そりゃま、藍蘭(らんらん)さんはアイツらにバレないくらいに綺麗な女性姿ですけど。


 「あ、あたしよりも、雪女さんやアリスちゃんを助けてやって下さい。一服盛られました」

 「盛られたってクスリ?」

 「ええ、この苦みはおそらく睡眠薬です。青や黒のお酒が多かったからひょっとしたらと思ったけど、まさか本当に盛られているなんて」


 お酒に睡眠薬を混ぜて、女の子を昏睡させて乱暴する手口があるとは知ってたけど、まさか本当に自分が直面するとは。

 過去に何度もこういった女の子への狼藉(ろうぜき)があったので、今は処方される睡眠薬には青色の色素が入っている。

 だけど、今でも悪辣漢(あくらつかん)が睡眠薬をお酒に混ぜる行為は続いていて、それには同じ青か青が目立たない黒や茶色の酒が使用される。

 と、ニュースで聞いた内容をあたしは思い出していた。

 

 「そう。アリスはお酒をほとんど飲まないから平気よ。もし、何かあったら、あの人間を八つ裂きにするから」

 「でも、雪女さんが……」

 「彼女なら平気よ。人間じゃないもの。人間の睡眠薬なんて効かないと思うわ」


 藍蘭(らんらん)さんはそう言うけど、”あやかし”は酒で酔うし、好みはあれども人間に似た味覚を持つ。

 人と同じ姿のあやかしは特にそう。

 睡眠薬が効かないとも限らない。

 あたしは、もう一度、水を飲んで吐くと、少し駆け足で席に戻る。


 「あ、珠子ちゃん、ランランおかえりー」


 イスに座っているのはアリスさん……だけ。

 雪女さんも男の人もいない。


 「アリスさん! 雪女さんとクソ男どもは!?」

 「ユキさんが『少し酔ったみたい』って言ったらお開きになったよ。支払いは済ませたって。あと『ヤベッ、あの貧乏くさい女が気付いたかも』って言ってた」


 やっぱり! 乱暴するつもりなんだわ!

 警察警察110番!

 そう思ってスマホを取り出したあたしの手を藍蘭(らんらん)さんが止める。


 「どうして止めるんです!?」

 「必要ないからよ。ユキちゃんの妖力(ちから)は弱まってないし、それに……」

 「それに?」

 「電話なら110じゃなくて119の方よ」


◇◇◇◇


 「ほら、こっちよ。こっちからユキちゃんの妖力(ちから)を感じるわ」


 あたしたちは店を出て、藍蘭(らんらん)さんの案内で夜の公園に入る。

 冬の公園、しかも人っ子ひとりいない夜に連れ込むだなんて。

 あのクソ男ども! こんな所で乱暴するつもりね! 

 

 ガサッ


 聞こえた! 見つけた! 人型の影!

 もう押し倒しているじゃない! あのクソ男!

 

 …

 ……


 あれ? よくみると雪女さんが押し倒されているんじゃなく、雪女さんが押し倒している!?

 そして近づけた口と口から雪女さんが何かを吸い込んでいるような……。


 「ば、ばけもの、ゆ、ゆきお……」

 「フフフ、お前は若くて見どころがあるから生かしてやるわ。でも、今晩の事を誰かにひと言でも話をしたら、命はないと思いなさい」


 あの白シャツ姿じゃなく、真っ白な着物姿に衣装を変えた雪女さんがそう言うと、クソ男はウンウンと首を立てに振って、動かなくなった。

 

 「こ、殺しちゃったんですか?」


 あたしはゆっくりと雪女さんに近づき、おそるおそる尋ねる。

 よくみると他のクソ男たちも地面に倒れ込んでピクリとも動かない。


 「殺したわ。半分」


 ああ、半殺しですか。


 「ユキちゃんったら相変わらずね。まだ見つかってないの?」

 「そうなの、まだよ」


 藍蘭(らんらん)さんが声をかけると、雪女さんは少し憂いを帯びた顔で軽く白い溜息を()く。


 「どういうことですか?」

 「珠子ちゃん、雪女の伝説って知ってる? ほら、山で雪女と遭遇した男の下に、その雪女にそっくりな女性が嫁ぎに来るハナシ」

 「ああ、小泉八雲(こいずみやくも)の『怪談』に載ってる話ですね。マタギの親子が雪山の山小屋で寒さを凌いでいると、雪女がやってきて、口から精気を吸って年老いた方を殺して、もうひとりの若い方を見逃すって話でしたっけ。決してこの事は口外してはならぬ、したなら殺すと言い残して」

 「そうそう、その後、若い男にその時の雪女そっくりの美女が嫁いできて、ふたりは子供が出来て幸せに暮らし続けるんだけど、ある晩、若い男が妻に『お前はあの時の雪女にそっくりだ』と口を滑らせてしまう話よ」

 「最後は、子供まで出来てしまったので、雪女は男を殺せずに去っていく話ですね」

 「そうよ。東北各地にも似た伝説があってね。ユキちゃんはその雪女の一族よ」


 ふーん、そうなのか。

 と、いうことは……。

 あたしがチラリと雪女さんを見ると、彼女はニコリと笑う。


 「私ね、理想の旦那様を見つけに東京に来たの。あたしの正体を知っても、正体に気付きながらも、墓の下までそれを持って行くような誠実な男性を。この人たちの誰かがそうだといいのだけど」


 ええと、自分は正体を隠しているけど、男には約束を守らせようとする。

 嘘で塗り固められた夫婦生活なのに、男には誠実さを求める。

 うわー、超めんどくさい。

 いったいどんな性癖なの。

 藍蘭(らんらん)さんが混沌系と言った意味がわかったわ。

 

 「ねー珠子ちゃん。この人たちどうする? ほっとく?」


 アリスさんが気絶したクソ男どもを木の枝でツンツンしながら尋ねる。

 ”そのまま凍えて死ね! 女の敵!”と思わないこともないけど、後味が悪い。

 なので、藍蘭(らんらん)さんのアドバイスの通り、公園の公衆電話から119番に連絡して、後は逃げることにした。


 「アリス。さ、帰るわよ」

 「はーい」


 藍蘭(らんらん)さんがクソ男たちの近くでゴソゴソしているアリスさんに声をかけ、彼女がタタタと近寄る。


 「何してたんですか?」

 「救急車が来るまでに寒くならないように、口の中に特製激辛チョコボンボンをいれておいたの」

 「あら、アリスったら、気が利いているわね」

 「まったくですね。あのクソ男にはいい薬になるでしょう」


 クスリのお返しとばかりに、あたしは言い放つ。

 公園から少し離れた頃、遠くから救急車の音と、クソ男の悲鳴が聞こえた。


◇◇◇◇


 「なるほど、先日の連絡にはそんな事情があったのですな」

 「はい、助かりました慈道さん。退魔関連の方への調整や、警察への通報に協力してもらって」


 あたしは数少ない『酒処 七王子』の常連客である、退魔僧の慈道さんにカウンターごしに頭を下げる。

 あの雪女さんが関わる事件の後始末をお願いしたのだ。


 「なに、人間に害成す”あやかし”を退けるのが退魔僧の仕事といえども、人間の犯罪者を見過ごせぬのも善良な市民の(つと)め。これくらいなら雪女の件は見逃してもよかろう」

 「ありがとうございます。これはあたしからのチョコのサービスです」


 あたしは『酒処 七王子』の定番メニューとなったチョコレートボンボン・・・・・・・・・・・を差し出す。


 「おっ、これは美味そうじゃ。まさか、チョコの中に般若が潜んでいるとはお釈迦様でも気づくまい」

 「赤いマークがついているのが激辛ですから注意して下さいね。お釈迦様は見逃しても、閻魔様は見逃さないかもしれませんから」


 ま、中に入っているのは閻魔(えんま)様じゃなくて”薩摩(さつま)の覇王RAAA”なんですけど。


 「そりゃ大変じゃ。舌を焼かれんよう注意せんと」

 「やだなぁ、閻魔様は舌を焼くんじゃなくて抜くんですよ」

 「そうじゃった、そうじゃった。おっ、これは効きますな。甘くて辛くてうまいっ!」

 

 そう言ってあたしと慈道さんは、いつものように軽く笑い合う。

 店舗のTVからワイドショーの音が聞こえてきた。


 『では次のニュースです。女性に睡眠薬を混入した酒を飲ませ、昏睡させた上に暴行を働いていた”スーパーフリーランス”のメンバーですが、取り調べに対し『雪女が来る』などと意味不明な供述をしており……』


 天国のおばあ様、雪女さんは今日も理想の男性を見つけるために、合コンに精を出しています。

 そして精を吸っています。

 エロい意味じゃないです。

 念のため。

 ……彼女のハッピーエンドはまだ遠いかもしれません。

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