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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第十章 躍進する物語とハッピーエンド
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雪女とチョコレートボンボン(中編)

◇◇◇◇


 「はい、またあの(・・)チョコのご注文ですね。え? 今日は合コン用にデリバリー希望ですか? 18時半に駅前の”ドナドナどない屋”に届けて欲しいと。はい、場所は存じています。はい、大丈夫です」


 受話器が置かれ黒電話がチンと音を立てた。

 

 「珠子ちゃん誰から?」

 「この前の雪女さんからです。あのチョコレートボンボンをデリバリーして欲しいんですって」

 「あら、よっぽど気に入ったのね」


 あたしが雪女さんと知り合ったのは12月中旬。

 彼女の”あつさを感じる料理が食べたい”という要望にあたしは見事に応え、彼女はここをよく訪れている。

 中でも、珠子特製チョコレートボンボンは彼女のお気に入り。

 最近はデザートに必ずこれを頼むほど。


 「それじゃ、あたしはチョコボンボンの製作に取りかかりますから、お店は藍ちゃんさんにお願いしてよろしいですか?」

 「りょーかいよ。といっても、ランチはほとんど終わっちゃったから、あまりやることないけど」


 アリスさんが退院して、藍蘭(らんらん)さんも『酒処 七王子』に本格復帰。

 おかげで、あたしの仕事も余裕が増えた。


 「珠子ちゃんチョコレートボンボンを作るの? あたしも見ていいかしら」

 「どうぞ、思ったより簡単ですよ」

 「やったー! 作り方を覚えたら、ランランにも作ってあげるね」

 「あら、うれしいわ。『あーん』って食べさせてもらえるかしら」

 「ううん『んっ』って食べさせてあげる。その方がランランはうれしいだろうから」


 アリスさんは、ほぼ毎日ランチを食べに来る。

 そして、そのまま藍蘭(らんらん)さんとお話して帰るのだ。

 たまに藍蘭(らんらん)さんと一緒に。

 アリスさんのボディは小さめの15歳相当で、まだ幼さが残っているというのに、たまに感じる大人びた気配は何なんでしょうね。

 くっ!? ラブラブなふたりの余裕なのか!?

 

 「それじゃ取り掛かりますね。刃物を使いますから、少し離れて下さいね」


 あたしは厨房の奥のパントリーから業務用チョコレートとパータ・グラッセのビンを取り出す。


 「まずは、このチョコレートとパータ・グラッセを包丁で刻みまーす」


 まな板の上でコカカカカカッと音を立てて、黒い塊が細長く刻まれていく。


 「珠子ちゃん、このパータ・グラッセってなーに?」

 「パータ・グラッセはチョコを溶かして固める時に手間のかかるテンパリングをしなくても、綺麗に仕上がるチョコです。分類上は準チョコレートになりますね」

 「テンパリングって?」

 「テンパリングはチョコを溶かして戻す時の温度調整のことですね。35℃から50℃くらいの間で何回か温めたり、少し冷ましたり、その間に撹拌(かくはん)や大理石の板の上でこねたりする作業のことで、とーっても面倒くさい作業なんですよ。でも、テンパリングをしないとカカオとカカオバターが分離して白と茶のまだら模様が出来たり、チョコの滑らかな口どけが出なくなるんです」


 チョコ作りの最大の難所がテンパリング。

 温度や撹拌(かくはん)の回数はカカオとカカオバターの割合や、ミルクやベリーシロップなどの混ぜ物によって変化する。

 つまり、作りたいチョコのレシピごとにテンパリングのレシピも変わるってこと。

 正直、チョコ職人でもなければ、やってられないレベル。


 「このパータ・グラッセはチョコを溶かす際に混ぜて使ったり、仕上げのコーティングに使う物です。使うと、見た目や光沢が上手に仕上がります」

 「へー、そうなんだー。じゃあ、全部このパータ・グラッセを使えばいいんじゃない?」

 「そうもいかないんですよ。パータ・グラッセは純粋チョコレートに比べて風味に劣ります。なので、味と見た目と手間のバランスでどう使うかが永遠の課題なんですよ」


 そう言いながらあたしは刻んだチョコとパータ・グラッセをボウルに。

 それを用意していたお湯の張った大きいボウルに入れて、湯煎(ゆせん)で溶かしていく。

 

 「綺麗に溶けたわ。あとはこれを型に入れるだけね」

 「普通のチョコならそうですけど、今日はチョコボンボンですからね。少し工夫が必要です」


 あたしは半球状のくぼみが並んだ型に溶けたチョコを少し入れ、それをヘラでひとひねり。

 くぼみの周囲を覆うように塗り付ける。

 

 「あっ、チョコが固まっておわんみたいになったわ。そっか、この中にお酒を入れるのね」

 「そうですよ。でも、その前にしっかり固めませんと」


 あたしはチョコのおわんが出来上がった型を冷蔵庫に入れ、今度はお酒と水飴を取り出す。


 「これがチョコボンボンの中身です。水飴をレンジで軽く温めたら、お酒を入れて混ぜるだけ」


 この水飴の主成分は麦芽糖、ショ糖が主成分の砂糖より甘さが控え目で、お酒の味の邪魔にならないのだ。


 「チョコボンボンの中身は何味かしら? また南国フルーツ? それともこの前の青りんごやイチジクのお酒かしら? どっちもおいしかったわ。あれってどこの銘柄かしら?」

 「全部マリエンホーフのリケールのシリーズですよ。見てみます?」

 「みたーい」


 あたしはカウンターの戸棚のひとつを開く。

 細長くて色とりどりの瓶が所狭しと並んでいた。

 

 「うわっ、これ全部そうなの?」

 「はい、ドイツの伝統メーカー、マリエンホーフ社のリケールのシリーズです。あ、リケールはリキュールのドイツ語読みですね」

 「へー、こんなにあるんだ。あ、この前の南国フルーツもある」

 「マリエンホーフ社のリケールは香料や着色料なしの総天然素材で製造されているんですよ」

 「だから、このリケールの色って目に優しい色なのに、キラキラと鮮やかなのね。このお酒は総天然色(そうてんねんしょく)で配給していまーす。なんてね」


 ……アリスさんは本当に昭和53年生まれなのかしら。

 白黒(モノクロ)から総天然色(テクニカルカラー)に変わった転換期の映画の(うた)い文句が出てくるなんて。

 あたしもおばあさまからの伝聞でしか知らないのに。

 

 「今日は合コン用って聞きましたから、雰囲気が盛り上げるようにお花のリケールにしましょう。リリーにヴィオラ、ローゼン、そして限定生産のサクラ。このサクラは葉も使用しているので香りに深みがあるんですよ」


 素敵な瓶を指ではさんで、あたしは厨房に戻る。


 「へー、ここには色んなお酒があるのね。うわっ、これって面白そう。ねー、珠子ちゃん」

 「なんですか?」

 「へへー、これを入れてみたらどうかな?」

 「えっ!? それは……」


 彼女が取り出したのは『薩摩の覇王 RAAA』。

 薩摩焼酎にハバネロを漬け込んだ激辛スピリッツだ。


 「うーん、まあ合コン用ならいいかもしれないですね。場の盛り上げになるかもしれませんし」

 「そーでしょ、そーでしょ。それじゃ珠子ちゃん、続きを作っちゃいましょ」


 作るのはあたしなんだけど。


 「はいはい。型のチョコも固まったみたいですから、リキュールに少し水飴を加えて粘度を出したら、チャチャチャッとスプーンでチョコの窪みに注いで、次はクッキングシートを用意しまーす!」


 あたしは取り出したクッキングシートに鉛筆でスッスッスッと長方形を描き、それを裏返す。


 「それなーに?」

 「そこの型と同じサイズの目印ですよ。ほら、この型はアイストレイみたいになっているじゃないですか」

 「ええ」

 「このクッキングシートに湯煎したチョコを裏の線を目安に塗って、クルリとひっくり返して型に張ります。そしたらヘラでシュッシュッシュッと押し付ければ、ほとんど完成!」

 「へー、ドロドロの板チョコでフタをするような感じなんだ」

 「あとは冷蔵庫で冷やし固めれば……ついに完成! じゃなーい! 型から抜く作業が残っています!」


 冷えて固まったチョコを型からペキペキパリッと取り出すと、板チョコに半球状の丘が次々と乗った形になる。


 「最後に包丁で切り出して、形を整えれば今度こそ完成! それでは早速試食っと」


 あたしは特製チョコボンボンをひとつ口に、


 「ゲェホ、ホッ」


 そしてむせた。


 「だいじょうぶ? 珠子ちゃん」


 しまった、この中身はアリスさんが選んだ激辛のやつだった。


 「ええ、ちょっとびっくりしただけです。でも、これには目印が必要ですね」


 ヤバイチョコのサイドにギザギザを刻んでっと。

 これで完全完成!

 

 「これがハバネロのお酒が入ったやつなのね」

 「そうですよ。アリスさんは食べない方がいいかもしれません」


 パクッ


 ……食べない方がいいって言ったのに。


 「かっRAAAA-!? 水、みずっ!」

 「こういう時は牛乳ですよ。はいっ」


 辛味には乳脂が効く。

 水よりも牛乳。

 それでも辛味が消えないならバニラアイスが最適手なの。


 「あー、からかった。それに身体がポカポカするわ」

 「ハバネロはトウガラシの中でも最強級に辛いですからね。カプサイシンの効果で体温が上がります。この前のあつさ(・・・)を感じる料理でも候補にしていたくらいですよ」


 激辛であつさ(・・・)を感じさせようとも考えたけど、あんまりだから没にした。

 ペルツォフカというロシアのウォッカに代表されるように、トウガラシのお酒は人気がある。

 だけど辛さは、それで引き立つ脂と合わせて初めて美味しさの真価が発揮される。

 肉汁たっぷりのお肉とか、口でとろけるチョコとか。

 それがなければ、これはただの辛いだけのお酒。

 雪女さんは脂やチョコを溶かす体温じゃないので没にしたのだ。

 

 「でも何だか不思議。もうひとつ食べたくなるわ。とーっても辛いのに」

 「激辛はそうと知ってても離れがたい魅力がありますからね。このスピリッツに限らず、激辛はコアな人気を持つ料理のジャンルのひとつです」


 辛さが収まってくると、あたしも食べたくなってきた。

 辛味があるからこそ、チョコの甘さとほのかな苦みが際立つ感じ。

 それに辛さを抑えるために飲んだ牛乳がとっても美味しい。

 乳糖は旨みのひとつで、それが強く感じられるからかしら。

 ムムム、これは研究する価値がありそうですね。


 「もういっこだけたべちゃおーっと」

 「あたしもー」


 あたしとアリスさんは、もうひとつ激辛チョコボンボンを口に入れ、また辛さを抑えるべく牛乳を飲む。

 うん、やっぱり辛味が牛乳の味を引き立ててる。

 

 「あーからいっ! 辛くてヒーよ! ヒーおばあちゃんになるくらいだわ。もうひとつ食べたからヒー、ヒー! ってヒーヒーおばあちゃんになっちゃうくらいよ」

 

 笑いながら、アリスさんは昔懐かしいCMの真似をした。

 

◇◇◇◇

 

 「おまたせしました! 珠子特製チョコレートボンボンですっ!」

 「おはこんばんちわー!」


 二重構造で数時間ならドライアイスの輸送も可能な保冷ボックスを手にあたしは指定の場所へ。

 アリスさんも付いて来たいと言うので一緒に来た。


 「確かに受取りましたわ」

 「デリバリーくらいお手の物ですよ。これから合コンですか。頑張ってくださいね」


 何度か雪女さんが『酒処 七王子』を訪れた時、あたしは聞いた。

 彼女が上京した目的は、東京で彼氏を作ることだと。

 スマホも契約して、色々なアプリを使って活動しているみたい。

 今日も肌と同じくらい白いシャツにタータンチェック柄のスカート。

 短い。

 雪女さんに道ゆく男性の視線が集中しているのがわかる。


 「それじゃ、あたしたちはこれで」


 ガシッ


 「ダメ。帰さない」

 「え? 何か不足でもあったのですか?」


 あたしの問いに雪女さんはフルフルと首を振りスマホを見せる。

 

 『ユキちゃんごめんね。彼に申し訳ないから同行できません。あと、アネサとカネコも都合が悪いって。byララ』

 

 つらら女さんからのメッセージだ。

 

 「ええと、つまり。今のは『合コンのメンバーが来れなくなったから代役になって』という意味ですか?」


 あたしの返事に雪女さんはコクコクと頷く。


 「やったー! あたし、合コンって一度やってみたかったのよね」

 「ダメですよアリスさん。アリスさんには藍蘭(らんらん)さんがいらっしゃるじゃないですか」

 「そりゃランランが一番よ。でも、こういったこともしてみたいの。ほら、冒険してもいいころじゃない」

 「いやいや、誠実さはというのはとっても大切で……」


 ガサッ


 「話は聞かせてもらったわ! アタシも参加するわっ!」

 「ランラン!」

 「藍ちゃんさん!? どうしてここに!? お店はどうしたんですか!?」

 「アリスが心配だからこっそり付けていたの! お店は蒼明(そうめい)ちゃんに任せちゃったわ!」


 藍蘭(らんらん)さんってば、ちょっと心配症過ぎません!?


 「お願いします。お金なら払いますから」

 

 雪女さんがひんやりとした手であたしの手を握り、懇願するようにあたしを見つめる。

 男だったら、イチコロなんだろうなぁ。


 「はぁ、仕方ないですね。で、お相手の男性はどんな方なんです?」


 変なサークルとかじゃないといいんだけど。

 最近、女の子を食い物にするサークルのニュースとかが結構あるのよね。

 そんなサークルとの合コンだったら、まっぴらごめん。


 「私もよく知らないんです。大学の”スーパーフリーランス”ってサークルの方みた……」


 よしっ、逃げよう。

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