雪女とチョコレートボンボン(前編)
天国のおばあさま、北風が身に沁みる季節になりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
この秋は色々イベントが盛りだくさんでしたが、珠子は今日も元気です。
『酒処 七王子』はすっかり冬モードになりました。
パチパチと音を立てるのは当店の新兵器”オーブン付き薪ストーブ”。
おばあさまもご存知の、正面に薪を入れる窓と、鍋を入れる窓があって、その中でオーブン調理ができる優れものです。
天国ではいつも快適な温度と噂に聞いています。
でも、おばあさまだったら、そこにこんな薪ストーブを設置して、暑さで際立つ料理を楽しんでいるかもしれませんね。
あれって、とっても心地ち良いものですから。
今日もまた、あの料理を楽しむ方がいらっしゃいました。
冬の間だけ東北から東京を訪れる”あやかし”。
彼女が来訪すると冬の訪れを感じます。
彼女の名はユキさん。
おばあさまなら、名前でピンと来たでしょう。
そうです、”雪女”のユキさんです。
◇◇◇◇
「ねー、珠子ちゃん。今日のおすすめは?」
「今日は良い鱈が入りましたので、鱈シャブがオススメですよ」
「やったー! あたし、お魚のシャブシャブって食べるの初めなの」
アリスさんは退院して以来、毎日のように『酒処 七王子』に通っている。
アリスさんのお目当てふたつ。
ひとつははあたしの料理。
もうひとつもあたしの料理。
だって彼女は目下自炊の修行中なんですもの。
というのは冗談で、もうひとつは当然アリスさんの恋の相手。
「いらっしゃいアリス。体調はどう?」
「ランラン! もうすっかり、ちちんVVのだいじょうVよ」
アリスさんは腕まくりをして、力こぶを作るボーズを取るけど、その腕は細い。
彼女の肉体年齢は15歳だけど、その15年間の大半を病院で過ごしていたので、年の割には小柄なのだ。
いっぱい食べて大きくおなり、という気にもなるけど、彼女の戸籍年齢は40歳。
なので、アリスさんなのです。
カラン
「お客さんだわ。あら、久しぶりの顔ね」
扉のベルが音を立て、そこからふたりの女性が姿を現す。
ひとりはこの店の常連”つらら女”さん。
もうひとりは、あたしは初めてだけど、藍蘭さんの昔の知り合いかしら。
「うわっ、綺麗な人!! ねー、ランラン。スター誕生みたいな人が来たよ」
「そうね美しさだけなら、アタシに匹敵するわ」
「そうね。でも、あたしはランランの方が好きヨ」
「奇遇ね、アタシもよ」
すっかりラブラブになったふたりは置いといて、初めて来訪された方は目が覚めるような美女だった。
透き通るような白い肌、光の加減で深い青にも黒にも見える髪、切れ長の目から見える水晶のような瞳。
キツメにみえるけど、だからこそ、跪きたくたくなるような。
ううん、あたしが男だったら、間違いなく傅いている。
気配から間違いなく彼女は”あやかし”。
だけど、人の姿であっても、彼女は異彩を放つほどの羨望を集める存在だった。
「ねぇ、藍ちゃんさん。あの方をご存知なのですか?」
あたしは小声で藍蘭さんに尋ねる。
「ええ、東北で知り合った仲よ。去年は否哉ちゃんの店を懇意にしていたけど、うちの店の噂を聞いてきたのね」
「どのような方なのです?」
「うーん、あたし好みの混沌系かしら。でもいい娘よ。ちょっとめんどくさいけど」
あたしはこの前の夢の中の騒動で知った。
藍蘭さんの母親は”太極”の女神だと。
彼もその権能を継いでいる。
太極の陰と陽が合わさったマークが示す通り、彼は混沌と調和、相反するものが共存しているのが好みなのだ。
料理に例えると、甘辛系が好き。
あの新しい”あやかし”は混沌系かぁ。
めんどくさいと聞いたけど、どんな方かしら。
「いらっしゃいませ。つらら女さんに……、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。あたしは、この店の料理長、珠子です」
「下賤の人間に名乗る名はないわ」
ぬ!? 見た目通り女王様タイプ!?
「ユキよ。”雪女”のユキ。ユキ様と呼ぶことを許すわ。珠子様」
?
「あ、今のはですね。下賤の女に名乗る名はないけど、珠子さんのは武勇伝は聞いていて、下賤な人間とは思っていないから自分の名を名乗って、しかも対等な関係になりたいから、お互いに礼を尽くした様付けで呼び合いましょう、という意味です。ねっ、ユキちゃん」
「無駄な説明なんていらないわ。ララちゃん」
「あ、今のは、わたくしの説明が無駄なんじゃなくって、珠子さんならこの程度の言葉の裏は読めるだろうから必要ないという意味の無駄です」
なるほど、めんどくさい。
あたしが藍蘭さんを見ると、その通りよとばかりに彼はウンウンと頷く。
「ほら、さっさと席に案内しなさい。トロトロしたのは御免だわ」
「あ、今のは、珠子さんの仕事の速さは聞いているから、いつも通りにお願いね、という意味です」
うーん、めんどくさい。
「了解しました。こちらにどうぞ。ユキ様、ララ様」
「あら、わたくしには様なんて付けなくてもいいの」
「いえ、お客様の間で差をつけるわけは参りませんので。プライベートの時はいつものように”さん”で呼びますね」
「結構なことだわ」
「あ、今のは……」
「ええ、ユキ様もプライベートでは”さん”で呼んで欲しいってことですよね」
「ふふふ、正解です。珠子さんは理解が早いですね」
クススと笑いながら、つらら女さんと雪女さんはテーブルに着く。
「ご注文はいかがいたしましょう?」
「そうね。私は”あつさを感じる料理”が食べたいわ。これくらいは出来て当然よね」
「あ、今のはですね。この店は少し意地悪なリクエストもOKだと聞いているから、それを味わいたいって意味です」
ふんふん。
ま、よくあるリクエストですね。
あつさが苦手な”雪女”と”つらら女”さんに、それを感じられる料理を作れだなんて。
だけど、このあたしにかかれば、これくらい余裕なんです。
伊達に一年以上、”あやかし酒場”で働いていませんっ!
「わっかりましたー! ではまず……」
そう言ってあたしは熱波を生み出す『酒処 七王子』の新設備、”薪ストーブ”に近づく。
「薪を追加しまーす!」
クールな瞳を見せていた雪女さんの目が見開いた。
◇◇◇◇
「ふん、こんなので私が満足すると思って!?」
「あ、今のはお代わりが欲しいって意味です」
天国のおばあさまお元気ですか。
珠子は今日も大勝利です。
「人類の叡智! 北国式、冬の過ごし方の勝利ですっ!!」
あたしは夏用の半袖割烹着から腕を天に掲げながら、いつもの決め台詞を言う。
外の気温は1度、この冬一番の冷え込み。
でも、室温は25度。
夏日なみ。
「まさか、暑々の部屋で食べる冷たい鱈のシャブシャブがこんなにあつくておいしいだなんて」
「これぞ人類の叡智! 北国の冬の過ごし方! 半袖でも過ごせるくらいに室温を上げて、その中で冷たいものを楽しむライフスタイルですっ!」
北国の冬は寒い。
そりゃ当然。
だけど人類の叡智の成果である暖房器具は、部屋を夏に変える。
暖房がガンガンに効いた室内で冷たい食事を楽しむのは、とっても美味しくて気持ちいいものなのだ。
わかりやすく言うと、炬燵でアイス。
「それにこの鍋。鍋なのに雪や氷より冷たいだなんて、私たちへの挑戦だわ」
「人類の叡智の連続攻撃! 凝固点降下! 水に塩分や出汁などの溶解物を溶かすことで、お鍋の汁の凝固点は氷点下より下がるのですっ! 具体的にはマイナス20℃くらいまで。そして、シャブシャブの鱈はその出汁を吸い込むように薄切りにすれば、固くならないんですよ。へい! お代わりお待ちっ!」
あたしが運ぶ大皿にはカルパッチョにも使えそうな薄切りのお刺身。
運ぶ先の、雪女さんとつらら女さんが座るテーブルの上には鍋。
だけど、その鍋は火で温められてはいない。
むしろ逆。
鍋は、それが嵌りこむように丸い穴があけられた箱にスッポリと納められている。
そして、箱の中のビニール袋に入ったクラッシュアイスがたくさん。
その氷だってただの氷じゃない。
ビニール袋の中の氷には、たっぷりの塩をふりかけられているので、氷点下を遥かに下回る温度になっているのだ。
アイスだって作れちゃうくらい冷え冷えなんです。
「この出汁をくぐらせると、お刺身がパリッ、ピキッという歯ごたえになって、喉を通ると、その冷たさが熱さにも感じられるような味になるわ!」
本当なら熱々の出汁にくぐらせて、その身がプリッとした所を食べるのがおいしいんだけど、今日はその逆。
舌の根さえも凍ってしまいそうな冷え冷え出汁にくぐらせて召し上がっていただくのだ。
「ユキちゃん。こっちの高野豆腐も食べるといいですよ。中に浸みた、冷え冷え熱々のスープが喉に一気に流れ落ちて、胃の中で熱さすら感じるの! それでいて、身体に活力が湧いてくるほどの冷気が沁み渡るの!」
「ララちゃん。こっちの水菜の方を食べた方がよろしいんじゃなくって? パリッとした歯ごたえと茎の中から美味しい汁とがあふれてますわ!」
鍋の中に入っているのは出汁だけじゃない。
スポンジのように出汁を蓄える高野豆腐。
はりはり鍋にも使われる、空洞の茎を持ち、独特の食感のある水菜。
これらが単調になりがちな刺身のシャブシャブに変化をもたらしているのだ。
「これは人間の話ですけど、ドライアイスとかを触った時”熱っ!?”って感じることがあるんですよ。雪やつららの温度を下回るマイナス15℃以下の温度のスープを飲んだなら、雪女さんやつらら女さんも”熱っ!?”と感じて頂けると思いましたが、うんうん、お気に召したようで何よりです」
人間向けには喉で熱さを味わう料理もある。
小籠包のようにスープが入った点心は、レンゲの上で包みを破って、スープを飲んだ後に食べるのが一般的だけど、そうせずに口の中で包みを破って熱々のスープを一気に飲み込んで喉と胃で熱さを味わう食べ方もあるのだ。
今回の鍋はそれを応用して、氷点下のスープが喉に流れおちるようにしたの。
お鍋の出汁は塩辛いくらいだけど、お醤油やポン酢なしで食べるので、大丈夫。
そして、このふたりは東北出身だけあって、しょっぱい味付けが好みなのだ。
全て、あたしの計画通り!
「へー、あっちもおいしそう」
「ダメよアリス。あんなの食べたらお腹壊しちゃうわ。こっちの普通の鱈のシャブシャブにしなさい」
「こっちもおいしいけど、あたしも冷たいものが食べたくなっちゃう。だって、こんなに暑いんだもん」
隣のテーブルではアリスさんと藍蘭さんが普通の鱈のシャブシャブを楽しんでいる。
ホフホフと汗をかきながら。
うんうん、夏場の鍋がおいしいように、夏なみの室温で食べる鍋もおいしいわよね。
でもやっぱり、アリスさんも冷たいものが欲しいみたい。
「お味はまあまあですけど、少々物足りませんわ」
「あ、今のはデザートが欲しいって意味です」
「はい、厨房からお持ちしますから、少々お待ちください」
あたしに抜かりはない。
デザートの準備だって万全なの。
ちょうど冷え固まったくらいかしら。
あたしは厨房に戻り、冷蔵庫のデザートを確認する。
よしっ、上出来、あとは盛り付け。
フッフッフッ。
「ひっひっひっ、はっはっはっ、ハーハッハッ! ついにこの封印を解く日がやって来たわ!」
あたしは大型冷蔵庫の隣に設置した特別な冷凍庫の前で叫ぶ。
「ねー、ランラン。珠子ちゃんが変な声を出してるよ」
「いつものことよ」
テーブルから何かヒドイ声が聞こえた気がするけど、気にしなーい!
これは普通の冷凍庫にも見えなくもないけど、違う。
頑健さが違う! お値段が違う! そして何よりも温度が違う!
「ちょーていおんれいとうこー!!」
頭の中で秘密道具のファンファーレを流しながら、あたしは超低温冷凍庫の扉を開ける。
そして中の白い立方体のドライアイスを取り出す。
ヒャッホー! まったく昇華していない!
「ドライアイスの昇華点はマイナス79℃! しかし! この超低温冷凍庫はマイナス80℃まで冷やすことが出来るのだ! お値段は50万円くらい! 冷凍マグロの隣にコンニチワ!」
「ねー、ランラン。珠子ちゃんが誰もいないのに意味不明なことを言ってるよ」
「よくあることよ」
客席からの会話をよそに、あたしは手袋を付けてドライアイスを取り出すと、のこぎりのようなギザギザの刃が付いた冷凍包丁でそれを切る。
細いスティック状にまで切って包丁の柄で叩いて、クラッシュアイス状にっと。
あとは、ガラスの器にクラッシュドライアイスをのせて、その上に特製デザートを盛り付ければ、完成ー!
「おまたせしました! 珠子特製! 超低温チョコレートですっ!」
トレイから流れ落ちる白い煙をたなびかせ、あたしは特製チョコをテーブルに運ぶ。
「ずいぶん待たせたわね。それに待たせるだけの価値があるとでも思っているのかしら」
「あ、今のは、それには待たせる価値がないから早く食べさせてって意味です」
はいはい、一番は雪女さんに。
あたしは手袋越しでも冷気が伝わる器をトントンと雪女さんとつらら女さんのテーブルに置く。
続いて、アリスさんたちのテーブルにも。
「さっ、冷めないうちに召し上がって下さい。冷えていくのに冷めないうちにとはこはいかにっ!」
「寒いですわね」
「あ、今のは、氷雪”あやかし”界で言う所の胸が熱くなる意味でして」
そう言いながら、ふたりはドライアイスの上に小山のように盛られたチョコを手に取り口に運ぶ。
素手でいけるんだ……、流石は氷雪系の”あやかし”。
カリッ
チョコが砕ける小気味いい音が聞こえた。
「あ、あつい!?」
「これって、冷たさを熱さと誤認する感じとは違う!? これは……お酒!?」
「説明が足りずに申し訳ありませんお客様。実はこれはチョコはチョコでもチョコレートボンボンでしたー!!」
彼女たちの口の中ではチョコレートから溢れたお酒が喉を流れていったはず。
中のお酒が凍らないのも凝固点降下のおかげ。
お酒の主成分は水とアルコール、そしてお酒を構成するエキス。
これらが溶けているので、氷点下でも凍らないのだ!
凝固点は主にアルコール度数によって様々だけど、アルコール度数が40度のお酒だと、マイナス31℃まで凍らない。
さすがにドライアイスのマイナス79℃だと凍っちゃうけど、上にのせているくらいならチョコの中までは凍らないのだ。
「ふしぎ。冷たいのに熱いだなんて」
おっ、素直な感想。
「度数の高いお酒は火に例えられ、喉が焼けるようって表現されますから。でも、それだけじゃありませんよ。さっ、次をどうぞ」
あたしの勧めに従うように、雪女さんは次のチョコボンボンをカリッと口へ。
「なにかしら、これ……。お酒とも冷たさとも違う、だけど温かい、ううん暑さが広がっていく」
「おいしいですね雪女さん。中はフルーツのリキュールですね。でも、不思議です。なんだか夏よりも夏を感じるような……」
ふっ、ふっ、ふっ、珠子特製のあつさを感じる術中にふたりともハマっているみたいですね。
「珠子ちゃん、これって南のフルーツの味がするわ。口の中が南国きぶーん!」
「アリスさんの言う通り! 温度は匂いを変える! 南国では花も木々も香り立つ! このチョコボンボンに使ったリキュールはバナナ、パパイヤ、グァバ! それを口にすれば、夏の、ううん常夏は貴方のもの!」
「くっ、ちょこざいな!!」
「そう言われてみれば、カレと行った東南アジア旅行で空港に初めて降り立った時の香りに似ていますね。あ、今のは、そのリキュールを飲んでみたいので猪口を下さいな、という意味です」
「はーい、ただいま」
あたしは厨房でトロピカルフルーツのリキュールをを猪口に注ぎ、再びテーブルへ。
「さ、どうぞ。バナナとパパイヤ、グァバのリキュールです」
濃いクリーム色のバナナ、透き通った琥珀色のパパイヤ、紅葉など知らない国の緑のグァバ。
南国情緒満点のリキュールがトントントンと並べられ、雪女さんがそれをコクリ、コクコク、ゴクッと飲み干す。
「なるほど、チョコボンボンから感じたのはこれらの南国の気配でしたのね。これほどあつさを体感させるだなんて……、ヤな感じね」
「あ、今のは……」
「そうです三本の矢! 喉を焦がすアルコールの熱さが第一の矢! 南国を暑さを香りで楽しめる第二の矢! そして第三の矢はドライアイスの温度とチョコとリキュールの味わいで舌を重厚に楽しませる厚さ! それが! 珠子特製チョコレートボンボンなのですっ!」
「あっ、そうです三本の矢です。流石は珠子さんですわ。わたくしもこのチョコレートボンボン、とっても気に入りました」
カリッ、カリッとチョコボンボンを国にしながら、つらら女さんもフフフと微笑む。
「いかがでしたかお客様。あつさを堪能頂けましたでしょうか?」
「そりゃあもう。ねっ、ユキちゃん」
「ふん、この程度の料理には、このくらいの価値しかありませんわ」
そう言って雪女さんはあたしにポンとお札を渡す。
諭吉さんがひぃふぅみぃ……、大幅どころか、超絶多い!?
「こ、こんなに頂けません! 十倍くらいのお金じゃないですか!?」
「そう、それじゃ結構」
結構?
……ああ!
「わかりました。そんな態度のお客様からは、もうお金は頂けません」
あたしはニヤリと笑い、雪女さんはクスリと笑う。
「あれれ、何か変よランラン。口ぶりはちょっと揉めてるっぽいのに、ふたりとも笑っているわ」
「ふふふ、アリスにはまだ早かったかしらね。あれは先払いよ。ボトルキープみたいなものね。珠子ちゃんはそれがわかったから、次はお金は要りませんよって返したのよ」
「へー、ランランはわかるんだ。すごーい」
「慣れよ慣れ。アタシは理解するのに結構時間が掛かったわ。これほどの早さで理解できるようになったのは珠子ちゃんが初めてじゃないかしら」
藍蘭さんの言う通り、雪女さんの真意は”気に入ったからまた来るわ”。
それの約束の意味も込めて、十倍もの金額を先払いとして渡したのだ。
「ふふふ、ユキちゃんったらとっても嬉しそう。それに珠子ちゃんもユキちゃんの理解が早くて助かりますわ。あの解説って結構手間なのよ」
「ララちゃん。余計なことは言わないで」
あ、今のは、必要な時は言って、という意味ですね。
雪女さんの口ぶりも大体わかってきた。
最初はちょっとキツイかもと思っちゃうけど、ちょっと考えれば、彼女の素直さがわかる。
「それじゃ、わたくしたちはおいとましますね」
チョコレートボンボンを全部平らげ、ふたりは席を立つ。
「はい、またのご来店をお待ちしています」
「そう。来ないかもしれませんけど、よろしくて」
「大丈夫ですよ。いつでも連絡をお待ちしています。その時はサービスしますよ」
今の雪女さんの裏の言葉は『デリバリーは出来ます?』という意味。
だから、あたしはサービスすると、お届けに伺うと応えたのだ。
あたしの返事に雪女さんは少しだけ目尻を下げてクスリと笑い、素敵な後ろ姿を見せながら帰っていった。
男だったら、この諭吉さんを十倍積んでも手に入れたくなるような極上の微笑み。
うーん、ちょっと笑うだけでお金がもらえそうだなんて、美女って得よね。




