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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第二章 流転する物語とハッピーエンド
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続・あやかし女子会とクリスマスバーレル(後編)

 「ほっほっほっ、仕事の後の一杯の店を探しておったらな。この娘さんが『それならいいお店があります!』っといってな。うむ、良さそうな店じゃ」

 「子供たちのために働いたサンタさんを(ねぎら)うのは当然じゃないですか」


 そう言って珠子ちゃんは大きな紙のバケツをテーブルに置く。


 「……珠子姉さん、それなーに」

 「これはクリスマスバーレル50%オフよ! ああ、こんなに安く買えるなんてサンタさんの加護のおかげだわ!」


 満面の笑みで珠子ちゃんは紙バケツを抱きしめる。

 うーん、この子はやっぱり色気より食い気なのね。


 「それで、サンタさんが何のご用かしら」

 「あたくしたちは、もう子供じゃありませんことよ」


 清姫ちゃんと紅葉ちゃんがテーブルに突っ伏しながら言う。


 「ほっほっほっ! 儂はここに食事に来たのじゃよ。いやー仕事の後の一杯はたまらんわい」

 

 そう言ってサンタちゃんはタブレットPCを取り出した。


 「ハロー! アメリカンサンタ! そっちの首尾はどうじゃい?」

 『ホッホッホッ! こっちはこれから仕事じゃよ。先に終わったお前がうらやましいわい』

 「ほっほっほっ! うらやましかろー」


 TV電話でサンタちゃんはアメリカのサンタちゃんと会話し始めた。

 うーん、ハイテク。

 さすが毎年アメリカ航空宇宙防衛司令部の追跡を受けているだけの事はあるわね。

 アメリカのサンタちゃんは時差の関係でこれからお仕事なのかしら。


 「さっ、売れ残りだけどこのクリスマスバーレルでクリスマスパーティとしましょ!」

 「売れ残り!?」

 「売れ残りですって!?」


 売れ残り(・・・・)という言葉にふたりが反応する。


 「あらやだ、珠子ちゃんたら、そんな言葉を言っちゃだめじゃない」

 「ごめんなさい、でもおふたりの事じゃなくって、このフライドチキンの事を……」

 「だまらっしゃい! この娘はあたしたちの事を売れ残りと思っているに違いないわ!」

 「そうそう、売れ残りなんておいしくないって思っているのですわ!」


 あーもう、このふたりってば思い込みが激しいから。

 

 「いーえ、売れ残りでもおいしいんですよ!」


 そして珠子ちゃんも思い違いが激しいのよね。


 「ほっほっほっ、お嬢さん方、言い争いはよくないぞ」


 サンタちゃんが仲裁に入るが、女の戦いは止まない。


 「だったら、この湿気ってヘロヘロの衣のフライドチキンを美味しくしてみなさいよ!」

 「ええ! これを素敵にリメイクしてみせますっ!」


 そして、珠子ちゃんって料理が関わると急に男らしくなるのよね。


 「おーい、儂にアメリカサンタに見せつける素敵なアメリカ料理を作ってくれるという約束は?」

 「もちろん、このフライドチキンから作ってみせますとも!」


 相変わらず、無茶する娘ね。

 でも、そこがいいの。


 「アタシも手伝うわ」

 「ありがとうございます藍ちゃんさん! それではこれを一緒に練りましょう!」


 そう言って珠子ちゃんが取り出したのは一キロの小麦袋だった。

 あらやだ、二の腕が太くなっちゃうじゃない。

 アタシはちょっと後悔した。


◇◇◇◇

 

 湿気ったフライドチキンは骨が抜かれ、オーブンに入れられてジュージューという音を立てている。


 「ふいー、さすがにこの量は疲れますね」

 

 フライドチキンが再びパリパリになるまでの間、アタシたちは小麦粉と牛乳と卵黄を混ぜて練っていた。

 嫌な予感がするわ。

 あたしの視線の先にあるのは卵黄と分けられた卵白。


 「ねぇ、珠子ちゃん、まさか……」

 「はいっ! 次は卵白をメレンゲにしますっ!」


 にっこりと笑いながら珠子ちゃんは泡立て器を取り出す。

 いくら電動とは言えどもそれなりに力は必要なのに。

 そう言えば、この子が食べる量の割に太らないのはきっとこのあたりに原因がありそうね。


 「さあ、続いてはこのふたつをさっくり混ぜまーす」


 ふたつが混ぜられて、卵の甘い匂いが台所じゅうに広がる。


 「これってパンケーキよね」

 「はい、そうですよパンケーキです」

 「でも、砂糖が入っていないんじゃない?」


 これを焼けば、ふわふわのパンケーキになる事は間違いない。 

 でも、これじゃぁアタシの好きな甘々パンケーキにはならない。

 だってお砂糖が入っていないんだもの。


 「ふっふっふっ、これからが本番ですよ」


 そう言って彼女が取り出したのはメープルシロップ。

 

 「あら、それをたっぷりかけて食べるのね」

 「さすが藍ちゃんさん。半分正解ですっ!」


 えっ半分?


 「まずはパンケーキをやきまーす」


 フライパンの中でむくむと生地がふくらんでいく。

 メレンゲの効果で空気がふくらんでいるの。


 「はい、スフレパンケーキのでっきあがりー!」


 出来上がったパンケーキに切り込みを入れ、その断面のスポンジが見えるよう開いて皿に盛る。


 「そして、次は! このフライドチキンを突っ込む!」


 はいっ!?

 パンケーキにフライドチキン!?


 ズボッと音を立てて、フライドチキンが埋められていく。


 「ちょ、珠子ちゃん!?」

 「次にソースを作りまーす」


 アタシの声を無視して、珠子ちゃんはメープルシロップをボウルに取ると、そこに琥珀色の液体をドボドボと混ぜ始めた。

 そして軽く火にかける。

 メープルシロップ独特の甘い香りと燻香とアルコールの匂いが広がった。


 「この匂いは……ウイスキー(Whisky)!?」

 「はい、アメリカのウイスキー(Whiskey)、バーボンですっ! 甘味の強いウイスキーなんですよ」


 アタシもバーボンは飲んだ事はあるけど、甘味の強いウイスキーよね。

 でも、それがメープルシロップと一緒になると、どんな味になるのかわからないわ。

 さらにパンケーキとフライドチキンでしょ……


 「これで、出来上がりです。さあ、どんどん焼きますよー!」


 3つのフライパンを器用にローテーションさせ、スフレパンケーキがいくつも出来上がっていく。

 ズボッ、ズボッ、ズボッ!

 そして何本ものフライドチキンも埋められていく。


 「さあ、運びましょ。みんなが待っていますよ」


 ああ、この子はやっぱりお料理している時が一番輝いているわね。

 でも、この自信はどこから来るのかしら。


 「お待たせしました! このソースをたっぷりとかけて召し上がれ!」


 料理がテーブルに並べられるとみんなの顔が一瞬曇る。

 そりゃそうよね、パンケーキもフライドチキンも単体なら美味しい。

 『なぜ合体させた』みんながその言葉を顔に出しているのも自然よね。


 『こ……これは!? おい、サンタジャパン! そいつを取っといてくれ!』


 ここに居ない、誰かが声を上げた。


 「なんじゃ、サンタアメリカ。これを知っておるのか?」

 

 タブレットに向かってサンタジャパンちゃんが問いかける。


 『それはアメリカで流行しておる『フライドチキンパンケーキ』じゃ! デリシャスでラミーなんじゃよ!』

 「そうです! このバーボンメープルソースをかければ完成です」


 ジュジュ―


 未だ熱の残るフライドチキンが音を立て、メープルシロップの焦げるカラメルの匂いがする。

 あらっ!? これって、すごっく食欲をそそる香り!

 

 「……珠子姉さんの料理、いただきます」

 

 橙依(とーい)ちゃんが先陣を切ってフライングパンケーキ、もといフライドチキンパンケーキを食べる。


 「……おいしい!」


 目を見開き、橙依(とーい)ちゃんが叫んだ。

 あの橙依(とーい)ちゃんが大声をだした!?

 その声を合図にアタシたちもフライドチキンパンケーキに手を伸ばす。

 

 「ほっ、ほっ、ほっ、はふはふほっ。こりゃいける!」

 「まあ、チキンのスパイスに甘酸っぱいソースがからんで!」

 「パンケーキからもフライドチキンの肉汁とソースの甘さが噛む度にじゅわっと染み出して!」


 アタシの口の中にも今までにありそうでなかった味が広がった。

 ソースはまずは甘い、だけどバーボンの奥にある酸味と燻味が遅れて舌で踊る。

 そして肉を噛むとチキンの旨みと油が広がり、スパイスの刺激がさらに食欲をそそる。


 「へへー、肉に甘酸っぱいソースは良く合うんですよ。そしてチキンからあふれる旨みとソースが染みたパンケーキも、とーっても美味しいんですよ」


 珠子ちゃんなんてチキンをパンケーキで挟んで、手づかみでかぶりついている。

 エプロンをギトギトにしながら。

 ああ、チキンの骨を抜いたのは、このためだったのね。

 子供みたい、でもカワイイっ!


 「はい、よかったら使って下さい」


 キッチンペーパーと紙タオルをみんなに配る。

 清姫ちゃんと紅葉ちゃんは顔を見合わせると、


 「それは、童心に帰りまして」

 「手づかみでいただきましょうか」


 今までのオトナの女性の表情を止めて、童女のような笑顔で食べ始めた。  


 「そして、これに合うお酒は、やっぱり!」

 「バーボンじゃな! ソースにも使われておる酒が合うの当然じゃ!」

 「もちろん銘柄は!」

 「『ワイルドターキー!!』」


 珠子ちゃんの声に続いて、サンタジャパンちゃんとサンタアメリカちゃんの声がハモる。

 そして珠子ちゃんはドスンと『ワイルドターキー』の瓶をテーブルに置く。


 「やっぱ、クリスマスにはターキー(七面鳥)ですよねー!」

 

 そう言って、珠子ちゃんはショットグラスでクィっと飲み干す。


 「ぐふわぁー! きくぅー!」 


 うーん、おいしそう。

 ちょっとオヤジ臭いけど。

 アタシも真似しちゃお。


 「あら、外国のお酒ですが、甘味が良いですね」

 「はい、キュッとくる刺激がいいですわね」


 あのふたりも気に入ったみたい。

 もちろん、アタシもこの組み合わせは気に入ったわ。


 「どうです、残り物のフライドチキンでも美味しくなるでしょ!」

 

 ちょっと自慢気に珠子ちゃんが言う。


 「ええ、見直しましたわ」

 「売れ残りだって、美味しく頂けますのね」

 「ほっほっほっ、サンタも大満足じゃ」

 「えへへ、それほどでも……」


 珠子ちゃんは少し照れながら言った。 


◇◇◇◇


 そのままパーティは続き、


 「うーん、もう飲めないむにゃむにゃ」


 カワイイ寝言を言いながら珠子ちゃんは机につっぷした。


 「さて、約束じゃからの」


 そんな時だったわ、サンタちゃんが口を開いたのは。


 「約束って?」

 「ほっほっほっ、あの娘に頼まれたのじゃよ。この素敵なお姫さんたちにプレゼントあげてと」


 そう言いながらサンタちゃんは大きな白い袋を取り出す。


 「プレゼント? あたしは真実の愛以外は欲しくないわ」

 「あたしも素敵な彼との未来以外は欲しくないわ」

 「ほっほっほっ、サンタのプレゼントは特別じゃよ」


 サンタちゃんが袋の中に手を入れると、そこから少し(ひな)びた(まり)と貝が取り出された。

 あの形はハマグリかしら。


 「これは、あたしが子供の時に遊んでいた毬!?」

 「この貝は貝合わせの貝! あたしが母上と遊んだ時の!?」

 「ほっほっほっ、気に入ってくれたかな」


 白いおヒゲを撫でながら目を細める。


 「え、ええ、でもどうしてこれが!? 遥か過去に失われた物なのに!?」

 「そうです、これは失われた物、いや妾のこれはこの世界のものですらないのに!?」

 「ほっ、ほっ、ほっ、”あやかし”にこの世の(ことわり)など問うても無駄じゃろう。これはあるかもしれなく、そしてそなたたちには確かにあった思い出の一品じゃよ」


 サンタちゃんの言う通り”あやかし”に道理は通じないわ。

 きっとアタシたち”あやかし”は伝説の剣だろうと創作の剣だろうと具現化できる。

 サンタちゃんなら、子供のおもちゃや本、服といったものならば新品だろうと思い出の品だろうと袋から取り出せてしまうでしょう。

 だって、それがみんなに”夢と希望”をプレゼントにして与えるサンタちゃんなんだから。


 「そのプレゼントはな、この娘が選んだんじゃ」


 すやすやと寝息を立てている珠子ちゃんを指差してサンタちゃんは言う。


 「町で偶然か主の(おぼ)()しかはわからぬが、この()に出会ってプレゼントをお願いされた。本物のサンタと見抜かれるとは思っておらんかったから度肝を抜かれたわい」


 最近、珠子ちゃんの霊力(ちから)は成長著しい。

 だから、見つけられたのね。

 

 「儂が『サンタはおもちゃとか子供が喜ぶ物しか用意できん』と言ったら、それでもいい、『あのふたりが子供の時の幸せな記憶を思い出せる、そんなプレゼントは出せませんか?』そう言いおった」


 その言葉にふたりが顔を見合わせる。

 だって、ふたりへのプレゼントはまさにそれ(・・)だったから。


 「それが真摯(しんし)な願いならば聞いてあげるのがサンタの勤めじゃ。なーに美味い料理と引き換えならお安い御用じゃ」


 サンタちゃんはそう言ってパンケーキを口にしてほほ笑んだ。

 

 『愛された記憶があれば、それを未来につなげていける。それは(ヒト)だろと、”あやかし”だろうと同じ』


 昨晩、いやもう一昨日の晩かしら、彼女がこの言葉を口にしたのは。


 「そうでしたの。あの言葉を守ろうとしてくれたのですね」

 「ほんの少しだけど、心に染みましたわ」


 このふたりは男運はなかったけど、ご両親には愛されていたから。

 珠子ちゃんが伝えたかったのは、男女の愛ではなく、親子の愛。

 彼女は自分が一番知っている愛を伝えようとしたのね。

 ちょっと素敵。   

 

 「ねぇ、珠子さん、ちょっと起きて下さいな」

 「そうです、少し聞きたい事がありますの」


 ふたりが珠子ちゃんの肩を揺らす。


 「ふぇ」


 すこし寝ぼけまなこで珠子ちゃんの頭があがる。


 「ええと、確か珠子さんは2X歳でしたわよね」

 「はい、そうですけど」

 「では、クリスマスは超えていますわね」

 「はい?」


 ひと昔前、まだバブルと言われていた時代、女の年齢をクリスマスの日付に例えて、行き遅れを揶揄する文化があった事を。

 アタシは、アタシたちは知っている。


 「「珠子さん! あなたを”売れ残り女子同盟”に招待しますわ!」」

 「はいいいーっ!」


 あらま、大変な同盟が出来たものね。


 「ちょ、あたしはそんな同盟には……」 

 「いいからいいから」

 「嫌なのは最初だけですわ、そのうち居心地よくなるから」

 「居心地なんてよくなりたくないですー! 藍ちゃんさーん、ヘルプ! ヘルプミー!」


 悪いわね珠子ちゃん。

 アタシはあの同盟に関わる気はないわ。

 だって、もの凄く七面鳥、いや七面倒になりそうなのですもの。

 

 こうして、アタシが彼女と迎える初めてのクリスマスの夜は更けていった。

 きっと彼女は今日も祝福された一日(ハッピーエンド)を迎えたのね。


 「ではな、また来年も仕事上がりの一杯を飲みに来るぞい」


 そう言って、サンタちゃんはサンタアメリカちゃんへの手土産を持って朝日の中に消えていった。

 また、来年も会いましょうね、素敵なオ・ジ・サ・マ。


 「たーすーけーて」


 ふたりから男への愚痴を聞かされ続ける珠子ちゃんの声が聞こえる。

 悪いわね珠子ちゃん。

 あなたの困った顔がとっても可愛いから、アタシはちょっとイジワルしたくなっちゃうの。

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