ひだる神とカシューナッツ炒め(その2) ※全4部
◇◇◇◇
「しかしま、嬢ちゃんのアイディアはいいと思うぜ。行楽弁当ってのは他のやつに見せてナンボだからな」
「ですよねー。画一的な弁当だと味気ないし、アレルギーとか好き嫌い対応のお弁当だと、ちょっと寂しいですよね」
行楽のランチタイムは楽しい時間。
家族の手作り弁当ならともかく、業者弁当ではちょっとウキウキ感に欠ける。
それを何とかしようとした結果が、このリアカーに載っているの。
「それじゃま、もう一踏ん張りしますか。でも、ここの”ひだる神”はしつけぇなぁ」
「その”ひだる神”って、どんな”あやかし”なんです? お腹を減らしてくる”あやかし”だって聞きましたけど」
青行燈先生の依頼の準備をするのは難しくはなかった。
”あやかし”のお子さん向けの料理だってかんたーん! とはいかないまでも、日常の業務の範囲内。
少し困ったのは、料理とピクニックランチ一式を現場に届ける所だけ。
さほど遠くないので、緑乱おじさんに協力をお願いして、リアカーを出してもらったの。
あたしたちは、えっちらおっちらとリアカーを引いていたんだけど、舗装された道からハイキングコースの山道に入った途端、あたしたちに異変が起きた。
山道とはいっても、舗装されていないだけで、傾斜も緩く、道幅も十分。
リアカーで通るには何も問題はないはずだったんだけど……。
山道に入ると、ぐきゅるぐきゅると鳴る腹の虫。
あれよあれよという間にあたしたちは”腹が減って力が出ねぇよ”状態。
『こりゃ”ひだる神”の仕業だな』と緑乱おじさんが一瞬で見抜いて、さらに対策まで教えてくれたんだけど、その対策があまり効果がなかったのだ。
「”ひだる神”ってのは餓鬼憑きの一種さ。餓死者や行き倒れで死んだ人間の魂で、道行く者に空腹と疲労をもたらして歩けなくしちまうのさ。大抵は少し食い物を食えば、活力が戻って歩けるようになるんだが……」
「少し歩くと、また空腹になりますよね」
「だな。よっぽど大きくなっちまった”ひだる神”だろうよ」
「成仏させる方法はないんですか? ほら、緑乱おじさんは八尾比丘尼だった過去もありますし、こういうのは得意なのでは?」
あたしは以前、夢の中で緑乱おじさんが、尼僧”八尾比丘尼”として全国を行脚した過去があることを知った。
魂を幽世に導くのは紫君が得意だけど、おじさんも出来ないことはないはず。
「ダメだねぇ。俺っちはファッションで八尾比丘尼をやってたからなぁ」
うーん、役に立たないというか、本職の築善尼さんが聞いたら、ぶん殴ってきそうなセリフ。
「こういうのは”施餓鬼”ってやつを、仏さんのありがたい食事を供えれば一発さ。ま、築善のヤツに連絡しとくから、数日後には成仏するだろうよ」
「それって、数日はこのままってことですよね。少なくとも、ピザの宅配なみの速さで成仏へのデリバリーは無理ってことですよね」
「そうでもないさ、できんこともないぜ。特別料金の布施を払えばな」
そう言って緑乱おじさんはニヤリと笑った。
あたしは『さっ、休憩終わりっ』と立ち上がって、リアカーを引き始めた。
◇◇◇◇
「と、とうちゃーく」
あたしたちは、やっとのことで山の中腹の広場に到着する。
ゆったりとした斜面は秋の深まりを思わせる彩りに染まり、そこでは小学生くらいの子たちが楽しそうに駆け回っていた。
「珠子さーん! こっちこっちですのー!」
「遅かったから心配しましたです」
少し離れた広場から青行燈先生と文車妖妃先生が手を振る。
「すみません遅れてしまって。でも大丈夫です。この程度の遅れなら十分に取り戻せますから。緑乱さん、設営を手伝って下さい」
「はいよっと」
「結構な大荷物ですのね」
「私もお手伝い致しますです」
「ありがとうございます。それは、このクロスをお願いします」
折り畳みの長テーブルがパチンと脚を伸ばし、その上に花模様のクロスが敷かれる。
その上には前に新生『酒処 七王子』のパーティの時にも使用したチューフィングディッシュがドンドンドンと置かれる。
「嬢ちゃん、電源の準備も出来たぜ。湯も沸かしてる」
緑乱さんが災害用電源をドシンと地面に置き、そこへチューフィングディッシュから伸びるコードを繋げていく。
「最近のバイキングの皿は保温機能も付いているんですのね」
「ええ、IHヒーターが付いているタイプも多いんですよ。これなら秋風の中でも温かい食事がふるまえます」
あたしは早朝から料理を仕込んで出来る限り保温してここまで運んだけど、やっぱり季節には勝てない。
だけど、人類の叡智は、温かい食事への欲求は、その程度は難なく乗り越えるのだ!
IHヒーターが付いていないタイプには下の皿にお湯を張って加熱と保温をするの!
これで野外でも温かい食事が出来るってもんです!
ジョボボボボボー
緑乱おじさんがお湯を下のトレイに張る音を聞きながら、あたしは秋風にも負けない野外バイキングの準備を進める。
「あ、珠子おねえちゃんだー! 今日のお昼はおねえちゃんが作ったの? お弁当だって聞いてたけど」
設営するあたしたちを見つけたのか、紫君が駆け寄る。
他のお友だちも、何か、何だと集まって来た。
うん、料理も温まってきたし、頃合いかしら。
あたしの目配せに青行燈先生と文車妖妃先生もOKのサイン。
「うーんと、半分正解かしら。お昼はお弁当だけど作るのはあたしじゃないわ」
「どうゆうこと? ボクわかんなーい」
「しーちゃん、きっとあのお弁当箱の山がヒミツのカギじゃないかしら」
おや、クラスメイトかな。
紫君と同年齢くらいの見た目の女の子が、紫君の腕を組みつきながら言う。
ショートカットの可愛い女の子。
ちょっとおしゃまさんかな。
「せいかーい! はーい、みなさんにお知らせがありまーす! これから、みなさんには、あのおべんと箱をひとつずつ取ってもらって、ここの好きな料理を詰めて、おべんとを作ってもらいまーす! 作ったら、お友達と一緒に好きな場所で食べて下さいねー!」
あたしが手で緑乱おじさんに合図を送ると、彼は待ってましたとばかりにチューフィングディッシュのフタを解放する。
湯気がブワッと宙に舞い、いい匂いが一面に広がった。
「おべんと作るの?」
「おっもしろそー」
「おれ、いっちばーん」
「あー、ちょっと、だんしぃー、ちゃんと並びなさいよー!」
ああ、なんか久しぶりに聞くなー、男子ぃーって台詞。
「料理名のプレートに使っている食材やアレルギー表示がありますから、好き嫌いやアレルギーのある方はよく見て取って下さいねー」
あたしの呼びかけに児童たちは「はーい」といい返事。
「あれ? この魚、2種類あるぞ?」
「このカラアゲスティックもだわ」
「カレーも?」
ふふーん、児童さんたちは気付いたようですね。
ここには同じメニューだけど、実はそれが2種類ずつあることに。
「よく気付きました! そのうちの片方はお肉や魚を使ってない普茶料理なんですよ。姿形を似せているけど、生臭じゃないんです」
「え? このメンタイイワシも?」
「そうよ、こっちが普通の明太イワシで、こっちが普茶イワシ」
そう言ってあたしはお腹に赤い明太子が詰められたイワシと、お腹に緑の粒粒が詰められたイワシのようなものを指さす。
明太イワシは福岡名物。
イワシの頭と内臓を取り除いて、内臓の部分に明太子を詰めて焼いたもの。
ご飯のお供に、酒の肴にピッタリ。
小さいイワシを安く仕入れられたので、ミニサイズの明太イワシを作ってみました。
そして、隣には見た目はそっくりの普茶イワシ!
これは……
「へー、イワシは、すりつぶした豆腐と山芋を練って、ノリでまいて油であげたものにトンブリをつめたのね。赤い色はパプリカパウダーかしら」
「わかるのコタマちゃん!?」
「わかるわよ。ニセモノのウナギのかば焼きを作るのと同じやり方よ」
あれ? それって、あたしが説明しようとしていた台詞。
「ねー、ねー、こっちのカラアゲスティックのニセモノは? 」
「すりおろしたクワイにつなぎの小麦粉を加えて、味付けして油で揚げたものよ」
また見破られた!?
「このそぼろと、いりタマゴのおいなりさんは?」
クラスメイトの少年が指すのは、あたしの力作。
稲荷寿司を逆さまにして、油揚げの口がお寿司の軍艦のようにピンと立つようにして、そこに茶色のそぼろと炒り卵をのせて彩りを出した一品。
今日は、牛そぼろと卵の動物性のそぼろと、植物性の食材だけ作った普茶そぼろの2種類を用意した。
「それは、じゅるり。そぼろは高野豆腐をくずしてお醤油とゴマ油で味付けしたものね。いり玉子は、いり豆腐をクチナシで黄色く味付けしたものだわ。同じ豆腐でも高野豆腐は汁をいっぱい吸うから、食感や味のコントラストが生まれているはずよ。おじょうずね」
「か、かなりおくわしいようで」
あたしの普茶料理の秘密の数々を、おしゃまな女の子は軽く見抜く。
こやつ……できる!?
「こういうのはシンノウ様が好きだったもの」
シンノウサマ? 神農に仕える神使の方かな?
そういえば、彼女は気配が妖狐のコーンさんや讃美さんに似ているような……。
「あと、みんな。あのカレーみたいなやつは気を付けた方がいいわよ。かたっぽは普通のベジタブルカレーだけど、もうひとつは沖縄のチーイリチャーだもの」
あれも見抜きますか!?
人間でも知っている人が少ないのに!?
「チーイリチャーって?」
「豚肉と豚の内臓の豚の血炒め。味はいいけど、グロが苦手な人は気を付けてね。わたしは平気だけど」
「へー、そいつはうまそうだな。オレへーき!
「オレだって! 血なんてちーっともこわくないもんねー!」
「ちょっと、だんしぃー。そんなシャレおもしろくないわよ。でも、チーイリチャーって沖縄のちゃんとした料理なのよね。だったら食べてみたいな」
肉! 内臓! 血!
沖縄のハレの日のごちそう、血炒めに何名かのお子さんが興味津々。
口ぶりは普通の小学生。
だけど、そこからは”あやかし”の本性が見え隠れ。
しっかし、この女の子の料理知識はかなりのものね。
”あやかし”にしては珍しいかしら。
「じゃあ、この豚肉のカシューナッツいためは? ボクこれ好きなんだー。でも、こっちのは本物の豚肉じゃないんだよね」
次に紫君が目を付けたのは、豚肉のカシューナッツ炒め。
これも他の料理と同じように普通の豚肉を使ったものと、植物性の普茶料理のとの2種類がある。
ふふーん、さすがにこれの秘密はわからないでしょ。
チラッ
あたしと女の子の目が合う。
彼女から返ってきたのは少しキツめの視線。
どうやら、あたしの挑戦を受け取ったみたい。
「この普茶料理の方の偽豚肉のカシューナッツ炒めはね、わらび粉を練って、薄く延ばして炒めて、さらに軽く油で揚げた後にカシューナッツと合わせて炒め直したものよ」
ほほう、ふむふむ、八割がた正解。
というか、わらび粉を使った偽豚肉の作り方は有名だから、料理に詳しければ、これくらいは知っていてもおかしくない。
だけど、ちょっとだけ違うの。
「でもね、本物のわらび粉を使っていないと思うわ。あれってお高いんですもの。こんな貧乏性っぽい女がそれを使うはずがないわ。きっとジャガイモデンプン由来の片栗粉で作ったのね」
そう言いながら女の子は偽豚肉をつまみ食い。
クニッ
「ほら、わらびで作ったのに比べて弾力が……、これは!? この食感はジャガイモやサツマイモ由来の片栗粉じゃない!? すると葛粉? いいえ、これはそれよりも強くて固め、より豚肉に近い食感……」
女の子はあたしの方をキッと見ると、さらに普茶豚肉をひとつ、ふたつ、カシューナッツを合わせてポリっ。
「少し辛い醤油ベースにベジブイヨン、ネギ……ではなく代用にシソの葉と実を使ってるのね。その風味がゴマ油の中に溶け出て、それがからんだ偽豚肉に旨みを上乗せしている。カシューナッツの甘さと食感がそれらと合わさって、何よりもプルプルというよりブルンブルルンの弾力を持つ偽豚肉が、まるで本物のように、いや本物より美味しいと思わせる味を……」
女の子は顎に手を当てて何かを考える。
さすがにわからないみたい。
ふふーん。




