ひだる神とカシューナッツ炒め(その1) ※全4部
赤い輝きを周期的に放つ回転灯。
黄色と黒の規制線。
それらを背景にあたしは黒と白の警察車両に乗り込み警察署へ。
「大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ」
秋の夕暮れを超えて、時刻はもう夜。
飲食店なら、これから業務が本番という時刻。
「は、はい大丈夫です」
「無理もありません、ショッキングな出来事ですから」
あたしの顔が青いのは、苦手な車に乗ったからだけど、その理由は黙っておこう。
でも、天国のおばあさま、誓って言います。
あたしは人の道にもとる行為は何ひとつしていません。
「では、詳しく話を聞かせてもらいましょう」
あたしの前の厳つい刑事さんが鋭い眼光であたしを見る。
あたしは思わず喉をゴクリと鳴らした。
「あの死体について」
◇◇◇◇
事の発端は一週間前。
『酒処 七王子』に”あやをかし学園”の青行燈先生が来訪する所から始まった。
「え? お弁当の仕出しと配送の依頼ですか?」
「はい、今度、初等部で課外授業のハイキングを実施しますの。引率はわたくしと文車妖妃先生ですの」
”あやをかし学園”の初等部には紫君が通っている。
そういえば『こんどハイキングに行くんだー』って言ってたわね。
そのイベントかしら。
「それで、珠子さんにはハイキングのお弁当を準備して欲しいんですの。20名ちょっとになりますけど、お願い出来ますでしょうか」
「もちろん大丈夫ですけど、普通の仕出し業者に依頼した方が費用的には安くあがるんじゃありません?」
この依頼内容は普通の依頼。
”あやかし”たちが集まる料理屋『酒処 七王子』に頼むまでもなく、一般のお弁当業者にだって頼める内容。
ミッション:子供たちのハイキング弁当を作れ!
難易度としてはDランクくらいかしら。
あたしは橙依君のやっているゲームみたいな画面を心に浮かべる。
「おっしゃる通りですの。ですが、ちゃんと理由がありますの」
「その理由とは?」
「それはですね、学園の子供たちって半分くらいは”あやかし”ですの。今回のハイキングも12名くらいは”あやかし”なんですの」
青行燈先生の言葉にあたしはフンフンと相槌を打つ。
「それに、普通の子の他に霊感が強かったり、退魔関連の子供もいたりするんですの」
「へー、そうなんですか」
橙依君と紫君が通う”あやをかし学園”は”あやかし”と人間の通う学園。
表向きは普通の学園の体を取っていて、普通の人間も通うとは知っていたけど、退魔関連の人も通っていたんだ。
天邪鬼の天野君のパパ、大天邪鬼校長の方針かしら。
「それでですね。去年までは個人の家で弁当を持参して開催していたんですけど、その弁当に格差が生じてしまったんですの」
「ああ、凝ったお弁当を作る親御さんがいらっしゃったのですね」
「わたくしたち”あやかし”の家庭はどうもそこが苦手で……」
「弁当で格差が発生してしまったと」
「その通りですの。人間の子たちの親御さんが丹精こめて作ったお弁当は彩りがあって、デザインも凝っていて、色々なおかずが入っていたりしたんですけど……」
「それに比べて、”あやかし”のお子さんのお弁当は見劣りしたと」
河童の子がお弁当箱を開けたらキュウリがドーン!
メインもおかずもキュウリだけ!
そんなお弁当だと、いくら好物であっても、心がワクワクしない。
ありがちよね。
「その通りですの、それでちょっと可哀想だと思いまして、今年はおやつのみ持参で仕出し弁当を頼もうという話になったんですの」
料理が出来る”あやかし”は少ない。
食べずとも生きていける”あやかし”も多数いるので、”あやかし”は料理の文化が育ってないのだ。
「なるほど、それで当店に頼んだ理由は?」
「ほら、”あやかし”って好き嫌いとか食べられないものも多いでしょ」
「そうですね」
鬼はイワシの頭がダメ、天狗は鯖が嫌い、化け猫は猫と同じで玉ねぎは危険、中には清めの塩がダメという”あやかし”も存在する。
『酒処 七王子』ではお客様がメニューを見て注文するから大丈夫だけど、仕出し弁当ではそうもいかない。
「なので、最初はアレルギー対応の弁当を作っている仕出し業者を頼もうとしたんですの。でも、断られてしまいましたの」
「どうしてですか?」
最近のアレルギー対応の業者はスゴイ。
厨房を分けて小麦粉禁止の部屋を用意するくらい徹底した管理体制を持っている。
ちょっとやそっとの好き嫌いや、禁忌の食材くらいなら対応してくれるはずなんだけど。
「多分ですけど、生臭はダメとか、逆に血の料理を入れてくれとか、魚まるかじりとか、そういったリクエストが原因だと思いますの」
おおう……。
「ま、まあ、アレルギー対応の業者でも、精進料理やハラール対応はともかく、血を使ったメニューとかは難しいかもしれませんね」
「そこで、お願いですの。秋の行楽にピッタリのお弁当を用意して頂けませんか? 予算はこれくらいですの」
ほほう、ふんふん。
中々のお値段。
これなら少し豪華なお弁当が出せそう。
「うーん、でもなー」
「どうかされましたの?」
「いや、行楽で画一的なお弁当というのも彩りやウキウキ感に欠けますし、なにより今の時期はちょっと肌寒いと思いまして……」
「肌寒いと何か問題でも?」
「中華系の”あやかし”のお子さんは冷めた弁当を嫌がるのではないかと思いまして」
現代でもそうだけど、中国出身の方は冷めた食事を嫌がる。
日本に慣れていれば受け入れるだろうけど、やはり温かい方が喜ぶと思う。
「そういえば、そうですの。中国出身の方は昼は学食が多かったですの」
「でしょ、で、ものはご相談ですけど……」
あたしはそう言って青行燈先生先生にあたしのアイディアを話す。
「まあ! それはいい考えですの! 是非、お願いしますね! 子供たちの良い思い出話になりますの!」
青行燈先生は怪談だけでなく、お話も好きと聞いている。
ならばと思ったけど、思い出話が生まれそうなあたしのアイディアがお気に召したみたい。
これなら!
「はい、では、そのように。ではですね、へっへっへっ……」
「なんですの? そんな変な声をだして……」
揉み手をするあたしを見て、青行燈先生の顔が少し曇る。
予算は少し積み増しされた。
◇◇◇◇
ぐきゅるるるるる、ぎゃおーす、ぎゃおーず。
山の中腹に虫の声が響き渡る。
鈴虫のような風情のある秋の虫ではなく、お腹の虫。
「な、なあ、嬢ちゃん。休憩にしようぜ。腹が減ってもう動けねぇよ」
リアカーを引くあたしのお後方から緑乱おじさんの声が聞こえる。
「ほ、ほら、まだ弁当はこんなにあるぜ。ちっとばっかり食っても平気だろうよ」
そう言っておじさんはリアカーの荷台にある弁当箱と料理の山を指す。
「だめですよ。ハイキングの子供たちの分が無くなってしまうじゃないですか」
「だけどよ、腹が減っちまって力が出ねぇよ」
キュラキュラと音を立てながらリアカーは進む。
腹の虫も、ぐーすかぐーと休むことを知らない。
この山道の勾配は急ではないけど、かなりキツイ。
「ほら、口ではそう言っても、身体は正直だぜ。ほんのちょっとだけ、ちょっとだけだからよ」
「言い方! もう、変な風に言わないで下さい! だめったらだめ!」
緑乱おじさんのセクハラ発言に怒りながらも、あたしは歩みを進める。
あと、もう少し、もう少し、千里の道も一歩から……。
「なあ、時間もまだあることだし、それにいい紅葉だぜ。腹も減って景色も最高! これなら弁当がさらに美味くならないはずがあるだろうか? いやない!」
後ろから聞こえる緑乱おじさんのひとり反語の誘惑に逆らいながら、あたしは歩み続ける。
あたしはまだ進める、出来る子、やれる子、負けない子!
くぎゅうぅぅぅぅぅ~
そして、いっぱい食べる元気な子!
「も、もう、しょうがないですね。ちょっとだけですから」
まけちった。
「そうこなくっちゃ! なぁに、ちょっとだけさ」
カチンと車輪をロックして、緑乱おじさんは酒予備の料理を取り出す。
「ほいさ、一番余剰があるノーマルなやつさ。変わり種は待っているヤツがいるから残しておかないとな」
受け取ったのは俵型のおにぎりとミニ唐揚げとウズラの卵をピックに刺した親子串。
ちなみに親子串は唐揚げとひと口玉子焼きのバージョンもあります。
色とりどりで秋の紅葉狩りにピッタリの『酒処 七王子』特製料理。
ああ、おばあさま……弱いあたしをお許し下さい。
「うんめぇなぁ。さすがは嬢ちゃんのお手製弁当だぜ」
「ええ、おいしいですね。とても……」
一見すると、のどかな休憩時間に思えるかもしれません。
だけど、あたしたちが休憩するのは本日三度目。
普通ならありえない頻度。
そう、あたしたちは……ひだる神の攻撃に遭っているのです!
ぐきゅるる~
ぎゅらぎゅらぎぎゅ~
腹の虫はその健在っぷりをアピールするかのように二重奏を奏でた。




