胡蝶の夢とドリームケーキ(その7) ※全7部
◇◇◇◇
どうやら、あっちの方角ではカタが付いたようだな。
俺様は遠く離れた場所からの妖力が落ち着いた気配を感じ、そう思う。
ここに近づこうとするそこそこの気配がひとつ、ここに隠れている気配がひとつ。
ガサッ
「な、なんだ貴様!? ここで何をしている!?」
森を抜けて現れた竜の頭をもつ”あやかし”が俺様に不遜な口を開く。
「なに、ただの散歩よ。秋の夜風が心地よい時期なのでな」
「戯言を。そうか、わかったぞ、お前も東の大蛇の仲間だな」
仲間……仲間か……。
『酒処 七王子』のヤツらは俺様の異母兄にあたるが、仲間と言われると違うな。
むしろ、女を取り合う恋敵。
「違うな、むしろ敵だ」
「そ、そうか、なら儂に仕えぬか? 儂は大悪龍王の一の家臣なるぞ」
「興味はない。大悪龍王ごときたかが知れてる。ましてや、その家臣なら尚更」
それに大悪龍王は倒されたと茨木よりめぇるが来てたしな。
「言葉に気を付けろ小僧。儂は愛媛の大悪龍とも称された、拝竜権現であるぞ」
小僧……、ふむ、この姿だから小僧と呼ばれるか。
平安の頃より少々小柄にはなっているからな。
無理もなかろう。
しかし解せぬ。
なぜ、この拝竜とかいう小物は一目散に逃げんのだ?
潜んでいる”あやかし”が味方だとしても、俺様とそいつが戦いを始めたなら、この小物なぞ余波で吹っ飛んでしまうだろうに。
「命が惜しければどけ! 今なら見逃してやる!」
「なあ、なぜ、そんなに虚勢を張る? そんなことをせぬとも、真の強さというものはわかるだろうに」
「な、なにをたわけたことを……」
「少なくとも、俺様の味方にも敵にも、賢しい人間の女であっても、相手の風貌に騙されて、その力量を見誤るような者はいなかったぞ」
珠子は別だ。
あやつは俺様の強大さを感じながらも、それに臆することなく、戦闘とは違う戦場で俺様に立ち向かったのだからな。
食事という女の戦場で。
ああ、鬼道丸の母、周防もその類の女だったな。
「見誤ってなどおらぬ! もういい、貴様のごとき雑魚など、一撃で倒してやるわ!」
拝竜という小竜が妖力を膨れ上がらせ、その爪を俺様に振るう。
ん、小物ではなく凡骨くらいか。
ガシッ
俺様は軽く凡骨竜の頭を掴む。
「は、はなせ! はなせ!」
「ああ、わかった」
「なにがじゃ!?」
「お前が虚勢を張る理由だ。そうやって自分が強いと誇示すると、相手の強さを見誤るような相手としか関われなかったのか。……哀れだな、低級な者の相手しかしてこなかったとは」
俺様は一瞬だけ妖力を解放する。
風にも似たブォッという圧が爆発的に広がり、それだけで草はひれ伏し、木々が震える。
そう、これが正しい反応というもの。
「こ、この妖力!? まさかお前は酒呑ど……」
豪!!
俺様の妖力が掴んだ掌の中で、相手を微塵と化す激流となる。
凡骨竜は俺様の名を言い終えることなく、幽世へと消えた。
パチパチパチ
「噂に違わぬ強さやなぁ。今日は厄日かと思ったが、最後にええもん見れたでありんす」
拍手の主は先程まで潜んでいた”あやかし”。
狐の耳に四本の尻尾。
夜の闇のように深い黒髪に、晴天の満月のような白い肌。
「直接会うのは初めてありんすな。はじめまして、白面黒髪万死狐、玉藻でありんす」
万死の狐?
九尾ではなく?
……ああ、そうか。
「大江山首魁、酒呑童子である。よろしくと言うべきかな、九尾の九分の四」
「フフッ、強いだけでなく、算術の心得もあるようで頭の回転も早うござんすね。ヨロシクねセンパイ」
「俺様は現代算術も嗜んでいる。分数の九分の四を小数で表すと、0.444444444444444……。無限に続く四。万死の狐とは洒落たものよ」
こういう会話の丁々発止は久方ぶりだな。
珠子と会話して以来だ。
「しかし、よくわっちの居場所がわかったでありんすね。センパイ」
「お前は宿毛で一瞬妖力を解放しただろう。それで気付かれぬと思う方がおかしい。あとは同じ気配を追跡すればよいだけのこと」
「なるなる。それはちょっちしくりましたでありんす。忠告、感謝ですよセンパイ。それで何か御用でありんすか?」
「珠子という娘を知っているはずだ。その呪いはお前の仕業だな。それを解け」
白澤から聞いた珠子の呪い。
弱い呪いではあるが、よくないものを引き付け、早世へと至る呪詛。
それを解くことが俺様の目的。
「た、たまこ、タマコ、藤原璋子……。ああ! あの搾りカスの呪詛を継いでいる娘でありんすか。昔、あの猪口才な女御に掛けて失敗した呪いのカスが継がれているだなんて、わっちもビックリしたでありんす」
やはりヌエの気付いた通り、呪いの元凶は玉藻か。
「そうだ。それを解け。さすればお前のやる事に干渉せぬ」
「できっこないでありんすよ」
「なぜだ? お前の蒔いた種であろう。お前ならどうにか出来るはずだ」
「鬼道丸」
?
「鬼道丸は関係ないで……いや、関係なくもないか」
「ふふっ、察しがよくて助かるでありんす。自分で蒔いた種であっても、どうにもならんでありんす。ほら、センパイの蒔いた子種の鬼道丸だってセンパイの思い通りにならざんしょ」
淫靡な笑みを浮かべて玉藻はクスクスと口を鳴らす。
「でもま、心配無用でありんす。あんなカスでは普通の人間を夭折させるくらいしか出来まへん。あんなに”あやかし”の加護を受けていては無理でありんすね。ま、トラブルには巻き込まれ続けるでありんすけど」
そう言えば、白澤が言っていたな。
あの呪いを受けた者で、三十を迎えられた者はいないと。
珠子は……、ついに三十路に突入したか。
「用件はそれだけでありんすか? まだ続けてもいいけど、それは閨で聞きますえ」
こいつ、俺様の決め台詞を。
鬼道丸の件といい、それが意味することは、こやつは”大江山の情報も掴んでいる”ということ。
「止めておこう」
「どうしてでありんす?」
「日常でも戦場でも、やり合うのなら強者とがいい。その方が楽しめる」
「なら、なおさらやん。たっぷり愉しませてあげるでありんす」
「日常でも戦場でも負ける気はせぬが、寝所だけは別だ。そこでお前に勝てる者はおらぬよ。俺様が弱者をいたぶる趣味がないように、お前も弱者をいじめる趣味はなかろう」
「あら? いじめられて悦ぶ男もいましてよ。でも、男を悦ばせる趣味はあっても、いじめて愉しむ趣味はないわね」
「だろうな、あったら趣味が悪いと言わざるを得んな」
俺様の言葉に玉藻はクスクスと楽しそうに笑う。
「用件はそれだけ?」
「ああ、最後にひとつだけ聞きたい」
「何かしら?」
「その混然とした言葉使いはなんだ? 廓言葉から京混じり、果ては現代風まで。変だぞ」
「ふふっ、昨今のトレンドはウザカワ後輩系だと知りまして、今、練習中でありんすなの。傾国のお勉強は死ぬまで続きはります」
表情は豊か、機微を読むにも長けている、そして何より高い向上心。
「伝説以上の才女だな。女の武器での勝負では誰もお前に勝てんだろうよ」
「当たり前でありんす。わっちと女の舞台で張り合えたのはあの奇怪不可思議の女御、藤原璋子だけでござんしたよ」
璋子。
その響きに俺様は考えを改める。
いや、作戦を立てる。
やはり玉藻と藤原璋子との因縁は深い。
その縁者で同じ響きを持つ珠子にも、こやつの戯れが、危険が及ぶかもしれぬな。
ならば……。
「前言撤回だ玉藻。お前が攫った『酒処 七王子』の珠子という女なら。料理であればお前に勝てるやもしれんぞ」
「へぇ、それは楽しみでありんす。いつか、勝負する機会があったら、その言葉覚えておきますよ。センパイ」
「ああ、俺様も覚えておこう。その時は、俺様も呼んでくれ。見物したい」
「クス、フフフ、かここんこんっ! あー、たのしっ! 酒呑、あんさん、武将だけでなく軍師の才能もあるでありんすね。いいですよ、その策……、挑戦に乗ってあげます。ではまた」
そう言って玉藻は風のように去っていった。
やれやれ、話が早くて助かるような……、面倒事を増やしてしまったような……。
ああ言えば、自尊心の高い玉藻のこと、もし珠子の命を脅かすとするなら、その前に料理勝負で珠子を負かして屈辱を与えてからにするに違いない。
そして、荒事になったなら、俺様が珠子を守るという意図を一瞬で読み解りおった。
やり合うのに楽しいと思わせる相手は久方ぶりよ。
まったく、美しいだけでなく、知恵も、男を喜ばせる術にも長けてるとは……。
女狐という名がピッタリではないか。
◇◇◇◇
フフフーン、フフフフフーンフ、フフフフフンフンフン。
あたしは鼻歌を歌いながらボウルの中で卵を軽く泡立てる。
砂糖はたっぷり、夢のような味になるように。
それに溶かしバターとミルクを加えて、軽くかき混ぜる。
あまーいミルクの香りがキッチンに夢のような芳香を広げる。
小麦粉にバニラエッセンスを少々、それをさっきのボウルに加えて、サックリサックリ。
滑らかに、でもフワフワに、そんな夢見がちな乙女の心を込めて混ぜる。
生地が出来上がったら、それをケーキパンに入れて、オーブンへ。
温度は180℃、時間は20分、ありきたりな設定だけど、作れるものは無限大、夢の願望機。
それがオーブン。
夢の願望機が仕事をしているうちに、トッピング。
溶かしバターに黒糖を加え、そこにココナッツフレークを投入。
真っ白なココナッツフレークが、ただでさえ黒いカラメル色に黒糖の黒さ成分も加わって、宵闇に包まれる。
だけど、見れるのは悪夢じゃない良闇なの。
チーン
夢のように大きくなったスポンジに、良闇に染まったココナッツフレークをたーっぷりかけて、たーっぷりかけて、たーっぷりかけて、スポンジの上にカラメルココナッツフレークの地層を作る。
夢から醒めないように、スポンジも冷めないうちに、二度寝。
もう一度、180℃で10分。
むにゃむにゃ、あと10分。
チーン
オーブンを開けた時、香ばしいカラメルとココナッツの匂いが広がれば……。
目の覚めるような”ドリームケーキ”のでっきあっがりー!
いやぁ、実際にオリジナルのレシピを検索してみたり、試作したり、デンマークスイーツの店で食べてみて、やっとわかったわ。
あたしが夢で作ったイマジネーションドリームケーキは、砂糖が黒糖でないので香ばしさが足りない。
二度焼きのタイミングがずれて、スポンジのココナッツの層の厚みが足りない。
そして、何よりも夢見る心が足りない!
不思議だけど、このドリームケーキは小躍りするように心を浮かれさせて作るとおいしくなるのだ!!
(個人の感想です)
何度も試食して、その美味しさが形になっていく毎に膨らむ期待。
次はもっとおいしくなる、明日はもっといい出来になる。
そんな気持ちで作るのが最大のポイントね。
「ミルキーな夢の香りの珠子さん。来たみたいだぜ、窓からふたりがやってくるのが見えた」
居住館への通路から赤好さんが顔だけを覗かせて、あたしに知らせてくれる。
あの日、赤好さんから受けた告白の返事をあたしは出来ていないままでいる。
あたしが返事をしようとすると『この前の返事はまたでいいぜ』と言うの。
藍蘭さん曰く。
『赤好ちゃんは、珠子ちゃんが絶対に”Yes”という日にしか返事を聞かない作戦みたいよ』
ですって。
うーん、あたしも『じゃ、またの日に』なんて保留しているのも悪いんだけど。
なんか煮え切らないのよね。
赤好さんからの誕生日プレゼントの中身はとっても素敵だった。
中央に時計型のトップが付いたペンダント。
時計はスケルトンになっていて、文字盤の所には青、黒、ピンク、白の小粒の真珠がパズルのように詰まっていて、時計の針を動かないようにしている。
これって、あれよね。
ゲーテの『ファウスト』の一節、『時よ止まれ! 汝はいかにも美しい!』をイメージしたものよね。
真珠、つまり珠子の珠が時計の針を止めているので『時よ止まれ! 珠子はいつでも美しい!』みたいなメッセージを込めているのよね。
くっ、ちょっと、ときめいてしまうわ。
スケルトンタイプなので光にかざすと、真珠の輝きが乱反射して、さらに綺麗になる。
思わず顔が、にへら~となっちゃうくらい。
「そのペンダント気にいってもらえたようだな。嬉しいぜ」
「ええ、大切にしますね。これの意味ってゲーテの詩のアレですよね」
「そうさ『時よ止まれ』さ」
やっぱり!
あたしの顔がも一度にやける。
「そこにはさ、アラサー珠子さんがモロサー珠子さんになっても美し……、ぶべらはぁ!?」
あたしの、30代になっても切れ味の衰えぬストレートが失言赤好さんの顔面を貫いた。
んもう、失礼しちゃうわ。
もう少しで、ときめきが恋に変わるかもしれなかったんですけど。
◇◇◇◇
カランと『酒処 七王子』の扉が鳴ると同時に、パパンとパーティクラッカーの音が鳴る。
「「「「「「「「アリスさん! 退院おめでとー!!」」」」」」」」
あれから1ヶ月半、目覚めたアリスさんは病院に即入院。
手続きとかお金は黄貴様が何とかして、”はらだし”ちゃんの笑いと幸運と、神便鬼毒酒のブーストと、四半世紀を経た人類の医学の叡智により、アリスさんは寛解、つまり表向きは病気の症状は落ち着いた。
再発の可能性はあるけれども、今の所その気配は無い。
赤好さんも『彼女は大丈夫だ』と太鼓判。
あたしも頑張りました、食事制限中のアリスさんの差し入れで。
ライスペーパーと豆乳クリームのミルクレープとか!
薄皮パリパリワッフルとか!
ひとくちマカロンとか!
消化に良くて、胃腸への負担の軽いスイーツを何度も差し入れしたの。
でも、やっぱり一番の功労者は藍蘭さん。
毎日毎日、病院に通って、身の回りの世話から、退院後に住む所の世話まで、全部準備したの。
ちなみに、アリスさんは『酒処 七王子』から徒歩5分のマンションに住むことになりました。
『一緒に住まないのかよ。居住館には空き部屋もあるぜ』と緑乱おじさんがセクハラ発言したけど、藍蘭さんは『いいの? あなたたち眠れなくなるわよ』って一蹴。
うーん、ハッピーエンドを迎えた男の貫禄でしょうか。
「ありがとうみんな! また、ここに来れるだなんて、夢にも思ってなかったわ!」
そう言って、キラキラのテーブを髪に受け、大きな花束を渡されたアリスさんが椅子に座る。
「では! 約束の”ドリームケーキ”ですっ!」
厨房から持ち込んだケーキはテーブルのど真ん中!
それを切り分けて、あたしは、いの一番にアリスさんの席へ。
「まあ! やっと食べれるのね、このドリームケーキ!」
可愛らしくフォークを手にして、アリスさんはケーキを見つめる。
「それじゃ、いっただきましょう!」
「「「「「「「いっただっきまーす」」」」」」」
パリッ、カリッ
「おいしいっ! これスポンジの上の粒粒がパリッとして、サクッとして、中からココナッツの風味があふれてきちゃう!!」
「秘密はキャラメリゼしたココナッツフレークです! 二重の食感とそれと包むようなスポンジの素朴な甘味! それらが互いに味を高め合うんですっ!」
「緩急自在ってわけね。アタシ好みだわ」
ザクザクパリッ、フワッ
そんな歯ごたえとクッションの二重奏があたしたちの口から奏でられる。
「見事だ女中よ。このドリームケーキはどの国のケーキか?」
「デンマークのケーキですよ。アンデルセンケーキとも言われています」
「デンマークでアンデルセンと言いますと、童話で有名なハンス・クリスチャン・アンデルセンの好物だったケーキですか?」クイッ
「あー、違います。アンデルセンはデンマークでは一般的な苗字なんですよ。このドリームケーキは1960年にお菓子会社のコンテストで優勝したケーキです。その優勝者で創作者の名がJytte Andersenなんですよ」
「……偶然だけど、童話に出てきてもおかしくないくらい、これは美味しいケーキ」
「ボクおっかわりー!」
「はいはい、まだいっぱいありますから。でも、パーティの料理はこれからですよ」
あたしは厨房から、パーティの料理の数々を運び、みんなはそれに舌鼓を打つ。
「しかし、嬢ちゃんの料理は夢の中でもうまかったが、現実でも同じくらい美味いねぇ。どっちも美味くて”胡蝶の夢”みたいだぜ」
「緑乱さん、胡蝶の夢って荘子の話よね。夢の中で蝶になって、夢から醒めてみると人間で、夢と現実のどっちの自分が本物なのだろうって」
あたしは何度かアリスさんをお見舞いに行った時に知った。
彼女の知識は深い。
アリスさんは『ずっとベッドでTVとか本を見ていただけよ』って言ってたけど、あたしの半分くらいの実年齢なのに、その知識に舌を巻いたことが何度もあった。
「おっ、アリスちゃんは物知りだねぇ。そうさ、荘子はその答えとして、夢の中の自分も現実の自分も、身体は違えども心は同じ。ゆえにどちらも本物であると説いたのさ」
「そうね。でも、あたしは違うと思うの。だって、現実はこんなに苦しいんだから」
”苦しい”
アリスさんのその言葉に緊張が走る。
「あ、アリス。どこか痛いの? 苦しいの? やっぱり、まだ早かったのかしら」
「ドリームケーキだけでなく、肉や魚もいっぱい食べ過ぎたからでしょうか。消化不良や胃酸過多で身体が悲鳴を上げているのでしょうか。い、い、胃薬胃薬」
オタオタと慌てるあたし達を見て、アリスさんはクスリと笑う。
「違うわ。体調は万全よ。だけど、苦しいのは本当。だって……、お腹がこんなにいっぱいなのに、もっと食べたくて身体も心も苦しいんですもの! 夢の中ではこんなことにならなかったわ!」
胸とお腹をポンポンと叩きながら、アリスさんは素敵に笑う。
確かに、夢の中ではいくら食べても満腹にはならなかった。
「あたし、苦しいことが幸せだなんて、知らなかったわ! とってもおいしくて! とってもくるしいのよ!」
そう言ってアリスさんは満面の笑みでドリームケーキをさらに食べる。
苦しそうな笑顔で。
あたしは料理人。
この『酒処 七王子』の看板娘兼料理長の珠子。
”あやかし”のような特殊能力はないけど、『おいしいっ!』の言葉が偽りかどうかくらいならわかる。
この彼女の言葉が本心からのものだと。
うーん、あたしも料理人としてのレベルが上がったのかしら。
彼女の笑顔が心からのものか、それとも偽りのものかはわからない。
覚の佐藤君に聞けばわかるかもしれないけど、そこまでする必要はないかしら。
彼女は夢の中と同じ、ううん、それ以上の笑顔をあたしに、あたしたちに見せているのだから。
そしてアリスさんは、その花のような笑顔で、こう言ったのです。
「あたしね、今、とっても幸せなの。あたしを助けてくれる人がこんなにいて、あたしを必要だと言ってくれて、大好きな人が隣にいるだなんて。まるで……」
「───夢をみているみたい」




