胡蝶の夢とドリームケーキ(その2) ※全7部
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夢の中に登場した築善尼さんと慈道さんは、怨念鬼に襲われながらも機敏な身のこなしで、それを避け、お経を唱え続ける。
「雲雷鼓掣電 降雹澍大雨 念彼観音力 応時得消散!」
「衆生被困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦!!」
さすがは本職、いや僧職。
怨念鬼の群れがみるみる浄化され、その姿を減らしていきます。
「なあ、藍蘭よ。これならいけるのではないか?」
「ええ、今がチャンスね。狐者異がちょっと邪魔だけど」
アタシの隣で黄貴様と藍蘭さんがヒソヒソと相談しているのが聞こえる。
きっと、この隙に夢の精霊に攻撃する気ですね。
なら、あたしも!
「あ、あたしが囮になりましょうか。気ぐらい引けるかもしれません」
「駄目だ。それは女中の領分ではない、と言いたいが出来るか?」
「あたしを誰だと思っています? 料理においては夢の中でも大活躍の珠子さんですよ。狐者異の気を引く秘策があります」
そう言って、あたしは軽くサムズアップ。
「わかったわ。兄さんは残った怨念鬼をお願い。珠子ちゃんが隙を作ったら、アタシが”夢の精霊”にキツイのをおみまいするわ」
よしっ、とあたしたちは頷き合い、まずは黄貴様が怨念鬼の群れに体当たりをする。
「今だ! 我に続けっ!!」
押し戻される怨念鬼の脇をあたしと藍蘭さんは駆け抜け、”夢の精霊”へと向かう。
「珠子ちゃん!」
「はいっ!」
あたしと藍蘭さんは左右に分かれ、速度を上げる。
正直、あたしは戦闘では無力。
当然、敵の注目は藍蘭さんに行くはずだけど、あたしにはこの想像力がある。
料理を創ることくらいしか出来ない、だけど、素敵な想像力が!
「狐者異さーん! あなたの大好物のうどんですよー! しかも今のあなたに合わせたビッグサイズ! 埼玉羽生名物! 鬼平江戸処の一本うどん!! タライに大盛でーす!!」
”一本うどん”、それは巨大な太さのうどん一本で構成されたうどん。
その太さは厚さ約1cm、幅3cmのビッグサイズ!
時代小説『鬼平犯科帳』にも登場する、名物うどん!
しかもあたしの想像力で創り出したのは、その”一本うどん”とはタライにうどんを入れた”タライうどん”との奇跡のコラボ!!
「う、うどん!?」
そして『絵本百物語』の挿絵の狐者異はうどんを食べている姿なのです!!
つまり、うどんは狐者異の大好物のはず!!
ジロッ
あたしの目論見は大成功!!
あのギョロリとした目があたしをじっと見る。
「何を気を取られておる! 狐者異!!」
”夢の精霊”が大声を上げるけど、もう遅い。
藍蘭さんは、そこまであと一歩なんですから。
「観念なさい!」
あたしの目から見ても速さと強さが乗った藍蘭さんの手刀が、”夢の精霊”を袈裟がけに切り裂く!!
「ググギャァァアアー!?」
やったか!?
声にして出しちゃうと、橙依君に『フラグ乙』って言われそうだから、あたしは心の中だけで叫んだ。
「フェフェフェ、なーんてな。狐者異! 頼むぞ!」
「おうよ!」
え!?
夢の精霊はニタァーと嗤うと、その傷がみるみるうちに再生する。
「フェフェフェ、儂らの連携を甘くみてはいかんのう。狐者異の持つ、恐怖を糧に再生する能力があれば、このくらいの傷はへっちゃらじゃ!」
ブォンと夢の精霊は杖を振るい、それに殴られた藍蘭さんが吹っ飛ぶ。
「くそっ、千載一遇のチャンスであったものの!!」
黄貴様も怨念鬼の群れに押され、ジリジリと後退する。
「なら! こっちから先にやっちまえばいいって話だろが!!」
緑乱おじさんが大きく跳びあがり、その拳を狐者異の顔面に叩きつける。
だけど、狐者異は平然としている。
「ちくしょう! こいつビクともしねぇ!!」
「なら我も!」
「アタシも!
頭上から、側面から、眼下から、力の籠った攻撃が狐者異を襲う。
だけど、狐者異は身じろぎひとつしない。
「小蠅が騒がしいな」
狐者異の腕が藍蘭さんの胴体をかすめ、それだけで藍蘭さんは『ウッ』と大きく顔をしかめる。
「こいつ、なんてパワーなの!?」
「それになんて速さだよ!
みなさんは振り回される腕を必死に避けるけど、その腕の振りはあたしには見えないくらい早い。
「まずは貴様からだ! 大蛇の長兄!!」
やがで、狐者異の攻撃が黄貴様を捕らえようとする。
ビンッ
「なにっ!?」
だけど、その腕は黄貴様には命中せず、動きを止める。
「どんなに速い動きだろうが、絡めちまえば速度は鈍るってものさ!!」
狐者異の腕を止めたもの、それは橙依君のお友達、若菜姫さんの十八番!
髪の毛より細くキラキラ輝く大量の蜘蛛の糸!
「ふん、こんな虫けらの糸なんぞで、ぬぬっ!?」
グイッ
「ふひっ! 自分だって、こういうのは得意なんですよ!」
さらに狐者異の身体に今度は長い髪の女の子の髪が伸びて絡みつく。
「今だ! 終幕はお前が引け!!」
「ひへぇ! アナタと自分の初めての共同作業ですぅ!」
「やっちゃって! ヒーロー!」
女の子たちの声援を受け、橙依君と渡雷君の身体からゴロゴロゴロッっと雷の音を立てる。
「いくよ渡雷!!」
「応でござる!!」
あれは! 以前、ふたりが蒼明さんとの勝負で体得した合体技!!
「「双雷一閃!!」」
並び立つふたつの影が光となり、雷速にて狐者異へと強襲する!!
バチバチバチバチッ!!
ふたりの姿は狐者異の胴体に激突し、それを切り裂こうと押し進めるけど、狐者異の体はそれさえも押し留める。
「くっ!? ぐっ!? これは中々……」
初めて狐者異の顔の表情が歪む。
「今だ! 『一斉に攻撃せよ!!』」
この機を逃してなるものかと、黄貴様が大号令!
「ここで決めるわ!!」
「俺っちだって本気を出せばよ!」
「ゆくぞ老真珠王!!」
「ああ、大悪龍王!!」
「剣林弾雨を切り抜けた、儂の渾身の一撃じゃけん!!」
藍蘭さんに緑乱おじさん、大悪龍王さんに復活の老真珠王、それに幕末の動乱を駆け抜けた英霊”林有造”。
「あたしらも加勢するよ!」
「はい、師匠!!」
さらに、退魔僧のふたりまで加わって、糸と髪で身動きの取れない狐者異を討つべく攻撃を仕掛けた。
そして……。
「グッ、ググッ、まさか!? この俺公が!? 恐怖を支配するこの俺公様が!? バ、バカなぁーーーー!!」
狐者異の胴体が千々に千切れ飛んだ!
勝った! これにてハッピーエンド!!
みんなが心の中でそう思った時、
「うわぁ~、やーらーれーたぁー!」
あたしたちが聞いたのは、いかにもわざとらしい狐者異の声。
「フェフェフェ、しょうがないのう。ホレッ」
夢の精霊が余裕のある声で杖を振ると、バラバラになった狐者異の身体が逆再生でもしたように合体し、元の姿に戻る。
「ふぃー、助かったぜ夢の精霊」
「フェフェフェ、お互い様じゃよ、狐者異」
身体のコリをほぐすように狐者異は肩を鳴らし、夢の精霊はそれを満足そうに見る。
「……まさか」
「フェフェフェ、まさかではない、当然じゃ。儂らがこれくらい想定しておらんはずなかろう。恐怖の精霊ともいうべき狐者異は恐怖を糧に再生できる。夢の精霊である儂は悪夢を糧に再生できる。ならば、その能力を、互いに与え合えばどうなると思う?」
「たとえ一方を一撃でブッ倒そうが、もう一方がそれを再生しちまうってことかよ!?」
「その通りじゃ。ま、儂の能力は夢の中だけの話じゃがの。フェフェフェ!」
夢の精霊はそう言って高笑い。
「なんだそれは!?」
「そんなの、インチキじゃないの!!」
黄貴様と藍蘭さんの意見にあたしも完全に同意。
こんなのどうすればいいの!?
「……なるほど、ゲームではよくあるパターン。同時に二体を倒せばいいだけ」
どうにかする方法があった!
さすがは橙依君。
こういうのに詳しい。
「フェフェフェ、察しがいいのう。その通りじゃ。だが、それが出来るかの? 今のも全員がかりでやっと狐者異を倒せたというのに」
「……やる。もう一度!!」
橙依君はそう言って再び帯電。
「アタシひとりで夢の精霊は倒すわ!」
藍蘭さんは夢の精霊へと向かう。
「我らは狐者異へ!」
他のみんなは狐者異へ再び攻撃を開始する。
お願い、今度こそ!
「毎度そう上手く事が運ぶと思うか!!」
狐者異は大きく息を吸い込み、今までにないほどの圧で言葉を発する。
「怖気づけ! 怖気立て! 怯えよ! 竦め! 恐怖に戦慄せよ!!」
『ヴォルヴォルヴオ゛ォォォーーーーーーーー』
狐者異が発したそれは、声とも唸り声とも言えない響き。
旋律が心を癒す調和の調べなら、この戦慄は心を乱す不協和音の津波。
さっきまで操られていた老真珠王が使っていた”恐怖の声”なんて比じゃない。
魂の根底すれ凍らせると思えるくらいの声だった。
あたしも、まともに立っているのがやっとなくらい。
ほとんどの方はダウン。
地面に手を付いて、震えているか、気絶している。
こんな状態で一斉攻撃なんて出来るはずがない。
敵の姿を見ることすらやっとなのに。
みんながそう思っている中、あたしたちを満足そうに見る二体の”あやかし”。
夢の精霊と狐者異。
彼らはこの上ない勝利の美酒でも飲んでいるように、厭らしく嗤い、言った。
「フェフェフェ、さあ……」
「絶望に染まるがいい!」
誰もが、寒さなんて感じないはずの夢の中で、自分の身体を抱きしめた。




