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あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~  作者: 相田 彩太
第九章 夢想する物語とハッピーエンド
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胡蝶の夢とドリームケーキ(その2) ※全7部

□□□□


 夢の中に登場した築善尼さんと慈道さんは、怨念鬼に襲われながらも機敏な身のこなしで、それを避け、お経を唱え続ける。


 「雲雷鼓掣電(うんらいくせいでん) 降雹澍大雨(ごうばくじゅだいう) 念彼観音力(ねんぴかんのんりき) 応時得消散(おうじとくしょうさん)!」

 「衆生被困厄(しゅじょうひこんやく) 無量苦逼身(むりょうくひっしん) 観音妙智力(かんのんみょうちりき) 能救世間苦(のうぐせけんく)!!」


 さすがは本職、いや僧職。

 怨念鬼の群れがみるみる浄化され、その姿を減らしていきます。


 「なあ、藍蘭(らんらん)よ。これならいけるのではないか?」

 「ええ、今がチャンスね。狐者異(こわい)がちょっと邪魔だけど」


 アタシの隣で黄貴(こうき)様と藍蘭(らんらん)さんがヒソヒソと相談しているのが聞こえる。

 きっと、この隙に夢の精霊に攻撃する気ですね。

 なら、あたしも!


 「あ、あたしが囮になりましょうか。気ぐらい引けるかもしれません」

 「駄目だ。それは女中の領分ではない、と言いたいが出来るか?」

 「あたしを誰だと思っています? 料理においては夢の中でも大活躍の珠子さんですよ。狐者異(こわい)の気を引く秘策があります」


 そう言って、あたしは軽くサムズアップ。


 「わかったわ。兄さんは残った怨念鬼をお願い。珠子ちゃんが隙を作ったら、アタシが”夢の精霊”にキツイのをおみまいするわ」


 よしっ、とあたしたちは頷き合い、まずは黄貴(こうき)様が怨念鬼の群れに体当たりをする。


 「今だ! 我に続けっ!!」

 

 押し戻される怨念鬼の脇をあたしと藍蘭(らんらん)さんは駆け抜け、”夢の精霊”へと向かう。


 「珠子ちゃん!」

 「はいっ!」


 あたしと藍蘭(らんらん)さんは左右に分かれ、速度を上げる。

 正直、あたしは戦闘では無力。

 当然、敵の注目は藍蘭(らんらん)さんに行くはずだけど、あたしにはこの想像力(ちから)がある。

 料理を(つく)ることくらいしか出来ない、だけど、素敵な想像力(ちから)が!


 「狐者異(こわい)さーん! あなたの大好物のうどんですよー! しかも今のあなたに合わせたビッグサイズ! 埼玉羽生名物! 鬼平江戸処(おにへいえどどころ)の一本うどん!! タライに大盛でーす!!」


 ”一本うどん”、それは巨大な太さのうどん一本で構成されたうどん。

 その太さは厚さ約1cm、幅3cmのビッグサイズ!

 時代小説『鬼平犯科帳(おにへいはんかちょう)』にも登場する、名物うどん!

 しかもあたしの想像力(ちから)で創り出したのは、その”一本うどん”とはタライにうどんを入れた”タライうどん”との奇跡のコラボ!!


 「う、うどん!?」


 そして『絵本百物語』の挿絵の狐者異(こわい)はうどんを食べている姿なのです!!

 つまり、うどんは狐者異(こわい)の大好物のはず!! 


 ジロッ


 あたしの目論見は大成功!!

 あのギョロリとした目があたしをじっと見る。


 「何を気を取られておる! 狐者異(こわい)!!」


 ”夢の精霊”が大声を上げるけど、もう遅い。

 藍蘭(らんらん)さんは、そこまであと一歩なんですから。


 「観念なさい!」


 あたしの目から見ても速さと強さが乗った藍蘭(らんらん)さんの手刀が、”夢の精霊”を袈裟がけに切り裂く!!


 「ググギャァァアアー!?」


 やったか!?

 声にして出しちゃうと、橙依(とーい)君に『フラグ乙』って言われそうだから、あたしは心の中だけで叫んだ。


 「フェフェフェ、なーんてな。狐者異(こわい)! 頼むぞ!」

 「おうよ!」

 

 え!?


 夢の精霊はニタァーと嗤うと、その傷がみるみるうちに再生する。


 「フェフェフェ、儂らの連携を甘くみてはいかんのう。狐者異(こわい)の持つ、恐怖を糧に再生する能力(ちから)があれば、このくらいの傷はへっちゃらじゃ!」

 

 ブォンと夢の精霊は杖を振るい、それに殴られた藍蘭(らんらん)さんが吹っ飛ぶ。


 「くそっ、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスであったものの!!」


 黄貴(こうき)様も怨念鬼の群れに押され、ジリジリと後退する。


 「なら! こっちから先にやっちまえばいいって話だろが!!」


 緑乱(りょくらん)おじさんが大きく跳びあがり、その拳を狐者異(こわい)の顔面に叩きつける。

 だけど、狐者異(こわい)は平然としている。


 「ちくしょう! こいつビクともしねぇ!!」

 「なら我も!」

 「アタシも!

 

 頭上から、側面から、眼下から、力の籠った攻撃が狐者異(こわい)を襲う。

 だけど、狐者異(こわい)は身じろぎひとつしない。


 「小蠅(こばえ)が騒がしいな」


 狐者異(こわい)の腕が藍蘭(らんらん)さんの胴体をかすめ、それだけで藍蘭(らんらん)さんは『ウッ』と大きく顔をしかめる。


 「こいつ、なんてパワーなの!?」

 「それになんて速さだよ! 


 みなさんは振り回される腕を必死に避けるけど、その腕の振りはあたしには見えないくらい早い。


 「まずは貴様からだ! 大蛇の長兄!!」


 やがで、狐者異(こわい)の攻撃が黄貴(こうき)様を捕らえようとする。


 ビンッ


 「なにっ!?」


 だけど、その腕は黄貴(こうき)様には命中せず、動きを止める。


 「どんなに速い動きだろうが、絡めちまえば速度は鈍るってものさ!!」


 狐者異(こわい)の腕を止めたもの、それは橙依(とーい)君のお友達、若菜姫さんの十八番(おはこ)

 髪の毛より細くキラキラ輝く大量の蜘蛛の糸!


 「ふん、こんな虫けらの糸なんぞで、ぬぬっ!?」


 グイッ


 「ふひっ! 自分だって、こういうのは得意なんですよ!」


 さらに狐者異(こわい)の身体に今度は長い髪の女の子の髪が伸びて絡みつく。


 「今だ! 終幕はお前が引け!!」

 「ひへぇ! アナタと自分の初めての共同作業ですぅ!」

 「やっちゃって! ヒーロー!」


 女の子たちの声援を受け、橙依(とーい)君と渡雷(わたらい)君の身体からゴロゴロゴロッっと雷の音を立てる。


 「いくよ渡雷(わたらい)!!」

 「応でござる!!」


 あれは! 以前、ふたりが蒼明(そうめい)さんとの勝負で体得した合体技!!


 「「双雷一閃(そうらいいっせん)!!」」


 並び立つふたつの影が光となり、雷速にて狐者異(こわい)へと強襲する!!


 バチバチバチバチッ!!


 ふたりの姿は狐者異(こわい)の胴体に激突し、それを切り裂こうと押し進めるけど、狐者異(こわい)の体はそれさえも押し留める。


 「くっ!? ぐっ!? これは中々……」


 初めて狐者異(こわい)の顔の表情が歪む。


 「今だ! 『一斉に攻撃せよ!!』」


 この機を逃してなるものかと、黄貴(こうき)様が大号令!


 「ここで決めるわ!!」

 「俺っちだって本気を出せばよ!」

 「ゆくぞ老真珠王!!」

 「ああ、大悪龍王!!」

 「剣林弾雨(けんりんだんう)を切り抜けた、儂の渾身の一撃じゃけん!!」


 藍蘭(らんらん)さんに緑乱(りょくらん)おじさん、大悪龍王さんに復活の老真珠王、それに幕末の動乱を駆け抜けた英霊”林有造”。


 「あたしらも加勢するよ!」

 「はい、師匠!!」


 さらに、退魔僧のふたりまで加わって、糸と髪で身動きの取れない狐者異(こわい)を討つべく攻撃を仕掛けた。

 そして……。


 「グッ、ググッ、まさか!? この俺公(オレ)が!? 恐怖を支配するこの俺公(オレ)様が!? バ、バカなぁーーーー!!」


 狐者異(こわい)の胴体が千々(ちぢ)に千切れ飛んだ!

 勝った! これにてハッピーエンド!!

 みんなが心の中でそう思った時、


 「うわぁ~、やーらーれーたぁー!」


 あたしたちが聞いたのは、いかにもわざとらしい狐者異(こわい)の声。


 「フェフェフェ、しょうがないのう。ホレッ」


 夢の精霊が余裕のある声で杖を振ると、バラバラになった狐者異(こわい)の身体が逆再生でもしたように合体し、元の姿に戻る。


 「ふぃー、助かったぜ夢の精霊」

 「フェフェフェ、お互い様じゃよ、狐者異(こわい)


 身体のコリをほぐすように狐者異(こわい)は肩を鳴らし、夢の精霊はそれを満足そうに見る。


 「……まさか」

 「フェフェフェ、まさかではない、当然じゃ。儂らがこれくらい想定しておらんはずなかろう。恐怖の精霊ともいうべき狐者異(こわい)は恐怖を糧に再生できる。夢の精霊である儂は悪夢を糧に再生できる。ならば、その能力(ちから)を、互いに与え合えばどうなると思う?」

 「たとえ一方を一撃でブッ倒そうが、もう一方がそれを再生しちまうってことかよ!?」

 「その通りじゃ。ま、儂の能力は夢の中だけの話じゃがの。フェフェフェ!」


 夢の精霊はそう言って高笑い。


 「なんだそれは!?」

 「そんなの、インチキじゃないの!!」


 黄貴(こうき)様と藍蘭(らんらん)さんの意見にあたしも完全に同意。

 こんなのどうすればいいの!? 


 「……なるほど、ゲームではよくあるパターン。同時に二体を倒せばいいだけ」


 どうにかする方法があった!

 さすがは橙依(とーい)君。

 こういうのに詳しい。


 「フェフェフェ、察しがいいのう。その通りじゃ。だが、それが出来るかの? 今のも全員がかりでやっと狐者異(こわい)を倒せたというのに」

 「……やる。もう一度!!」


 橙依(とーい)君はそう言って再び帯電。


 「アタシひとりで夢の精霊は倒すわ!」


 藍蘭(らんらん)さんは夢の精霊へと向かう。


 「我らは狐者異(こわい)へ!」


 他のみんなは狐者異(こわい)へ再び攻撃を開始する。

 お願い、今度こそ!

 

 「毎度そう上手く事が運ぶと思うか!!」


 狐者異(こわい)は大きく息を吸い込み、今までにないほどの圧で言葉を発する。


 「怖気(おじけ)づけ! 怖気立(おぞけだ)て! (おび)えよ! (すく)め! 恐怖に戦慄(せんりつ)せよ!!」


 『ヴォルヴォルヴオ゛ォォォーーーーーーーー』


 狐者異(こわい)が発したそれは、声とも唸り声とも言えない響き。

 旋律(せんりつ)が心を癒す調和の調べなら、この戦慄(せんりつ)は心を乱す不協和音の津波。

 さっきまで操られていた老真珠王が使っていた”恐怖の声(テラーボイス)”なんて比じゃない。

 魂の根底すれ凍らせると思えるくらいの声だった。


 あたしも、まともに立っているのがやっとなくらい。

 ほとんどの方はダウン。

 地面に手を付いて、震えているか、気絶している。

 

 こんな状態で一斉攻撃なんて出来るはずがない。

 敵の姿を見ることすらやっとなのに。

 みんながそう思っている中、あたしたちを満足そうに見る二体の”あやかし”。

 夢の精霊と狐者異(こわい)

 彼らはこの上ない勝利の美酒でも飲んでいるように、(いや)らしく(わら)い、言った。


 「フェフェフェ、さあ……」

 「絶望に染まるがいい!」


 誰もが、寒さなんて感じないはずの夢の中で、自分の身体を抱きしめた。

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